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2004/11/01 [月]   

■香田さんの死は、ただただ無念だ。
 彼がなぜイラクに入ろうと思ったのか、俺は知らない。たぶん彼自身も、他人に語れる言葉は何も持っていなかったのではないだろうか。だから無念だ。イラクで亡くなった外交官もジャーナリストも、自分が何のためにそこにいたか、世界中に説明できたはずだ。無事に帰ってきた5人も、全ての人に受け入れられるかどうかはともかく、自分の行動について、正面から言葉にすることができるはずだ。
 香田さんには、それがない。それを無謀というか未熟というかはともかく、笛吹きに踊らされて遠く遠くに彷徨い込み、異世界の鬼に魂を吸われてしまった、そんな痛々しさが、無念だ。

■もし俺が香田さんと話をする機会があったとするなら、世界の平和を考える前に自分の生計を考えろとか、海外になんぞ行かなくてもいくらでもやりたいことは探せるぞとか、きっとそういう説経をしたに違いないと思う。でも彼は若いのだ。そして若い人が迷い、何らかの手応えを求めてあちらこちらを訪ね歩くのは当然のことなのだ。イラクという、世界で一番危険な場所に足を踏み入れたことは軽率だったではあろうが、その誠実さを俺は尊いと思う。彼は軽率だったかもしれないけれど、真面目に悩み、誠実に彷徨う若者だったに違いない。そういう彼が、あのような最期を遂げてしまったことが残念でならない。若者は軽率で当然なのだ。軽率のあまり窮地に陥った若者には、大人が手を差し伸べてやらなければならない。それができなかったことが無念だ。

■香田さんはイラクに入る直前、「何とかなる」と言っていたという。実際、それまでは世界のあちこちで「何とかな」ってきたのだろう。香田さんは、どうにもならない状況に自分を置いて、その中で自分を確かに感じてみたかったのかもしれない、とふと想像した。
 俺も子供を持つ身である。笛吹きの音色にひかれて町はずれへと歩いていく子供は、呼び戻すべきなのか後ろ姿をじっと見守り続けるべきのか。あるいは家の中で無事を祈るだけなのか。

■大阪産業大学の推薦入試対策講座というのをやった。あと10日ほどで何ができるかというのもあるし、40分の時間で何ができるかというのもあるが、与えられた条件の中で最大の努力をするのは受験生も俺も同じことである。

■就寝前、なぜか麦人が怒った表情で「今日は一緒に寝ない。二段ベッドで寝る」と言う。理由を聞いても口を開かない。普段はマンガやおもちゃが乱雑に置かれている二段ベッドの冗談をもくもくと片づけ、掛け布団を持ち込んで眠ってしまった。
 いつも「子供と一緒に寝ると狭い」と文句を言っているのに、いざ麦人の姿が見えないとさびしい。などと思っていたら、小便に起きてきた麦人はそのまま親の寝室に入って、いつもどおり親の布団で眠ってしまった。


2004/11/02 [火]   

■「議論」というやつをする意味はおおよそ以下の4つある。
1.「議論」の相手を折伏して味方につける。
2.「議論」の相手を再起不能にするために口ゲバで痛めつける。
3.「議論」の過程を大衆に公開する。これはさらに、(1)大衆をこちらの味方につけるために行う、(2)言論プロレスをエンターテイメントとして観覧に供する、の2つに分かれる。
4.「議論」を自分で楽しむ。これもさらに、(1)相手の知識や論の組み立て方を吸収して自分の芸の肥やしとする、(2)自分自身が言論プロレスを楽しむ、の2つに分かれる。
 今の俺は1、2、3(1)はもうやらない。3(2)、4(1)(2)は時間や気持ちに余裕があればすることもあるが、プロレスなのだから、相手に俺の技を受け切れるか見極めないといけないし、相手にもそれなりの技術がなければ、こっちも面白くないのである。
 結局俺は、自分のためにならない「議論」はしないのだ。そんなものをやっている暇があれば自分で本を読んだり考えている方がよいのだ。

■朝から晩まで息つく間もなく仕事をしていたような気がする。昼ごはんを食べ損ねた。
 夜中、小腹が空いたのでうどんを食べに外に出たら、駅前の中華料理屋の若い店長さん(プロレス者)とばったり。ジョシュ・バーネットがミルコに負けたことを彼から聞いた。二人してプロレスの未来を憂えて肩を落としたのであった。同志よ。夜明けは遠いなあ。


2004/11/03 [水]   

■数ヶ月前から黒酢を飲んでいる。リンゴ酢で割ったやつ。いっぺん試しに飲んでみたら何だか調子がいいような気がしたので、続けて飲んでいる。味も悪くない。調子が良くなるなら青汁でも何でもいいのだが、昔から酸っぱい系は好きなのだ。
 毎日大きな声を出して仕事をしているせいか、黒酢がノドを通る時にひどくしみる。傷口に塩をすり込む時のような、じわーっという痛さだ。消毒されているような気がするのでまあいいか。

■学童保育に子供たちを迎えに行ったら、まず麦人が出てきた。ぎゅうしてやろうと思い両手を差し伸べると、2、3歩ふらふら寄ってきて、ハッとしたように首を振り、後ろに下がっていった。さすが3年生。
 文人は自分から手を伸ばして、俺のみぞおちに顔を埋めてすりすりする。友達に「あー、だっこしてもらってる」とからかわれると、「違う。ちょっと寝ていただけだ」と。

■「ボクらが好きなものが時代の中で繁栄したり衰退している姿を実感として味わうことの方が、はるかにぜいたくで面白いのだ」(ターザン山本)


2004/11/04 [木]   

■「学童っこ祭り」という、神戸市の学童保育が全部集まって行う運動会みたいな催しに行った。いちおう全員参加である。障害物競走の係をやった。会場のポートアイランド内の公園は、海からの風が強い。寒くてならず、太陽の当たる場所を探してうろうろしていた。
 理想は、子供と保護者が一体となって自分の学童の子供たちみんなを応援し、ひいては学童に通う子供たちと保護者たちの連帯を確かめようということなのだろう。俺もそれは良いことだと思うが、いかんせん休日を一日費やす悲しさと、今が一番忙しい時期なので身心ともにテンションがあがらないのとで、どことなく傍観者気分であった。すんません。でも、もうちょっと行事減らせないもんだろうかといつも思っている。

■ぼーっとひなたぼっこしながら、昔つとめていた新聞社でも同じような気持ちを抱いたことがあったなぁと思い出していた。
 新聞社は年に一回、休刊日を費やして「全舷」なる催しをする。これは海軍用語で、軍艦内の兵隊が全員下船して休暇を取ることから来ている。俺が勤務していた松江支局なら、島根県内の記者が全員集まって皆生温泉あたりで一泊付きの宴会をし、さらに翌日、ソフトボール大会などをやるのである。特攻隊志願者募集のようなもので、誰も強制とは言わないが、強制参加であった。今はどうなっているか知らない。
 俺はこれがたいそう苦痛であった。せっかくの休日を、2日も使って、なんでまた会社の人間と過ごさなければならないのだろう。しかもその年は俺が幹事を仰せつかってしまい、適当に宴会場と公園を予約して適当にやったら、後日デスクから叱られた。全舷の幹事たるもの、その日のために何日も前から、ゲームやらカラオケやらプログラムを組んで、当日はもっともっと盛り上げないといけないそうなのである。俺がやったのは乾杯の音頭取りだけだ。
 デスクが持ってきた昔の全舷の写真を見ると、みんなでマルやバツのプラカードを掲げてなにやらゲームをしている。信じられない。「全舷の準備をしていれば、普段の仕事はやらないでもいいんですか?」とつい聞き返してしまい、さらに怒りを買った俺であった。今でもよく分からない。
 某市で公務員をやっているかつての生徒さんに聞くと、役所には部活動があって、日曜日に集まって練習をするそうである。仕事以外の日に、しかも仕事以外で職場の人間と時間を過ごすって、楽しいんだろうか。それとも、そこまで職場内人間関係を密接にしておかなければ仕事ができない環境なのだろうか。

■要するに俺は休みの日は自宅周辺でうだうだしていたい。

■フォームメールへのお返事。
3 Nov 2004 01:40:55 +0900
→どうもありがとうございます。ネットでの議論は「僕とあなたとでは考え方が違う」ことを確認して握手して別れるか、割り切って情報交換に絞るというのが精一杯なのかなあと僕は割り切っています(実際の人となりを知っている場合はその限りではありません)。その意味では、このサイトにいらっしゃる方々は、議論が成り立つという点で有り難い方々だと思います。さて、鎌倉の秋はどうですか?


2004/11/05 [金]   

■ブッシュが再選されて、つくづくアメリカは馬鹿だなぁと思っていたが、ターザン山本が書いた記事を読んでなるほどと思った。
http://www.ibjcafe.com/talk/tarzan/a/2004/20041104091812.htm
大国は独善的でエゴイストだ。ブッシュには品と知性を感じないが、大国のエゴイズムの代表者としてはぴったりなのだ。

どこがぴったりしているかといったらデリカシーを感じないことだ。

変な話、ブッシュが大統領ならアメリカの間違いでもみんな彼ひとりの責任にしてしまえる。

まして今、アメリカがイラクでやっていることは、どうしたって正しいということからはほど遠い。

ブッシュが大統領ならアメリカ国民はイラクの件について反省しなくてもすむ。何かあったら最後は「ブッシュが悪かったのだ」と言えるからだ。ブッシュはそういう大統領なのだ。
 なるほどとは思ったが、はぁ、救いようがないなぁ、とも思った。
 この人は直感でものを書いているので信用はしないが、こちらの思考のツボをつんつんと突いて活性化させてくれる。週刊プロレス編集長時代より今の方が面白いな。

■難波のコンビニの入り口に、店員手書きの黒板があった。ファーストフード店によくある、天気が良いだの野球でどっちが勝って嬉しいのと、どうでもいいことを店長に命じられて書いたのであろう、アレだ。
 「アメリカの大とうりょう選挙はブッシュが勝ちました。ケリーおしかったですね(悔しさを表現する顔文字)」。ここまで突き放して眺めることができるとは、もはや批評の域に達していると言っても過言ではない。ものすごく脱力する批評だが。ていうか大統領くらい漢字を書いて下さい。

■先週の話だが、予備校の生徒さんが、ザ・スターリンのTシャツを着てきて見せてくれた。寒くなったからTシャツはもう着られないだろうと思っていたが、長袖シャツの上にTシャツ重ね着という技を使っていた。えらい。俺には絶対考えつかない。TシャツのS字デザインと同じくらい感動した。
 「いつものように寝ぼけた朝は/クラクションの音も遠く感じる/なんだか自分も遠く感じる/苦しくないのに頼りないんだ/ちょっぴり悲しくなるけど/今日はいい天気/Just like a boy/Just like a boy/まるで少年のように街に出よう」(遠藤ミチロウ『Just like a boy』)。
 80年代のザ・スターリンにはほとんどシンクロしなかった俺だが、21世紀の遠藤ミチロウにはやばいくらいにシンクロする。物事にはタイミングというものがあり、そしてまた、今はそのタイミングが合わなくてもいつか合う時が来ると期待して、気長にやってみるも大事だということだ。


2004/11/06 [土]   

■今日もあり得ないほど眠い一日。もうどうしようかと思った。もちろん必要な情報を伝えなかったり、ウソを言ったりすることはないが、眠い時や体調の優れない時は「よし、いやというほど明確に説明してやるぜ!耳の穴かっぽじってよく聞けこの野郎!」という気合いが入らないので自分が楽しくないのだ。
 正直な話、今年は引き受けた仕事がほんの少しだけ多すぎたかもしれない。帰り、梅田で肩&背中もみ30分。これが必要。

■最近読み終わった本。
佐藤卓巳『言論統制』(中公新書)
→敵の悪口を言ったり否定することが、決して自分が正しいことの証明になるわけではない。そして敵も、多くの場合は己と状況に誠実であろうとしてその立場にいるのである。

■今日買ったCD。
『イエスタデイをうたって』
→もとはアニメか何かのサウンドトラック版のようだが、宍戸留美が、森田童子の『ぼくたちの失敗』『ぼくが君の思い出になってあげよう』をカバーしているのを聴きたくて購入。宍戸留美の声で歌われる『ぼくたちの失敗』は、学生運動敗北後の1970年代の磁場から歌を解き放ち、より普遍的な響きを持っている。「変われないぼくたちがいた」「ダメになったぼくを見て/きみもびっくりしただろう」。こういうアタマの抱え方はいつの時代もあり得るのである。
 『ぼくが君の思い出になってあげよう』は逆に、森田童子の方向に宍戸留美がずるずると引き摺られている。あえてそうしたのかもしれないけれど。聴けば聴くほど、70年代が立ち上ってきてしまう。

■フォームメールへのお返事。
4 Nov 2004 02:10:42 +0900
→きっと、自信がないのでしょうね。小林よしのり的日本スバラシイ論の背後には、日本経済の衰退によって自信を喪失したオヤジたちの丸まった背中が透けて見えます。あの程度の「自由主義史観」とやらで癒されているなら、お安いもんだなと最近は思うようになりました。


2004/11/08 [月]   

■ありとあらゆる場所に転載を。

 ファルージャ市民からの手紙

アメリカの戦争犯罪を許すな。

■草餅を思い切り頬張ったらカビの胞子が口いっぱいに飛び交って最凶。草餅じゃなかった。そうだ、3日前にはゴマあんこ入り白餅であったのに。

■2週間ぶりにスポクラへ行き、トレッドミルの上で走る。15分もしないうちに喘息が出始めたので中止し、プールへと移動。調子悪い時は無理するものじゃない。
 喘息もさることながら、走っている時、脇腹の肉が微妙に揺れたのに危機感をおぼえた。阪急百貨店の北海道フェアで買ったチーズケーキを3本立て続けに食べたのがいけなかった。しばらく菓子は自粛する。と決意したその夜に、阿久沢が焼いてくれたアップルパイを食べてしまった。
 俺は糖尿病になりたくない。糖尿病そのものがこわいのではなく、甘いものを食べられなくなるのが恐ろしい。

■フォームメールへのお返事。
6 Nov 2004 23:12:05 +0900
→夢窓疎石と相談の上天竜寺船を派遣したのは足利直義です。しかし、天竜寺造営を計画したのがそもそも足利尊氏なので、教科書などでは足利尊氏が派遣したという表現になっているのでしょう。入試問題を解く上では「足利尊氏」で記憶しておいた方が都合がいいと思いますが、直義も関係している、くらいは知っておいて損はないでしょう。冬期講習、センター日本史はテストゼミ、関関同立は問題演習をやります。問題演習といっても答え合わせしても仕方ないので、1の問題で5の知識を確認できるような講義にします。

7 Nov 2004 23:04:52 +0900
→僕も、妻以外の新聞記者は嫌いです。信用していません。他人の不幸で飯を食う仕事は新聞記者だけではないですが、その自覚がない連中が多すぎます。野村秋介がなぜ朝日の本社で自決したのか、真剣に考えないやつは散弾銃で蜂の巣にされてしまえ、です。僕が新聞記者を辞めたのは、そういう嫌なやつになってしまいそうな気がしたからですが、やりようによっては妻のような記者にもなれたのだから、あまり大きな声で新聞記者の批判をする資格はないです。


2004/11/09 [火]   

■今日も朝から晩まで仕事をした。えらい。昼ごはんに予備校の近くに来ている移動メロンパンを買おうと楽しみにしていたが、昼休みはつい転た寝をしてしまい、食べ損ねてしまった。帰り道にコンビニで水道料金を払い込んだ以外、全くお金を使わない一日であった。

■文人、リンボーダンスに失敗して鼻っ柱を強打し、鼻血を流して病院送りに。
 学童保育でリンボーをして遊んでいたのだが、背が高いため棒をくぐりきれず、上を向いたまま上体を起こしてしまったらしい。俺が帰宅したら、鼻筋がちょっとだけ青く腫れており、細長く縦に湿布を貼っていた。本人はそのことよりも、抜けそうな前歯がさらにグラグラに(文人流に言うと「ペラペラに」)なったことを強くアピールしていた。

■兄弟で「アルゴリズム体操」を練習しマスターした。もうちょっと磨けば、一生もんの宴会芸になるぞ。俺の葬式の余興でやってくれ。
 その兄弟は今夜初めて二人そろって二段ベッドで眠っている。やや寂しい。

■フォームメールへのお返事。
8 Nov 2004 23:24:07 +0900
→あー、iPod Photoですねぇ。僕も何のために写真の機能を盛り込んだのがさっぱり理解できません。写真を見ながら音楽を聴く自分っていうのがどうにも想像できないのです。実際に使い始めたら、案外楽しい使い方が見つかるのかもしれませんが、なかなかそういう気にはならないです。

8 Nov 2004 23:55:18 +0900
→ノープロブレム。そして励ましのお言葉、どうもありがとうございます。


2004/11/10 [水]   

■歯列矯正をしている麦人のリテーナー(矯正終了後、歯が元の誤った位置に戻ろうとするのを防ぐ器具。形状は入れ歯と似ており、我が家では「入れ歯」と呼んでいる)がなくなった。麦人は「歯を磨く時に流し場の横に置いた」と言うのだが、そのあたりをいくら探しても見あたらない。仕方がないので今日は一日、入れ歯なしで過ごさせた。
 これがないとせっかくの矯正が無駄になるので、歯医者さんにまた新しいリテーナーを製作してもらわなければならないのだが、矯正は保険が効かないので、高く付くのである。帰宅後、麦人と俺と二人で家中を探したが、やっぱり見つからない。「仕方ないから新しいのを作ってもらう。その代わり、お詫びのしるしとして父ちゃんにマッサージをしろ」と命じて、全身を揉ませてやった。
 そしたら、寝る時になって二段ベッドの枕元から入れ歯発見。ああよかった。マッサージしてもらった分、徳をした。

■それにしても開業医の多いことよ。先月も1軒、近所に内科医が開業した。これで徒歩5分圏内に内科医だけで3軒、10分圏まで広げれば6〜7軒ある。歯科医に至っては15分圏内に10軒近くあるのではないだろうか。これで過当競争にならないのか、経営が成り立つのか他人事ながら心配になるが、これで成り立つのならやっぱり医者っておいしい仕事なのかもしれない。
 競争が激しいせいか、最近の医者はサービスがよい。昔風のおじいさん先生は、聴診器当てたら病状の説明もなく「じゃ、薬出しておきますから」で終わりだが、若手は紙に図を書いて丁寧に説明してくれる。よいことである。
 俺が町医者に行くのは風邪をひいてしんどいときと、のどや気管の調子が悪い時だけで、こっちから薬をリクエストする。あれこれと処方してくれるが、いりませんいりませんと言って、咳止め、イソジンと喘息の貼り薬、喘息発作時の吸入用ステロイドだけもらってくるのである。

■この男は自分が何を言ったのか分かっているのだろうか。「小泉首相は9日、米軍などによるイラク・ファルージャへの総攻撃を支持する考えを表明した。国連のアナン事務総長はブッシュ米大統領に「武力行使がイラクを不安定化することもありうる」と懸念を伝えているが、首相は総攻撃を治安安定への努力と位置づけ、米国支持の姿勢を改めて鮮明にした」(アサヒコムより)。
 お前のようなやつは「テロ」で殺されてしまえ。無差別爆撃・ジェノサイドを支持する者こそ「テロリストの仲間」である。小泉・ブッシュ・シャロンに対する「テロ」を俺は断固支持する。本サイトは今日より、「テロ」支援サイトを名乗ることにする。

http://humphrey.blogtribe.org/entry-0e7f9fee7cbc191bc4da2e878562dc62.html

要するに米軍の意図は、犠牲者が集まり、その総体的事実が判明しやすい病院という「事実の集積現場」を封鎖し、犠牲者の数を数えられないようにすることによって、ファルージャ市民や他のイラク国民、あるいはイラク戦争に批判的な国際世論に対する「情報戦」を展開することにあるのだ。そして病院が米軍に占拠され、負傷者が行くことが出来なくなれば、数えられないままに亡くなっていく犠牲者が誰にも知られることなく増えていくことになる。あるいは負傷者は、とくに男性の場合は「武装勢力」と見なされ、治療を受けることもなく拘束され、ヘタをすればそのまま放置、見殺しにされる恐れもある。そして、彼らの死は、「犠牲者数」にはカウントしてもらえないのである。
http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/diary/archives/200411/090328.php

■今日読み終わった本。
五十嵐太郎『新宗教と巨大建築』(講談社現代新書)


2004/11/11 [木]   

■何でこの季節はこんなに眠たいのだろう。腰掛けたとたんに意識が飛びそうになる。横になることだけでこの上なく幸せになれるから、元は取っている気はする。

■軍事には素人の俺が考えても、ファルージャを総攻撃するぞするぞと何日も前に言っておれば、ザルカウィなる人物(本当にこのような人物が存在するのか俺は疑問に思っている)と武装勢力主力が現在、ファルージャに残っているわけないのである。してみると米軍はいったい何をやりたいのか。とにかく何かをやらなければ格好がつかないという理由で殺戮しまくっているのか。イラクの情勢は、我々が想像する以上にヤバいのではないか。
 そしてブッシュは、「テロリストはファルージャにほとんど残っていなかったが、そう信じるに足る理由があったから攻撃は正しかった」と開き直り、我が小泉はそれを支持するのだろう。呪いあれ。
 で、その小泉だが、「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と。ひょっとするとこの男は、自衛隊がそこにいれば、鉄砲玉やロケット砲が飛び交おうと非戦闘地域と解釈するのか。馬鹿である。このような馬鹿を首相にしたままの我々が一番馬鹿だが。

■「何でもない日には/何でもない歌を歌おう/僕は電車を降りて/商店街を歩いている」(友部正人『何でもない日には』)


2004/11/12 [金]   

■講義は、講師と生徒さんたちとのやりとりだなぁとつくづく思う。
 この時期、肉体的にとてもしんどいのは、俺個人の仕事量が多くてくたびれているせいだけではない。生徒さんもこの時期は焦りも出てくるし、模擬試験の成績もいつもいいわけではないし、夏以来の疲れも出てくるしで、かなりしんどいはずなのである。教室で向かい合うことで、俺はきっと、生徒さんのしんどさを幾分か吸収しているのに違いない。反対に、正面を向いて話を聞いてくれる生徒さんが何人かいると、逆にエネルギーをもらって元気になるような気がする。
 俺の仕事のひとつは、講義を通じて生徒さんを少しでも元気に、受験に対して前向きにしてあげることなのだろう。そのためには俺が寝て食って元気でいなければならないのだが、なかなかしんどい季節ではある。明日はマッサージに行こう。

■フォームメールへのお返事。
11 Nov 2004 21:56:16 +0900
→ヤセル・アラファト氏について批評するなんてことは僕には無理な話です。ただ言えるのは、僕がアラファト氏の立場にいたら、逃げ出したと思います。タフな人だったと思います。


2004/11/13 [土]   

■今日も前半は好調だったんだが、後半に入ってあり得ないほどの眠気に襲われ、ヤバヤバだった。本当に眠い時は目の前に星が舞って舌がもつれる。それでも話すべきことはちゃんと話しているので、我ながらプロだなぁと感心したり。

■今読み中の本。大塚英志『「伝統」とは何か』(ちくま新書)。
 俺は文学部史学科を卒業しているが、学生時代はほとんど歴史の勉強はしていない。多少本気で取り組み始めたのは、今の仕事に就いてからで、ああ歴史は面白いなぁと心底から思ったのも、この仕事を始めてからのことである。
 自分がこれまで常識だと思っていたこと、ずっと昔から変わらずにあると思っていたこと、みんながそういうものだと信じて疑わないこと、それらのものに「起点」がある、ということを歴史は教える。たとえば大塚は、母性本能なるものが近代起源のものであることを証明する。保守政治家が妄論の根拠にする「伝統」など、その程度のものに過ぎない。
 そして「起点」があれば「終点」もまたあり、さらに新しい「起点」がある。世界は変わりうるのだ。たとえそれが自分の目の黒いうちの出来事ではないにしても。その先のことは知らぬ、過程に奮迅すればよし。そうだろ、アラファトさんよ。


2004/11/14 [日]   

■このところ麦人は、ルパンとかシャーロック・ホームズのシリーズを学校の図書室から次々に借りて読み続けている。面白いと思ったものにはのめり込むタイプのようで、寸暇を惜しんで活字を追っている。風呂上がりも、親が消灯しようとすると名残惜しそうに本を閉じる。
 マンガしか読まない子供だと思っていたらそうでもないようだ。この子はこちらから強く働きかけなくても、自分で面白いこと、楽しいことを探す力を持っているようである。「江戸川乱歩はあんまり面白くなかったよ」と言っていた。

■文人のテーブルマナーがたいへんに悪い。肘を突いて食べる。片手を食卓に出さない。箸と左手を一緒に使って口に食べ物を押し込む。椅子にまっすぐに座らない。茶碗を左手で持たないのでぽろぽろ下にこぼす。死者に供える時のように箸を食べ物に垂直に立てて放置する。食べる前に匂いを嗅ぐ。と、極悪テーブルマナーのデパートとも言うべき状況である。そのくせ、コロッケとか餃子とか、個数が数えられるものについては、一人あたりの個数を算出して「一人3個だよ!」としつこく念を押すので鬱陶しい。
 さらに問題なのは、注意しても注意しても直らないことである。俺は1回の食事ごとに最少でも2回は注意を与えている。「左手を出せ」「匂いを嗅ぐな」「まっすぐ座れ」と。もう半年近くになるだろう。
 それでも直らないのは、直そうとする意志が皆無か、アタマのネジがどこか抜けているとしか思えない。先週までは食事のたびに少々、いや相当に腹が立っていたが、今となってはそういう文人の姿勢というか、生き方というか、どうしようもない実存というか、そういうものが貴重に感じられるようになってきた。文人がちゃんと食事できるようになったらつまらないかもしれない。


2004/11/15 [月]   

■午前中、子供2人を近所の図書館へ連れて行く。文人は「怪傑ゾロリ」を2冊、最初行き渋っていた麦人は、ルパンシリーズを規定冊数ギリギリの10冊借りた。テーブルの上に山のように積み上げて、タイトルをチェックしていた。
 彼らが本を選んでいる間、俺も児童書を見て回った。日本史の本では、そのままでは使えないが、一言二言説明を追加してイメージをふくらませるネタにはいいかも、というのが何冊かあった。
 伝記コーナーに『ボブ・マーリー』『スティング』があったのには苦笑した。『ボブ・マーリー』を手に取ってみたが、ダメダメだ。「ボブはリタの目を盗んで他の女性たちとも情事を繰り返し、何人もの子供を産ませた」とか書いてある。まぁそれは事実なのだろうが、もう少し書きようがないものかね。きっと、ボブ・マーリーは図書館や小学校の図書室で出会うべき人ではないのだろう。ぎりぎり許せてマーティン・ルーサー・キングjrまでだな。図書館とはまず野口英世やシュバイツァー、ヘレン・ケラーにミセス・キュリーと出会う場所なのである。

■11/13の新日本プロレス大阪ドーム興行の情報を聞くにつけ、プロレスはいよいよだめなのかもという思いが強まる一方だ。何を見せたいのかさっぱり分からない。やる方は、長州力のインタビューを読む限りでは問題点を正確に把握しているにもかかわらず、それを実行できる人間がいない。根本的には他団体時代を迎え、プロレスラーという仕事の垣根が極端に低くなっていることがあるのだろう。神に選ばれるにも等しかったプロレスラーの登竜門から神がいなくなってしまったのだ。今のレスラーに神が宿らなくなっても不思議はない。プロレスは遠からず、少数の好事家が密室で愛でるようなジャンルになっていくのだろう。
 俺がそれを悲観しているかと言えばとんでもない。逆である。俺はそもそも、後退戦を戦うことを使命として生まれてきた男である。プロレスラーはもはや神に選ばれし者ではないかもしれないが、逆にファンは神に選ばれし者にしかつとまらない時代になったということだ。俺は、プロレスファンである。

■今週は休みが多いのでちょっとラク。


2004/11/16 [火]   

■元町へ台湾式足つぼマッサージを受けに行く。最近、店や施術者による上手下手が少し分かるようになった。この店はものすごく上手い。足の裏全体を2、3回触っただけで、疲れている部分を察知してくれる。今日は「肺・気管、大脳、腰、首が…ていうか、もう全部お疲れですね」と言われた。はい、もう全身ぐだぐだです。そして、閉じたまぶたに星が舞うほどぐいぐい押してくれる。「これはなかなかすごいですね。ここまで足の裏が凝っている人も珍しいですよ」と。年内にもう一度行きたい。
 少し時間が空いたので、軽くなった身体で、元町から三宮まで、なるべく裏通りをゆっくりゆっくり歩く。心なしか雑貨店や古着屋がいつもよりキレイに見えた。

■三宮で『モーターサイクル・ダイアリーズ』を観る。エルネスト・チェ・ゲバラの、青春時代の南米旅行だ。
 俺は主人公のこの若者が将来、あのチェ・ゲバラになるのだということを前提に観ているわけだが、彼がゲバラではなかったらどうなんだろう、と途中から考えながら観ていた。すぐに俺の頭に浮かんだのは故香田証生さんである。特にはっきりと口に出して言える目的や目標もなく、でもそこに行きたい、行ってそこを見たい、と旅立つ若者に、どうして石を投げることができるだろうか。そこへ行こうとしない自分を恥じる必要はないと思うが、そこへ行こうとする若者には、満腔のエールを贈ってやって然るべきではないだろうか。
 きっと、今でも世界中にはたくさんのゲバラの卵たちがいるのだろう。旅する彼らは、社会の不正、権力を持つ者の狡猾さと厚かましさ、闘うことの困難さを知るだろう。あのころと今が違うのは、マルクス主義のような大きな依り代が見あたらないこと、ゲバラやアラファトのようなカリスマが力を持つ時代ではないということだ。
 それは仕方がない。そういう時代なのだから。俺はゲバラのようにバイクに乗って旅に出ることはもうしないだろうが、ここでこうやって寝てご飯を食べることだって、旅することと同じだと思っている。先住民族やハンセン氏病患者に出会うことはないかもしれないが、妻や子供たちの顔は毎日しっかり見ている。
 ゲバラTシャツ、以前は好きでよく着ていたが、もう着る必要を感じない。

■フォームメールへのお返事。
14 Nov 2004 23:28:50 +0900
→そうなのです。本人が恥をかくのでテーブルマナーはしっかり身につけさせたいのですが、本人がその必要性を感じていないせいか、何度注意しても身に付きません。これは将来、本人が自分で恥ずかしい思いをしないとだめなのかも…という気持ちになってきました。


2004/11/17 [水]   

■ボ・ガンボスのトリビュートアルバムが出ると!あまりに嬉しいので公式サイトからテーブルのソースごと貼り付けておく。
・トンネルぬけてUA & リトルクリーチャーズ
・夢の中 YUKI & 麗蘭
・絶体絶命うつみようこ & マチルダロドリゲス
・魚ごっこ渡辺美里 & 東京60WATTS
・泥んこ道をふたりLeyona & 東京スカパラダイスオーケストラ
・助けてフラワーマン/トータス松本 & BLACK BOTTOM BRASS BAND
・ポケットの中 Soul FLOWER UNION & The Groovers
・あこがれの地へ今野英明 & 吾妻光良&The Swinging Boppers
・夜のドライブ甲本ヒロト&ROCK'N ROLL GYPSIES
・ダイナマイトに火をつけろYO-KING & THE PRIVATES
・もしもしOK!!奥田民生 & Sparks Go Go
曲名を眺めていても涙が出そうだ。

■夜に甘いモノを食べると覿面に脇腹に贅肉がクルのが分かっていながら、身体が甘いモノを求める。甘いモノは素晴らしいのだ。甘いモノが家の中にあるだけで嬉しくなる。神様が部屋の片隅ににこにこ笑いながら立っていらっしゃるようなものである。神様がいらっしゃるというのにお相手しないわけにはいかない。コーヒーを淹れて俺は甘い神様としばしの法悦を過ごす。
 しかし、甘いモノを求めても、家の中に無ければ食べられないのだから、甘いモノを買わないというのが基本戦略になるわけだが、先週から今週にかけては、ミスタードーナツのスケジュール帳を手に入れるという理由をつけて、毎日のようにドーナツを買って帰り、せっかくあるのだからという理由で食べ続けていた。
 このままではまずいので、甘い神様をあまり買わないように、買ったものをここに記録して自分にプレッシャーを掛けることにする。
 今日買った神様→ダイエーのバームクーヘン。

■麦人のマッサージが天才的に上手い。教えたわけでもないのに、なぜ分かるのだ、と言いたくなるほど、腕や脚のツボを的確に突いてくる。しかも、手が小さいので力がツボに集中して掛かり、実に気持ちがいい。最近はプロみたいに、皮膚をトントンとつついてツボを探すような所作もするようになった。
 欠点は飽きっぽいことで、5分以上続けてやってくれないことだ。


2004/11/18 [木]   

■朝と晩、2度にわたって文人と喧嘩となった。小学生相手に喧嘩とは我ながら大人げないと思うが、これは価値観の相違というか、生きるリズムの違いがぶつかったものと考えるのでやはり喧嘩と言うのがいちばんしっくりくる。
 一言で言うと俺は、文人のテーブルマナー他の悪しき生活習慣について、一度どころか同じことを100回注意しても直らないのが甚だ気に入らないのである。朝、彼は必ず靴下を履かないままランドセルを背負って玄関に向かうので、俺は毎朝「靴下を履いて行け」と声を掛けている。俺は親切のつもりなのに、彼はぶんぶん怒って靴を履いて出て行く。怒りのせいで彼は今朝、手提げ袋を玄関に忘れていった。
 夕食の時も、俺は毎回「左手で茶碗を持て」と注意をしている。彼は食卓に置いたままの茶碗に箸をつっこむだけで、左手で支えることをしないから飯を上手く口に運ぶことができず、あまつさえ空いている左手を直接茶碗につっこんで箸使いをサポートするのである。
 子供なのだから上手にできないのは仕方がない。どうして毎日注意されているのに直らないのかが、俺には不思議なのだ。決して馬鹿な子供ではない。文字の読み書きや計算などは相当に得意な部類に入ると思われる。なのに、生活習慣上の注意は何百回言われてもダメだ。同じことを言われていることは分かるようで、彼はそのたびに不機嫌になり、俺も同じことを言い続けると腹が立ってくる。悪循環である。
 阿久沢によれば、文人は「そういう子供」なのだという。生活習慣上の諸注意に関しては、ザルのように素通りしてしまうようにできているのだから、仕方がないのだという。そうかもしれぬ。
 とりあえず明日からは、食事の時に文人が視界に入らないように席替えをすることにした。

■今日いらっしゃった甘い神様→金柑の砂糖漬け。十三駅前の屋台で購入。のどの痛みに効くというので。

■今日読み終わった本。
鶴見俊輔『戦後日本の大衆文化史』(岩波現代文庫)
大塚英志『「伝統とは何か」』(ちくま新書)
→「ぼくは高校の社会科教師の免許を形だけは持っているが、仮にこの教科書(「あたらしい歴史教科書を作る会」編纂の歴史教科書)を使わなくてはならなかったとしたら、いま記したような前提に立って、むしろ「歴史」が常に「政治」によって作られていくものであり、そして、他人の語る歴史の嘘を暴くことはそう難しくないが、自身が歴史を「つくる」ことの愚かしさには気がつきにくいことを、うまく教える教材としていかせる気さえする」(p203)。


2004/11/19 [金]   

■朝起きたら喘息がちょっとひどかったので、内科医へ行って吸入&薬の処方をしてもらう。ゲバラなみにひいひい鳴っていたのどが、吸入を3分ほどしたところで嘘のようにおとなしくなった。この病気ほど「喉元過ぎれば熱さを忘れる」な病気もない。
 今年は喘息発作がよく起きるなあ。なんでだろう。

■ipodをシャッフルで動かしていたら、山口百恵『いい日旅立ち』がかかった。谷村新司の曲だ。山口百恵が歌っているからこそいい歌なのかもしれないが、どんなファッキングな奴でも1曲くらいはいい歌を書くものだという好例ではある。「いい日旅立ち/夕焼けを捜しに/母の背中で聴いた歌を道連れに」。「歌を道連れに」ってのがすごくいい。「ああ 日本のどこかに/私を待ってる人がいる」。阿久沢が俺を待っていたかどうかは定かでないが、実は俺と阿久沢は当時はお互いに知らないまま、横浜市の同じ区の高校に通っていた。「どこか」とは案外自分のすぐそばにあるものだということを改めて教える。
 「1曲くらいはいい歌」といえば他には、さだまさし『檸檬』、武田鉄矢『思えば遠くへきたもんだ』などが思いつく。

■明日は麦人・文人の個人面談。

「魂花放談」より転載

houdan_id:[8233] 情報転送

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中川敬(SFU) 2004/11/14(Sun) 17:55


ファルージャにもたくさんの友人をもつ高遠菜穂子さんからのメール転送します。
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 最近、報道を見るたびに嫌な気分になる言葉が二つある。「スンニトライアングル」と「武装勢力」だ。スンニトライアングルっていうのは空から誰かが見た三角形なのでしょう。その言葉にファルージャの人たちはとても嫌な顔をする。イラク戦争で兵士だった知人は「スンニトライアングルと呼ばれるエリアで、同じ塹壕で生死を共にした戦友はシーア派もいたし、クリスチャンもいたよ」と言っていた。ファルージャに駐留していた米兵たちはスンニトライアングルは危険だと思い込まされていたから、余計に人々を脅すようなやり方で押し入っていったのだ。その言葉の生み出した誤解が今までにどれほどの人の命を奪っただろうか。
 悲劇は日常的に起こる。ある家族が車で移動中に米兵2人に止められた。2人の米兵は英語で家族に「車から降りろ!」と怒鳴った。英語のわからない家族は車から降りない。一人の米兵が後部座席のドアを開け、座っていた娘の腕を引っ張り引きずり出そうとした。運転していた親父は焦って米兵を撃ち殺した。それを見たもう一人の米兵が親父を撃ち殺した。それを見た息子がその米兵を撃ち殺した。この話を聞かせてくれたファルージャの住民は「死んだ理由はあるけれど、死ぬべき理由はどこにもない」と言った。恐怖に怯えていたか、イラク人を人間とみなしていなかったか、英語を話さない下等動物と思っていたか、彼ら米兵は銃を向けて威嚇した。そこにわかり合おうとする試みも誤解を解こうとする余裕もありはしない。こんな話が毎日いたるところで起きていた。スンニトライアングルという言葉はもう死語だ。攻撃するのに都合のいい言葉に過ぎない。日々変わっていく情勢に翻弄されているイラク人に、メディアがこの言葉をいまだに使い続けているなんて申し訳なくて言えない。
 外国人武装勢力も、あくまでも「ファルージャ被害者の会」のようなムジャヒディンのことも、全部まとめて「武装勢力」とするのはひどすぎる。武装勢力を捕らえたという映像を見るけど、不信に思った私はイラクに電話をかけまくった。
あれは100%民間人だとイラク人は言っている。ファルージャ総合病院にいた人たちはおそらく、従業員と近所の人だ。病院という病院をすべて占拠、そして破壊していったら誰が手当をするの?国境も何も封鎖して誰が援助に入るの?武器を持っていないファルージャの民間人に取っては、米軍が最大の「外国人武装勢力」だ。
 外国人武装グループが人質を処刑するようになって、ジャーナリストやNGOが激減して、もぬけのカラになった所でタイミングよく米軍の「包囲攻撃」。どっちのやっていることもイラク人を苦しめるだけ。なんでそんなに連携プレーでイラク人を苦しめるの?イラク人は助けを受けることも、果ては水や食料を受けることも、雨期に入って寒さをしのぐ防寒具も受けられないままでいろと言うのだろうか?「武装勢力」よりはるかに多い人々は「多少の犠牲はしかたない」という言葉で片付けると言うのだろうか?「包囲」って恐ろしいっていうことをやっとわかってもらえただろうか?それでもまだ、「人道支援を進めるためにはこの軍事作戦が必要だ」と言うのだろうか?もう誰も死なないでほしい。米兵も、イラク人も、誰も彼も。

■フォームメールへのお返事。
16 Nov 2004 21:16:18 +0900
→あー、いいなあ、その仕事。僕は着ぐるみの中に入って子供たちの注目を浴びてみたい。昔、僕自身が幼児だった頃ウルトラマンのイベントに連れて行ってもらったことがあるのですが、そのときサイン会をしていたウルトラセブンの頭のチャックが少し開いていて、中の人の髪が見えていました。「髪の毛が見える!」と大声で叫んで指さしたら、セブンが焦ってチャックを閉めようとしたのをおぼえています。ヒーローは大変だ。

17 Nov 2004 01:21:59 +0900
→最近、外で食事をする時にも周囲の人のテーブルマナーが気になるようになってしまいました。おっちゃんの2人に1人は片手で食べてますね…。付け合わせの野菜に全然手を付けない大人も多いです。指導してやる!

17 Nov 2004 11:46:49 +0900
→癒しはさほど必要ではないのですが、そのピアニストは良さげですね。今度聴いてみます。

17 Nov 2004 23:00:28 +0900
→おお、確かに宴会芸としてはいいですね。僕は今後、芸が必要な宴会に出席することは永久にない(ことを祈る)のですが、万一のために僕も練習してみます。

18 Nov 2004 01:07:34 +0900
→小泉打倒をアジるのもよいし、部屋で昼寝をするのもよいし、街をぶらぶらして衝動買いするのもよいし、怪しげなツボを売り歩くのも良いでしょう。「向こう岸」にいる(いさせられている)人々との存在と、その存在を見えなくしようとする装置の存在に気が付けば、やるべきことはそれぞれに見えてくるでしょう。Get up, stand up!


2004/11/20 [土]   

■麦人文人の個人面談で小学校へ行った。

■まず文人。学校でも、生活指導の注意が右の耳から左の右に抜けているそうである。朝礼の時、文人がズボンのひもをいじって校長の話を聞いていないので担任の先生が注意し、5分ほどして見たらまた同じようにいじっており、さらに注意をしたがあとで見たらまたいじっていたそうだ。他にも、ピアニカの収納方法とか工作の手順を先生が説明しても、翌日、何も聞いていません、という顔で質問をするという。それも、クラスのみんなのために自分がきいてあげた、と、さもいいことをしているかのように質問するそうである。
 やはりこの子の頭の構造は少し変わっている。麦人はほぼ俺の理解の範疇で行動するが、文人はよく分からない。神様からお預かりした子供と思って、大切に育て申し上げるとしよう。今のところ、学校生活を送る上でものすごく困るというわけではないので、とりあえず家でも学校でも様子をみましょう、ということになった。
 思い起こせば俺も小学生低学年の頃は相当に親や教師を手こずらせた子供だった。因果はめぐる。

■麦人は俺が思っていた以上に「いい子」であることが分かった。「戸田くんは他の子の意見を聞いて理解した上で、自分の考えを加えてさらに良い意見を考えることができる」のだそうだ。止揚というやつだな。俺の子供とは思えない、優しさと協調性を持つ子供のようだ。3年生の担任と麦人の相性が非常に良いこともあるが、「戸田くんはこの一年で、たぶんクラスのメンバーで一番成長した一人ですね」と言ってもらえるのは素直に嬉しい。
 麦人が今も親と一緒の布団で寝ることをどう思うか尋ねてみたところ(麦人は3、4日は2段ベッドで寝ていたが、「やっぱりさびしい」と言ってまた親と寝るようになった)、先生の高1の息子さんも親と寝ているという。「どうせ彼女ができれば頼んでも親の相手はしてくれなくなるから、それまでは甘えたい放題甘えていていいんじゃないですか」と。いい先生だ。

■髪の毛を切った。ワックス付けてつんつんだ。
 たくさん切ってもらうとモトを取った気がするな。金色にするかどうか検討中。

■最近、長州力は白髪を隠すために茶髪にしているようだが、だめだ。白髪のロン毛でリングに上がるべきだ。白髪を振り乱してリキラリアット、なんてかっこよすぎると思うのだが。


2004/11/21 [日]   

■夕食後、頭から掛け布団を被って闘う「ふとんマン」ごっこをして遊んでいた麦人と文人だが、興が乗ったのか激しい縺れ合いとなり、抱き合ったまま二人そろって転倒。文人は部屋のコーナーで頭部3カ所を同時に打って大泣き、麦人もどこでどうしたのかは分からないが、足の親指に擦り傷をつくって泣きそうになった。とりあえずダメージが大きい文人を慰めてから、闘いごっこ禁止を申し渡す。明日になれば忘れていることは承知の上ではある。
 そのまま風呂に入った二人だが、風呂の中では一緒に歌ったり、アニメのせりふの群読をしたりしてあっという間に関係を修復していた。なんだかんだ言って仲の良い兄弟なのだ。
 風呂上がり、二人して裸踊りをしていた。二人とも腰を左右にくいくいと振ってタコ踊りをするのだが、麦人の腰のキレは特筆ものである。「これをやりすぎると腹が痛くなる」というくらいのキレのよさだ。

■今読み中の本。森達也『世界が完全に思考停止する前に』(角川書店)。この本にも書いてあり、俺も前から感じていたことではあるが、姓無し明仁氏って、「今この時」に自分が天皇という地位にいることを真剣に考えている人間なのではないか。「天皇家は朝鮮人の子孫」発言といい、「日の丸君が代の強制はいけない」発言といい、断片的な発言から「透明な存在」ではいまいとする彼の意志を強烈に感じるのは俺だけであろうか。
 天皇であれ誰であれ、何らかの意志を持つ人間が、いかなる場面においても、一生、それを表現することができないという状態はやはりおかしい。俺は明仁氏の考えを聞いてみたいと強く思う。俺は日本国憲法第一条は削除すべしと考える改憲派だが、仮に天皇が日本国民統合の象徴であることを黙認するとしても、結婚相手がなかなか見つからなかったり言いたいことも言えなかったり鬱になるようでは、象徴として仰ぐわけにはいかぬ。君側の奸を芟除し、彼らを解放してやろうではないか。


2004/11/22 [月]   

■今日も某出版社の皆さんと教材作成の会議。さくさく終わった。確立された方針、有能なコマンドが少数いれば、物事はさくさく進む。

■文人がアニミズムの世界に生きていることが今日確認できた。彼は、日常慣れ親しんだ道具が捨てられることを心から悲しむ。悲しむだけではなく、親がそれをゴミ箱から救出するまで、ポロポロ涙を零し、食事をしなくなる。
 今日の夕食は蟹鍋(ダイエーで860円。ロシア産ズワイガニ。身が極めて貧弱で、安物買いの銭失い)だった。文人は愛用の箸を蟹足に突っ込んで身をほじくっていたが、力を入れすぎたせいか、蟹の中で箸がポキンと折れてしまった。あー、これはもうだめだね、新しい箸を出すよ、と、新品の箸を文人に渡したところ、彼は凍り付いてしまったように食事をそれ以上進めようとしない。箸にミッキーマウスが付いているのが気に入らないのか、と別のを持ってきてもダメだ。文人は「折れちゃったおはしをかにから出さないの?」と問う。出してももう使えないじゃん、これはもう捨てようよ、と言うと、両目に涙をいっぱいためていた。「僕は、あのおはしが好きなんだ」と。
 そういえば彼は、毛先が完全に開いてしまったピンクの歯ブラシを新品に交換しようとした時も、「歯ブラシ、捨てちゃうの?」と何度も俺に尋ね、ゴミ箱から回収させたのだった。
 結局今回は、折れた箸はセロハンテープでくっつけて永久保存、麦人が使っている箸(文人と同じ製品)を文人用に回し、麦人に新しい箸を使ってもらう、ということで落着した。

■風呂場で兄弟が大暴れして、お湯が脱衣所の床まで激しく跳ね散らかったため叱責。お詫びのしるしに、兄弟並べて腰振りダンスをさせてやった。


2004/11/24 [水]   

■阿久沢が買ってきた『サンダーバード』に麦人がはまりまくり、休みの今日、通して2回観た。『サンダーバード』といい、micmicさんにもらった『パトレイバー』といい、麦人は「任務を持ってかっこよく動く機械もの」が大好きだ。昨日出したばかりのこたつに籠もり、温度ダイヤルを操作して簡易サンダーバード基地を演出していた。正しい小学生男子ではある。

■今日買ったDVD。福島泰樹『短歌絶叫コンサート 絶叫総集編』。
 俺は熱いアジテーションにわくわくする。濃い言葉が人の口から発せられると身動きできないような感じになって、その口もとをじっと見つめてしまう。だから、ドリアン助川は好きじゃないけれど、「叫ぶ詩人の会」のCDは持っている。
 「朗読」はぬるま湯に漬けこまれているみたいで背中が痒くなるが、「絶叫」はサウナ風呂で魂の汗をだらだら流すような快感がある。「六月の雨は切なく翠なす樺美智子の名は知らねども」「二日酔いの無念極まる僕のためもっと電車よ まじめに走れ」「ここよりは先へ行けない僕のため左折してゆけ省線電車」「空に雲雀が啼くわけはない真夜中の坊やよ父が傍にいるから」「坊や坊や やがて別れてゆくからに夢の中でも抱きしめてやる」。
 髪を振り乱して鬼のような形相で、しかし楽しそうにドラムスを叩く石塚俊明がまた最高。一流のミュージシャンて、音だけではなくて演奏する姿も音楽になっている。

■フォームメールへのお返事。
21 Nov 2004 02:18:50 +0900
→確かに、天皇が好き勝手に公の場で発言してもらっては社会を運営する上では大変困るのだけれど、アキヒトが一体何を考えているのか、全部しゃべらせてみたいと思わないか?もう単純に、知りたくてたまらないのだ、僕は。それにやっぱり、アキヒトにしても雅子にしても、考えていることをネットで発表することもできず、全部自分の胸の中で処理しなくてはいけないなんて、絶対おかしい。彼らこそ、日本で一番、誰かに聞いてほしいメッセージで爆発しそうになっている人たちなのではないか。「真剣ロイヤルしゃべり場チャット」とか「エンペラーブログ」とか「プリンセスまさこのひみつ日記」とか「美智子と雅子の交換日記」とか「サーヤ魂」とか、どこかのIT企業で企画してくれないか。(どうですかイエイリさん。)

■先週買った本
吉田伸之『江戸の成熟/日本の歴史17』(講談社)
沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』(文春文庫)


2004/11/25 [木]   

■ヤフーオークションで手塚治虫の『どろろ』と『海のトリトン』がセットで安く出ていたので麦人のために落札、今日届いた。大喜びでさっきからずっと読んでいる。麦人が好きなジャンルはだいたい把握しているつもりだが、文人はよく分からない。女の子趣味があるのは知っているが、最近はプライドが邪魔してあまり表に出さない。いつも寝そべって『コロコロ』とか読んでいるけど。
 その文人はさっき、「本読みの宿題をやるから聞いて下さい!」と仕事をしていた俺の前にやってきたが、その際、国語の教科書を小脇に抱えて「会社に行く人のまね!」と叫んで軍隊行進するように歩いてきた。面白い子供だ。

■フォームメールへのお返事。
24 Nov 2004 01:16:04 +0900
→それはそうだ。彼らには、皇室を離脱する自由を認めてやらないといけない。椎名林檎だが、俺には『無罪モラトリアム』が名作過ぎて(とりわけ『正しい街』)、その後の作品はどれも満足できないのだよ。


2004/11/27 [土]   

■麦人が風邪をひいたようで、学校を休ませた。明け方、ふとんの上でゲロを吐いた。おなかに来ている様子。夕方から38度の熱が出たので、医者に行くように声を掛けたが「いい」と言うので、冷えピタを貼り茶を飲ませて寝かせる。確かに風邪の時にいく医者は、気休めか対症療法用の薬をもらう程度にしか役に立たぬ。寝るのが一番なのである。学生は寝ていればそれでいい。ゆっくり寝ていられない社会人のみ、点滴を打ちに医者へ行くのだ。
 文人も心配そうに体温計を持ってきたり額に手を当てたりしていた。夕食頃にはかなり復活し、うどんを食べる。文人とギャグを言い交わして笑うようになった。
 それにしてもよく寝る。疲れているんだろうな。週末はじっくり休ませる。

■JRの新快速は嫌いだ。新快速の客はみんな殺気立っている。何というか、満員電車に乗る時の「諦念」が足りないのだ。
 俺は高校生時代と予備校生時代に首都圏の通勤電車に乗っていたから、あっちのラッシュ時のすさまじさを知っている。車内に身体を押し込んだら最後、周囲180度を他人の肉体で包まれ、目的地までみんなで一つの肉塊となって揺られていくしかない。押されたり突かれたりするのは当たり前のことで、新聞・雑誌や文庫本を広げるなどとんでもない(小さく折りたたんで広げている人はいるが)。ひたすら諦めて、揺れに身を任せるのである。後ろから押されたら、その圧力に身を任せるのがよい。下手に抵抗するとかえって疲れる。これが満員電車に乗るコツなのだ。
 関西圏のラッシュ時は首都圏に比べれば2割方緩い。だから、満員電車に乗る時も、みんな諦めない。肉塊になろうとせず、個体を主張し、新聞を読もうとする。新聞が他人の身体で曲げられると「ああ!」とか声を出すし、押されると押し返す。だから新快速の車内はあんなに殺気立っているんだろう。
 大阪から芦屋なら、各駅停車に乗っても10分と差は付かない。なるべく時間に余裕を持って、各駅停車で移動したいと思う。


2004/11/29 [月]   

■久しぶりに、子供を寝かしつけているうちに自分が朝まで爆睡。冬の子供はほこほこして気持ちいいのだ。10時間、ノンストップで眠ったら身体が軽いぞ。

■麦人の風邪が完全に治ったのはいいのだが、その反動で喧しい。夜の9時過ぎに、文人と二人、掛け布団を引きずって家中を走り回っていた。

■週末に買ったもの。文人の靴。ミドリガメ1匹。カメは巨大化しても可愛がるという条件付きである。名前はどうする?と二人に尋ねたら、間髪入れず文人が「かめた」と言ったのでそれに決定。

■麦人の赤ちゃん時代のビデオを観ていたら、本人が怒って「僕がいるところでは観ないで」と。文人だと思っていたら自分だったのでショックを受けたという。でもすげぇかわいいんだよ。


2004/11/30 [火]   

■朝食時、例によってテーブルに肘を突いて行儀悪くしていた文人が、ホットミルクの入ったコップをひっくり返した。何十回注意されても何十回となく繰り返してきた悪行であるので、彼は一瞬俺の顔を見て、「しまった」という顔を浮かべるや否や、すっくと立ち上がってランドセルを背負って小学校へと逃げようとした。まるで、粗相をした犬が叱られるのを予期して耳を伏せて部屋の隅へ逃げていくようだ。一発頭を平手で軽く叩いて叱責。一緒にテーブルと床を拭いた。

■この一週間ほど、兄弟並んで学校へ行くようになった。おそらく奈良の誘拐事件のことを含めて、小学校でもいろいろ注意されているのだろう。

■今、俺の周りには甘い神様がたくさんいらっしゃるので毎晩祈祷を行っている(阿久沢がいろいろ買ってきてくれるのだ。よい嫁だ)。板チョコレート、チーズケーキ、モンブランケーキ、金柑砂糖漬け、などなどである。
 チョコレートは飾り立てたり中にどろっとした変なものを入れたりしないで、板チョコが一番いい。10枚入り1カートンが目の前にある。ブラックコーヒーを飲みながら板チョコを「あとこれだけ、これだけで今日は止める」と自分に言い聞かせながら結局1枚食べてしまったりするのはたいそう幸せだ。

■麦人を膝に乗せて爪を切ってやる。赤ん坊の時から何百回切っているだろう。最初は左手の親指と人差し指でつまみ上げるようにして彼の両掌を支えていたが、今では開いた俺の掌の上に、どさっという感じで彼の肉厚の掌が乗っかっている。爪も大きく厚くなり、風呂上がりでないとスムーズには切れない。
 変わらないのは、切りながら麦人の頭の匂いを嗅ぐこと(赤ちゃんくさい→子供くさい)、爪の切れ具合をのぞき込む時に彼の耳たぶと俺の頬がふれあうことである。

■「だから人生を引き算しても、なおかつ自分の中に残っているものがあることを知った時、やっと人は初めて幸せが何であるかがわかってくる。
物(形)と欲望の二つを引き算しないと本当の幸せは見えてこない。その両方を引き算して、存在がゼロになった方がいいのだ。」(ターザン山本「今日のコラム」より)