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2004/05/01 [土]   

■麦人・文人の担任教諭の家庭訪問を迎撃。玄関先の立ち話で終わると分かっていても、いちおうリビングを片づけたりもする。
 文人はまだ海のものとも山のものともつかないし、今のところ学校へは喜んで通っているので、こちらから先生に話すことはあまりない。保育園時代の話とか、ピンク色の服が好きで女の子趣味の持ち主であることを伝えた。優しそうな女の先生も「毎朝、きちんと挨拶をしてくれますよ」という具合に、当たり障りのない話に終始した。「何か学校の方で知っておいた方がいいことはありますか?」。「いえ特に」。「では何かありましたらいつでもおっしゃって下さい」。で終了。
 麦人の先生は、たいへん子供が好きなので小学校教諭をやってますという雰囲気の男の先生。「麦人君は、気が乗ればとても集中して熱心に取り組みますが、そうでないことには手を抜いています」と、1年生の時から変わっていない様子。「でも、いいモノを持っているので、きっと将来味のある人間になりますよ」と。有り難いお言葉である。「まだ親と一緒に寝ているんです」。「それはよいことです」とうなずいていた。「今年の3年生はやんちゃなので、時には教育基本法に反した指導をすることもありますが…」とおっしゃる(麦人によると「おしりをぺん!ってするんだよ」とのことである)。「びしびしやって下さい」とお願いする。
 子供の自由を尊重するとか、個性を伸ばすとか、自由に伸び伸びとか、権利を守るとか、必要ない。学校は子供を抑圧し、型に押し込めておく場所である。始業時刻までに登校することに合理的意味などない。意味などなくてもそうさせるのが学校という空間であり、従わなければおしりぺんなのである。餓鬼にはそういう調教が必要である。学校がそういう場所であればあるほど、子供は自由を渇望し、抑圧と闘うことをおぼえるであろう。それでよいのだ。
 学校が自由で何でも許される楽しい場所だったら、子供はいつまでもおとなになろうとしないではないか。みんなで歌おう!「この支配からの、卒業ォ」。

■先日、電車の中で、俺の前に座っていた女子高生がコテで髪の毛を丸め始め、車内に髪の毛が焼ける臭いが漂った。俺は思った。かかる行為に恥を感じ得ない我が子には育てまいと。そのためには、恥ずべき行為には大人が白い目を向け、時には言葉、時には肉体言語で指摘してやること、つまり調教が必要である。

■これ面白かった。http://fantastix.hp.infoseek.co.jp/syousetu3/kumi.htm

■フォームメールへのお返事。
30 Apr 2004 23:56:32 +0900
→あはは、今日来ていたのはこれです。→http://www.okinawainfo.net/mabuyat.htm
マブヤーってのは、沖縄で「魂」という意味みたいです。何かにびっくりしてぼーっとすることを「マブヤーが落ちる」と言うそうです。


2004/05/02 [日]   

■妻子が神奈川の実家に行っちゃったので、3日まで一人である。阿久沢は3日に帰ってきて、子供たちは5日に2人で新幹線に乗って帰ってくる。新大阪駅まで迎えに行けばいい。夏休みは、2人で新幹線に乗って新大阪−新横浜を行き帰りするのである。2人なら大丈夫なのだ。兄弟がいるって、こういう時すごくいいと思う。きっと彼らは、学生になり社会人になってからも何度となく新幹線に乗るのだろうが、初めて弟(兄)と2人きりで乗った時の景色は忘れないような気がする。そのとき食べたお弁当や、検札にきた車掌さんのバッジの色とかも。

■一人で家にいるのって、最初の1日はだらだらできるし、昼まで眠れるし、割と楽しめるのだが、2日目になると家の中が静かすぎて寂しくなってくる。生活のペースもつかめない。子供が家にいれば、一人で原稿を書いていてもしょっちゅう抱きつきに来たり、描いた絵を見せにき来てくれるし、子供が風呂にはいるときは一緒に入るし、子供が眠ればいよいよ一日も終わりだな、という気持ちになるのだ。一人でいると、めりはりなく切れ目なく、時間だけが延びきったゴムのように弛緩している感じだ。

■最近読み終わった本。
友部正人『ニューヨークの半熟卵』(ビレッジプレス)
→ニューヨークにセカンドハウスを持っている友部正人の生活記録。この人はどこにいようと友部正人なので嬉しい。ニューヨークのことがたくさん書いてある本だけど、そこから聞こえてくるのは何としても友部正人の声だ。友部正人の中を、ニューヨークという街がからんころんと音を立てて転がっている音が聞こえるみたいな本だった。
 1986年出版の『生活が好きになった』(晶文社)という友部のエッセイ集(サイン入り!)は何度読んだか分からない。ちょうど俺の年齢くらいのときに書かれた本で、昨日また読み通したら、更にまたいろんなことにうなずいた。「湯船の中の一穂(友部正人の息子さん)の体は、お湯の中にすぅっと伸びて、九年前につながっている」なんて、俺が毎日感じていることとおんなじだ。

■フォームメールへのお返事。
1 May 2004 16:19:53 +0900
→あのシュプレヒコールつうやつはどうにかなりませんかね。リーダーの言ったとおり復唱するってのは、何だか中学校英語のリピートアフターミーみたいで、馬鹿っぽくていやです。そして今井くんは気合いの入ったプロ市民になってきましたね。プロを貫くなら全力で応援したいです。もう一度イラクに行くのなら、カンパしてあげたいところです。危険地域にはいるのは軽率なのかもしれないけれど、劣化ウラン弾の調査は誰かがしなければならないし、ファルージャでアメリカ軍が何をしたのかは全世界に明らかにされなければならないと思います。自衛隊がやってくれるのなら、僕は日の丸振って応援しますけど。

1 May 2004 20:22:07 +0900
→その件了承です。このフォームからだとそちらのアドレスが分かりませんので、ottosei@ottosei.com にメールをいただければ幸いです。


2004/05/03 [月]   

■3時過ぎ、ぼけーっと外を歩いていたら宣伝用の飛行船が浮かんでいた。
 いいなあ、飛行船。奇を衒ったりどれだけ刺激を強くするかの競争をしている広告の世界の中で、のべーっと空に浮かんで商品名を茫洋と表示しているだけなのがいい。
 飛行船は急がない。飛行船は爆弾を落とさない(落とせるだろうけれど高射砲ですぐに撃墜できちゃうからしないと思う)。地上を歩く人間に向けてミサイルを飛ばさない。飛行船は平和な空に飛ぶ。宣伝用飛行船の運転手ってどうやったらなれるんだろうな。

■空爆って卑怯な感じがする。丸腰の相手に武器で襲いかかるようなものだ。アメリカはファルージャで「プロ民間人」が殺害されて遺体が晒しものにされたと言って怒って空爆したようだが、空爆で民間人の体をいくつ吹っ飛ばしたと思っているのか。

■イギリス軍・アメリカ軍が拘束したイラク人を虐待していたという。そんなこと今更という気もするが、これでもなお、イラク戦争が正しかったとか、自由と民主主義を与えに来たと言うのであれば、そんな口は嘘つきの口だから魔法使いのおばあさんに針と糸で縫いつけてもらうがいい。小泉や石破や安倍もついでに。
 戦争とはそういうことが起こるものだ。だから仕方がない、という方向に俺は考えない。だからこそ戦争はしてはいけないのだ。
 それはともかく、こういう屈辱は、受けた方は一生忘れまいよ。日本軍が中国や朝鮮でしてしまったことをいまだに許してもらっていないように、米英はこの先数百年、イスラム世界から憎悪を浴び続けるだろう。日本はそのとばっちりをもらってはいけなかったのだが。早く自衛隊は帰ってきた方がいい。

■古本で手塚治虫『ブラック・ジャック』全巻を手に入れたので、寝っ転がりながら読んでいる。小学生の頃、当時全盛だった『少年チャンピオン』で連載されていた(俺が小学校高学年から中学生だった頃の『少年チャンピオン』って、『ブラックジャック』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』『ドカベン』『エコエコアザラク』『750ライダー』『花のよたろう』『百億の昼と千億の夜』…と、まさに百花繚乱、千両役者の乱れ撃ちであった)。一度読んだっきり忘れていた話も、最初の1ページを見たとたんに思い出せた。
 戦争より平和。権力より幸福。軍隊よりレジスタンス。追従より反抗。強いものではなく弱いものの味方をせよ。国家権力には警戒せよ。あらゆる不正・暴力・貧困から子供を守れ。企業の利益より個人の幸福を重視せよ。大きいもの・明るいもの・強いものは疑え。追いつめられた者・弱い立場にある者の抵抗は支持せよ。
 手塚治虫が小学生の俺に教えてくれたのは、切りつめて言ってしまえばそんなことだ。それが俺のデフォルトであり、今でもそうである。


2004/05/04 [火]   

■昼前に阿久沢が実家から帰ってきた。ちょっと休んでそのまま仕事へ行くというので、一緒にお昼を食べて、俺は服部緑地でやっている春一番へ。俺の中ではフジロック以上に重要なイベントである。
 いちおう今日のお目当ては大塚まさじ、いとうたかお、有山じゅんじといったあたりだが、必ずやそれ以外の出演者でも収穫があるのが春一番だ。福岡風太・阿部ちゃんという両巨頭のおめがねにかなったミュージシャンに外れはないのだ。

■太田子というサンシンで弾き語る女性、四国からやってきた何とかというブルーズマンは名前も初めてだったけれど、来て良かったと思った。大塚まさじのサポートにHONZIと坂田明が入って『男らしいってわかるかい?』をやったのはとても贅沢だったし、有山じゅんじは相変わらずギターも歌もうまかった。石田長生のバンドはものすげえかっこよくて、体がぐらぐらした。長島愛生園から来たハンセン病の患者さんが歌う江州音頭、握力のない手から、歌詞をメモした紙が何度も落ちるのがなんかもうかっこよかった。

■で、何としても遠藤ミチロウである。ノータリンズというバンドをやっていて、ドラムはあの石塚俊明である。3曲だけだったが、俺は一回も瞬きできなかった。椅子に座ったまま前傾姿勢になって尻が浮いた。とんでもないぞ遠藤ミチロウ。凄すぎるぞ遠藤ミチロウ。これ以上は文字にしても無駄である。これほど驚いたのは初めて生で友川かずきを聴いたとき、復活した早川義夫を聴いたとき以来だ。これはいかん。音源を近日中に全部買ってしまいそうな予感。

■今日読み終わった本
倉本一宏『一条天皇』(吉川弘文堂)


2004/05/05 [水]   

■子供は明日までおじいちゃんおばあちゃんのところなので、阿久沢と2人で過ごした。大雨だし、昼までうだうだして、岡本の貴味蛸でたこ焼きとか点心とかを食べた。阿久沢はそのまま阪急で梅田へ出て映画、俺はいったん家に帰って、音楽聴いたりしてからスポーツクラブへ。帰りにまた待ち合わせして、韓国料理を食べて帰宅。
 たまにはこういうのもいいが、やはりうちは子供たちがいて丸く収まるうちなので、早く子供が帰ってくるといいなあと思った。「早く寝ろ」とか「マンガばっかり読んでるんじゃない」とか「いつまでゲームしてるんだ」と小言を垂れるのも立派なコミュニケーションだったのだ。子供は時にノイズや重しになるが、うちは、それすらも込み込みのうちなのであり、なかったらうちではなくなる。

■俺は予備校でメールアドレスを公開しているので、毎日のようにメールで質問が来るのだけれど、「もうちょっと質問の仕方を考えた方がお互いためになるのになぁ」と感じることが年々増えてきた。
 典型的なのが「××って何ですか?(××には歴史用語や事件名などが入る)」ってやつ。この一言で終わりである。自分が××について何を知っているのか(または知らないのか)、どのような文脈で疑問に思ったのかを一言書き添えてくれればよいものを、その手間を省いているのである。そういう背景が分からないと、俺は山川出版社の日本史用語集にあるような一般的な説明を返信するしかない。それなら生徒さんは用語集を調べれば済む話であり、親指を何度も動かして俺にメール打つ必要などなかったのだから、結局お互い、くたびれもうけになってしまう。
 あと、名前を名乗る必要はないけれど、どこの予備校のどのクラスにいるのか、くらいは教えてほしいものである。それを書いてくれるだけで、いつもより多く答えております。
 予備校も講師も骨の髄まで利用してほしいのである。だから、上手な利用法をちゃんと自分で考えて下さいね。

■どうも人は突出した部分から丸くなるものらしい。若い日々、俺の中で突出していたのは××欲と××欲なのであるが、この2つに関しては後退が著しい。自分でも別人のような気がする。で、もともと大したことなかった部分は、あとあとまで粘り強く維持されるようなのである。××とか、××がそうだ。

■最近買った本。
マルク・ブロック『歴史のための弁明』(岩波書店)
チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理』(産業図書)

■最近買ったCD。
吉田拓郎『豊かなる日々』
加川良『ユーズド』
ノータリンズ『ノータリンズ』


2004/05/06 [木]   

■今日も春一番へ。俺は日本史を教えてご飯をいただいている身ではあるが、日本文化とか日本人とか言われてもさっぱりピンと来ない。が、関西フォークとか春一番に縁のあるミュージシャンとかにはびんびん来る。日本中の神社仏閣が空爆で破壊され、皇室皇族が種なし卵なしで根絶やしになっても俺は何ともないが、こういう素敵な歌を聴けなくなったら困る。命に代えても守るものがあるとするなら(家族は別として)こういう歌どもである。
 一枚の入場券でいくつものバンド・歌手を聴けるっていう機会は本当に貴重だ。CDやライブチャージは安くないから、限られた資金ではどうしても「前に聴いてよかったミュージシャン」を選びがちになる(俺にとってSFUがまさにそうである)。春一番がなかったら、聴き手と永遠に出会えないミュージシャンがいる。福岡風太・阿部ちゃんという2人のプロデューサーが呼んだミュージシャンには本当に外れがないな、と今年はつくづく思った。お二人とも直接の面識はないのだけれど、俺は感謝している。

■後ろの方で演奏中もべちゃくちゃとうるせえ奴らがいたので、文句いったろと振り向いたら7、8年ぶりに会う知り合いであった。つい俺も大声でしゃべってしまった。ちょっと反省した。

■大学を卒業するとき、俺にはこっち業界に進む道もあった。上々颱風の事務所が雇ってくれるという話があったのだけれど、有り難く思いつつも俺は行かなかった。一番好きなものを仕事にしてはいけないと思ったからで、それは間違っていなかったと思う。俺は宇宙最強のアマチュアの聴き手を目指しているのだ。

■今日のお目当ては友部正人加川良。ただし今日は午後6時半に新大阪に到着する息子どもを新幹線ホームまで迎えに行かなければならないので最後までは会場にいられない。たぶん友くんも良さんも最後の方だから、ひょっとしたら両方とも聴けないかなあと思っていたのだが、友部正人が案外早い時間に出てきてくれた。
 野外と言うこともあってか、両足を踏ん張ってシャウトする友部。力が入りすぎたのか、歌詞をワンフレーズ飛ばしたりも。ライブハウスなどでは端正に両足をそろえて弾き語るイメージが強かったので、意外な一面を見た気がした。この人の周りは空気が違う。「知らないことでまんまるなのに/知ると欠けてしまうものがある/その欠けたまんまの僕の姿で/雨の歩道にいつまでも立っていた」(『六月の雨の夜、チルチル・ミチルは』)。ちょっと古い歌だけど、このフレーズが今も耳に残っている。

■今日の掘り出し物は矢野絢子という高知の歌い手。サイトを見るとメジャーデビューするようだが、たぶんそこそこ売れるだろう。売れてからも面白いままかどうかは分からないが、今日の矢野絢子はちょっと激しい須山久美子といった趣でたいへんよかった。MCで「明るいところで歌うのが苦手です。それから、音楽のお祭りも苦手です」とぼそぼそ語り、思い切り客を掴んでいた。「見たいとこだけ見てればいい/そのかわり決して目を離すな」というフレーズが強烈に響いた。
 おとといのブルーズマンといい、高知ってどうなっているんだ。さすが中江兆民・幸徳秋水・アンパンマンを生んだ土地だ。高知、行ってみたくなった。

■フォームメールへのお返事。
4 May 2004 01:26:47 +0900
→アドレス変更のお知らせありがとうございます。ところがこのフォームでは、肝心のアドレスがこちらには伝わらないのです。たいへんお手数をお掛けしますが、ottosei@ottosei.com にもういちどメールをいただけないでしょうか。
【皆様へ】フォームメールは匿名になっています。メールアドレスもお名前もこちらには伝わりません。仕事関係・原稿依頼その他、直接返信が必要な場合は、フォームメールではなくottosei@ottosei.com に下さいますようお願いします(お名前・アドレスを記入していただければフォームでも構いません)。

5 May 2004 19:34:20 +0900
→妹に花を摘んであげるお兄ちゃんかあ。いい光景ですね。うちは男の子が二人なので、ちょっと殺伐としていますが、時には兄が弟をおんぶして道を歩いたりしていますよ。彼氏をしっかり愛してあげて下さいねぇ。僕は自分の子供が大好きですけれども、それは妻の子供だからに他なりません。子供は単体でもかわいいものだけど、好きな人の子供だと何倍もパワーアップすると思います。

5 May 2004 23:07:22 +0900
→アドバイスをありがとうございます。が、「先人の言葉を借りて、愚者に説諭しないでください」とはどこを指してのアドバイスなのか分かりませんでした。具体的にご指摘いただければ幸いです。ただし、僕はこのサイトを通じて誰に対しても説諭する意図はありませんし、「愚者」が僕の書いたものを読んで何を考えようとどうなろうと、知ったこっちゃありませんやです。


2004/05/07 [金]   

■ネットをぶらぶらしていたら、あるサイトで、高校生の頃に某雑誌に書いた文章が引用されているのを見つけた。しかも肯定的な文脈だった。穴があったら入りたいとは言わないし、子供のときのこととは言え、ひとたび発表した以上は言ってはいけないとは思うが、ちょっと勘弁して下さいよと言いたくなった。
 そこで考えた。「今の俺」は、「この文章を書いた俺」を自分と切り離して眺めようとしているから「勘弁して下さいよ」と思っているのだけれど、いつ俺は「この文章を書いた俺」でなくなったのであろうか。経験と成熟、そして老化によって人は変化するのは当然だけれど、ある時点である立場を声明した者が、それと分からずに変化してしまったのは我ながらちょっと情けないと思った。
 そして、「ちょっと勘弁して下さいよ」と思った俺は。「この文章を書いた俺」より進歩していると思っているから「ちょっと勘弁して下さいよ」と思っているわけだが、その保証はどこにあるのだろう。「この文章を書いた俺」の方が繊細で鋭くて正しい方向を向いていた可能性は多分にある。俺は今ここでこうしていて、「今の俺」を肯定するしかないからそう思っているだけかもしれない。
 高校生だった君よ、俺の中のどこかで元気ですか。君とはかなり離れてしまったけれど、時々こうして距離を測ったりしています。

■昨日新幹線二人旅をした兄弟に尋ねてみた。
「新幹線の中で何してたの?」。「マンガを読んだりおかしを食べたりしていた」。
「悪い人に声を掛けられなかった?」。「掛けられなかった」。
「二人でお話とかした?」。「いや!」
 どうやら2時間半、ほとんど会話をしないで帰ってきたらしい。この兄弟、距離の取り方が絶妙である。学校も一緒へは行かず、どちらかが5分先に家を出る。まだこの先付き合いは長いことを知っていて、必要以上にべたべたしないようにしているのかもしれない。

■イラク駐留米軍の幹部に「キミット准将」なる者がいるらしく、戦闘があったり虐待が明るみに出るたびにマスコミにコメントが出る。俺の戸籍名は「とだきみと」なので、キミット准将の名前を聞くたびにいやな気分になる。嘘つき軍人、虐殺軍人、人の名前を騙るな。早く更迭されてしまえ。

■今日読み終わった本。
橋本治『いま私たちが考えるべきこと』(新潮社)

■フォームメールへのお返事
6 May 2004 17:43:31 +0900
→僕の場合、日本史は勉強ではなく仕事なので、年代は覚えざるを得ずいつの間にか覚えてしまっています。自分でゴロを作るのが難しければ、書店で適当なゴロ集を買って下さい。どれでもいいです。覚えやすいと思った本を選びましょう。
 大胸筋ですが、見掛け倒しです。脂肪もかなり含まれています。腹筋は気合いを入れるとそこはかとなく割れて見えるような気がします。

7 May 2004 00:04:37 +0900
→マンドリンオケの部室は今も薬学部の南にあるのでしょうか。かつて、薬学部とマンドリンオケの間に吉田西寮があって、1・2回生はそこに住んでいましたので縁はなくもありません。僕はブルーグラスの「バンジョー+マンドリン+ギター」の組み合わせが好きです。


2004/05/08 [土]   

■ノータリンズの歌が頭の中をぐるぐる回って止まらない。仕事中もだ。「ナショナル勃起、ナショナル勃起/ナショナルキッドのおちんちん/ユーゴスラビア、ユートピア/悪魔の描いたユートピア/ナショナル勃起、ナショナル勃起/ナショナリズムのエゴイズム/バナナのちんちん、バナナのちんちん/皮をむいたら腐り出した」(『父よ、あなたは偉かった』)。
 こういうのを詩というのだと思う。小学校とかでよく詩の暗唱をさせられたが、あんなのは下らない。覚えたくなくても呪文のように向こうからやってきてしまうのが詩である。ミチロウ大好きだ。

■心覚え。
http://www.egalite.co.jp/top1.html
6月12日鎌倉。早川義夫は今、鎌倉に住んでいて、毎日、由比ヶ浜で犬を散歩させているらしい。実家には恒常的に不義理をしているから、プチ帰省ついでに行ってこようかな。
 問題はソウル・フラワー・ユニオンとかぶっていること。会場発売のみという『極東戦線異状なし?』(この戦争を止めさせろ!ブッシュやブレアや小泉のゴロツキどもをぶちのめせ!というすごい歌である)も買わないとイケナイしなあ。ちょっと思案しよう。

■固くなった柏餅、これはこれでいいものだ。


2004/05/09 [日]   

■バルコニーに菫草の鉢植えがある。半日、水を遣らないとくたっとしおれかけるのに、じょうろで水をざぶざぶかけてやると、1時間ほどでしゃんと立ち上がる。叱れば激しく落ち込み、抱きしめてやればすぐに立ち直る我が子供たちのようである。

■週末にはその子供たちの体を丁寧に洗ってやるのが、韓国旅行から帰ってきて以来の儀式になっている。韓国式垢すりを俺がやってやるのである。垢をこすったタオルを洗面器でゆすぐと、水面に大量の垢が浮かび上がるのを見て子供らは眼を丸くする。俺は、二人の体が大きくみっしりと充実してきているのに眼を瞠る。
 赤ん坊のころは、左手で頭を支えてぷかぷか水面に浮かべ、親指と中指で、耳に水が入らないように耳たぶを押さえてふたをした。首の下や手首・足首周りなど、汚れがたまりやすい部分を「伯方の塩」を使って洗ったのだ。

■麦人は来週から子供テニス教室に通うことになった。ずいぶん前からやりたがっていたのだが、キャンセル待ち数ヶ月、やっと空きが出たのである。大喜びである。
 水泳と合わせて週2回、計11000円かかっている。アタマを鍛えるのは体力があればいつでもできるから、塾通いは高学年になってからでもよかろう(いざとなれば俺が教える)。
 文人の方はどういうわけか勉強が大好きだ。まだ物珍しさもあるのだろうが、進研ゼミの教材が届くと、3日ほどで全部やってしまう。麦人の教材を横からのぞき込んでいて、3年生の算数の計算問題をこっそり解いてしまったりする。戯れに「45わる15は?」と尋ねてみたら、あっさり正解されてしまった。ま、勉強が多少できたところで、しょせん俺や阿久沢程度にしかなれないわけだが。

■読書をすすめる風潮ってのもどうかねぇ。俺が知る中で最も多読だった尊敬すべき友人は、鬱で引き籠もっている。
 俺も子供たちに「まんがばっかり読まずに本を読め」と言ってしまうけれど、本をたくさん読む人が、世間的な意味で成功した人生を送っているとはあまり思えないのである。本をたくさん読もうと思ったら、お金を稼げるが忙しい職業には就きたくなくなるだろう。本を読むことを習い性とした人間は文学部なんかに進学し、俺やmicmicさんのようにロクでもない人生を送る可能性が高い(が、俺もmicmicさんも良い嫁をもらったという点では成功者である。良い嫁をもらう人格者たり得たのは読書のおかげであるとは言えるかもしれない)。すごい本やすごい音楽がどれほど人生航路に影響を与えるか、俺は知っている。情操教育、なんて言っていられる本は読む価値がない。『銀河鉄道の夜』とか、PTA推薦とか文科省推薦のシールが貼ってあるけど、あれ真剣に読んだら子供は狂っちゃうと思う。「ほんたうのさいわい」が普通に学校に通って普通に就職するその先にないことに気がついちゃうから。

■ふと思い出したら新聞社を辞めて12年である。一回りである。その後、成り行きで予備校講師になっているわけだが、時々、他に何かできること・やりたいことがなかったか考えてみる。そのたびに何も思いつかないので、これが天職なのだろうと開き直ってみた。先行き不安な業界ではあるけれど、行けるところまでは行こうと思っている。

■フォームメールへのお返事。
8 May 2004 14:15:31 +0900
→ノータリンズ、一言で言えばアコースティック・パンクです。歌詞がしっかり伝わるので、ひょっとすると情念とか下の方から沸き上がる感情という点ではスターリンより上を行っているかもしれません。少なくとも「ゆず」とは大違いです^^ ボーカル・アコギ・ドラム・チェロという構成ですが、ドラムは頭脳警察の石塚俊明だし、チェロは渋さ知らズの人ですから、だいたい音がきこえてきませんか?おすすめの一枚です。

8 May 2004 19:11:34 +0900
→みえとまこさん、こんにちは。こちらは昼間は汗ばむ気候です。朝顔とひまわりが芽を出しました。もうすぐ本葉も出てきそうです。


2004/05/10 [月]   

■文人がどこからか箱入りの水彩絵の具セットを見つけてきて、「これで絵を描いてみたい」という。彼の絵は面白いのでさっそく筆を買ってきて描かせてみた。「いちょうの木」と「ひまわり」の2作を描いた。横で眺めていたら面白そうなので、俺もちょこちょこ手を出した。水彩画なんて中学校以来かもしれない。「ひまわり」はこれ→

■麦人は学童保育の友達がせっかく遊びに来てくれたのに、一人でまんがを読んだりゲームをしている。自分から誘っておいてこれである。特にいっしょに何をしなくても、友達がそこにいるだけで嬉しいらしい。「せっかく来てもらったんだから、一緒に遊べ」と声をかけたら、「おう!」と元気よく答え、二人で押し入れにのぼって遊び始めた。
 昨今の小学生にとって、ゲームが友達と心を通い合わせるためのツールなのは、俺にとっての仮面ライダーカードやスーパーカー消しゴムと同じことだ。多少高価で複雑なゲームだからといって目くじらを立てることもあるまい。センスある子供はどこかで飽きて別のものに移るだろうし、そうでない子供は一生ゲームするだけのことである。


2004/05/11 [火]   

■今日は麦人のテニススクールの初日だったのに、彼は歯医者の治療がちょっと長引いたことを理由にして行かなかった。テニスは5時35分からで、歯医者から帰ってきたら5時25分だったから間に合わないと思った、などと言う。うちからテニススクールまでは徒歩5分である。たとえ遅刻したとしても5分や10分のことであるから行かないなど許されない。
 そもそも麦人が自分から行きたいと言うから申し込んだのだ。数ヶ月キャンセル待ちしたのだ。にもかかわらず、遅れそうになったから行かない、など断じて許されないのである。「やる気がないならもう来週から行くな」と叱責したら、大いにぶーたれて、ふとんにはいるまで(入っても)俺の顔を見ず話もしようとしなかった。俺のことを憎んだまま眠りについた模様である。
 阿久沢によると、どうやら歯医者で歯列矯正の治療の際に痛い思いをしたらしい。さらに矯正のためにワイヤーを通して歯並びに圧力をかけていて、それが気になって夕食もあまりすすまなかったらしい。ほんとは歯が痛いからテニスに行きたくなかったのだけれど、それを正直に親に言うとヘタレだと思われるから、遅刻を理由にしているのではないか、と。
 それはそれで理解できるが、初日から休むのはやはりまずいだろう。誰かが憎まれ役になって叱責しなければならない場面であったと思う。

■空き時間に梅田地下街をぶらぶらしていたら、新しいクイックマッサージのお店ができていた。看板を見たら背中がうずいて我慢できなくなり、15分だけやってもらった。まあ普通だったけど、肩胛骨とかの深いところに上手に指を入れてくれていいかんじ。

■フォームメールへのお返事。
10 May 2004 22:20:26 +0900
→こうちゃん!生きていたか!元気そうで何よりだ。スタインホフの本は数年前に河出から出たのと同じやつだよね。それなら読んだ。ニール・ヤングは『アンプラグド』以来聴いていないから今度聴いてみるわ。またメールおくれ。


2004/05/12 [水]   

■俺はもう政治家にはなれないのだろうか(なる気はない)。国民年金に未納期間があるのだ。新聞社を辞めてから数年は素直に支払っていたが、しばらくして「戻って来ない年金を支払うのはあほくさい」との認識に達し、払うのをやめた。何回か督促の郵便が、一度だけ区役所の人が訪問があったが無視していた。予備校で私学共済に加入するまでの数年(詳細は不明)が、未納・時効消滅となっているはずである。それはうっかりミスで未納になってしまった政治家諸君とは異なり、確信犯として未納にしたわけで、「手続きミスだった」とかいう言い訳はできない。よって俺はもう政治家になることはできないだろう。
 菅直人のように「未納三兄弟」などとはしゃいだ人や、福田康夫のように隠し立てしようとした人はまあ仕方ないかもしれないけれど、「未納だから即辞職」というのは、難しいことを考えるのが苦手な日本人が、安易な慰安を得るために飛びつくストレス発散なのではないかと思う。未納の政治家を摘発することが、将来の年金に対する不安・懸念を忘れるレクリエーションになっていなければよいのだけれど。

■出がけに聴いていた加川良の『女の証』。「あたいが海を見ていても夕陽を見ても月を見ても/いつもあんたって人は「ありがとう」って言わせようとしていたわ/フーテンだって泥棒だって眠ってなんていないのよ/ただ少し横になって新しい歌おぼえてるのよ/この世はあんたの正義と優しさばかり/今に空さえ気が狂ってしまうわ」。
 「ありがとう」って言わせようとする男よりは、新しい歌をおぼえるために横たわるフーテンになりたいなあ、と朝から思った。

■フォームメールへのお返事
11 May 2004 23:29:32 +0900
→いや、その気持ちはよく分かります。僕は息子たちが赤ん坊時代から彼らの尻が大好きでした。赤ん坊の尻とほっぺたと足の裏はすべて同じようにふわふわで、もうたまらなかったのです。今でも風呂などでつるつる触ってしまいます。息子たちもいつしかそれが快感になってしまったようで、時折「尻を触ってもいいよ」と僕の方に向けてきます。この感触を味わうだけで父親になった意味があったと思うほどです。
 リンクの件、ありがとうございます。よろしくお願い致します。


2004/05/13 [木]   

■小学校で麦人が鉄棒から落ちて頭と手に軽傷を負った。
 「地球廻り」なる技(不明。本人も説明しない)を披露していた麦人だったが、ギャラリーから「それは地球廻りちゃうやん!」という指摘を受けて動揺して思わず手を離し、両手&頭を下にして地面に落ちたそうだ。頭頂部と両手の甲に擦り傷。保健室の先生が自動車で外科に連れて行ってくれたとのこと。頭に絆創膏、手に湿布を貼って帰ってきた。念のためレントゲン写真を撮ったけれど異状はなし。「先生の車が小さくて、頭の怪我をしたところが天井に当たって痛かった」と麦人。
 麦人は正しく少年として成長していると思った。死んだり後遺症が残らない程度の怪我なら、早めに経験しておいたほうがいい。「今日は手が痛くてゲームができない…」と、それが一番残念のようである。

■もうすぐ4周年を迎えようとする我がP209i(白黒液晶表示)だが、ついに着信履歴が表示されなくなってしまった。不在着信があっても、「着信あり」が画面に表示されないので気がつかなくて困っている。いよいよ買い換え時かなあ。


2004/05/15 [土]   

■疲れてはいないが、どえらく眠い一日であった。目眩がするほど眠くて眠くて、講義しながら眠さのあまり冷や汗が出た。ほんの少し暑くて、でも風が吹くと気持ちがいいのだ。もうたまらん。もう最後の方は吐き気がしてきて、先週と同じ雑談をもう一度してしまったほどであった。こういう時はご飯をたくさん食べて眠るに限る。

■村上龍の『13歳のハローワーク』という本が売れているらしい。俺も書店に平積みになっているのを見たが、帯の宣伝を読んだだけで殺意を抱いたので書き留めておく。
 「好きなことを仕事にしよう」だそうだ。確かに好きなことを仕事にできた幸福な人もいるだろう。問題は、大半の人はそうではなく、特に好きでないことを仕事にして生きていかなくてはならないことにある。
 俺は寝ることが何より好きだが、寝てたらお金くれるかい?医学部行って睡眠の研究すればだと?ふざけんな、俺は自分がぬくぬくと眠りたいのであって、誰が頭に電極をつないで他人の睡眠を研究したいもんか。子供たちの大半も、好きなこと・やりたいことを仕事にはできないだろう。それでもお腹はすくし、雨風をしのぐ家だって必要だ。だからいやいやでも、働くのだ。
 「好きなことを仕事にしよう」と強調することは、好きでもないことを仕事にしている人を見下すことにつながりかねない。さらに、結果的に好きなことを仕事にはできなかった自分に対する評価を下げてしまう。「好きなことが見つかるまでは働きたくない」などと言う馬鹿な若者が量産される背景にはこういう考えがあるに違いない。だからこのスローガンは犯罪的だと思うのだ。
 何でもいいから働いて自分で飯を食え。好きなことを仕事でやってお金をもらおうなんて思うな。やりたくないことをやるからお金をもらえる、と思っていた方がいい。特に好きでもない、辛い、でも何とか自分にできる仕事を終えて、ほっとしながら夜道を歩いて、家に帰ってコーヒー飲んでうだうだする。それでいいと俺は思う。
 「今日の仕事は辛かった/あとは焼酎をあおるだけ」(岡林信康『山谷ブルース』)。それでいいんじゃないか。

■さらに「いい大学、いい会社に入れば安心、の時代は終わりました」とか帯に書いてある。いちいちこういうことを強調するってことは、まだ終わってない何よりの証左。本当に終わっていれば、誰も見向きもしないさ。もっともそんな時代、いつあったのか俺は知らないけど。


2004/05/16 [日]   

■麦人の傷も癒えたので、久しぶりにプロレスをした。『ナルト』でおぼえたという新必殺技にバンプをとった。空中後ろ回し蹴りをしたあと、その回転の余力でさらに反対の脚で蹴るというなかなか強力な技で、正直とても痛い。一通り彼の技を受けた後、仰向けの状態で押さえ込んで麦人の両手の動きを封じ、上から唾液を垂らしては顔の寸前で吸い上げるという拷問技で俺がギブアップを取った。
 3年生になった麦人は、ほんの少しだけ親と距離を置こうとしているように見える。学校の話は尋ねてもあまりしないし、何より自分からスキンシップを求めてくることが減った(それでもx膝の上には好んで乗りたがる)。そんな彼と俺の最後に残るスキンシップは、こういう格闘遊びになるのかもしれない。
 因みに、文人の必殺技は「ふーちゃんもみじ」。俺が麦人のシャツをまくり上げて背中を露出させたところをパーで思い切り叩き、もみじのように赤くするという恐ろしい技だ。

■NHK教育で高田渡と高石ともやの90分番組をやっていたので見た。
 冒頭で高田渡が「歌を作った人間の名前なんか忘れられて、風化しちゃえばいい。そこまでやりたいね。御影石でできた墓石に名前が刻まれてるんだけど、どんどん風化して、名前が読めなくなって、最後はただの御影石になるみたいにね」という趣旨のことを言っていた。横で歯を磨いていた麦人が「このひげの生えてる人、生きてるの?」と俺に聞く。「当たり前だろ。何でそんなこと聞くんだ?」。「だってこの人、お墓の話してたし、『自衛隊に入ろう』って歌があるんでしょ?自衛隊に入るってことは、要するに、死ぬってことなんだよ」と。どうにも麦人には高田渡が生きている人には見えないらしい。
 これはかなり重要な指摘だと思った。高田渡はもう、生きていても死んでいても全然オケーな領域まで来ているということだ。神か仏の領域だ。そんな存在が、ただステージの上にいて歌うのだ。歌っているのは高田渡であり俺であり君であり地球であり宇宙である。偉いぞ麦人。よくぞ気が付いた。
 だけど、ふとした瞬間の高田渡の眼は、とても澄んでいて鋭かった。こんな眼で世界を見ているのか。
 高石ともやは、まあいいや。

■フォームメールへのお返事。
12 May 2004 21:07:13 +0900
→ストレスはあんまりたまらないんですよ。授業で発散しているせいでしょうか。ストレス解消というわけではありませんが、最近たくさんあるクイックマッサージのお店で30分ほど肩を揉んでもらうのが好きです。朦朧としているうちに時間が経ちます。カラオケ、最近行ってないなあ。一人で入るのって勇気いりませんか?お店の人に何か聞かれませんか?

12 May 2004 22:55:51 +0900
→薬学部方面に足を運ぶと、思い出の吉田西寮が懐かしくて涙が出そうになるので、ちょっと近寄れないです…。今はどうなのかよく知りませんが、僕が在学した頃の文学部は、確か4分の1が女子学生でした。みんな個性的で面白かったなあ。

15 May 2004 11:58:47 +0900
→「会社粗末に身を大切に、以心伝心、サボタージュ」。添田唖蝉坊という、大正時代の演歌師の作った歌の一節です。自己実現とか、人の役に立つ仕事とか、そういうのは二の次にして(そんなのすぐ飽きちゃうし)、日々のちょこちょこっとした楽しみをつないで、何とか生き延びていきたいものだと思っています。うだうだと頑張りましょう。


2004/05/17 [月]   

■一日休み。天気も悪いので、うだうだ、うとうとして過ごした。阿久沢は今日も仕事で、何かのイベントの取材。文人だけ同行した。「麦人、一人連れてくのも二人連れてくのも同じだから、行ってくれば?」と促しても、「家にいる…」と。つくづくインドアな子供である。
 昼食後、俺はスポクラで麦人は一人で留守番である。ほんとに楽になった。赤ちゃんの頃は、阿久沢がいないとだめで、阿久沢が買い物に出て俺と二人で30分過ごす間もずっと泣いていたのになあ。留守番している間、彼は新聞紙を丸めて刀を何本も作っていたようである。
 二人きりのときは、麦人はまだまだ俺に甘えることが分かった。抱き上げてやると(重いから十秒くらいだけど)とても嬉しそうに頬ずりをしてくる。

■夕食は4人で外食。帰り道、麦人と文人がふざけてじゃれ合いながら歩いていて、向こうから来る自転車に当たりそうになったので、「まっすぐに歩け!道ではふざけるな!」と怒鳴ったら、阿久沢が「怒り方が道男さん(俺の父。麦人文人の祖父)にそっくりだ」と言った。顔かたちはほとんど全く似ていないのだが、声とか、怒り方が似ているらしい。

■『世界の中心で、愛をさけぶ』っていう小説と映画がヒットしているそうなのだが、なんていうか、この作者にはプライドってものがないんやろか。これがもとネタであることは、ある程度本を読む人間なら誰でも分かるであろうが、どうも『さけぶ』の作者には、「きっと日本の8割の人間には分からないだろうな…」という計算があってこういうタイトルを付けたような気がしてならない。こういう本を読んだり映画を見ると俺までプライドを失いそうなので、お金をもらっても見ないであろう。
 書店で題名を見たり、映画の宣伝を見た瞬間に「ププ」と吹き出してしまうようなプライドのなさだと俺は思うのだが(たとえて言うなら、『紅の豚』に感動して、次の日の学校で教師にあてられて答えるときに「飛べねえ豚はただの豚だ…」と口走るくらいの恥ずかしさだ)、こんなのがヒットしてしまうあたりがこの国の「ププ」だな。
 繰り返すが俺は本も読んでいないし映画も見ていない。そのつもりもない。こんなものに金と時間を使ったら、俺のプライドが傷つく。


2004/05/18 [火]   

■朝から晩まで仕事をして、帰りの阪急電車の中で、生徒さんが差し入れてくれたチョコレートを舐めた。身体が糖分を欲しがっていたのが自分でも分かる。じわーっと甘味が全身にしみわたっていった。甘いものサイコー。

■先週、歯が痛くて行かなかったテニススクールに麦人が今日初めて参加した。「ものすごく面白かった!」とのこと。もう彼は何でもかんでも親に話をしてくれる年齢ではなくなりつつあるので詳しい話は聞けなかったけれども、サーブとボレーの練習をしたそうだ。子供が喜んでいるのを見るのは、単純に親も嬉しい。夏休みになったらラケットを買ってやろう。こういう風に子供のためにお金を使うのは悪くない気分だ。
 文人も「日曜日にまた一緒にえのぐで絵を描こうね」と言ってくれた。絵画教室とか行きたがるかなぁ。折を見て水を向けてみよう。

■フォームメールへのお返事。
16 May 2004 02:49:37 +0900
→atazouさま。リンクの件は心配ご無用です。リンクフリーとはすなわちアンリンクフリーであり、つなぐも切るもご随意に、ということであります。で、atazouさんはもうサイトはやっていないのでしょうか。前(ずいぶん前)に見に行ったらファイルが消えていたので、閉鎖したと判断して僕の方のリンクも消しておいたのですが、もし本格的に復活しているのであればまたURLをご連絡下さい。勉強の方も頑張って下さいね!

16 May 2004 23:07:42 +0900
→年齢不詳と言われたいさま。おお、僕と同学年ですか。同じ時代に小学生や中学生だった人は「おじさんが若かった頃はね…」という前説なしで話が通じるのですごく楽です。スーパーカー消しゴムの遊び方とか、スプーン曲げとか、口裂け女とか。リンクしていただいてありがとうございます。こちらからも早急に…。

17 May 2004 17:27:14 +0900
→情報ありがとうございます。『さけぶ』は編集者の独断でつけられたタイトルなんですね。なるほど…。ただ、それならそれで、作者は自分の作品の大切なタイトルを編集者にいじられて黙っているプライドのない作家なんだね、という疑惑が生じました。


2004/05/19 [水]   

■22時から7時半まで子供たちといっしょに睡眠。日付が変わる前に就寝したのは久しぶりのような気がする。子供の寝息は最高の導眠剤だ。
 麦人は何かに抱きついていないと眠れないようで、いつも親にしがみついたり文人の尻を抱えるようにして眠っている。手近に人がいないと、ふとんを抱え込んでいる。

■昨日読み終わった本。
寺島珠雄『南天堂』(皓星社)
→書店の2階に併設された料理店に集ったアナキズム詩人たちの動向を丹念に追った本。こういう定点観測って、何か新しい視点とか知識が直接見えてくることはないけれど、その時代・場の雰囲気ってのがよく分かる。それを知らないと何を知っても詰まらないし。
■昨日買った本。
浅羽通明『アナーキズム』(ちくま新書)
浅羽通明『ナショナリズム』(ちくま新書)


2004/05/20 [木]   

■よく寝たので終日好調。どんなサプリメントより、どんなマッサージより、睡眠が一番だと思った。

■最近、文人は忘れ物が多いらしく、連絡帳に「○×を持たせてあげて下さい」と書かれていることが多い。これは親のせいであることも多いのだけれど、文人のせいであることも多い。
 今日も「図画工作の時間で使うのでクレパスを持たせて下さい」と書かれてしまった。おかしい。クレパスは机の横に掛けて置きっぱなしにすることになっている「おどうぐばこ」に入れているはずだ。阿久沢が確かに入れたと言い、俺も見た記憶がある。文人に「おどうぐばこの中は確かめたか?」と尋ねたら「…たぶん」と答えた。これは200%、「おどうぐばこ」は開けていないとみた。そういうやつである。

ガザでイスラエル軍がデモ隊にミサイル、20人死亡
 パレスチナ自治区ガザの南端ラファにある難民キャンプで19日午後、イスラエル軍の武装ヘリが地上に4発のミサイルを発射。イスラエル軍放送によると、パレスチナ人20人が死亡、約40人が負傷した。
 自治政府筋によると、軍が制圧しているラファ近郊のテルスルタン地区に向かっていた数百人のデモ隊にミサイルが命中した。イスラエル軍は「デモ隊はテルスルタン地区に近づき、軍の作戦に脅威となった」と述べ、デモ隊を狙った攻撃だったことを認めた。現地の赤新月社関係者によると、デモには女性や子供も参加していたという。 ラファでは同日午前中にも軍との衝突でパレスチナ人4人が死亡した。
 同筋によると、テルスルタン地区では19日、16歳以上の男性が軍によって学校の校庭に集められた。軍が捜索している過激派活動家を見つけだすためとみられるが、同地区は報道関係者の立ち入りも禁じられ、詳しい状況はわかっていない。
 12日に始まったイスラエル軍のラファ侵攻作戦では、少なくともパレスチナ人58人、イスラエル兵7人が死亡している。イスラエルのシャロン首相が撤退を表明したことでわずかな光明がさしたガザ情勢は、再び急速に悪化している。同国のモファズ国防相は18日、「必要な限り作戦を続ける」と言明した。 (05/19 23:04、アサヒコムより)

 パレスチナ武装勢力を「過激派」と言うくせに、なぜイスラエルのことをテロリストと言わない。これはテロ支援国家どころの騒ぎではない。テロ国家そのものだ。俺はパレスチナ「過激派」に肩入れさせてもらおう。シオニストに対する「テロ」は断固支持である。シャロン以下、シオニスト国家指導者たちに呪いあれ。恥ずべき死あれ。

■かつて吉田寮にSKという男がいた。普段は温厚な男だったが、酒を飲むと暴力をふるう困った奴であった。酒が回ると顔をにかにかさせて、「ヒュー!ヒュー!」と奇声を発して他人の顔面に空手の寸止めをする。が、酔っているから寸止めにならなかったりする。拳が相手の歯に当たると、「あ!お前噛みついたやろ!」と逆上し、今度は寸止めではない空手を見舞ってしまう男であった。
 イスラエルはまさにこれである。「過激派掃討」と称して民家を破壊し、一般人を殺害する。自分から手を出しておいて、反撃されれば「テロだ」と称し、さらに攻めかかる。挙げ句の果てには丸腰のデモ隊にもミサイルを撃ち込む。それがどういう結果を生むのかどうして想像できないのか。全てのイスラエル国民がこのような暴虐を支持しているとは思えないから、イスラエル国民一般に対する攻撃には反対するが、イスラエル国家指導者たちも、一度は同じような目に遭ってみたらいい。「暴力反対」には大反対だ。抑圧者に対する武力闘争は正しい。支持すべきである。

■俺がこんなところで一人呪詛の言葉を並べていてもすぐにどうになるものではないことは百も承知だが、俺が腹を立てることを忘れてしまったらそこで全てが終わる。
もう何年も彷徨ったんだ 女たち
裸足でかけずり回る 子供たち
命を浮かべた 男たち
そして何も知らない 俺たち

いくつの国を越えて来たんだろう
緑の住み処を追われて
子供たちは大人たちと歩いた
眠れない夜が明けるまで

ノックもせずにドアを突き破る
そうさ やつら いつも そうさ
長い間俺はお前を知らなかったぜ
砂漠を駆け抜けるコマンドたち

優しいお前が手をあげたとき
マスコミの奴ら お前をこきおろす
何も知らない人たち それを信じた
そうさ どこも同じさ 力が全てだぜ

生き延びておくれよ 砂漠の女たち
生き延びておくれよ 砂漠の子供たち
生き延びておくれよ 砂漠の男たち
生き延びておくれよ 緑のパレスチナ      (ホン・ヨンウン『緑のくに』)



2004/05/21 [金]   

■気圧が低いとどうにも頭がぼうっとする。だめだ。

■洗濯機は相変わらず調子が悪い。携帯はディスプレイがアホになってきた。スキャナーはとうとう全く動かなくなった。デジカメはストロボが取れそうになってブラブラ。
 壊れるときはいろんなものが同時に壊れるなあ、と感慨に浸っていたが、よく考えると俺の物持ちが良いだけのような気もする。オイルショック時に自己形成した俺は、モノは壊れるまで使わないと罪悪感を感じる。水の出しっぱなし、電気のつけっぱなしなど言語道断なのである。


2004/05/22 [土]   

■天気がいいと、気圧が高いと、やっぱり調子がいい。だから眠い。天気が悪いと、疲れは身体の中でいつまでどろどろととぐろをまいているけれど、天気がいいとすっきり眠気に直結する感じだ。帰りの電車で、座席に座って20秒後に入眠。

■何度も書いてきたことだけれど、正義ってやつが一番怖ろしい。自分は正義を体現しているのだと思いこんでいる連中には、近づいてはいけない。アメリカ人が怖ろしいのはその一点に尽きる。でなければ、あんなこと(アフガニスタン爆撃・イラク戦争・イラク人虐待・原爆投下・太平洋戦争における日本の大都市無差別空爆etc)ができるわけがない。
 もちろん、自分のやっていることは正しいことだ、善いことだ、という思いがなければ何もできないのはその通りだけれど、そこに5%の疑念があるのとないのとではまるで違う。アメリカ人は100%正義だから怖いのだ。

■フォームメールへのお返事
18 May 2004 21:56:37 +0900
→マンガ、読みますよー。小学校〜大学生まではそりゃもう読みまくってました。青年向けコミックは電車の中で隣の人が読んでいるのを覗き読みする程度ですが、昔に比べて画力が落ちているような気がしてなりません。今は子供に「マンガばっかり読むな」と言っている手前、かなり減りましたが、西原理恵子とか松本大洋なんか大好きです。子供は『ナルト』と手塚治虫にはまってます。

18 May 2004 23:02:54 +0900
→俺も既に左翼右翼とかではなく、今の俺を左翼だと言えばほんとの左翼に怒られてしまう。それどころか体質的には俺は右翼に近いと思う。民族とか天皇とか国とか、そんなちんけなものには感応しないだけでね。関係ないが、昔君が雑誌に書いた「自分は自分の精神を高揚させるもののために生きるべきである」(手元にないので不正確、すまん)という言葉、結構大切にしている。

19 May 2004 15:39:01 +0900
→内定獲得、おめでとうございます!とりあえずはお疲れさまでした。働き始めると、しばらくはぼーっとしたり、落ち着いて何かを考える時間が取れなくなると思います。残り少ない学生生活、あんまり充実させず、隙間のいっぱいある時間を過ごしてほしいと思います。このサイトに仕事の愚痴をこぼしに来て下さい。いつでも歓迎です。

20 May 2004 19:44:41 +0900
→おすすめCDですかぁ。ありすぎて難しい。とりあえずここ2週間、毎日聞いているのはノータリンズ、高田渡、友川かずき、ソウルフラワーユニオン、遠藤賢司、早川義夫といったところです。

20 May 2004 23:43:46 +0900
→その情報は数日前にもフォームメールからいただいています。片山恭一氏が、編集者が勝手につけたそのタイトルが気に入らなかったにもかかわらず、それを放置してそのまま印刷させたのであれば、プロの作家としての氏のプライドの無さを笑うしかないです…。ガイナックスにも感心はしませんが、エヴァンゲリオンはパクリと引用が売り物ですから確信犯ですね。最初からプライドを捨てているわけで、まあ見逃してやろうと思います。

21 May 2004 22:32:39 +0900
→今日着ていた服は、知り合いのベトナムみやげです。日本のエスニックショップでも手に入らないことはないと思いますが、きっとバカ高いでしょう。東南アジア系の服は好きで、いくつか持っていますよ。

21 May 2004 22:34:32 +0900
→仲の良い先生同士、いると思いますよ。しかし僕は講師室でいつも孤独です。


2004/05/23 [日]   

■拉致被害者の家族帰国でK−1ロマネスクのテレビ放映開始が延びたのに若干の苛立ちを感じつつ、それでも「中邑真輔vsアレクセイ・イグナショフ」、「藤田和之vsボブ・サップ」の2試合はかなり楽しんで見た。
 格闘技は勝ち負けをメインに見てしまうとほんとに身も蓋もなく面白くない。そして、プロレスラーが絡まない格闘技は全く見る気持ちにならない。俺は格闘技にせよプロレスにせよ、技術や勝敗、どっちが強いのか、なんてことはどうでもいいのであって、「ぐわー!」とか「うおー!」とか「ぎぃぃ!」とか「うへへへへへ」という表情が見たいのだ。あるいは試合後の負け惜しみマイクアピールが楽しみなのだ。
 中邑真輔という若僧は新日本プロレスのホープらしい。クールなタイプだが、時折「うへっ」と笑ったり、負けたときは実に情けない表情を浮かべる。彼はまだ若いから、勝ち負けを通じて感情を表現することしかできないようだが、その表情はなかなか惹かれるものがある。だから俺は「中邑真輔vsアレクセイ・イグナショフ」は、勝敗を気にして観戦した。中邑は買って「うへっ」と笑うのか、負けてぼろぼろ泣くのか。
 そこへ来ると藤田和之は入場の時からいい表情である。なんだか「私はそろそろ悟りの境地に達したので、今日の試合をきっかけに出家します」みたいな表情を浮かべて入場してきたので、これはサップが勝つのではないかと思っていたが、あっさり藤田が勝った。まあこの試合は勝敗はどうでもよくて、藤田の入場時の表情と、ボコボコにされているときのサップの痛そうな表情にぐっときたのであった。

■昨日読み終わった本
鷲田清一『教養としての「死」を考える』(洋泉社新書)
→「話は変わりますが、日本では、学校の通信簿を子に渡すでしょう。で、家に持ち帰った通信簿を見て、家族が怒りますね。これは、学校の先生と家族とが、同じ基準でものをいうということです。子供にしてみたら、その息苦しさは相当のものに違いない。私がドイツに留学したときのことですが、面白いことを経験しました。あの国では、通信簿を親に渡すのです。そして教師にもらった子供の評価を、親が認めないことが多い。先生の方が間違っていると言って怒るわけですね。これは、子供にとって非常に嬉しい事態ではないでしょうか。教師は大変だけれども、とてもいい制度だと思ってしまいました」(p46)


2004/05/24 [月]   

■近所の町工場(小学校のすぐ横にある掘っ立て倉庫のような建物。麦人に「これは小学校で悪いことをした子供を閉じこめるお仕置き部屋だ」と説明したら、入学するまで信じていた)の前で、おばさんが一人で不要品バザーらしきことをやっていた。積み上げられた資材の上に、皿やコップを並べているだけの店である。ちょっと怪しい。バンコクのチャイナタウンで見た泥棒市、西成のフリーマーケットといった風情である。
 見ると、洗濯かごが1個50円で売っている。我が家のプラスチック製洗濯かごはどういう訳か子供の遊び道具になることが多い。子供たちが中に自分の身体を押し込んで、体育座りの姿勢で丸まるのである。何万回、やめろと言っても、やめない。子宮の中にいた感覚を思い出すのか。そのせいですぐに把手は取れるし、あちこちが切れている。
 よし、買おうと3歩ほど足を進めたとき、椅子に座っていたおばさんが突然地面に尻餅を着いた。座っていた椅子(これも「300円」の札が付いている)の足が折れたのである。「下さい」と声を掛けるタイミングを見失ったのと、商品に対する不安が生じたことで、結局買わないで帰ってきてしまった。

■麦人、スイミングスクールで10級進級試験に合格。背泳ぎ50メートルを2分以内で泳ぐところ、1分10秒で余裕の1位ゴール。水泳パンツがぱっつんぱっつんで尻が窮屈そうだったので新しいのを買ってやった。

■米大統領、自転車から転落 顔や手足などに軽いけが
 【ワシントン22日共同】ブッシュ米大統領は22日、テキサス州クロフォードの牧場でマウンテンバイクでサイクリング中に転倒、顔や手足などに軽い擦り傷を負った。
 ホワイトハウスによると、当時付近は雨のため地面がぬかるんでいた。しかし大統領はヘルメットやマウスガードを着用しており、大事には至らなかったという。
 大統領は週明けの24日、イラク政策を国内外に説明する重要な演説を控えているが、顔に擦り傷を残したままの登場となりそうだ。(共同通信)

 惜しい。死ねばよかったのになぁ。被害者のない自爆テロだ。「あんたが死ぬといい/あんたの死は近いぞ/そうしたらあんたの棺桶について行き/うすぐらい午後に/あんたが墓穴におろされ/死の床につくのを見とどける/そうしたらあんたの墓の上に立って/あんたが死んだことを確かめる」(ボブ・ディラン『戦争の親玉』)


2004/05/25 [火]   

■拠ん所ない事情で仕事に遅刻しそうになり、自宅から駅、駅から職場まで、近来にない危機感を抱いて疾走した。見込みでは、電車の遅れさえなければ授業開始のチャイムが鳴る2分前には講師控室に入れるはずで、だいたい見込み通りだったが、職員さんが3人、エントランスホールで待ちかまえていた。ちょっとどきどきさせてしまったようである。スミマセン。

■今日買ったCD
ヴァージンVS『羊ヶ丘デパートメントストア』
→ああぁ。CDケースを開けば80年代の音がする。

■フォームメールへのお返事。
22 May 2004 20:53:51 +0900
→献血は確か最後にしたのが阪神・淡路大震災の時だから、もう10年近くしていないです。定期的に血を抜いた方が、造血力が高まってよさげなかんじです。そういや昔、高校に献血車が来たときのこと、クラスメートの一人が血を抜かれているときに貧血を起こし、その場で2人分の血を輸血してもらっていました。何しに献血したんだか。

23 May 2004 20:06:06 +0900
→いや別に。なぜそこで北朝鮮が出てくるのでしょう。

24 May 2004 02:04:42 +0900
→それはドン・フライですね。髪を後ろで束ねて髭が生えてるおっさんですね。強いんですよ。アントニオ猪木の引退試合の相手だった人です。

24 May 2004 20:59:26 +0900
→スイミングでは息子たちがほんまにお世話になりました。ありがとうございます。お陰さまで麦人は体力や運動能力には自信を持っているようで、勉強は嫌いでも、小学校生活を送る上で大きな支えになっています。5月からは本人のたっての希望でテニスも始めました。身体を動かすのが楽しくて仕方ないようです。社会人になったばかりのころは、環境の変化やプレッシャーでいろいろしんどいと思います。食事だけはしっかりとって乗り切って下さい。スーツもすぐに板についてきますよ。またメール下さいね。


2004/05/26 [水]   

■睡眠時間が足りないわけでもないし体調も悪くはないのに、帰りの電車でぐうぐう寝てしまい、三宮まで行ってしまった。どうすれば調子がいいのか、逆にどうすれば悪くなるのかが自分でもよく分からない。つまり、
 「睡眠不足・オーバーワーク・風邪気味」→調子悪い
 「快食快眠・適度な仕事・喉鼻好調」→調子よい
なら理解できるのだが、「快食快眠・適度な仕事・喉鼻好調」であってもときどき重たい疲労が押し寄せることがある。逆もある。今日は全然寝てないからやべーよ、という日が異常なほど絶好調であることも少なくない。
 で、バイオリズムというやつを調べてみた。そしたら確かに、5月後半は「身体」のグラフが底を打っている。妙に納得した。ただ単に年のせいだという気もしないでもないけど。

■俺もとっくに立派な中年にさしかかっているのだが、「栄養ドリンク」「パッチ」「薄い黒色のナイロン靴下」には今まで一度も縁がない。この3つだけは死ぬまで忌避しようと心に決めている。ドミノ倒しの最初の一枚のような気がするのである。


2004/05/27 [木]   

■学童保育から帰宅したら、まずベネッセの教材を学年×2ページこなしてゲームを30分、そしてビデオなりテレビなりを見て夕食を待つ、というのがうちの息子たちのルーティンである。
 前にも書いたように文人は勉強が好きで(文人だけではなく、一般に下の兄弟は勉強好きらしい。この間学童保育の会合でその話題が出た)、麦人は嫌いである。文人はあっという間にノルマをこなして、「むぎちゃん、終わるまで待ってるよ」とマンガを読み始めたが、麦人は文章題で難渋して「わからない、わからない」と半泣きになった。
 打たれ弱い彼は、いったん躓くとパニックになってしまって落ち着いて考えることを放棄してしまう。だから、入り口だけ手取り足取り教えてやれば割と簡単に正解を出す。今回もちょっと教えただけですぐに問題を解いたのだけれど、解き終わったとたん、寝室に駆け込み戸を全て閉めてふとんに潜り込み、おいおいと泣き始めた。
 驚いた俺は麦人と添い寝する。こういうときはまずスキンシップだ。しっかり愛情と関心を示してやらなければならない。麦人もしがみついてきた。
 切れ切れの彼の言葉をつなぎ合わせてみると、どうやらこういうことだ。麦人は弟に脅威を感じている。自分より弟の方が勉強が好きで、1年生だったときの自分より勉強ができると感じているようなのである(ひょっとしたらそうなのかもしれないが、それは弟の強みだ。だって文人は、麦人が九九を唱えるのを横で聞いていて、小学校入学前から全部言えたのだ)。そんなことはない、文人はまだ1年生の教材をやっているから早く終わっただけだよ、文人も3年生になればきっと難しい難しいって言うよ、と言い聞かせて、何とか納得してくれた。
 俺にも弟がいるけれど、6歳離れているので勉強とか身体の発達とかの点で脅威を感じたことはない。でも、彼らのように2歳しか違わないと追われる立場の兄は辛いんだろうなと思う。背の高さだって、文人は麦人の口のあたりまできているのだ(麦人もかなり大きいが、文人のでかさは尋常ではない)。何とか、健やかに育ってほしい。祈るしかない。
 さっき寝室を覗いたら、レールのように二人並んですぅすぅ眠っていた。

■今日買ったDVD。
忌野清志郎『WANTED』
→まだ見てない。ジャケットと曲目を見ているだけでシアワセ。


2004/05/28 [金]   

友川かずきがうちの庭に侵入して、皓々と照る月の下でギターを弾いて延々と歌うという夢をみた。
 阿久沢に話したら「それは怖い」という感想だったが、俺はひたすらうるさいと思っていたようである。でもすごく贅沢な夢であった。友川、ライブ聴きたいと思った。


2004/05/29 [土]   

■俺は見た目は反対に、インドアでテンションが低く人見知りをする人間である。が、テンションをあげるのはすぐにできるから、仕事をする上では何の支障もない。教室へ上がるエレベーターの中で『イノキボンバイエ』を脳内に鳴り響かせれば、教壇上の人格はすぐに出来上がる。問題はクールダウンが不得手なことである。
 講義自体はただしゃべっているだけだから、疲れると言ってもまあ多寡が知れている。だが、その間は心身共にかなりのハイテンション状態にあり、講義が終わったからといってすぐに落ち着くはずもない。これをうまくクールダウンしないと、夜なかなか眠気がやってこないし、横になっても疲れが取れない。学期が始まって、毎日何時間も講義をするようになると、そんな感じで疲れが溜まっていく。毎年、講義が始まって数週間すると身体が重たく感じるほど疲れるのは、どうもそういう理由らしい。昨日、気が付いた。
 毎日、仕事が終わった後にうまくクールダウンできれば何も問題はないのだろう。しかし。俺はアルコールを全く嗜まないので、クールダウンのための手近なツールが全くない状態なのだ。最終的にはマリファナ解禁だが(これがクールダウンに絶大な効果を持つことはタイで確認済み)、それまでは代替品を探しておかねばなるまい。香とかアロマオイルに挑戦してみようかなぁ。

■ここ数日、ものすごく屁が出ます。

■戦場ジャーナリストが戦場で散るのは本望であろう。俺はジャーナリストのタマゴにもならないうちに逃亡したヤツではあるが、煙の上がる所に吸い寄せられるジャーナリストの魂に敬意を表する。以て瞑すべし。敬礼!


2004/05/31 [月]   

■「警視庁成城署は29日、同居の女性に暴行を加え死亡させたとして 傷害致死の疑いで、フォークグループ「ザ・ナターシャ・セブン」の元メンバー、 城田純二(芸名じゅんじ)容疑者(54)=東京都世田谷区鎌田=を逮捕した。」
 好きなミュージシャンが亡くなるのは何回か経験しているけれど、死なせちゃったのは初めてだ…。何があったのか全然分からないけれど、じゅんじさんのバンジョーの音色と「傷害致死」がどうしても結びつかない。遣りきれない思いは、無理に納得させることもなかろう。ナターシャ・セブンのCDを聴くことにする。「海の夕陽を見ていたら/そのまま朝まですわってた/夜明けに逢いたくて/他に何もすることもなかったのさ/自由っていうのは素敵なんだよ/何もないことさ」(『夜明けを待ちながら』)。「いつの日にか君にあえると/きっときっと信じてた/けどもうやめたやめた」(『思い出の赤いヤッケ』)。「汚れた帽子を思い切り振るのさ/この街も素敵だったよ/素敵な人がいた」(『明日になればね』)。

■麦人が2歳の時におじいちゃんに買ってもらった青い車を、知り合いの1歳の男の子にもらってもらった。麦人も文人もずいぶん喜んで乗り回していたのだけれど、ここ2年ほどは二人とも身体が成長してしまって、何とか運転席に入っても片足が外に出てしまったり、脚がつっかえて漕げない状態になっており、寝室の片隅に置かれたまま、マンガやおもちゃを一時的に置く場所となっていたのである。
 1歳の男の子は車にとても喜んでくれた。にこにこ手を叩きながら、車の廻りをよろよろと歩き回ってくれた。麦人が7年間いっしょに遊んだ青い車は、男の子のお父さんが運転する(本物の)自動車に積み込まれて、我が家を出て行った。玄関のドアが閉じると、麦人は押し入れのふとんに顔を埋めていた。物心ついた時からそばにあったおもちゃとの別れは、想像以上に辛いものだったらしい。
 「もう乗れないのはわかってるんだよ… だから、あの子にあげるのはいいんだよ… でも、今まで車があったところを見ると、がらんとして何もない… さびしい…」と途切れ途切れに言って、麦人は俺の膝で涙を流し続ける。「あの子はすぐそばに住んでいるんだから、遊びに行って車に会いに行こうな」と慰めると、大きくうなずきながらぽろぽろと、いくらでも涙を流し続けていた。
 成長し、生き続ける中で、仕方なく訪れる別れというのがたくさんある。仕方ないことを納得しつつも涙を流せる麦人はほんとにいいやつだと思った。

■フォームメールへのお返事。
26 May 2004 00:13:43 +0900
→京大も建物がすっかり変わってしまい、もう「僕がいた大学」という実感がなくなっちゃいました。まあ勝手にキレイになりやがれ下さい、というところです。あんまり(というか全然)小説は読まないので、久生十蘭も名前くらいしか知らないです。

28 May 2004 02:50:34 +0900
→おおすまん!メール送っておいた!

28 May 2004 22:23:39 +0900
→バイオリズム、フリーソフトで簡単に調べられますよ。僕が使っているのは
http://www001.upp.so-net.ne.jp/tonton/
ここの上から5番目にあるソフトです。

29 May 2004 20:49:18 +0900
→僕も寝ないと身体が持たないタイプなのですが、なかなか予定通りには寝床に入れず、身体が持っておりません…。予備校では元気そうに見えますが、実はへろへろしています。4時間睡眠で大丈夫な人が羨ましいです。段ボールの中で手足を折り曲げて安心して眠りたいです。

29 May 2004 23:44:36 +0900
→下戸のクールダウンの方法、僕が教えてほしくてたまらないです。今のところは一人でスポーツクラブで身体を動かすとか、一人で町をぶらぶらするとかですね。一人で喫茶店にはいるのもいいです。結局孤独が一番クールダウンできるみたいで、友達が全然できません。酒飲みはいいなあ。