2004/06/01 [火]
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■『Face』というフリーペーパーに高田渡についての文章を書かせてもらうことになった。以下に掲げるのはその第1稿。編集部様の許可を得た上で載せる。長いのと、自分のことを書きすぎたので、そのへんを削って完成原稿にした。 ---------------------------------------------------------
「高田渡は、私である!」 戸田公人
数年前まで、渡さんには縁起でもない噂があった。重症のアルコール中毒で肝臓に障害を来しており、もう長くないというのである。2時間のステージで3曲しか歌わないし、途中で居眠りをするという。確かに写真を見ると、ものすごい皺である。50歳前にしては異様な老け方をしている。これは大変だ、生きている間に聴いておかなければ、と、俺は京都・大阪・東京と、都合のつく限りステージに足を運んだ。今、ここで聴いておかなければ、渡さんはいなくなってしまうかもしれない。 確かにその頃の渡さんのステージは悪い噂を裏付けるかのようであった。居眠りするし、同じ歌を2度歌うし、ギターを弾く指には力が籠もっていなかった。
渡さんがデビューした1960年代後半、俺は幼稚園児だったから、渡さんの歌は聴いていない。東大安田講堂の攻防戦をテレビで見たかすかな記憶があるだけだ。それから15年、遅れてきた関西フォーク少年となっていた高校生の俺は、URCのレコードを求めて東京と横浜の中古レコード屋を歩き回った。高田渡・加川良・遠藤賢司・岡林信康・五つの赤い風船・古川豪・友部正人・早川義夫。俺の魂と火花が出るほどがっちりとぶつかり合う歌が、そこにあったからだ。その、いわゆる関西フォークと呼ばれる歌どもが、どういう風土から生まれたのか知りたくて、というよりその風土の中で俺も暮らしてみたくて、大学入学を機会に俺は関東から関西に居を移し、現在に至る。
嬉しいことに入院から戻ってきた渡さんはとても元気になり、なんと立って歌うという姿まで見せてくれた。毒舌も冴え渡っている。そこにいるだけで手が合わさるような、かつてのジャイアント馬場なみの存在感を出してきた。『タカダワタル的』という映画もできて、ちょっとした高田渡ブームが起きそうな気配もある。 渡さんは、ステージの上と下で水位の差がない。だいたい歌手っていう人種はえらく高いテンションでステージに上がり、普段は出さないような声で歌うものだけれど、渡さんは違う。一杯飲み屋に立ち寄るようにステージに上がり、家の廻りを散歩しながら鼻歌を歌うように歌い、縁側で猫に語りかけるようにトークする。ふとんに入って電気を消すようにステージから降りる。 渡さんが歌う。歌が渡さんになる。俺がそこにいる。俺は歌になる。ここかしこ全部歌になる。そうだ、高田渡の歌はどこにいたって聴こえてくるんだ。
元気になった渡さんのステージにも、俺は時間の許す限り足を運んでいるのだけれど、それは前のように、「ひょっとしたらこれが最後かも…」という思いからではない。敢えて言うなら、これが渡さんの歌を生で聴く最後になっても構わない、という気持ちを確かめるためだ。 この5月、NHKに出演していた渡さんを見て小学校3年生の息子が言った。「この人、生きてるの?」「はぁ?」「だってこの人、ものすごいおじいさんだし、今お墓の話をしていたよ。それに『自衛隊に入ろう』っていう歌を歌ってるんでしょう?自衛隊に入るってことはつまり、死ぬってことじゃん」。こいつ何をむちゃくちゃ言ってるんだと思ったが、後になって、あ、こいつ分かってる、さすが俺の息子、と思った。 生きていても死んでいても、どっちでもいいんだ。そんなことはたいした問題じゃない。なぜって、たとえ渡さんの肉体が滅びたとしても、この世界と俺の中には渡さんの歌が満ちている。いつだってどこだって、渡さんは歌っているのだ。
関西フォークを追いかけていた高校生の頃、歌で世の中が変わる、という夢をみていた。「上無レバ下ヲ責メ取ル奢欲モ無ク、下無レバ上ニ諂ヒ巧ムコトモ無シ、・・・・貪リ取ル者無レバ貪ラルル者モ無ク・・・・是レ自然ノ世ノ有様ナリ」(安藤昌益『自然真営道』)。ジョン・レノンの『イマジン』が、きっとこういう世界を21世紀にもたらしてくれると、思っていた。 40歳も近くなった今、そうはならなかったことを俺は認めざるを得ない。しかし、俺はこう断言できる。歌は世の中を変えることはないけれど、人を変える力があるのだと。高田渡を二十数年聴き続けることで、俺は俺になったのだと。そしてこれからも俺になり続けるのである、と。
高田渡は、私である!
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■今日買ったCD。 矢野絢子『てろてろ』 →俺は、この子が2曲目『闇の現(うつつ)』の方向に行ってくれれば長い付き合いになれると思う。でもそれじゃ売れないだろうなあ。
■今日買った本。 『サンカの最新学』(批評社)
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2004/06/02 [水]
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■子供がらみの事件が起きると、鬼の首を取ったように「親の育児力が落ちている」だの「大切なことを子供に何も伝えていない」だの「犬にも劣る」などといった声があがるのが不愉快だ。子供のクソまみれの尻を洗ったこともないであろうジジイや、嘴の黄色い学生どもに何が分かる。黙っておれ。 6歳になれば全ての子供を小学校に徴発し、学習プログラムを勝手に決めて押しつけ、同じ体操服を強制し、頼んでもいない「心の教育」とやらを施すくせに、問題が起きたときだけ親の、家庭のせいにするのか。ちったぁ恥を知れ。 仮に親の育児力というものが落ちているのであれば、それはそのような親を作った社会なり国民全体に責任がある。その責任を分かち持とうとしない者どもに、加害者の子供とその親に石を投げる権利は絶対に認めない。石を投げつけることで、自分を安全地帯に、責任を負わない立場に安住しようとする者どもに唾棄せよ。 自分の子供が、いつ加害者に、あるいは被害者になるやもしれぬヨノナカである。まず親たちよ、途方に暮れることから始めようではないか。
■フォームメールへのお返事。 31 May 2004 02:44:05 +0900 →香がオススメですか!ちょっとその気になってきました。お寺でお線香の香がすると確かに落ち着くもんなぁ。マッサージもいいですね。自分でやるより人に肩を揉んでもらうと断然気持ちいいのは何でなんだろう。
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2004/06/04 [金]
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■疲れた疲れた。 通信販売で注文していた遠藤ミチロウのCDが届いたのだが、その封を開く気力も湧かないほどであるよ。こんな夜はミチロウの歌には張り合えないので、おとなしく眠ることにする。
■と思ったが、『天国の扉』一曲だけ聴く。うわぁ、やべえ。「高層ビルの上で人間を殺したら/多分政治家どもが笑うだろう/俺は誰も殺したくなんかない/ただ、この大事な手をあたためて/天国へ行くたびにオマエの首を絞めるんだ」。
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2004/06/05 [土]
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■中之島公会堂で映画『タカダワタル的』のプロモーションライブがあって、高田渡・大塚まさじ・西岡たかしが歌った。最初にトークショーがあったけど寝てしまった。
■西岡たかしが、五つの赤い風船のときよりしっかりした声を出していた。というか昔と変わらない。風船のライブでは『風が何かを…』の「今日は西へ、旅立つ人も…」の高音部が出ていなくて、「さすがに60歳だし仕方ないかなぁ…」と思わされたが、今日はどこも心配するところなし。やっぱり、一人でやる方が気が張ってしゃきしゃきするようである。風船には女性ボーカルいるし、お任せという気持ちになるのかもしれない。実は最近、風船の『ふる里の言葉は』を愛聴している。「歩き続ける僕の心には/これが人生と知らないままに」。 西岡のラスト曲は当然のことながら『遠い世界に』だが、「雲に隠れた小さな星は/これが日本だ/私の国だ」という3番の歌詞に関心をひかれた。団塊の世代にとって、地球=日本なのだろうか。雲に隠れて暗いのは、まず日本なのだろうか。60年・70年安保闘争は結局はナショナリズムの爆発であったという主張をどこかで読んだ記憶があるが、この歌もその傍証になるだろうか。
■大塚まさじはまあ普通。相変わらず上手い。
■高田渡は絶好調であった。先日、高石友也とともにNHKのドキュメンタリー番組に出演したことに触れ、「私はイヤダって言ったんだよ… あのおじさんと合うわけないんだから!」。続けてマスコミの犯罪報道を「さんざんウソを書いても、お詫びは1行だけ。だいたい、大学出の記者に記事なんか書けるわけないじゃないか」とめちゃめちゃに言う。おそらく城田じゅんじの事件を意識しての発言と思われる。 「最近、私の歌を歌う人が増えましてね… 『自衛隊に入ろう』を、今が旬だから、という理由で歌う人がいる」とコサック前田を批判。「私をね、国会の質疑のところで歌わせて下さいよ。『値上げ』を歌ってやる」と、その舌鋒は留まるところを知らない。 「何十年も前から日本人は全然変わっていない。旬というなら、この歌が旬だから歌ってほしいですよ」と言って、添田唖蝉坊作詞の『あきらめ節』を歌った。「あきらめなされよ あきらめなされ/あきらめなさるが無事であろ/私ゃ自由の動物だから/あきらめきれぬとあきらめる」。この人は、人が変わり社会が変わることに、今も大きな希望と大きな絶望を同時に抱え持っていると思った。
■『タカダワタル的』は5日からテアトル梅田で上映。
■どうもしんどいと思ったら微熱37.2度であった。そういうことか。
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2004/06/06 [日]
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■カラダがしんどいときは甘いものを見境なく食べるに限る。昨日は「らぽっぽ」のポテトアップルパイ、今日はデパ地下の長崎カステラ切り落としである。甘いものはいい。スウィーツだなんて言ってはいけない。甘さ控えめの健康ファシストっぽい味がしそうだ。甘いもの、なのだ。 学生時代は「甘味研究会(左派)」と称しておおぜいで京都のお店を食べ歩いていたが、今では一人でも全然平気である。男一人でパフェを注文できるようになることも成熟と言っていいのではないだろうか。
■夕食時、文人が「トリビアやヘキサゴンのとき、おしっこはいつしているんだろう?」と疑問を提示した。自分は番組の途中にトイレに立つのに、出演者がそうしていないのが不思議らしい。麦人が「それはな、CMの間に行っているからテレビには映らないんだよ」との見解を出す。更に文人は「じゃあトイレはどこにあるの?」と。俺が「テレビに映らないところにあって、トイレに行く人は映らないようにしているんだよ」と説明したが、納得していない様子。麦人は「お前、何わけの分からないことで悩んでいるんだよ!」と切って捨てる。この兄弟面白すぎ。 お母さんに聞いてみようということでとりあえず落着した。
■最近買ったCD。 遠藤ミチロウ『ベトナム伝説』 遠藤ミチロウ『OFF』 遠藤ミチロウ『AIPA』 →遠藤ミチロウの出す「☆◎○×▽〜!!」という絶叫というか悲鳴が大好きだ。ものすごく大きな愛を感じるのである。歌という歌は、最終的にはこういう絶叫・悲鳴になるのではないかと思う。
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2004/06/07 [月]
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■昼食をおえて、スポーツクラブへ行こうかと支度をしていたらクラっときたので熱を測ってみたら37度台半ばまであった。行くのはやめて横になることにする。その後、文人の友達が遊びに来てままごとをしていたようだが、よく分からない。 こういう時に頼りなるのは麦人で、頭に氷水で冷やした手ぬぐいを載せたり、お茶を枕元に持ってきたりしてくれた。うつらうつらしている間も、背中や腕をマッサージしていてくれたようだ。トンビがタカを産んだなあと、今日も思った。 夜になって少し回復したので、また甘いもんを食べている。阿久沢のお客さんが下さったヨックモック。おいしい。 ■フォームメールへのお返事。 2 Jun 2004 07:05:28 +0900 →神戸の事件も今回の事件も、とにかく何か理由をくっつけて安心したがる馬鹿者が多いですね。で、文部科学省と各教育委員会は「命の大切さ」とともに「インターネットの健全な使い方」のパンフレットでも作って、何か対策を立てたことにしたいんでしょうね。そうやって目の前10センチのゴミを払うことばっかりやってきたから、この国は馬鹿ばっかりだ。 2 Jun 2004 22:29:36 +0900 →「佐世保の事件って何?ああ、小6の事件か」と今日、長男はテレビを見て言っておりました。当事者の小学生が一番冷静に見ているような気がしました。ふと思います。分別がある(はずの)大人が人を殺してもさほど驚かないのに、分別がない(とされている)子供が同じことをすると、何でみんなこんなに驚くのだろう、と。逆ではないかと。 5 Jun 2004 03:12:02 +0900 →お久しぶりです。って言っても僕は顔が分からないのですが^^ 公務員試験もそろそろなのではないでしょうか。大学受験の経験はこんなときも役に立つのではないかと思います。そうそう、4年前の生徒さんが今年大阪市に合格して、キタヨビと目と鼻の先にある淀川区役所に配属されております。大村さんの近況については http://omoon.org/ をご覧下さい。 6 Jun 2004 16:32:13 +0900 →はい、こんにちは。
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2004/06/08 [火]
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■無印良品で電気のアロマポットと、ラベンダー、オレンジのエッセンシャルオイル2種を購入。今、さっそくやってみているが、何とはなしにトイレの芳香剤っぽい気がする。まあこれでクールダウンできるなら、トイレの芳香剤でも何でもよいのだ。
■最近読み終わった本 浅羽通明『アナーキズム』(ちくま新書) →この人、ただの衒学趣味の人かと思って毛嫌いしていたのだが、どうしてどうして。「網野(善彦)が描く中世は、ノージック同様、複数の秩序を共存させている。だが、狭く貧しい日本では、複数の社会原理同士で自由な競争をできる余裕はなく、棲み分けつつそれぞれの役割を組み合わせて、世の中全体が有機的協働体として構成されていた。ここから、不自由な『世間』も、強い個人からなる戦士共同体も、それぞれ居所を得る多様性ある世の中、不自由を選ぶ自由も許容される、メタ・アナーキズムの構想が導けないだろうか」(p279)
『サンカの最新学』(批評社) →今の日本が、昔から今みたいではなかったのだ、今みたいになったのはつい最近のことなんだ、ということを知る上で、サンカはよい案内役になると思う。
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2004/06/09 [水]
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■麦文が通う学童保育は今年も夏に「ファミリーキャンプ」をやるのだけれど、なぜキャンプなのか、なぜ家族でTDL&TDS、あるいはUSJではないのか、を考えてみた。俺が「自然の中で暮らす」ことが、しかも大勢で行くことが好きでないから、こんなことを考えるのである。 おそらく、日常生活の中で動物を殺すこともなく肉を食い、手を汚すこともなく野菜を口にし、雨露におびえることもなくのうのうと眠っていることに対する贖罪意識なのではないかと。高度消費社会の中、生物が食物となる場所から遠く離れていることに対する危機感みたいなものもあるのかもしれない。 それならいっそ、牛を一頭みんなで屠殺(←ATOKでは変換できなかった)し、ステーキやらすき焼きにして食べる、というのがいいなぁ。 ■ 渡辺さん、「拘束で苦痛」と提訴=イラク撤退求め500万円請求 イラクへの違法な自衛隊派遣のために身柄を拘束され、苦痛を受けたとして、市民団体メンバー渡辺修孝さん(36)が8日、国を相手に自衛隊派遣差し止めと慰謝料500万円の支払いなどを求める訴訟を東京地裁に起こした。 外務省が帰国の航空費用の一部として請求した約2万3千円(215米ドル)の支払い義務がないことの確認も求めた。 渡辺さんは会見し、「サマワ市内は住民が射殺されており、非戦闘地域ではない。武装組織は『イラクに軍隊を派遣した日本人だから拘束した』と言っていた。3日間銃を向けられ、活動の場も奪われた」と語った。 訴状によると、自衛隊のイラク派遣は、「非戦闘地域」に活動を限定したイラク特措法や憲法に違反しているほか、国は外国で身柄拘束された邦人を保護する責務があり、費用負担は当然と訴えている。 渡辺さんは4月、フリー記者安田純平さん(30)とともにイラクで一時拘束された。 (時事通信) [6月8日19時1分更新] ■↑よし!断乎支持する!それでこそプロ中のプロ市民だ。こういう行動が市民的自由を守るのである。わずかでも訴訟費用をカンパしたい。支援方法をご存じの方がいたら、ご連絡を乞う。 ■フォームメールへのお返事 8 Jun 2004 20:04:34 +0900 →サンカっていうのは、戸籍・住民票を持たない非定住民です。太平洋戦争後あたりまでは、竹細工を業としながら移動生活を行い、各地に出没していたそうです。今の日本では、住む場所があって、戸籍があって、っていうのが当たり前になっていますが、割と最近まで、そういう国家の支配網からこぼれ落ちていた人たちがたくさんいたのですね。 このあたりが参考になります。 http://kumanolife.com/History/index.htmlhttp://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-23.html
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2004/06/10 [木]
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■「ゼロからはじめる日本史」という一日完結講座をやっているのだが、「ゼロに何をかけてもゼロやんな」と予備校生たちが話していたと、職員さんから聞いた。うむ。そう来たか。来年は「イチから始める日本史」にしよう。
■学童保育に二人を迎えに行ったら、文人が「とうちゃん、ちょっとこっちへ来て」と、俺を部屋の隅の方へ引っ張っていく。廻りに誰もいないことを確かめてから、俺の腹に顔を埋めてすりすりした。親の肉体で安心してくれるのは有り難いことである。そんな文人は今朝、「おねえちゃんにカッターで切られる夢をみた…」と言って起きてきたのだった。そんな繊細な部分を持つ子供なのに、図体がでかいのでなかなかそうは見てもらえないのだ。
■麦人は今、『ナルト』が一番のハマリもののようだ。やっぱり少年には忍者って魅力的なんだろうね。困難にぶち当たり、修行して呪文を唱えてクリアして、人を超えた人になる。それはまさに成長する少年そのものだ。 それにしてもナルトって時代設定はいつなんだろう。今日のテレビを横目で見ていたら、キャバレーで女の子に囲まれる忍者が出ていた。
■フォームメールへのお返事 9 Jun 2004 02:07:58 +0900 →ある人からいただいたメールによれば、渡辺さんって一水会にいたこともあるそうな。面白い。早川義夫の復帰一枚目は確かにいいねぇ。ライブ盤を最近はよく聴いている。12日に鎌倉でライブあるよな!行きたかったけど長男の授業参観があるので断念。
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2004/06/11 [金]
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■土曜日に授業参観がある。麦人がその「招待状」を学校で作ってきた。 http://www1.yapeus.com/users/ottosei/ にアップ済み。 いいねぇ。こういうのを見せてもらうために親になったような気がするよ。3歳を過ぎても延々恩を返し続ける子供たちである。 ■うちでは麦茶の冷水出しパックを2リットルのボトルに放り込み、冷蔵庫に冷やして毎日飲んでいる。二つあるボトルのうち一つが空になったのを見て、文人が「僕にも作れるよ!」と台所へ立った。えらい。 ところが、文人が作った麦茶のボトルは、一日経ってもちっとも麦茶の色に染まってこないのである。普段が10とすると2ほども茶色くならないのである。ボトルを振ってもだめだ。飲んでみると、お茶なのか何なのか判別できないほどの微かな味しかしない。 これは麦茶パックではなく、何か別のものを入れたに違いない。よく考えてみれば、麦茶パックは文人の手が届かない棚の上にある。何だ?鰹だしか?文人に尋ねてみても、既に忘れているようで首を傾げるばかりである。結局何だか分からないうちに、その液体は処分された。 ■合計特殊出生率が1.29に落ちたという。それはそれとして、「年金改革の前提揺らぐ」という角度でばっかり報道されているのが気に入らない。子供は先行世代の年金を払うために生まれて育つんじゃない。そんなことも分からない大人たちばっかりだから、子供たちは生まれるのをいやがっているんだよ。 俺は、人が喜んだり悲しんだり、様々な感情を抱くことに最高の価値を置いている。そういう感情は、人としてこの世に生まれてこそ生まれ、味わうことができるのだから、子供が生まれないということは、その最大の価値が最初からそこに存在しないという、たいへん侘びしいことなのである。 こんな世の中に生まれてきて幸せか?と問うてみることに意味はあると思うが、それは生まれてきたからこそ発することができる問いであって、その時点で答えは出ていると言って過言ではない。また、生まれてもいない子供の代わりに大人が考えを巡らすのは、僭越というものであろう。 だから俺は、子供を作れる環境にある人は作った方がよかろう、楽しかろうとは思う。とはいえ、それはもちろんそれは個人の選択の問題である。
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2004/06/12 [土]
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■レイ・チャールズ死去。俺が向こうへ行ったなら、フジロック極楽編とフジロック地獄編をプロデュースするんだ。 ■予備校が面白いのは、高校という枠組みから解放されて、大学受験を目指す同士集団という新しくより大きな枠組みに流れ込むからではないだろうか。あたかも、藩という枠組みに縛られていた武士たちが、勤王という目標の下、京都で志士集団を形成していくのに似ている。 現役クラスより本科クラスの方が空気が良いのは、現役クラスには未だ、高校という島宇宙が存在しているからだろう。その壁を突き崩し、予備校という枠組みに再統合できるかどうかがチューターさんの腕の見せ所というわけだね。 ■今さらという感もあるが、つい最近『なつみSTEP!』という作品の存在を知り、震撼としているところなので記録しておく。 http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Brush/4033/natsumi-step/■今日読み終わった本。 浅羽通明『ナショナリズム』(ちくま新書) →憲法九条を世界に広めよう!って確かにナショナリズムそのものだな。
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2004/06/13 [日]
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■麦人・文人が通う小学校の授業参観に行ってきた。お父さんにきてもらいましょうという趣旨らしく土曜日の実施である。オープンキャンパスみたいな感じで、朝の8時半から終業時間(3限まで・給食なし)まで、都合のいい時間に来て授業を見ていって下さいというものだ。2限目の途中まで、麦人と文人の教室を行ったり来たりした。 ■麦人の1時限目は体育で、リレーをやった。麦人のチームは他のチームより1人少なく、麦人が2回走った。やはり彼は速い。本人も自信を持っているようで、帰宅後に褒めてやったら当然のような顔をしてうなずいていた。競技開始前の先生の一言が面白い。「勝ち負けよりも、チームが一つになったということが何よりも大切です。自分が速く走ることもいいけど、仲間を応援して、チームのためになにができるかを考えましょう」。戦争というものが何のためにあるかをよく現していると思った。敵を倒すことより、内部の団結を固め、異分子を排除することにその目的があるのだ。 文人の1時間目は算数。4+2=6、などという足し算をやっていた。文人はあきらかに退屈しており、算数セットのタイルを積み上げたり崩したり。そりゃそうだ。彼は麦人の進研ゼミ教材を横から覗き込んで、今や簡単な割り算までできるのだ。計算はトレーニングをするかしないかだけのことで、文人はちょっと他人より早くそれをやっただけのことなのだが、今さら黒板に鉛筆や花束を書いて数えて、なんてやっていられないだろう。しかしまあ仕方あるまい。 麦人の2時間目は国語。先生にあてられて教科書を読むように言われたが、よそ見をしていたため、どこを読んでいいのか分からず恥をかいていた。文人の2時間目も国語。教科書を机に立てて、良い姿勢で音読していた。 参観後は親が子供の手を引いて自宅まで帰ることになっていたらしいのだが、俺も阿久沢もそれを知らず(学校からのプリントに書いてあったのかもしれないが、そんなもんいちいちおぼえていられない。こっちも忙しいのだ)、子供たちは延々親を探し、待ち続けたあげく、二人でぷんぷんしながら帰ってきた。 ■夜はソウル・フラワー・ユニオン@心斎橋クアトロ。この5年ほど、年に3〜4回はこのバンドのライブに通っているが、今夜のはその中でも1、2を争う白眉の出来であった。よいライブに出会うと、身体の中のチャクラがほぐれてエネルギーがぶりぶり溢れてくるのを感じるが、今夜はもうチャクラ全開、エネルギー満開状態であった。どこがどう良かったかは必要がないから書かない。良かった、の一言でよし。 会場限定発売CD『極東戦線異状なし!?』購入。 のどかな光 爽やかな風 ああ 極東戦線異状なしって感じやね この惑星じゃ 今も子供らが ああ 虫けらみたいに「ママ」と叫んで死んでいく
さあ目を閉じて 感じてみよう あの戦場を さあ歩き出そう 鼻唄連れて この風の市の笑いを連れて
この戦争をやめさせろ この戦争を あのブッシュ、シャロンみたいな類のゴロツキは 世界のあまたの唄が 首根っこを押さえるぜ
さあ唄どもを響かせろ 大地の絶唱を あのウソと欺瞞と金にまみれた連中は 世界のあまたの唄が 首根っこを押さえるぜ 『極東戦線異状なし!?』 あと、『インターナショナル』ってほんまに良い歌やね。 ■フォームメールへのお返事。 10 Jun 2004 12:57:48 +0900 →教える側としては足し算のつもりで授業しているのですが、受ける側が掛け算だと思ったらどうしようもないですね。そういう言い訳をさせないために、次年度は「イチから始める日本史」にしようかと。そうすると今度は「1に何を掛けても1のままやんな」と言われてしまうかも…。 10 Jun 2004 22:27:08 +0900 →香も検討したんですが、子供がいるので火を使うのがちょっと怖くて、電気のアロマポットにしました。匂いって、人間の精神状態にすごく影響を及ぼしますね。空腹を一番感じるのが焼き肉屋さんの下を通ったときであることを思えば当たり前かもしれません。 11 Jun 2004 21:33:19 +0900 →『ナルト』で出てきた技は、その晩のうちにプロレスごっこで受けさせられています。痛いです。もっと優しい技にするよう、少年ジャンプ編集部に言いたいです。僕の浪人時代はひたすらプロレスでしたよ。ジョギングしながら電柱にラリアットを食らわせたり、弟を関節技で失神させたりしていました。
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2004/06/15 [火]
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■「平沼赳夫前経産相は14日、大阪市内で講演し、教育基本法改正の必要性を強調する中で、「教育基本法では個人の尊厳が強調されている。日教組の教育とあいまって、個人の尊厳が行き過ぎて教室破壊が起こり、生徒同士が殺し合いをする荒廃した状況になってきている」と述べた。長崎県佐世保市の小6女児死亡事件を念頭に置いた発言と見られる。 (アサヒコム、06/14 23:27) 」 「自分以外の誰か」のせいだということにして心の平安を得ようとする魂の弱者がここにも。憐れむべし平沼赳夫。
■「生徒同士が殺し合い」をすることにはあれこれ言うくせに、アメリカ人とイラク人が殺し合うことについては、「アメリカ支持」で済ますわけね。個人の尊厳やら権利やらを世界一振り回すアメリカ人にも何とか言ってやれよ。憐れむべし、ひ弱な魂を持つ者ども。
■空き時間に梅田で肩もみをしてもらう。担当してくれたおねえさんが「これは張ってますね!」と何度も言いながら、かつて経験したことがないくらいの力強さでぐいぐい押してくれる。背中を押すとき、肋骨がめりめり音を立てそうなくらい。うう、うう、とうなりっぱなしの30分であった。 どうやら肩胛骨と肩胛骨の間がかなり張っているらしい。ストレッチでそこを動かすだけでだいぶラクになりますよと教えてくれた。最近えらく疲れているのはこれが原因かもしれない。このお店はなかなか気に入った。来週も行こう。
■フォームメールへのお返事。 14 Jun 2004 00:43:10 +0900 →それは重畳。ぼくも、ちくびから、けがはえてきたんだなぁ。
14 Jun 2004 19:42:44 +0900 →わたしはわたし。
14 Jun 2004 23:31:55 +0900 →おお確かに!「1に何を掛けても1のまんま」ではありませんでした!X>1であればオッケイですね。かなり気が楽になりました。
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2004/06/16 [水]
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■子供関係2件。
■このところ文人が朝食を食べない。食卓についても、不機嫌にパンを指先でいじったり、皿を左右に移動させるだけである。まだ眠いために、食べようという気が起きないようだ。 ここから俺と阿久沢の育児方針が分かれるところ。俺は(自分もそうだったので)朝食に限らず1食や2食抜いたところで人間は死にはしない、午前中に死にそうに腹が減る思いをすれば次の日からは食べるようになるだろうから、食べないなら食べないで放っておけばよい、と考える。 これに対して阿久沢は、朝食はちゃんと食べなければダメ、という立場である。これには、自分がつくった食事を蔑ろにするなんてケシカランという思いもあるようである。 どちらが正しいというわけではないので、文人に対しては両論併記の姿勢で臨む。いずれにしても文人は不機嫌のまま、「行ってきます」も言わないで学校へ出かけてしまった。まだ眠い、というところに諸悪の根源があるようなので、今日からは早く寝かすことにする。
■麦人が「書道セットがなくなった」と申告してきた。「あんな大きなものがなくなるわけないだろ、家の中と学校をもう一度よく探せ」と指導。さらに「だいたいお前は物品の管理が悪すぎる。見つからなかったらお前の小遣いで新しいのを買え」と申し渡した。 学校から帰ってきた麦人は「教室に名前の書いていない、誰のものでもない書道セットが一つある。色も僕のと同じだ。でも名前が書いていないから、僕のかどうか分からない」と。「それは間違いなくお前のだから持って帰ってこい」と言っても、「でも、名前が書いてないんだよ…」と控え目である。帰宅した阿久沢も「それは絶対に麦人のだ。お母さんは名前を書いた覚えがない」「お父さんも書いていない」と太鼓判を押したら、やっと笑顔になった。
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2004/06/17 [木]
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■このごろ、文人は何かにつけて「家出をする」という。軽くからかわれると「そんなことを言うと家出するよ」。叱ると、ふてくされたあげく黙って家を出て行くこともある(2分で何事もなかったように「ただいまー」と帰ってくる。一種の再生儀礼のようなものなのだろう)。 今日も学童保育からの帰り道、文人が赤ちゃん言葉でトークするので「あ、大きい赤ちゃんでしゅねー」とからかっていたら、「そんなことを言うなら家を出て行く。家に帰ってゲームをしたら家出するからね」と言い出した。どうやら彼にとっての家出とは、行方不明になって心配をさせることではなく、単に玄関のドアを開けて外に出る、ということに意味があるようである。 「十九歳十月/窓から這い出し/壁でザビエルも/ベッドで千代紙も/涕泣いた」(あがた森魚『冬のサナトリウム』)。その日、文人は窓からこっそり出て行くか、玄関から大手を振って出て行くか。 麦人は「俺は絶対に家出しないよ。ずーっとパパとママといっしょに住んでるんだよ」という。それもそれでちょっとだけ困る。
■身体の調子が上向きで嬉しい。どうやら肩胛骨と肩胛骨の間に悪魔が住んでいたようである。
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2004/06/18 [金]
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■深夜1時過ぎに風呂につかっていたら、麦人が突然ドアを開けて流し場に立ち、おもむろにパジャマのズボンを下ろした。彼は夜中に寝ぼけてところ構わず放尿するくせがあり、ここしばらくは陰を潜めていたのだけれど、久々に放尿の神様が降臨したらしい。「麦人、違う。そこはトイレじゃない」と彼の肩をぽんと叩いたら、「おお」とうなずいてトイレへ向かった。面白い。
■暑いんだが何とかなりませんか。これでまだ6月とは。8月9月が怖ろしい。地球温暖化反対。
■松下竜一氏死去。決して熱心な読者ではなかったけれど、松下センセが九州にいて『草の根通信』を出している、ということに大きな安心感を抱いていたことに気が付いた。
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2004/06/20 [日]
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■寝る前に体重計に乗っていた麦人が、大声で泣き出した。31キロだったのが35キロに増えているというのである。寝室に駆け込んで倒れ伏し、ふとんに顔を埋めて、大粒の涙をぼろぼろ流して泣いている。何で泣くの、と俺はまず驚いた。 太ったのを気にしているのかと思ったが(彼は身体は十分動かしているので贅肉が付いたのではない。筋肉で体重が増えているのだ)、ことはそれほど単純ではないようだ。涙の彼方から微かに聞こえる彼の言葉に耳を澄ませてみると、 体重が増えて走るのが遅くなった。 壁登り(廊下に立ち、両サイドの壁に両手両足を押しつけて天井に手をつける)ができなくなった。 前はできた逆上がりができなくなった。 これ以上重くなると、お父さんに抱っこしてもらえなくなる。 といった諸問題に衝撃を受けて泣いているようなのである。 誰でも、俺も経験してきたことだけれど、成長には哀しみがつきまとう。成長することで、いままで親や大人にしてもらっていたことを「一人でやりなさい」と突き放され、泣くことも許されず、甘えることもまたプライドに邪魔される。そんなふうに、本当は辛いことが多いからこそ、大人たちは少年少女の成長を力いっぱい祝ってやるのだ。 「麦人はまだまだ大きくなるんだから、少しくらい体重が増えたって気にしちゃだめだよ。これはみんな筋肉で、その分麦人は強くなってるんだよ」と何度も言って聞かせたら、涙ぐみながらも「仕方、ないんだね」とうなずいた。何だかすごく頼もしい感じがした。お前が少しくらい大きくなったからといって、まだまだ父ちゃんに勝てるとは思うな、と麦人を抱き上げて寝室を3周してやった。 ■「人を殺す普通のいい子にしないために」ですか。 イラクで民家に爆弾を落とすアメリカ兵や、丸腰のパレスチナ人に銃をぶっ放すイスラエル兵はきっと、ふるさとでは「普通のいい子」なんだろう。そんな彼らは国家から、上官から命令を受けて、仕方なく、あるいは自ら進んで、ボタンを押し、トリガーを引き絞るのかもしれない。命令を受けて人を殺す彼らよりも、誰からも命令を受けず、自分の手を真っ赤に汚して友人の首を斬った少女の方が、ひょっとしたら勇敢で潔くはありませんか。世界のあちらこちらで人を殺している「普通のいい子」たちを放置して、どうしてあの少女と家族に石を投げられましょうか。 ■この日記は大塚日記プロジェクトで書き始め、大塚の閉鎖(正確にはライコスへ移行)に際して引っ越し先を探す中、メモライズを借り、さらにドメインを取りレンタルサーバーを借りてそっちをメインとして今日に至る。メモライズの方もそこそこ読んでくれる人がいたのとデータのバックアップを兼ねて続けていた(もう消した)。 そこへメモライズがライブドアブログへ日記データを譲渡するという突然のアナウンスである。頼んでもいないのにライブドアは、メモライズ利用者用のアカウントを勝手に作って通知してきた。それを削除するには個人情報を大量にライブドアに与えないといけないらしい。メモライズ利用者たちの怒りの声はネットのあちこちに満ちているが、俺はまあどうでもいい。無料レンタルサービスってのはそんなもの(いつ有料になるか、いつどこに譲渡されるか分かったものではない)だ、という教訓を胸に、せっせとデータのバックアップに今日も励めばよい。ただ、ライブドアがろくなもんじゃないというのはよく分かった。 あと日記の著作権云々を言う声も目にしたが、勇気あるなと思う。個人サイトの下の方に「All rights reserved」を高らかに宣言しているものをまま見掛けるが、それは要するに「勝手に転載するな」とか「勝手に商用利用するな」ということであり、自分のサイトにそれだけの価値があると自負しているということであろう。絵とか音楽を置いてあるサイトならともかく、テキストサイトでそれをやるのはなかなか凄い。俺の糞日記などを転載する人がいるとは思えないし、ましてや商用利用など。こんな排泄物が万が一お役に立つなら、どうぞお持ち帰り下さいといった心境である。 ■で、今は自分のサーバースペースと、ジュゲムを使っている。 ジュゲムはブログサービスだが、ブログってのが何なのか、結局俺にはよく分からなかった(完了形)。特にトラックバックってやつは何度説明を読んでも分からない。コメントってのはBBSをつけておけば済むものではないのか。 よく分からないってのはきっと、俺には必要ないということなのだろう。ブログではなく日記が、俺の書きたいものなのである。 でもジュゲムはバックアップ用に続けるつもり。 ■リンク。 反戦選挙プロジェクト『テロリストは誰?』
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2004/06/21 [月]
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■台風が来ている。暴風雨で休講になったらなったで補講をしなければならないから、休講になっても別段嬉しくもないのだが、中途半端に雨風が強くなって、びしょぬれで学校へ行って仕事をしなければならないことを考えると、やっぱりここはがつんと来てもらいたいところである。 身体と気持ちが既に休講に向けてアジャストされてしまった気分である。で、おそらく休講はない。困るなあ。 ■2週間ぶりにスポクラへ行って帰宅すると、麦人の学童保育の友達が3人来ている。それはよいのだが、このガキどもは一家の主が帰宅したというのにゲームしたり寝そべってマンガを読んでいたりして「こんにちは」も言わないどころか、目も合わそうとしないからケシカラン。俺は自分の子供に礼儀作法を教えるので手一杯でよその子供まで手が回らないから、叱ることはしない。ひたすら機嫌が悪くなるのみである。 どうやら俺がいない間ずっとゲームをやっていた雰囲気(3時間弱)。「麦人、何時間ゲームやっていたんだ?」と尋ねると、友人Aが「まあ、15分くらいだよな」と見え透いたウソをついたので、「全員外へ遊びへ行け」と追い出してやった。俺はちょっとだけ昼寝。 うむ。これからはこれで行こう。狭いマンションの自宅に何人も子供が集まっては鬱陶しいし、日曜日は大人が仕事の疲れを癒す日である。大人の都合を最優先にして構わないと考える。子供はどんどん戸外へ追放して遊ばせることとしよう。 ■麦人にテニスラケットを買ってやった。中学生になっても続けそうなので。 ■「行列のできる法律相談所」にハマっている麦人が、「この2人には肉体関係がありました。賠償金は取れるでしょうか」などと文人に問題を出している。「おい、肉体関係って何なんだよ」と尋ねてみたら、とても真剣な顔で「いや、それがどうしても分からないんだよ」と答えたので可笑しくて仕方がない。 そんな麦人は、父の日のプレゼントにサービスクーポンを作ってくれた。→ ★■メールフォームへのお返事。 15 Jun 2004 01:33:59 +0900 →大声で言うことはそんなになくて、スキンシップが主ですね。子供は気持ちいいです。フラッシュ見ました。これなら子供と一緒に見られますね。ご紹介ありがとうございます。 15 Jun 2004 13:42:02 +0900 →むぎゅー。 (時刻不明。すみません、消えてしまいました) →ヨガ、よさげなんですが、僕は身体がとても硬くて、一人では全然ダメなんですよ。ヨガの相手をしてくれるロボットとか開発されるといいなと思います。 15 Jun 2004 21:56:10 +0900 →子供の発言が僕の笑いのツボです。真剣に迷走しているあたりがたまらんのです。このプーさんも混乱してますね笑 18 Jun 2004 00:17:03 +0900 →ひげは秋以降伸ばす予定です。毎日剃るのはとても面倒なので早く伸ばしたいのですが、夏はやっぱり暑くてね。 19 Jun 2004 23:42:56 +0900 →玉置浩二!それは初めて言われましたが、光栄です。大学生の時は徳永英明に酷似しており、実家の父が彼のCDの新聞広告を見て、「お前はいつ歌手になったんだ!」と連絡してきたことがあります。 20 Jun 2004 01:35:47 +0900 →あー、それはテキトーですね。だいたい日付が変わる前後にアップすることが多くて、アップするのは6月20日の午前1時なら、タイトルは6月19日になっていることが多いです。そういうときは19日の日記です。
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2004/06/22 [火]
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■やはり休講にはならず朝から出勤。出勤する限りは、途中で授業打ち切りにはならないほうが助かる。結局、風雨が激しくなる前に予備校に到着し、台風が荒れ狂っている時間帯は授業をして、夜、台風が過ぎ去ってから帰宅という理想的な展開となった。濡れてもいいように着替え一式を準備していたが、その必要はなかった。贅沢を言えば、台風がガンガンに雨を降らせている光景をゆっくり鑑賞したかったが。
■靴に水が入るだろうなぁとサンダル履きで行ったら、これが快適。この夏はこれで仕事しようかしらん。
■7時過ぎ、夕焼けの中を伊丹空港に着陸しようとする旅客機のライトが美しかった。全てを包み込むオレンジ色の中を、明るく白い光が2つ浮かんでいた。今日が終わっても明日はちゃんと来るじゃん。そんな気がした。
■フォームメールへのお返事。 20 Jun 2004 16:49:11 +0900 →うむ。世間は狭いし、そういう「業界」(適切な言葉が思いつかない)は更に狭いね。関西地区ではなおさら。
21 Jun 2004 16:53:47 +0900 「音楽やってる悪いやつ」はいないこともないですよ。長渕剛とか谷村新司とか。ジャンル関係なしってのは賛成です。よい音楽はよくて、ダメなのはダメですよね。よい音楽が大好きです。
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2004/06/23 [水]
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■台風が来ると、高波や、増水した川を見物していてそのまま流されて亡くなる人が必ずいる。本人やご家族はたまったものではないだろうが、そんなニュースを耳にするたび、俺は安心するのである。 時として人は、合理性や利害計算を考えたならば決して取らないであろう行動に走ることがある。不条理・不合理・飛躍・無茶苦茶、といったものに惹かれる心性が、人にはある。だからこそ人は人なのではないか。何もかも計算ずくで、利益を求め損失を避け、合理的で正しいと思う方向に歩くのであれば、コンピューターと天秤ばかりさえあれば事足りる。 台風が来ると、居ても立ってもいられずに海や川を見に行ってしまう人々は、そういう美しい魂の持ち主であった。ヘタレな俺は、今回もそこまで飛躍することはなかったけれども、心からの連帯の挨拶を送り、ご冥福をお祈りしたい。合掌。 ■生徒さん?から深夜に次のようなメールあり。俺の返事とともに晒す。 名無しさん「戸田先生は死にたい…と思ったことはありますか?」 ↓ 俺の返事「あー、いつでも思ってますよ。生きるのめんどくせーもんな。」 ↓ 名無しさん「僕は今、真剣に悩んでいます。どうしたらいいですか?」 ↓ 俺の返事「僕は人間には死を選ぶ権利はあると思うので、どうしても死にたいならそれでもよいでしょう。が、どうしても死にたいと思う人間は、他人には相談しないと思います。そこまで追いつめられるまでは、様子を見てはどうでしょうか。」 ↓ 俺の返事「一つだけ追加。君は童貞か?セックスを経験せずに死んではいかんよ。」 ↓ 名無しさん「わかりました。もう少し考えてみることにします。気持ちがかわるかもしれないし。童貞ですよ(笑)」 俺に人生相談などしても、こんないい加減な対応しかしないですよ。 ■今日買った本。 三田誠広『桓武天皇』(作品社)
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2004/06/25 [金]
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■またちょっと草臥れ期。講義前の20分、机に突っ伏して眠るのが何より楽しみだったりする。あと1ヶ月、走り続けねばならない。チョコレートを一囓りして元気が出るうちはまだまだ大丈夫。
■わ。机の上にカメムシがいる。匂いが出ないように戸外へ放逐しなくては。 カメムシって関西ではクサムシ(臭虫?)というらしい。物もらいは目ばちこ。鳥肌はさぶいぼ。なんかこう、モノと言葉の距離が近いというか、そのままやんけというところが好きだ。
■今日読み終わった本。 橋本治『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書) →後半は日本史の本。橋本さんには、講義のネタをたくさんもらっているような気がする。
■最近買ったCD。 JOYTOY『愚民の戀』 →エロテロリスト万歳。
紅龍&ひまわりシスターズ『アジアが一番(復刻版+秘蔵ライブ音源)』 →上々颱風が「紅龍&ひまわりシスターズ」だった20年ほど前にリリースしたカセットテープに、当時のライブ音源から数曲をおまけしたもの。カセットの方は20年間愛聴しているので今更どうということもないか、ライブ音源には正直かなり動揺した。なぜ俺は20年前のひまわりシスターズの音にこんなにも目を見開いてしまうのだろう。ひまわりシスターズの演奏にそれだけの力があったのか、ライブを聴いていた高校生時代の俺が、脳髄の奥で暴れているのか。 「あたいの身体にはあっつい赤い血が/流れているってことを忘れないでね」(『ひまわりシスターズのテーマ』)。上手くないしリズムはもたつくしコーラスも音程ずれまりだし。でも何なんだ、この背中を押してくるようなパワーは! 成熟すること・上手になること・知ること・慣れることは必要なことに違いないが、引き替えに失われるモノがあるということを忘れてはいけない。だがそれにしても、上々颱風に残っていない、ひまわりシスターズのもう一人のボーカリスト。やっぱり彼女の歌声には味があった。20年前、俺の耳底に残ったきりの、その歌声に再会できただけでも嬉しい。
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2004/06/26 [土]
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■ターザン山本がよく「プロレスは記憶である」「プロレスは過去の中にある」という趣旨のことを書いているが、俺も同感である。 つまり、長州力というレスラーのファイトを見るとき、我々プロレスファンは、彼がブレイクできないアフロヘアの時代、維新軍団で眩い光を放っていた時代、新日本プロレスの現場監督として偉そうにしていた時代、そういう過去の長州力を、今日のリングと重ね合わせているのである。若手レスラーの初勝利に立ち上がって拍手できるのも、彼が2年間一勝もできなかった事実を知っているからである。動きが悪くなった武藤敬司や蝶野正弘を見てしみじみできるのも、彼らがリングを縦横無尽に動き回っていたことを知っていてこそである。プロレスはいちげんさんでもそれなりには楽しめるが、長くファンを続けてこそのジャンルであると思っている。 K−1やPRIDEなど「真剣勝負」を売り物にした興行に食指が動かないのは、「勝ち負け」「強い弱い」だけで終わってしまう、薄っぺらな世界しかそこにはないからだ。しかし、そっちの方がプロレスより人気があるというのはどういうことだろう。我々が、そういう薄っぺらな世界観、時間軸といったモノを喪失した世界観しか抱けなくなっていることの現れではないか。小泉純一郎が年金未納問題を追及されて「30年前のことを今になって問題にする方がおかしい」と開き直るのも同じだ。小泉を一刻も早く葬る必要があると俺が考えるのは、ひとえにそれが故である。 今日の自分・世界は、昨日の自分・世界の延長線上にしか存在しない。従って、物事を正しく理解し、愉しむためには、過去と現在(そして未来)を行き来して眺める必要がある。それができなくなりつつあるということは、我々は馬鹿になりつつあるということだ。『世界の中心で、…』なる本や映画のタイトルを見て「プッ…」と吹き出さなかった者は、既にその兆候が現れている。 だからみんな、プロレスを見るんだ。
■夜にテレビで『ハリーポッターと秘密の部屋』をやっていた。うちにはその作品のDVDがあって何十回も見ているのに、子どもたちはテレビの前に喜々として座る。11時なるから寝なさいとスイッチを切ったら、二人ともブンブン怒った。理解できない。
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2004/06/27 [日]
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■紅龍&ひまわりシスターズについてもう少し書く。 この隙間だらけのライブ音源にどうしようもなく心が騒ぐのはなぜか。それは、隙間に合わせて自分が歌い、踊ってしまうからだと思う。俺が声に出して、あるいは心の中で一緒に歌わなければこの歌は完成しない。俺が踊らなければこの歌は完成しない。 俺はステージの上から「一緒に歌いましょう」とか「手拍子よろしく!」とか言われるのが嫌いだ(プロレスラーが「応援よろしくお願いします!」とリング上で叫ぶのもイヤ)。そういうのはお願いするものではない。気が付いたら歌っていた、身体が動いていた、というのが正解だと思う。 ものすごく上手くなって、計算ずくで「それ」ができるバンドというのもある。今の上々颱風はその域に達している。無論、それをけなしたり非難したりするつもりはない。が、紅龍&ひまわりシスターズは、計算も技術も何もないところで「それ」を可能にしていた。それはきっと、バンドメンバーの才能とやる気と志と、俺自身の若さが幸運な出会いをした結果だったのだと思う。
■27日(日)三宮駅前で喜納昌吉の遊説ライブあり。昌吉の歌は聴きたいが、民主党の旗の下で歌う昌吉はあんまり見たくないな。どうしようかな。投票はするけどさ。
■相変わらずよく屁が出る。ぼんぼんでる。麦人とプロレスごっこをするときの凶器に使えるほどである。
■フォームメールへのお返事 23 Jun 2004 10:02:38 +0900 →いや、ほんとに適当に返事してます。でもそれが求められてる対応なんじゃないかな、と。どんどんパクって下さい。
24 Jun 2004 00:44:04 +0900 →死にたい死にたい言う人は、死にたいという気持ちは2番目で、死にたいと言っている自分を見て下さいという気持ちが1番なのではないかと思います。ならば見てあげるくらいのことはしてあげてもいいかなと。
25 Jun 2004 11:10:04 +0900 →『ぼくらのSEX』は未読です。読んでみますね!
26 Jun 2004 00:49:14 +0900 →僕は常々、何でみんな結論を急ぐのだろう、じっくり悩むことを愉しまないのだろうと疑問に思っています。一生悩み続けていてもいいと思ってます。すぐに結論を出せる人は、悩むという不安定な状態に耐えられない、弱い精神の持ち主なのかもしれません。
26 Jun 2004 01:36:11 +0900 →最近、予備校では講義している以外の時間はたいてい寝てます。最高です。講義も調子が出ます。僕に似ている?それは身体はでかいけど運動神経は鈍く、喧嘩に弱いということでしょうか?
26 Jun 2004 20:44:40 +0900 →僕ならそれは放置の方向ですね。たまにご機嫌伺いメールでも入れておけば良いのではないでしょうか。心配してあげたいのは人情ですが、「心配したいと思っている私」が、彼女の「心配してほしいあの人」でないことはよくあることです。「私」が「あの人」になることも十分あり得ますから、そのときのために門戸を開いておけばよいのです。
26 Jun 2004 21:33:39 +0900 →うひょう。ご指摘ありがとうございます。賢者の石も公文所も。僕は映画も小説も縁遠いのでたぶん見ないと思います。
26 Jun 2004 23:08:43 +0900 →はい。各方面からご指摘を受けております。『秘密の部屋』ではなく『賢者の石』でした。ちなみにハーマイオニーは長らく、マーハイオニーだと思っていました。確かに子どもとはいえ、他人が見ているテレビを目の前で消すのは良くない行為ですが、11時になったら子どもは寝かせます。見たいテレビがあればいつまでも起きていて良いと思わせるのはもっと良くありません。ましてや何十回も見た映画ならば。
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2004/06/28 [月]
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■阿久沢が東京へ出張したので、日曜は男ばかり3人で過ごす。2人、または3人でじゃれあって遊ぶときもあれば、3人バラバラのことをするときもある。そういう何とない時間の過ごし方の呼吸が、お互い分かってきた感じがする。2人が思春期を迎えるまでは、こんな感じで穏やかな時間が流れるのだろう。 夕食は3人でカレーを作った。文人が皮むき器で野菜の皮をむき、麦人が包丁を使って刻む。炒めたり材料を鍋に入れて煮るのも、主に2人がやる。俺は火の通り具合を見たり、ルーを入れるタイミングを指示するくらいだ。 自分の子どもを自慢するのもナンだが、俺の子どもにしてはよい子どもたちに育ったと思う。
■麦人は風呂上がりに全裸のまま「素晴らしき、男の魅力ぅ!」と叫んでちんちんを引っ張っていた。ばかだ。
■電気を消してふとんに横になって10分後、文人がやにわに起きあがって「メモしないといけないことを思い出した」とリビングへ行って何やら書いていた。あとで文人のメモ帳をのぞいてみると「びーびーだんこうえんにうめた」と。お前は犬か。
■フォームメールへのお返事。 27 Jun 2004 03:39:40 +0900 →兄です。ひまわりシスターズのCDは7月発売なのですが、事務所の社長が一足先に送ってきて下さったのです。そんなわけでもう少しお待ち下さい。そちらの音源も楽しみにしております。喜納昌吉、雨が降ってきたので結局行きませんでした。なるほど、演説の合間に歌うのはちょっとなぁ。せっかくなら神がかった状態で聴きたい人だもんなぁ。あと文人ですが、あいつ面白いです。変です。君の所に里子に出して修行させようかと思うほどです。
27 Jun 2004 16:32:23 +0900 →あー、それはチェック済みで授業でも言ってます。でもありがとうございます。またお気づきの点があれば教えて下さい。お礼しないといけないですね。
27 Jun 2004 16:36:29 +0900 →いえいえ、フォームでもBBSでも直メールでも構いません。お待ちしています。
27 Jun 2004 21:17:49 +0900 →小学生が深夜番組を見るのは悪いことではありません。が、親とは、それを禁止するのが役割なのであります。我が息子どもがエロサイトを見るようになったら断乎として禁止し、エロサイトを排除するソフトをインストールします。禁止するからこそ子どもは隠れて見る快感を覚え、禁止を解除するテクニックを身につけ、ますます深夜番組やエロサイトを楽しむのであります。親とは、いわばプロレスの悪役です。悪役がいなければ面白くありません。
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2004/06/29 [火]
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■発展を悪とみなすのが江戸時代であった。そういう江戸時代が、俺には何だか眩しくみえるのだが。
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2004/06/30 [水]
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■入眠障害がやや深刻なので、あれこれネットで情報を探してみた。どうやら俺は熱が体内に籠もる体質で、その熱が深夜に暴れるのが原因らしい。確かに俺は汗っかきで手のひらも常に温かい。試しに漢方薬をネット通販で注文した。煎じるのに使う土瓶も。何だか楽しみである。
■阿久沢と少しだけ両親の話をする。10年もすれば我々の4人の親たちは介護を必要とするようになる。4人とも神奈川県在住ゆえ、遠距離介護になる可能性が高い。心配は心配だが、今から心配しても仕方ないという結論に達した。ま、心の準備と情報集めだけはしておこう。とりあえず夏休みは沖縄でゆっくりしたい。
■前にも書いたことがあるが、俺自身は自分の子どもや若い世代に負担を掛けるのはどうも居心地が悪い。少子化世代の俺の息子たちに掛かる負担は、それはそれは大きなものになるだろう。息子たちはカワイイので、負担は掛けたくない。俺は、今のこの時点でも、既にもう十分と言えるほど楽しく生きてきたのだ。年老いて、もうこれはダメだと自分で判断したら、自決したい。年金支給年齢到達と同時に青酸カリなどの自己使用目的の毒物を無料配布するように政府に働きかけたい。 昔の老人たちは、正月が来るたびに、自分のもとに早くお迎えが来るように念じたという。美しい人々と言うべきであろう。 念を押すが、あくまで俺自身のことである。全ての人がそうすべきだなどとは毛頭考えていない。ゆっくり生きたい諸君は生きればよい。
■昨日読み終わった本。 三田誠広『桓武天皇』(作品社) →教科書みたいな本。歴史小説ってこういう「わかりやすいけど面白くない本」か、司馬遼太郎みたいに「面白いけれど胡散臭い本」になってしまいがちだ。勉強にはなりました。
■フォームメールへのお返事。 28 Jun 2004 02:04:16 +0900 →転載というかパクリは別によいのです。しかし、ご自身で「その程度のサイトです」と自認してしまうようなサイトにコピペされたのは全く遺憾です。
28 Jun 2004 14:40:25 +0900 →そうそう。教科書だと、その人の「旬の時代」しか書かれていないのだけれど、そこに至るまでの歩みってのが当然あるはずなんですよね。『桓武天皇』について言えば、道鏡とか仲麻呂みたいな悪役タイプの人が魅力的に描かれている一方、善玉はどうも平板で印象に残りませんでした。桓武も、早良親王の怨霊にもっともっと悩まされてほしかったです。
29 Jun 2004 01:55:35 +0900 →何でもありだと思います。正解なんてないですよ。自分の欲望に忠実になりましょう。一人に絞って堅実にいくのも、三股掛けて刺されるのも、楽しくてよいのではないでしょうか。ただし避妊だけはちゃんとしておくこと。個人的には一人目の人にものすごく関心があります。誰?こっそり教えて。
29 Jun 2004 14:16:07 +0900
→お礼は既に用意してあったりします。講師室でお渡ししますので、前期最終週あたりに来て下さいね。
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