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2004/07/02 [金]   

■漢方薬が届いたのでさっそく煎じて飲んでみた。いやもう苦いの苦くないの、背筋に寒気が走るほど苦い。胃に流し込むたびに眉に皺が寄る。一日500ミリリットルを3度に分けて飲まないといけない。でも効くような気がする。
 「良薬口に苦し」というが、苦くないと良薬に感じられないというのが真相ではないか。俺も含め、世の親たちの多くが子どもが漫画ばかり読んで(文字中心の)本を読まないと言って嘆くのも、漫画は甘いお菓子で、(文字中心の)本が良薬であると考えるからである。正確には、(文字中心の)本は読みにくい、取っつきにくいがゆえに良い本であると信じているからである。

■庭に毎朝鳩が来ている。じっとしている。麦人が「鴨だ」と言ったのが面白かった。尻尾の羽根の色が似ているのだという。

■沖縄旅行の予約が取れた。今年もぼーっとしてくる。子どもが一緒に来てくれるのはあと何回か。予想では文人が先に「僕は行かない」と言いだし、麦人はいつまでも付いてくるとみた。

■フォームメールへのお返事。
30 Jun 2004 01:01:07 +0900
→よく分かりました。転載は基本的には歓迎です。「プライド」を語るために転載するのはどうなんかな、と気になっただけなんで。

30 Jun 2004 01:38:49 +0900
→情報ありがとうございます。その本は知りませんでした。今度探してみます。中川、暑苦しいこと言ってたでしょう?

30 Jun 2004 09:50:01 +0900
→悩みながらもとりあえず行動する、ってことが必要になるときはあると思いますが、基本的に悩まない人は苦手です。悩む人が好きです。

1 Jul 2004 03:02:52 +0900
→ええっ?!○○。○○ですか!これはびっくり!それはともかくどうぞお幸せに。また経過報告下さい。


2004/07/03 [土]   

■寝付きが悪いので毎晩3時間くらいしか寝ていない。おまけに朝起きたら二日酔いくらい頭が痛い(酒は飲んでいない)。もっともこれはカフェインが切れた禁断症状だったみたいで、コーヒーをがばがば飲んだら治ってしまった。
 仕事の帰りにタイ式マッサージを1時間やってもらったら、夕食後に1時間ほど眠れた。少しオーバーワークかなあ。身体の疲れがうまいこと睡眠に結びついていないようである。だらだらしたい。

■マッサージをしてもらいつつ考えたこと。筋肉をほぐしたり伸ばしたりするのは自分でもできないことはないが、プロにやってもらうと自分でやるより圧倒的に気持ちがよい。予備校講師の仕事も同じである。
 まず、自分で教科書を読んでノートにまとめておぼえるべきことをおぼえて問題をたくさん解けば、一人でも受験勉強はできる。が、同じデータをおぼえるにしても「ここをこんなふうにおぼえな」と言ってもらったり、一緒に史料を読んだりすることで、より効率的かつ印象深い学習が可能になるはずである。
 そして、自分では分からないツボをピタッと押してあげること。最終的には、人の手を借りなくとも自分でツボを探り当て押せるようにしてあげることだ。

■フォームメールへのお返事
2 Jul 2004 18:55:31 +0900
→おお猪木が来ていたですか!ミナミは小泉といい猪木といい、有名人づいてますね。ところで猪木になぜあんなに人気があるのか、僕はいまだによく分かりません。ギャグ寒いし。


2004/07/05 [月]   

■携帯電話がどこかへ行ってしまった。毎日チェックする使い方はしていないので、いつなくなったかすらも分からない。今日は持って行った方がいいなと思ったら、どこを探してもない。自宅の電話から掛けてみても留守番電話につながるだけだ。とりあえずドコモに電話を掛けて使用停止の措置をとってもらった。
 このまま携帯を卒業してもいいかなと思ったが、共働きゆえの業務連絡もそれなりにあるので、新しいのを買いに行った。N900iというやつ。カメラは面白そうだが、デコメールやらキャラメールやら、よくもまあここまでどうでもいい機能をてんこ盛りにしたものよ。そうではない機種を買えばいいと言われるかもしれないが、どれも似たようなものだ。キーを押すと表情が変わるアライグマとかいったい何が面白いのか。ま、前の機種を4年も使っていたし、ポイントもずいぶん貯まっていたので1万円ちょっとで買えた。文句は言わない。旅立っていったP209iが実は名器だったことに今頃気が付いた。

■今日も麦人の友達が7人も8人も来る。隣の公園で水遊びをしてびしょびしょの身体で家の中に入ろうとするし、マンションの階段で「グリコ」をして騒ぐ。入れ替わり立ち替わりエントランスのピンポンを押して「水を下さい」。「水は公園の水飲み場で飲め。迷惑だからマンションの中で遊ぶな。それから、濡れた身体でよその家に入ってくることは罷り成らん」と申し渡す。
 俺は寛容さが足りないのかもしれないが、週に1回くらい家でゆっくり休まないと身が持たない。ここは無理はしない。子どもたちには冷たいかもしれないが、俺の都合を優先させてもらうことにする。
 今日はあいさつはきちんとできていた。麦人が十分に申し含めておいたと見える。

■フォームメールへのお返事。
3 Jul 2004 02:10:09 +0900
→陰であれこれ言われてはじめて強くなるような気もします。開き直れ開き直れ。自分は悪くない。百歩譲って自分が悪かったとしても、こういう自分なのだから仕方がない。

3 Jul 2004 21:40:49 +0900
→おややや。それはそれは。もし本当に縁のある相手ならばまた戻る機会もあろうし、そうでなければそれもいいでしょう。あなたにできるのは、心の知能指数をMAXにして、100%門戸開放しておくことです。ま、しんどいのは時間が解決するでしょう。イヤでもね。

4 Jul 2004 00:36:01 +0900
→これはどうも初めまして。ごていねいにありがとうございます。若い人にほめられるとオジサンは舞い上がります。日記読ませてもらいましたよ。これからもどうぞよろしく。

4 Jul 2004 11:22:36 +0900
→あっという間に1月になるということは、しんどい受験生の時期もすぐ終わるということですよ。試験会場で自分を信じられるように、今は力いっぱい勉強して下さいね。


2004/07/06 [火]   

■『日本20世紀館』という本に付録で付いてきたCDがある。乃木希典の声、二・二六事件の「兵に告ぐ」、太平洋戦争開戦の大本営発表、浅沼稲次郎暗殺など、近現代史上の有名人の肉声や、事件事故のラジオ・テレビ報道の音声を45本、収録したものである。
 中でも興味深く聞いているのは、大隈重信「憲政における世論の勢力」、尾崎行雄「普選について」、安部磯雄「無産政党の使命」、浜口雄幸「経済難局の演説について」、松岡洋右「日本精神にめざめよ」などといった、政治家の演説である。大隈や尾崎は憲政の原則論を熱く語り、浜口はなぜ金輸出解禁を今実行しなければならないのかを諄々と説く。彼らは、言葉こそが政党政治の、というより政治家の生命線であることを熟知している。込み入った問題であっても、聞き手に自分の説明が理解され、思いが通じることを信じて、彼らは丁寧に言葉を積み上げていた。
 もちろん俺が対比の対象としているのは、「人生いろいろ」「なぜ今頃追及されるのか分からない」「変な人がいるもんだね」など、粗悪なワンフレーズを放り投げて回る小泉純一郎である。意見・立場の相違を、時間の許す限り言葉を用いてぎりぎりまで詰めていくことこそ「政治」であるはずだが、小泉は「私とあなたは考え方が違う」という当たり前の原点を口にしただけで、何か意見を表明し、解決したつもりになっている。諸問題に関する小泉と俺との間に当然意見の相違はあるであろうが、それ以前の問題として、言葉というものを大切にせず、馬鹿にし、ゴミのように撒き散らして歩く小泉を俺は許さない。

■もちろん、小泉のような恥ずべき政治家の存在を許しているのは、恥ずべき日本国民に他ならない。大隈、犬養、浜口の時代よりきっと我々は愚かになったのだろう。今からでも遅くはない。言葉の力を信じよ。言葉を使って考えよ。言葉を使って伝えよ。雰囲気・快楽・イメージ、「動物化」から我々を救うのは、言葉である。

■あつい。むしむしする。へとへとですが今夜もなかなか眠れないです。


2004/07/07 [水]   

■10日ほど前、リビングでごきぶりを発見、殲滅した。1匹いれば10匹いると言われているごきぶりであるから、さっそくごきぶり捕獲器を台所にセットしておいたが、今日に至るまで1匹もかからない。めでたいことではあるが、それはそれで若干悔しいものがある。小テストで満点を取られた気分だ。

■麦人の言う「鴨」が毎朝庭に来るようになった(ほんとは鳩だ)。近づいても逃げない。ぼーっと佇んでいるだけだ。何をしているのだろう。そんなことを夕食の時に麦人に話していたら、麦人は「鴨」は魚の種類だと思っていたことが判明した。

■フォームメールへのお返事
6 Jul 2004 00:17:53 +0900
→うまくいかないから面白いんですよ。うまくいったら何も心に残らないじゃないですか。12月の予定はまだ未定です。どうだろう。

6 Jul 2004 01:00:24 +0900
→初めまして。ようこそいらっしゃいました。そうですね、1人区なら死に票にしないという点で民主党ですが、2人区なら民主党は放っておいても当選しそうですから、そっちは労組に任せておいて、共産党や社民党に入れてみるのも一つの手かなと思います。勉強の方も頑張って下さいね!


2004/07/08 [木]   

■ほんとに暑いんだが何とかなりませんか。講義よりも校舎に辿り着くまでが仕事のような気がする。空調が効いている講師室に入るとやっと人格が備わる。それまでは何も考えず感じず、熱気の中を動くモノなのである。
 チャイムが始まるまでは今日はいったいどうなることかとおろおろするほど辛かったが、講義が始まってしまうと調子が良くなるのは、骨の髄まで予備校講師になったということか。
 帰りは再び心の中でひぃひぃ言いながら道を歩いた。暑いと眉根に皺が寄る。帰宅して浴びるシャワーが最高だ。
 子どもたちは元気だ。一緒にシャワーしようぜと声を掛けても、「もう汗は乾いたから大丈夫だ」と言う。オトナは弱いね。

■相変わらずなかなか眠れないが、睡眠時間が短くても(午前4時就寝〜7時半起床)別にどうということもないので、まあよしとする。講義が始まる前の10分間目を閉じれば、2コマはもつのだ。メシもうまい。

■憲法改正自体に俺は反対ではないが(賛成でもない)、改正することが自己目的化しているかのような昨今の雰囲気は好きではない。新聞社のアンケートも「憲法改正の是非」という質問であり(例えばhttp://www.asahi.com/special/security/TKY200404300369.html)、内容以前に「改正」というアクションに焦点が行ってしまっている。
 憲法は国家のかたち(誰の、何のための国家なのか/そのためにどのような体制を取るのか)を明らかにするとともに、国家権力抑制のための文書なのだから、「改正」するか否かの前に、どのような日本を目指すのか、という大きな議論があってしかるべきである。だから俺は読売新聞が作った憲法試案の内容はともかく(下品な内容だ)、その試みは買う。かつて自由民権運動の中で生まれた私擬憲法の数々には、日本が何を目指すべきか、どのような社会を築くべきかの思索があった。今の日本人は、そういった持続的な思索にアタマがついていかなくなっているため、何はともあれ「改正」さえすればよいだろう、という気分になっているような印象を受ける。九条をどうするかより、俺はこっちの方が心配である。


2004/07/09 [金]   

■麦人・文人の個人面談に阿久沢が行ってきた。報告を聞いたが「なるほど」と頷くことが多い。
 麦人は友達の意見を聞いた上で自分の意見を言えるようになったそうだ。これは俺より偉いかもしれない。勉強面では、小テストの再試をやると1回目より点数が下がるという。飽きやすいらしい。

■文人は、先生がA→B→Cと物事を説明している間、じぃっと先生の目を見つめているという。しかし実は先生の話を聞いているのではない。彼は、先生がしたAの説明についてずうっと反芻していて、Cにさしかかっても延々とAについて考えているのである。
 一つのことに脳髄を支配されたら、彼は容易に別のモノに思考を移すことができない。周囲に合わせず、マイペースで考え続ける。生活の中で困る局面があるかもしれないけれど、これは実はかなり凄いことだと思う。
 相変わらず女の子にはモテているらしい。

■麦人は赤ちゃんの時から一貫して甘えたで、親とのスキンシップが大好きだ。3年生の今も親と同じふとんで寝る。寒い季節はほこほこ暖かくてよいのだが、この季節は堪らない。抱きついてくる。足を絡めてくる。上にのしかかってくる。
 こっちも覚醒しているときは撫でたり手を握ったりする余裕もあるが、夢うつつの時にこれをされると、どうも「やめろ」「暑い」と邪険にはねのけているような気がする。気の毒だが、麦人も熟睡して全く記憶にないらしいので、まあよい。


2004/07/10 [土]   

■俺はプロ野球には関心がないので、球団合併騒動が面白くって仕方がない。特に渡辺恒雄。話し合いを求める古田選手会長に対する「無礼者」発言には腹を抱えて笑った。「無礼者」って、21世紀の平成の御代に、公の場でエライ人がこういう発言をするんだなぁ。
 日本には、こういう悪代官野郎、誰から見ても悪役(ヒール)という存在が少なくなった。最近の例でいうと鈴木宗男くらいか。しかし、こういう人たちがいるから庶民は自分の正義感を確認できるのだ。虐げられる選手、ファンと感情を一体化できる。
 何のことはない、渡辺恒雄オーナーは、選手よりよほどエンターテイメントしているではないか。サーベルを振り回して客席を彷徨するタイガー・ジェット・シンだ。球場より球団オフィスの方が熱く面白いというのは、選手はプロとして恥じなければならない。頑張れナベツネ。もっと弾けろワンマンマン。

■入眠障害は改善気味。漢方薬が効いてきたか。漢方薬は最初はものすごく苦かったが、だんだん慣れてきたのか美味く感じるようになり、お茶代わりに飲めるようになった。


2004/07/11 [日]   

■参議院選挙、誰に投票しようか悩み中である。自民党には入れないという点では悩む余地はないけれど、自民以外のどこに入れようか、という悩みである。
 兵庫は2人区で、自民・民主の候補が当選するのはまず間違いない。従って選挙区で民主党に入れる必要はなさそうである。社会民主党か共産党にしようと思う。「片上公人」という俺と同名の候補者(公明党)もいて、選挙公報に書いてあることは割とまともなので、ちょっと心が動いている。
 比例区も、素直に考えれば「喜納昌吉」と書いて民主党の票にするのが順当だが、比例区でこそ社会民主党・共産党に入れた方が議席につながる気もする。さあどうする。

■街のあちこちで「投票にいきましょう」とウザイ。うちわなんかも配ってる。税金の無駄遣いだ。それとも誰かが「投票率が高い方が我が党に有利だ」と選管を煽っているのか?
 投票は頼まれてするもんじゃないでしょう?普通選挙権獲得のために闘った先人が怒るよ。頼まれなけりゃ投票しないようなやつはケツの毛まで自民党と官僚どもに毟られていろよ。
労働神聖と口ではほめて コリャコリャ
おらに選挙権なぜくれぬ ヨーイヨーイ デモクラシー

汗から絞らぬ租税があるか コリャコリャ
おらに選挙権なぜくれぬ ヨーイヨーイ デモクラシー

万機公論と宣うじゃないか コリャコリャ
おらに選挙権なぜくれぬ ヨーイヨーイ デモクラシー
                        『デモクラシー節』
■イスラエルがヨルダン川西岸パレスチナ占領地で建設を進めている分離壁について、国際司法裁判所は「占領地での分離壁建設は違法にあたり、中止・撤去すべきだ」との勧告的意見を言い渡した。(アサヒコム 07/10 01:12)

■フォームメールへのお返事。
9 Jul 2004 21:46:06 +0900
→少数民族を「連中」「奴ら」呼ばわりする人は、自分はそういう「連中」「奴ら」より優れている、と疑わないからそういう言葉を使えるのでしょうね。ひょっとすると、自分の思いこみよりも世界は広いのかもしれない、ということに気づくことが勉強する目的の一つだと思うのですが、そういう人が地歴を教えているのはちょっと残念です。さていよいよ選挙。


2004/07/12 [月]   

■文人が学童保育のお泊まり会に行った。夏休みにある1泊キャンプの予行演習を兼ねて、1年生と2年生が週末に1泊、学童保育に泊まり込むという催しである。みんなで夕飯を作ったり銭湯へ行ったり、花火大会もある。
 俺はこの3年、銭湯への引率係である。昨年は刺青が彫ってある兄さんを指さし「おお、花が描いてある!」と叫ぶ子どもがいてはらはらしたが、今年は比較的平穏であった。帰りに下駄箱付近で騒いで、おばあさんに「やかましいな!」と一喝された程度。
 俺と阿久沢、麦人の3人で夜を過ごすのは、文人が産まれて以来ちょっと記憶にない。麦人は弟が産まれる以前の記憶がないらしいから、彼にとっては初めての経験と言ってよいかもしれない。3人だけの頃、赤ん坊だった麦人を文字通り舐め回して可愛がったものだ。麦人はずっと「文人がいないとつまらない。さびしい」と言っていた。
 日曜の朝に帰宅した文人は、麦人と床に並んで座って漫画を読んでいた。二人並んでいるのがやっぱりバランスが取れていると思った。「お泊まり会にまた行きたい!やまびこ(学童保育の名前)で寝るの楽しい!」と。よかったよかった。

■選挙は結局、選挙区・比例区とも民主党に入れた。ベストな選択とは思えぬが致し方なかろう。よい人がいなければ、悪いやつよりちょっとマシなヤツに入れる以外にあるまい。
 喜納昌吉が早々に当選確実となったのにちょっと驚き。あの人、そんなに有名だったか?それはともかく、今年の沖縄ツアーで昌吉ライブを「チャクラ」で聴くのはたぶん無理だろう。痛し痒しだ。
 大阪では辻本清美落選、惜しかった。次頑張れ。

■フォームメールへのお返事。
11 Jul 2004 20:22:10 +0900
→「かたかみこうじん」ですね。近所の選挙ポスターには「地球人・宇宙人・片上公人」と書いてありました。

11 Jul 2004 20:58:51 +0900
→緊張した方がいいですよ。その方が楽しいから。

11 Jul 2004 22:03:36 +0900
→うひょう。感謝感謝。

11 Jul 2004 22:04:22 +0900
→こわくてもやめないでくれてどうもありがとう☆


2004/07/13 [火]   

■昨日の書き忘れ。
 昼過ぎにいきなり土砂降りがあって、スポクラでトレッドミルの上にいた俺は蒼くなった。洗濯物はともかく、ふとんを干していたからである。阿久沢は選挙取材で昼過ぎに家を出て、子どもが2人で留守番中だ。まさか彼らにふとんを取り込む知恵はなかろう、ふとん台無しだな、今夜はバスタオルを床に敷いて寝るのか、と覚悟して、それから30分、有酸素運動を継続した。
 ところがである。帰宅してみたら、彼らは二人で協力して、ダブルサイズのふとん2枚と洗濯物をちゃんと取り込んでいてくれたのだ!いつの間に君たちはそこまで「使える」人間になったんだ?「生きる力」の教育なんて、最初から君たちには必要ない。
 取り込んだふとんをリビングに広げて、海鼠のようにごろごろしながら、二人は漫画を読んでいた。今さらではあるが、子どもが一歩一歩成長していくのを見るのは、何でか分からないが愉しい。

■物欲メモ。

◎新しい洗濯機(日曜日に既に買った)
◎新しいデジタルカメラ(沖縄旅行に行く前に買ってしまいそうな予感)
△ipodみたいな小型のハードディスクレコーダー(MDウォークマンで十分なので多分買わない)
×ザウルスみたいな電子手帳(いっとき欲しかったが、そんな大層なもので管理するほどのスケジュールも仕事もない)

…あんまり欲しいものはない。コーヒー飲みながら、愉しいことを考えたり、濃いことを考える時間が欲しい。あと何十年か、それだけでよい。どうだ俺は贅沢者だろ。

■広島名物もみじまんじゅうを差し入れでいただいた。感謝感謝。甘いものが一番キキます。→

■フォームメールへのお返事。
11 Jul 2004 16:57:35 +0900
→滝口・北面・西面はそれぞれ「詰所」があった場所です。守るのは天皇や上皇の居場所です。いつまであったのかというのはなかなか難しい質問ですが、滝口と北面は、名前は江戸時代まで残りつつも、徐々にその武力的側面は薄れていきます。西面は承久の乱後に解体されます。
 同志社の問題は易しいとは言いませんが、よく見ると基本的知識を問う問題が多いですよ。ただ、問題文が長いので良く読まないと何を答えるのか迷ってしまうことがあるので要注意です。今年の夏はほんとに暑いようなので、健康管理にも十分気をつけて下さいね。

12 Jul 2004 22:50:28 +0900
→遠距離恋愛は達人クラスですから任せて下さい。なかなか会えないことは、二人のテンションを高めも低めもします。ずっと一緒に暮らしていても、うんと仲良くなることもあれば嫌気がさして別れることもあります。結局は相性の善し悪しでしょうよ。それは距離や会う回数にはあまり関係ないように思います。

12 Jul 2004 22:57:00 +0900
→おお、いいですねぇ。大予備・北予備の卒業生は、大学生になって、さらに就職してからもずっと仲間付き合いをしている人が多いみたいです。そう大きくない予備校ということもあるし、友達になりやすい環境なのかな。あとやっぱり、一緒に戦った「戦友」ですものね。大切にして下さい。「回り道もよい」どころではなく、「人生全てが回り道」なんですよ。

12 Jul 2004 23:21:48 +0900
→うちの子どもが通う学童保育は「やまびこ」と言いつつ、住宅街のど真ん中にあります。やまびこなんてのどかなものではなく、子どもの絶叫が保育室を反響しています。そちらの「やまびこ」はその名に違わず、アウトドア派ですね。そこまでするなら全裸で一年中過ごしてもらいたいものです。


2004/07/14 [水]   

■食欲メモ。

◎ゴーヤーチャンプルー
◎タイの屋台ラーメン
◎タイの屋台ぶっかけめし
◎讃岐うどん 生醤油で
◎白飯にいくらとうにをわんさかのっけて食べる
◎茄子田楽


2004/07/15 [木]   

■自分で前髪を切って失敗。修正に修正を重ねた結果、誰が見ても「自分で切って失敗しました」という状態になってしまったので、夜10時まで受け付けてくれる近所の床屋さんでちゃんとしてもらう。「大胆になさいましたね…」と笑われた。
 学生の時は後ろまで自分で切っていた。「虎刈りになっている」と笑われても関係なかった。そもそも髪型など鏡でも見ない限りは自分の目に触れることもないのだから、他人の目が気にならなければほんとはどうでもいい。が、今はそういう訳にはいかない。他人の目を気にするというのはすなわち、社会の中に在るということでもある。

■再びこんなメールが。晒す。

謎の人「周りの人に迷惑をかけない死に方を教えてください。遺書は書くべきですか?」
俺の返事「そんなものはありません。どんな死に方をしようと周りの人間はどえらい迷惑ですよ。」

 さすがの俺も今回は腹が立った。こういう糞メールを他人に送りつけること自体、迷惑極まりない。だいたい何で俺が「周りの人に迷惑をかけない死に方」を知っていると思うのか?同情して欲しいのか?「自殺なんかやめろ」とでも言って欲しいのか?甘えたいならもっと可愛くしろ。遺書を書こうが書くまいが勝手だが、絶対に俺のところには送ってくるな。黙って死ね。所詮50年早いか遅いかの違いだ。

■フォームメールへのお返事。
13 Jul 2004 21:41:09 +0900
→「楠木正成×後醍醐天皇」、まだまだ甘いです。僕なら「足利尊氏×足利直義×後醍醐天皇」の三角関係にします。尊氏の反逆は後醍醐に対する愛が歪んだ形で噴出したものであり、尊氏と近親相姦の関係にあった直義は兄の命を受けて後醍醐・南朝勢力の討伐に精を出しますが、実は尊氏と後醍醐の間にはかつて愛人関係があったことを知ります。それが観応の擾乱の真の原因。これでどうでしょう。

14 Jul 2004 21:09:23 +0900
→一昨年「チャクラ」で喜納昌吉ライブを聴きましたよ。神がかってました。本人が政治家をやりたいなら仕方ないですが、何かもったいないなぁ。あの人にしか歌えない歌があるのになぁ。この暑さでは発狂できるパワーも残りません。へろへろです。


2004/07/16 [金]   

■電車に乗ったとき目で空席を探すかどうかで、自分がどれくらい疲れているかが分かる。
 駅で、到着した電車から人々が降りる人が降りきる前に、待っていた客どもがなだれ込んで我がちに空席に殺到する光景には何だかかなしいものがある。みんな悪い人ではないと思うのだけれど、たてがみが生えたり尻尾が生えたり牙がむき出しになっているように見えるのである。自分が決してそういうことをしないとは言わないが、そもそも通勤時間くらいは立っていられる体力がないわけではない。ドーブツに堕さないためにも、なるべく電車には後から乗り込んで、つり革を掴んで立っていようと思うのである。普段なら。

■JOYTOY『愚民の戀』が身体に馴染んできた。一見、ぽや〜んとした感じのインリンが濃度の濃い言葉を叩き込んでくる。気に入った。


2004/07/17 [土]   

■ここ数日、文人は小学校に何かを忘れてきては「さんすうちょうを忘れてきちゃった…… 宿題ができない…… 先生に叱られちゃうよぅ……」とべそべそ泣くことが続いている。今さらどうしようもない、諦めて叱られてこいと諭しても、よけいべそべそ泣くのである。
 保育園時代から文人は、あることに心を支配されるとそればかりを思い詰めて狂乱状態、またはべそべそ状態に陥ることがよくあり、我々はそれを「ふーがふん(糞)になった」と言い表してきた。同じ状態を最近は「祭り」と呼んでいる。「朝の(夜の)ふーちゃん祭り」というように使う。
 今朝も彼は朝の5時半に目を覚まして祭りを開始。「本読みカード(子どもが自宅で国語の教科書の一節を朗読し、親がその証拠にサインするというもの)を学校に忘れてきちゃった…」と泣き始めた(らしい。阿久沢から聞いた)。7時過ぎまで彼は泣き続け、阿久沢が「お母さんが一緒に小学校へ行ってサインしてあげる」と言ってあげているのに「お母さんが来ると変に思われるよ…」と贅沢を言って阿久沢に叱られたあげく、「小学校へ行って取ってくる」と一人で家を出、本読みカードを手ににこにこになって帰ってきた。その行動力たるや見上げたものだが、それ以前になぜ下校前の一瞬、机の中を覗き込む知恵が付かないのだろうか。
 麦人は「大丈夫だ、忘れ物なんか、1回や2回なら先生に怒られるけど、3回目からは何も言われなくなるよ」とアドバイスしていた。兄弟の性格の違いが日々はっきりしていく。

■また一人、旧い友人と連絡が取れた。ネットのおかげである。新しい技術は未来を見て作られるのかもしれないが、俺の場合は過去を照らし出すのに役立っている。
どこまでも続く一本道の
そのずーっと先の天国あたり
何をみつけたのか それはお楽しみ
キミの言葉が輝いているよ
ちょっぴり羨ましいけど 今日もいい天気
Oh Just Like a Boy
Just Like a Boy
まるで少年のように街に出よう
                      遠藤ミチロウ『Just Like a Boy』



2004/07/18 [日]   

新しいデジタルカメラを買った。画質とか機能より、大きさと形を見て一瞬で決めた。尻ポケットに入れて沖縄に行くのだ。海と空をたくさん撮ってくるのだ。
 新聞記者をやっていたころは、仕事で毎日たくさん写真を撮った。24枚撮りフィルムを一日3本とか平気で消費した。今となっては何の役にも立たない、現像と焼き付けの技術も身に付いた。
 新聞社を辞めてからは写真を撮る機会もなく何年かが過ぎた。「写真を撮るぞ!」と意識して写真を撮るようになったのは、5年ほど前に初代のデジカメを買ってからである。子どもは日々成長してその形を変えていくので、せめて画像に残しておきたいというありがちな動機からだ。今でも撮影枚数の半分は子どもが写っている。
 子ども以外にも、花とか街の風景とか空とかを撮るのは面白い。素人が適当にシャッターを押しているに過ぎないけれども、俺としては、自分のそのときの気持ちに一番合った風景を探しているつもりなのだ。「ぽけっとに手を突込んで/路地を抜け、波止場に出て/今日の日の魂に合ふ/布切屑(きれくづ)でも探して来よう。」(中原中也『秋の一日』)
 この「自分の気持ちにあった風景を探す」ってのがなかなかいい。今自分は何を思って/感じて/考えているのか?に正直になれるから。もっともここのところ、「暑い」しか頭の中になかったりする。

■眠くて暑いと、短気になってよくない。

■フォ−ムメールへのお返事
17 Jul 2004 21:17:49 +0900
→それは子どもたちはプロレスを仕掛けてきたのですよ。プロレスは、相手に対する信頼関係があって初めて成り立ちます。この場合であれば、「この学生さんは攻撃しても壊れない!」「チョップしても怒らない!」と判断されたのです。あなたには、子どもを相手にする職業の適性があることが証明されたのです。

18 Jul 2004 02:29:11 +0900
→そうそう。返事からもともとのメール内容を想像してみるのも面白いでしょう?答えからなぞなぞを作るのと似てます。


2004/07/19 [月]   

■9時過ぎに起き、朝昼兼用の食事をしてスポクラに行き、帰宅後はだらだら過ごす普段通りの日曜日だ。朝、文人と阿久沢は近所で開かれたひまわりの写生会に参加。テレビ局の取材が来ていて、文人はマイクまで向けられて撮影されたというので、夕方のニュースに映るのではないかとわくわくして見ていたが、ジェンキンスさんのことばかり。没になったとみえる。
 午後、子どもたちは学童保育の友達の家に遊びに行った。出かけるときは麦人が文人をほったらかしにしてさっさと出発してしまい、泣きながら文人が後を追っていった。帰ってくるときも、文人を置き去りにして麦人だけ先に帰宅したため、叱責して探しに行かせた。真相は麦人が悪いというわけでもなく、文人が先にふらふら歩いていってしまったらしい。迷いつつも文人は動揺せず、平然とした顔で帰ってきた。

■それにしてもジェンキンス氏、アメリカ→北朝鮮へ脱走→拉致された日本人と結婚→日本へ→訴追され強制送還??なかなか数奇な人生である。不幸とばかりは言えまい。
 インドネシアの空港で最後に日本語で「サヨナラ!」と叫んでいたが、なぜあの場面で日本語なのか?お茶目な人と見た。

■やっぱり遠藤ミチロウはスターリン時代より今の方が断然いい。今、この声で歌うためにスターリンはあったと言っても過言ではない。大器晩成とかいうのではない。こういう時間の使い方があってもいいってことだ。

■5年前に買った初代デジカメを麦人に与えたら、喜んで色んなものを撮ってくる。玄関の靴脱ぎ場、脱衣所、昼寝する文人、調理中の茄子、横になって本を読む阿久沢、生い茂る朝顔、向かいの家、便器、俺の鼻の穴、蚊取り豚、テレビを見る俺と阿久沢の背中。フィルムがもったいないからやめなさいと言われることもなくシャッターを切る世代の麦人ではあるけれども、シャッターを押す限りは、9歳の時点での、何かしらの情念が画像には留められているはずだ。とりあえずPCに保存した。

■フォームメールへのお返事。
18 Jul 2004 13:24:46 +0900
→それはそれは。お悔やみ申し上げます。僕の祖父母は僕が小学校に上がる前にみんな亡くなってしまったので、ほとんど話らしい話もできなかったです。今、いろいろ聞いてみたいことがたくさんあるんですけどねぇ。香川へは去年行きましたよ!もちろんうどんを食べるためです、何軒もハシゴしました。もうもうもう、こうして書いているだけでもツバが出るくらいウマかった。ちなみにあの写真はなか卯です。丼ものよりうどんがおいしいのです。

18 Jul 2004 18:36:32 +0900
→そうそう、子どもは犬猫です。どっちかというと、自分の気分で相手させたりしてくれなかったりする点で猫に近いかな。

18 Jul 2004 21:59:51 +0900
→そういう男はもうそういう病気なので治りません。良い悪いを言ってもどうしようもなく、病気なのです。あなたの選択肢は、その病人の看護をこれからも続けるか、その役目を降りるかです。自分で決めなければならないのです。


2004/07/20 [火]   

■19日は休日だが俺は出勤である。阿久沢は麦人と文人を連れて何かのイベントに出かけ、昼食のバイキングで文人は食べ過ぎてゲロを吐いたそうだ。
 さらにその場で回文を考えたという。その作品とは、

「タイツにカニついた」

 実に不思議な子どもだ。
 帰りの車でごうごう眠った文人は夜なかなか寝付けなかったようで、つれづれに「枕の基地」を作って、幾何学的に配列された枕の真ん中で横になっていた。

■文人と阿久沢は、昨日夜9時のニュースに映っていた、とメールで教えていただいた。うわぁ、見逃した。


2004/07/21 [水]   

■子どもたちの終業式。通知表をもらってきた。通知表、いつしか渡す側からチェックする側に回っている。何回受け取ってもちょっと可笑しい。文人の記述欄に「気分が悪くなった人を保健室に連れて行ってあげました」とあった。偉い。

■今日からさっそく夏期講習が始まっているが、正午前の出動なので、ちょっと身体は楽。当たり前だが休めば調子がいい。そして、いくら暑くとも、水シャワーを浴びてくつろいでいれば何も不都合はないことに気が付いた。仕事したり勉強したりしないといけないから暑さに苦しむのだ。


2004/07/22 [木]   

■夏になると思い出す疑問がある。1、2年前の日記にも書いたような気がする。最近の若い女性はこの季節になると、特に上半身はほとんど半裸で街を歩き回っているが、ああいうのは見てあげた方がいいのか、見ない方がいいのか。
 せっかく日焼けを恐れずに肌を露出しているのだから、見てあげるべきかと思うが、階段で半ケツジーンズの半ケツ部分をバッグで隠したりしているのを見ると、見て欲しくないのかなぁとも思う。どっちなんだい。

■早く冬が来ないかなぁ。


http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kiha22/1985-9-13-taikai.jpg
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kiha22/1985-11-shukai.jpg

↑この2枚の写真の中に20歳の俺がいます。


2004/07/23 [金]   

■最近、マンションの共用部分(廊下とかエレベーターの中)にゲロが吐かれていることが数回続き、管理組合で問題となっている。
 まず何と言っても、この上ない熱意でマンションの手入れをして下さっている管理人さんに大きな負担となっている点において、俺は満腔の怒りをもって糾弾する。現場を押さえたならば、肉体言語で制裁する覚悟である。
 ちょっと冷静になると、なぜ自分の住むマンションを汚すのか、下手人の心理に関心が湧く(外来者という可能性もなくはないが、度重なっていること、エントランス内の共用部分にゲロされていることから、住民の仕業であると俺は考えている)。彼(彼女)はほんと自分の顔にゲロをかけたいのではないだろうか。自分の手にゲロをためて、顔や髪になすりつけたいのではないだろうか。きっと自己嫌悪に陥ることがあって、自分を罰したいのだ。が、中途半端な自己否定の気持ちしか持てない脆弱な自我故に、共用部分を汚す、という中途半端なことしかできないのだろう。
 とにかくゲロ吐くな。

■思い起こせば学生時代、自分が酒を飲めない人間だということを自覚していなかった俺は、二日酔いで必修のゼミナールに出席したが、途中でどうにも気分が悪くなり、ゼミ室の窓から顔を出してゲロを放出したことがある。下に人がいたかどうか、確認する余裕はなかった。あんまり他人のことは言えないのであった。

■なぎら健壱の本で読んだ話。友川かずきが楽屋で酒を飲んでいたら気分が悪くなってトイレでゲロを吐いた。それを介抱していた高田渡も、友川のゲロの香に酔ってゲロを吐き、狭いトイレの中、二人で抱き合い背中をさすりながら、延々とゲロを吐いていたという。ネタくさいが、想像したら美しい光景だと思った。

■フォームメールへのお返事。
22 Jul 2004 09:09:10 +0900
→そうですね。妻を信頼してますよ。もうわざわざ信頼なんてことをを意識しないくらいです。情、とはちょっと違うかな。一緒にいると面白くて安心できるからですね。結婚後はその手の話はないです…。

22 Jul 2004 20:51:10 +0900
→何もしなくて汗だけかいていればいいというのであれば夏もいいですね。直射日光の下仕事に行くとき、「今から俺は仕事に行くんじゃない!海に行くんだ!」と思いこむと、ちょっとだけ足が軽くなります。その後ものすごく重くなりますが。

22 Jul 2004 22:15:23 +0900
→よし。明日からじろじろ見ることにします。見ていいんだなっ。


2004/07/25 [日]   

■頭が重い。正確には眠いだけだ。講義しているときだけ、心身共に機能している。

■学童保育で土・日とファミリーキャンプがあって、麦人・文人に阿久沢が同伴した。俺は仕事があるので居残りだ。
 居残りだから残念かというと全く反対で、行かなくて済んでホッとしている。本当に本当に申し訳ないことなのだけれど、俺は大勢でどっかに出かけて遊ぶとか、大勢で酒を飲んで交流する(特に日常的にあまり接触のない人々と)が、どうしても楽しめない。要するにいいトシをして人見知りをするし、新しい知り合いを開拓しようという意欲に全く欠けるのだ(よく新聞記者なんかやってたねぇ)。オトナたるもの、楽しめなくても楽しそうにするべきだと思うが、情けないことにダメだ。
 こんな俺でも、若い頃はこういう催しが嫌いではなかった気がする。どの時点から苦手になったのかはよく分からない。『方丈記』が最近、やけにしっくり読める。

■来週は沖縄だ。若いときの旅行は何かをするために行き、オトナになってからは何もしないために行く。


2004/07/26 [月]   

■文人は「死」というものを意識し始める年頃のようで、日常生活のいろいろな出来事を「死」と結びつけて憂えている。
 キャンプから帰ってきた今日も、「もうキャンプには二度と行きたくない」と言うので、何かいやなことがあったのかと問うてみても、「キャンプは楽しかった」という。どうやら、バンガローの側に「マムシに注意」という看板がでており、朝起きたら腕に蚊に刺された傷があったため、自分はマムシに噛まれてもうすぐ死ぬのではないかと心配していたのである。
 先日も「死んだら天国へ行くの?死んだらすぐに行くの?何分くらいかかる?」と気にしていたし、「天国へ行ったらまた父ちゃんや母ちゃんやむぎちゃんと一緒に住めるのかなぁ」と心配していた。
 「死」を意識することは「生」に自覚的になるということだし、生きている今が楽しいからこそ、あれこれ憂えているのだろう。

■麦人はカブトムシを捕まえるべく、昆虫誘き寄せ用の蜜を持参してキャンプに臨んだが、案の定手ぶらで帰ってきた。阿久沢が土産物屋で番のカブトムシを買ってやったら大喜びでずっと観察していた。寝るときも枕元に置いていた。昆虫をお金で買うことに抵抗がないわけではないが、ここまで喜んでいるのを見ると、まあいいか、という気になる。

■「文部科学省は23日、大学・短大に進学を希望する志願者の数と、国内の全大学・短大への入学者の総計が07年度に同数になるとの試算を、中央教育審議会大学分科会に提示した。少子化の影響で志願者が減っているのに、大学・短大の定員が大きくは減らないためで、入りたい学校を選ばなければ志願者全員が入学できる「全入時代」が来る。(アサヒコム)」

 ずいぶん前からこういう予測はあったので特に驚きはないが、受験産業に身を置く者としては誠に困った話ではある。数字の上で大学全入になったとしても、入学試験がなくなるわけではないので仕事がなくなることはないだろうが、減少は避けられまい。ああしんど。
 しかし、何度考えてみても俺はこの仕事以外は勤まらないと思うし、何よりこの仕事は好きだ。そして共働きの我が家で、俺がこの仕事以外のフルタイム職業に就いていたら、子どもを作り家庭を維持することは難しかっただろう。これからもだ。
 つまり、致し方ない。与えられた環境と条件の下、なるようにするだけである。

■フォームメールへのお返事。
19 Jul 2004 21:22:30 +0900
→「粉砕や!」とはまた懐かしい言葉ですね。前の方にアクセントを置くのが正しい用法ですね。僕も無数に「粉砕!」と叫んできましたが、なかなか「粉砕!」は難しい。腐敗させたり内部崩壊を進める方が案外速いかも、と最近は思っています。

24 Jul 2004 00:21:46 +0900
→あなたは偉い。そしてお母さんはもっと偉い。でも何でみなさんお酒なんか飲むのでしょう。

24 Jul 2004 01:15:02 +0900
→音大の教授になれば?という話ではないですね。九州大学医学部の北山修教授あたりが参考になるかもしれませんが、やはり本業は臨床みたいで、コンスタントな音楽活動は難しそうです。

24 Jul 2004 11:55:46 +0900
→伊藤博文はエロオヤジだが、そのぶん開けっぴろげな性格で、明治天皇にも好かれていた、という好意的な文脈でその話をしたのではないかと思います。


2004/07/27 [火]   

■午前中、会議に出席した後、学童保育の「一日指導員」をやりに行く。夏休みの間、人件費節約のため保護者が交代で指導員を務めるというものだが、俺は特殊技能がないので毎年あまり戦力にならない。子どもたちのドッジボールに混じったり、室内で遊ぶ子どもたちが喧嘩したり大暴れしていたら注意する程度のことである。
 父親が来たので文人は大喜びで、ずっと俺にまとわりついていたが、麦人はさすがに恥ずかしいのか、俺と視線を合わせることもほとんどなく、上級生たちとコマ回しに興じていた。
 俺はタッパがあるせいか、木登りのように俺の身体によじ登ってくる子どもが続出した。登ろうとする子どもが落ちないように気を遣うし、そうしているうちに別の子どもが反対側から登ろうとするしで、かなりの重労働である。

■学童保育から帰ってきた後、麦人と文人が小学校入学まで通った保育園に、文人を連れてちょっと顔を出した(麦人はテニススクール)。前々から「行きたいなぁ」と文人は言っていたし、ふとんの中でも「なんだかベネッセ(保育園)の友達や先生の顔を忘れてきちゃったよ…」と寂しそうにしていたから、一度連れて行こう!と前々から思っていたのである。
 いざ保育園の門の前まで来ると文人は照れてしまい、なかなか中に入ろうとしない。保育園の先生が見つけてくれて、「ふーちゃん!見えてるよ!」と招き入れてくれた。2、3分ほど俺の腹に顔を埋めていた文人だが、すぐに打ち解けて、自分が遊んだ保育室に変化がないかチェックを開始。大きく変わっていないことを確認すると、床に座ってブロックで遊び始めた。その姿があまりに周囲と融け込んでいて(身長は20センチほども違うのに!)、全く違和感がなかったので、面白いというか安心したというか、やはり文人はこの保育園で、しっかり落ち着いて成長したんだなぁと改めて認識した。
 更に彼はおやつも園児たちと一緒の席でいただき、あまつさえ塗り絵までして帰宅。先生方も「夏休みのうちにまたおいでね」と言って下さった。有り難いことである。


2004/07/29 [木]   

■中島らも、階段から落ちて頭を打って逝く。沖縄旅行中に知った。酔って階段から落ちたのは耳に入っていたが、「どうせ、入院中のことを(マリファナ所持で逮捕されたときみたいに)ネタにするんだろう」と軽く考えていた。
 惜しい人を亡くしたとは思うが、俺は悲しまない。中島らもは、彼らしく死んだ。70、80まで生き延びて、大江健三郎みたいな存在になることを彼は最も嫌っただろう。久しぶりに「死に様」という言葉に値するものを見せていただいた。三島由紀夫の自決に相当する壮絶な死に様だ。実に羨ましい限りだ。
 俺は合掌などしない。おめでとう、らもさん!だ。

■振り返って我が身を考えてみると、俺は酒を飲まないので、せいぜい甘いものを食べ過ぎて糖尿病となって失明、というところだろうか。うーん。


2004/07/30 [金]   

■沖縄に2泊行ってきた。だいたい昨年の旅行パターンを踏襲して、シュノーケリング・ティンクティンクのライブ・Tシャツまとめ買い・ホテルのプールでのんべんだらりと泳ぐ、という欲のないパターンで3日を過ごした。ひょっとして喜納昌吉のライブが聴けないだろうかとダメもとで「チャクラ」に問い合わせてみたが、やっぱり昌吉議員は多忙のようで、民謡と演武しかやっていないようであった。残念。
 旅行に行くと、自分の顔から疲れが抜けていくのが分かって面白い。逆に言うと、旅行にでも出ないと日々の疲れが抜けない身体になってしまったということかもしれない。そんなことをまた逆に口実にして、冬の旅行についておもいをめぐらしている。

■プールや海で髪が頭に張り付くと、文人と阿久沢が全く同じ顔になる。

■参ったのは、ぎっくり腰になったことである。ホテルのプールで、麦人と文人をボディスラムで水面に叩きつけたり、文人を「アミノ酸・燃焼式」のように頭の上に抱え上げて回転したり、麦人を膝の上に立たせ「ミサイル発射!」と遠くにジャンプさせたりしていたのが祟ったようで、ロッカールームで水泳パンツを引き下げた姿勢のまま、「うぅっ!」と動けなくなった。1分ほどの停止状態の後、痛くない姿勢・ポイントを少しずつ探して直立し、ロッカーにつかまりながらベンチに腰を下ろし、麦人文人に手伝ってもらいながら着替えを済ませた。
 「うぅっ!」とならなければ何でもないのだが、「うぅっ!」に入ると動作が止まってしまう。阿久沢がマッサージを呼んでくれて、その日の夜は痛みも治まっていたけれど、翌日になると元の木阿弥である。
 考えてみれば、麦人は35キロ、文人も27キロある。そんな肉のかたまりを何十回も抱えたり投げ飛ばしたりする方が間違っていた。安静あるのみ。

■麦人はいつも駄洒落やしょうもないことを言って親を笑かそうとするのだけれど、実は素で喋っている方がはるかに面白い。
 麦人は、自分が表現したいことと語彙力の間に差があるとき、力業でそれを表現しようとしたり、単純に言い間違えてそれが妙に可笑しい。「炊飯器」という語彙を持たないために「ごはん器」と表現するし、「初めてのアイフル」は「初めてのライフル」になってしまう。今日も、鎌倉名物「鳩サブレ」を「鳥サブレ」と呼んだ。
 もともとこの日記を書き始めた目的の一つは、成長する子どもたちの言動を忘れないように書き留めることだった。原点を再確認しよう。
 今日のふーメモ。「おきなわのぷーるでわめをあけておよぐ(おきなわでおぼえた)」。

■フォームメールへのお返事。
27 Jul 2004 20:29:23 +0900
→ほんとにこっちの方が暑いです…。沖縄も暑いんだけど、太陽光線が強いかわり空気がさらっとしてます。こっちの暑さは不健康です。営業中はスーツを着ているんでしょうね。熱中症には気をつけて下さい。

28 Jul 2004 20:01:43 +0900
→確かに思い出してみれば僕も恥ずかしかったです。なんでかな、親の知らない自分の世界にいる自分っていうのを見られたくなかったような気がするんだけど、その理由はどうも思い出せません。

28 Jul 2004 20:03:57 +0900
→逆接でいっぱいの文面に、揺れ動く乙女の心が表現されていると思いました。やっぱり「ナンパされた」ことだけを勲章にして、ついては行かないというのがよろしいかと思います。

28 Jul 2004 23:10:30 +0900
→それはないなぁ。


2004/07/31 [土]   

■一晩寝たら腰は9割方回復した。長身の人がある程度年齢がいくと、腰に何らかの問題が起きることが多いという。実際、知り合いにもそういう人が多いので、今から戦々兢々としている俺である。腰は身体の要だというのはその通りだ。腰が痛いと、ほんの少し身体を動かすのも億劫となる。そうなると、全身の動きがますます鈍くなり、あっという間に肉体の老化が進むのだろう。少し本気でストレッチに時間を割こうなどと考えている。

■台風10号が接近中。風は時間の経過とともに禍々しさを増し、雨もばらばらと。今夜は窓を閉め切ってエアコンを掛けっぱなしで眠るしかない。アサガオの鉢植えを玄関の中に入れてやった。

■文人が数日前から自分の血液型を知りたいと言うので、近所の内科医へ連れて行った。お医者さんは「どうして知りたいと思ったのかな?占いをするの?」と尋ねるが、文人はにこにこしているばかり。俺が「いえ、何かで血液型のことを読んで、興味を持っているみたいなんです」と答えると、お医者さんは妙に感心していた。
 採血針を腕に刺す段になって文人は「針が長い!痛いよ!」と騒ぐ。俺が自分の経験から「耳たぶをちょっと切るだけだよ」と話していたのと違う状況にパニックになったようだ。針が入る瞬間、「いてっ!」と一声叫び、さらに「いいから早くこれを抜いて!」と、非常にうるさかった。
 業者に検査を回すみたいで、結果が出るのは来週の水曜日。俺がO型、阿久沢がA型なので、文人はA型かO型ということになる。帰り道、「もしA型でも、お父ちゃんのことを嫌いにならないからね」と気を遣ってくれた。