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2004/01/02 [金]   

■神戸に帰ってきた。31日は夜まで京都で仕事をして、それから新幹線で鎌倉に帰ったら、ちょうど曙が負けて花道を引き揚げるところであった。格闘技系は嫌いではないからタイミングが合えば観戦もするが、基本的には勝敗だけ分かればどうでもいい。つまり、身も蓋もない、あまり面白くないジャンルであるというのが俺の評価である。
 弟・興人とその妻イナホちゃんも鎌倉の家にいたので、阿久沢もいっしょに4人でカラオケへ。俺は『不滅の男』(遠藤賢司)、『行けレインボーマン』、『マキシーのために』(かぐや姫)、『寒い国から来た手紙』(泉谷しげる)などを歌う。興人と『あずさ2号』(狩人)、『TRAIN-TRAIN』(THE BLUE HEARTS)をともに歌ったのが楽しかった。仮にも興人は本職のシンガーである。畏れ多いことである。

■カラオケを終えて帰宅すると、麦人と文人はすぅすぅと寝ている。俺の人生も半分過ぎていると思われるが、阿久沢と麦人文人に会えたので、まぁ勝ち組だ。誰かに感謝すべきかとも思うが、基本的には俺の人徳であろう。

■で、さっき神戸に帰ってテレビをつけたら倉木麻衣という人が平安神宮の前で歌っていた。細くて可愛らしいとはいえ、まあなんと存在感のない、スカスカの、白い鼻糞のようなシンガーであろうか。さらに、そのスカスカシンガーと同じ振り付けで手を振る何千人の愚民どもよ。


2004/01/04 [日]   

■実家に帰るたびに思うのだが、我が父上は本当にテレビが好きだ。覚醒している時間は必ずと言っていいほど(外出時以外、という意味)テレビのスイッチがオンになっており、その9割以上の時間はテレビの前に座っている。常にリモコンをいじりつつ、あちこちのチャンネルを覗き見していることからして、特定のジャンル・コンテンツが見たくてテレビの前に座っているのではない。純粋テレビマニアなのだ。
 思うに父上は、チャンネル権を断固として保持することによって、自分がこの家の主であることを確認しているのだ。同様に阿久沢のお義父さんは、自分以外の者に電話が掛かってくると機嫌が悪いという。これもまた、電話というツールが自分のものであることを主張することで、家庭内の自己の支配的地位を確認しているのだろう。
 では俺はどうかというと、洗濯機だろうか。俺以外の者(阿久沢しかいないが)が洗濯機を回していると、確かに俺の家庭内存在意義が否定された気がする。浴槽からのお湯のひき方、適量の洗剤量とその投入タイミング、脱水時に緊急停止をしないコツ、それを知っているのは俺だけなのに。

■新横浜でH君と待ち合わせ。小学校5〜6年生時の塾の悪友である。姿も顔もお互い変わってはいるが、いきなりあの頃のように遠慮のない話ができたこと自体が嬉しかった。こればかりは年齢を重ねてからは難しいことだ。
 互いの現在の話をするのも面白かったが、塾に行かないでゲーセンに行ったこととか、3階の教室の窓から通行人に唾を吐いたり紙を丸めて投げつけたりしたこととか、そんなことばかり思い出していた。公教育より塾や予備校での思い出の方が多いかもしれない。ああ、だから今、予備校で教えているのかもな。

■あるメーリングリストから、パレスチナ人を囲い込む「壁」(かつてユダヤ人がドイツでゲットーに押し込まれたのとまさに同じことを、イスラエル政府は行おうとしている)に抗議のメールを送って下さいというアピールが届いたので、適当に英文をでっちあげて、アメリカのホワイトハウス、イスラエル大統領府・国防省などに送りつけた。自動返信ではあろうが、ホワイトハウスから以下のような返事が来た。

Thank you for e-mailing President Bush. Your ideas and comments are very
important to him.

Because of the large volume of e-mail received, the President cannot personally
respond to each message. However, the White House staff considers and reports
citizen ideas and concerns.

In addition to President@WhiteHouse.gov, we have developed White House Web
Mail, an automated e-mail response system. Please access
http://www.whitehouse.gov/webmail to submit comments on a specific issue.

Additionally, we welcome you to visit our website for the most up-to-date
information on current events and topics of interest to you.

【excite(http://www.excite.co.jp/world/text/)による日本語訳】
ブッシュ大統領にe-mailしてくれてありがとう。あなたの考えおよびコメントは彼にとって非常に重要です。受け取られた電子メールの大量のために、大統領は、個人的に各メッセージに応答することができません。しかしながら、ホワイトハウス職員は市民考えおよび関係を考慮し報告します。大統領@WhiteHouse.govに加えて、私たちはホワイトハウス・ウェブ・メイル(自動電子メールレスポンス・システム)を開発しました。httpにアクセスしてください:特定の問題に関するコメントを提出する//www.whitehouse.gov/webmail。さらに、私たちは、あなたに興味のある最新の出来事およびトピックについての最も最新の情報用のウェブサイトを訪れるためにあなたを歓迎します。

■実家から持ってきた本。
オルテガ・イ・ガゼット『大衆の反逆』(角川文庫)

■最近読み終わった本
田中彰『明治維新と西洋文明』(岩波新書)
寺山修司『ぼくは話しかける』(ハルキ文庫)
松本伸夫『日本的風土をはみだした男・パリの大杉栄』(雄山閣)


2004/01/05 [月]   

■このタームは午前中北予備、午後大予備と移動がある。途中、ナンバCITYのバーゲンを横目で見ていたら、俺のような者でも服を買いたくなり、何軒かの店に入ってみた。ジャケットかブルゾンを買おうかな、と思った。で、どれもかっこいいけど、どれが似合うのか自信がなく、結局何も買わずに仕事に向かった。
 これは結局、俺は自分のセルフイメージを確立していないか、持っていても自信がないかのどちらかである。スーツ系でばしっと決めて仕事するのか、カジュアル系のてれてれでずっと過ごすのか、どっちでもいいしどっちがいいかも分からないのである。それを考えることすら面倒くさいのだ。
 求むファッションコーディネーター。俺は何を着ればいいのか教えてくれ。

■今日買った本。
エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』(PHP研究所)


2004/01/07 [水]   

■麦人はちゅうされるのが大好きだが、文人は嫌いである。ちゅうをすると顔をしかめて、ほっぺたを手で拭う。文人はいいこいいことぎゅうが好きで、これは麦人も好きである。兄の方がより多くのスキンシップを求めているらしい。

■昨夜は子供を寝かしつけているはずがこちらが先に寝てしまい、おかげで今日は快調であった。今日は3点移動の日(十三→難波→梅田)。睡眠時間9時間、講義総時間7時間。睡眠が足りているとあまり疲れを感じない。まだまだいける。お腹空いたけど。

■俺は無趣味な人間であるなあとちょっと悲しく思ったりした。趣味とはやってもやらなくてもいいけど時間があるから何となくやるものだという定義である。いわゆるお稽古ごととか、休日のゴルフとか野球とか、囲碁や将棋、犬猫かわいがり、日曜大工、日曜コックなどを指す。
 よく「趣味と実益を兼ねる」などというが、そんなものはただの仕事であって趣味ではない。競馬競輪パチンコも損しているうちは趣味だが、儲かったらその瞬間から仕事になる。仕事だから駄目だと言っているのではない、もちろん。
 俺は音楽も聴くし本も読みはするが、これは宗教活動である。生きていく上で魂がどうしてもこれらを要求するから否応なしにしているのであって、本なんか読まずに済むのならそうしたいのだ。こういうのは趣味ではない。もうちょっと歳をとったら誰か先生について短歌をちゃんと勉強したいと思っているけれど、これも宗教である。育児は任務である。仕事は仕事だ。そうやって差し引いていくと、俺には「やってもやらなくてもいいけど時間があるから何となくやるもの」っていうのが一つもない。

■明日は年賀状を書かなくちゃぁ。


2004/01/08 [木]   

■麦人の冬休みの宿題に「絵を2枚書く」というのがあって、1枚は凧揚げだとすぐに分かるもの、もう1枚は長方形を3つ並べて書いて色を塗っていた。後者がいくらみても分からなかったので尋ねると、「新幹線のトイレ」だそうだ。なるほど。
 俺は小学校に上がる前、電車の連結のところについているラバーの蛇腹が大好きだった。ふにゃふにゃ揺れて、カーブにさしかかるとぎゅうううと音を立ててねじ曲がる、あれだ。絵を描け、と言われたら3枚に1枚はそれを描いていたような記憶がある。こんな感じで ∬ ∬

■今日もちょっとだけバーゲンセールのお店を覗いてみた。人気のあるショップはかなり血走っていて、若い人たちが入り乱れてとっかえひっかえ、商品を手にしていた。服って誰のために着るのであろうか。他人に見てもらうためか自分で見るためか。自宅から一歩も出なくていい環境にあったとして、さらに誰にも会う必要がなかったとしたなら、人はサイズ以外の要素を服に求めるであろうか。それでも自分に最も似合うと思われる色やデザインを求めて、ショップであれこれ吟味するだろうか。
 俺は他人がどういう服を着ていてもあまり気にならないから、他人も俺の服装などには関心がないだろうと想像する。そして、鏡でも見ない限りは自分の服装などほとんど目に入らないので、暖かくてサイズが合えば、だいたい満足である。ただ、人前に出る仕事であることを考えると、それなりに見られるものを、と思わなくもないが、チョークの粉を全身に浴びるチョーク芸者としては、高価なものを身につける気が起きない。よって俺は適当な服ばっかり着ているという次第である。

■でも、秋冬用のジャケットは欲しいかなあと思った。いいなあと思う服は、なぜみな高いのか。


2004/01/09 [金]   

■朝食時、ココアのことで、麦人がさめざめと泣いた。
 ココアは文人のかねてからの熱いリクエストの結果作ることになったもので(彼は“ここうぁ”と発音)、昨日の朝食から食卓に登場した。文人は喜んで飲み干したが、麦人は飲まなかった。今朝は牛乳が一人分しかないことだし、麦人は昨日飲まなかったからいらないだろう、ということで、文人の分しか作らなかった(作れなかった)のである。
 自分に割り当てがないことを知った麦人はうつむいたまま、涙をぼろぼろと落とす。「うぅぅぅ、いぃぃぃ」とむせび泣いている。あとで麦人に聞いたところによれば、前の日にココアを飲まなかったのは要らないからではなく、「早く学校へ行きなさい」と言われたために飲めなかったからなのである。今朝も弟にはココアがあるのに、自分にはない。親にないがしろにされたみたいで悔しくてならなかったらしい。
 代わりにオレンジジュースを入れてやったのに、カウンターに突っ返す。始業時刻の5分前になっても椅子から立とうとしないで、メガネのレンズの裏側に涙が海のように溢れている。遅刻確実だ。
 こういう時は時間しか解決できない。そして、時間さえ経てば必ず解決する。遅刻くらいなんでもない。時が経つのを待つのだ。しばらく泣き続けてから、麦人は立ち上がってランドセルを背負った。「ごめんな。帰ったらココアいれてやるからな」と声をかけると、黙ってうなずいて玄関へ向かった。
 帰宅した麦人はいつも以上に元気で「ただいま!」と。そして小さな声で「朝はごめんね。ココアはいいよ」と。

■明日から学童保育のスキー合宿。気が進まぬが、子供だけ行かせるわけにもいかないので致し方なし。


2004/01/10 [土]   

■あと少ししたら学童保育のスキー合宿へ出発する。ああしんど。骨でも折ったら来週からの講習に差し支えるから、なるべく部屋でごろごろしていよう。
 阿久沢は、病み上がりだから、という理由で編み物をするという。俺も、妻が病み上がりだから、という理由で引き篭もっていたい。

■今日買った本(ヤフーオークションにて)
フックス『風俗の歴史1〜9』(角川文庫)


2004/01/13 [火]   

■学童保育のスキー合宿から帰ってきた。ハチ高原というところ。
 俺は暑いのより寒いのが好きだけれど、それは雪を見ながら温泉に浸かるとか、木枯らしが吹く中、こたつに籠もって茶を飲むというのが好きなのであって、寒い中わざわざ寒くなるスポーツをするのは全く不向きである。でもまあ、麦人が楽しく滑ったようなのでよかった。文人はスキーを足にはめてみましたという程度。俺はただ付き添いでぼーっと立っていた。寒かった。

■更に俺はこういう催しにつきものの交流会という奴が苦手である。一つは交流そのものが苦手なのと、もう一つはお酒を飲んでのコミュニケーションという奴が嫌いだからである。前者はひたすら俺の不徳の致すところで、ごめんなさいというしかない。後者については、年齢を重ねてきて飲みたくないものは飲みたくないで済むようになってから、酔っぱらいがますます嫌いになってきた。だいたい俺は酒を飲まなくては酔えないような凡人ではないのだ。酒なんか飲まなくたって、いつでもぶっ飛んでいけるんだ。そんな俺に酒をすすめるんじゃない無礼者。もっとも、にぎやかなのは嫌いじゃないので、交流会をやっている片隅で本を読んでいた。

■交流会の間に読み終わった本
オルテガ・イ・ガゼット『大衆の反逆』(角川文庫)
→「このことに反対する人は偽善者かさもなければ愚者である」(P195)。頭の良い人は他人を罵倒するのにもセンスがある。何度かここでも書いたが、学生時代、ものすげえ頭の良いS先輩が「馬鹿だから馬鹿だと言っているんだ馬鹿野郎!」「何が暴力反対だ!お前らの言論なんか暴力で弾圧してやるに値する!」と叫ぶのを聞いたときと同じ快感を感じた。


2004/01/14 [水]   

■イイ歌を聴いて耳が馴染むと、その歌を知っていることで自分は選ばれし者であると思いこむくらい舞い上がってしまい、ここ数日はメスカリン・ドライブ『BLOOD-GO-ROUND』『IDEOLOGY COOKING』がその歌だ。「気が変わる前に/そら夢を捨てよう/気が変わる前に/ここを出て行こう」(『BLOOD-GO-ROUND』)。

■「夜が明けたなら行こう/遠くまで遠くまで」(上々颱風『愛よりも青い海』)というフレーズがふとアタマに浮かんだのであれこれ考えた。この歌は15年ほど前に初めて聞いた歌で、上々颱風のライブは俺と阿久沢の最初のデートでもあり、結婚式で歌ってくれたバンドであり、何よりも二十数年前、高校1年生だった俺の人生を誤らせたバンドである。で、俺は大学を卒業していよいよ京都を離れるという前の晩、校舎にこのフレーズをスプレーペンキで大書きしたのだ。
 確かに俺はあの日から遠く遠く来たのだが、あの日に想定していたような遠く遠くではなかった。それこそが本当に遠く遠くということだろう、とかなり満足している。今の俺に「遠くまで遠くまで」行く気力は正直言ってないが、黙っていても何もしなくても、遠く遠く行ってしまうのだろう。そのくらいの自信は、あったりする。

■斎藤美奈子『男性誌探訪』(朝日新聞社)を読み中。阿久沢が買った本で、俺もいずれ読むつもりで書架に置いておいたのだが、日曜日の書評欄に取り上げられていて、それが俺のツボを刺激したのですぐに読むことにした。それは「月刊へら」という雑誌がこの本で紹介されていることを知ったからである。「月刊へら」!あはははははははははははははっはははははは。

■受験生の皆さん、頑張ってね。俺が出来るのは応援だけだからさ。冷たいようだけど、俺が代わりに試験受けられる訳じゃないからさ。受けるのは君だからさ。君がやらなきゃしょうがないんだよ。


2004/01/15 [木]   

■明日は空き時間に絶対に肩もみ屋さんに行くんだ。


2004/01/16 [金]   

■今日も難波から十三へ移動。間が3時間ほどあいているので、肩もみにしようか足もみにしようか迷ったあげく、30分ずつ両方やってもらった。最近、クイックマッサージが俺の天国である。ほんとうは子供の柔らかくて小さな手でしてもらうのが一番だけれども、彼らは飽きっぽくて、1分以上は決してサービスしてくれないから、次善の策である。
 子供のころは自分の身体を触られるのがくすぐったくてならず、マッサージなど何が気持ちがよいのかと考えていた。年をとった証拠だ。
 肩もみも普通に気持ちよいのだが、まぁ予想の範囲内だ。圧巻なのは足もみである。足の裏を30分もぐりぐりされていると、意識状態が変わる。半覚醒半睡の桃源郷状態となり、わけのわからん妄想が脳内を駆けめぐる。うむ、とか意味もなく頷いたりしているのもまた、夢うつつである。もちろん涎が出る。
 青い鳥は自分の家に居た、ではないが、足の裏に神を見つけた気持ちである。

■誰でも一曲くらいはいい歌を書くもので、谷村新司にとっての『いい日旅立ち』はまさにそれだろう。昔の曲が新しい歌手によってカバーされるのは嬉しいことだけど、ボブ・ディランが言うように、もう新しい曲なんて一曲もいらないのかもしれない。
 結論を急ぐが俺は、『いい日旅立ち』は山口百恵じゃなきゃだめだ、と言いたいのである。

■今日読み終わった本。
斎藤美奈子『男性誌探訪』(朝日新聞社)


2004/01/17 [土]   

■センター試験が始まれば教える側は一段落、ということで、予備校職員・講師のみなさんで心斎橋の焼肉屋さんへ行った(写真日記参照)。肉はもうたくさんは食べられないが、白飯がうまくて、2杯おかわりした。

■そういえば9年前は阿久沢と二人で串カツを胸が悪くなるまで食べて、家に帰って寝ていたら地震が起きたのだった。あの地震のことはいくら考えても考え尽くせるものではないが、ひっくり返った部屋、ぶっ壊れた街を、茶碗の破片の中からやっと掘り出したコンタクトレンズ越しに見たとき、「生きてれば、とりあえずいいや」と腹の底から思ったことは毎年思いだそう。あのとき俺は死んでいてもおかしくなかったのだから、地震からこっちの人生は言うなればオプションだ。オプションはあるだけで有り難いものなのだ。

■買ったのに読んでいない本のリスト。
吉村昭『落日の宴・勘定奉行川路聖謨』
キム・チュンミ『故郷の世界史・解放のインターナショナリズムへ』
玄月『寂夜』
吉田裕『現代歴史学と戦争責任』
福田和也『地ひらく』
三浦雅士『青春の終焉』
西谷・鵜飼・港『原理主義とは何か』
田中浩『日本リベラリズムの系譜』
大澤真幸『性愛と資本主義』
色川大吉『北村透谷』
川村湊『樺太・南洋の日本文学』

■さらに今日買った本
立花京子『信長と十字架』(集英社新書)
斎藤環『博士の奇妙な思春期』(日本評論社)


2004/01/18 [日]   

■毎年1月17日に神戸市役所前で開かれている「追悼・連帯・抗議の集い」に行ってきた。ソウル・フラワー・モノノケ・サミットが目的だ。
 とにかく寒くて、中川も「手がかじかんで、サンシンの超絶プレイが見せられへん」。伊丹英子が「関係あれへんで」。そのせいかライブの出来じたいは今一つだった。音響も調整不足で、奥野のアコーディオンが聞こえてこない。中川がサンシンのチューニングを気にしていたのは、暖かい国の楽器ゆえ、凍るような風の中では狂いやすいせいか。しかし、伊丹英子がいるとバンド全体の存在感というか、揺すぶりが違う。音は今ひとつでも、オーラで押してくるかんじ。歌を身体に染み込ませるように聴いてきた。『聞け万国の労働者』がかっこよし。「長き搾取に悩みたる/無産の民よ蹶起せよ/今や二十四時間の/階級戦は来たりけり」「起て労働者奮い立て/奪い去られし生産を/正義の手もて取り返せ/彼らの力何ものぞ」。今も基本的構造はそんなには変わっていないはず。だからこの歌がしっかり響くわけで。

■ライブのあと、催しの実行委員長?があいさつ。白い髭を伸ばし、作務衣のような服を着て、朗々たるアジ演説をした。旧総評左派系労働運動家OBといった印象。「震災が起きた当時より、今日の状況の方が明らかに悪化していると言えます!」という。もちろん行政の動きが称賛に値するものだったとは思わないし、被災の打撃から立ち直るきっかけをつかめない被災者がいることは想像がつくが、「あきらかに悪化」というのは俺の印象とは大きく異なる。仮にこの発言をするにしても、どこを見れば「あきらかに悪化」しているのかを明示しない限り、「主観に合わせて状況をつくる」と批判されても致し方なかろう。
 さらに「イラクへの自衛隊派遣に反対することと、被災者を支援することは同一であります!」という。これも説明無しに同一にされては困る。「自衛隊がイラク復興に携わることと、阪神大震災の被災者を支援することは同一なのであります!」の方が、はるかにしっくり来ちゃったりする。
 何かを訴えるときにはもっと言葉を丁寧に使え。アジ演説であっても、いや、アジ演説であるからこそ。さもないと信用を失う。

■ライブのあと、学童保育の例会に直行。今回もわからんちんが訳の分からないことを繰り返し述べてくたびれた。会議後、新年会が予定されていたが、俺がいると人間関係を決定的に悪化させる言動をしてしまいそうで、麦人と文人を連れて引き揚げた。帰り道、なぜか不機嫌な麦人。「僕は酔っぱらった人を見たかったんだ」と。

■センター試験の日本史を解いてみた。文化史が増えていることと、細かい知識を要求する選択肢が増えているため、やや難化した。平均点は60点を切るだろう。55点くらいかもしれない。
 難易度が高くなることは一概に悪いこととは言えないが、今回の難化はちょっと感じの悪い難化だ。例えば、第2問問3・選択肢1で「中央の役所で雑務を行った仕丁は、公民から徴発された」。正文だが「仕丁」は、山川の日本史B用語集では頻度8である。これを正解に使うのはどんなものか。
 また、同じ問題の選択肢3「碁盤の目状に土地を区画する条里制によって、都城や農村の土地を把握した」。都城は条坊制で区画されたから誤文なのだけれども、農村は条里制で正しい。「都城と農村」と並列して書くのは、不必要に受験生を迷わすだけではないだろうか。そんなことをして何かいいことがあるのだろうか。
 詳細な知識のカタログの豊富さを競うだけの問題になってしまった感がある。この方向で勉強するのは楽しくないと思う。ちょっと感じ悪いなぁ。
 総評・個別の問題評は数日中にアップする予定。


2004/01/19 [月]   

■別に今気が付いたことでもないが、俺は自分が集団行動ができないことに対して頭を抱えたい気分である。どうして俺はこうなんでしょう。
 集団が苦手だとか、集団の中にいると息苦しくなるということは全然なくて、むしろ人混みは好きだ。喫茶店のような適度のざわめきの中の方が読書も仕事も捗る。苦手なのは、集団を集団として維持し、コミュニケーションを図るための一連の作業である。酒などを飲んで世間話で談笑するとか、一緒に何かをするとかが、どうしても苦痛なのである。その場にただ居ろというなら居ることはできるが、何もしないでただ居るだけだとかえって集団の維持に害になるので、ますます苦痛が増す。具体的に言えば、学童保育で出かける夏のキャンプとか冬のスキーである。
 運営資金を稼ぐ目的で行うバザーとかビール販売は、目的がはっきりしているから、俺の中でもモチベーションが確認できるので苦痛はない。職場の人と食事に行くのも、良い仕事をする、という目的があるから苦痛はなく、むしろお互いの考えが通じ合えば歓びを感じる。
 が、遊びに行くのにわざわざ数十人単位で動き、役割分担してテントを建てたり子供の相手をするのには、どうにも身体が動かない。ましてや、深夜に至るまでなぜ親睦を深めようという気になるのだろうか。
 学童保育を維持するためには親睦を深める必要があるからキャンプやスキーや飲み会に参加せよ、強制だ、というのならまだ分かる。気は進まないが、それが必要だから来い、というのなら分かる。だが、俺以外の保護者は、集団キャンプや集団スキーが楽しいように見えるのだ。俺はアウトドア遊びは(プールサイドで寝っ転がる以外は)楽しいとは思えないし、ましてや集団で行くのはほんとに苦痛なのだ。嫌味でも何でもなく、俺は聞きたい。ねえお前ら、集団で遊びに行ってほんとに楽しいんですか?楽しくないけど、社会人だから、親だから、我慢してやってるんじゃないんですか?俺は社会人で親だけど我慢できません。ごめんなさいごめんなさい。

■要するに俺には、(たまたま属した社会的集団の中で)他人と親睦を深めようという気持ちが欠落しているらしいのだ。でも、親睦を深めようといろんな企画を出したり動いてくれたりしている人々の好意が分からないわけでもなく、ごめんなさいごめんなさい俺は馬鹿ですと心の中で手を合わせつつ、交流会の後ろで本を読んでいるのです。
 早川義夫の歌が俺を慰めてくれる。「相も変わらず僕は偏屈なので/人と同じ気持ちになれない/父さんの墓参りにも行かず/ぼんやりと空を眺めてます」(早川義夫『父さんへの手紙』)。早川のような人と一言も会話せず、海岸で5メートルくらい離れて海を眺めたり本を読んだりしていたらほんとに楽しいだろうなあと思った。

■今回のようなセンター試験の傾向が続くようなら、用語レベルで受験生に対する要求を少々上げる必要がある。選択肢をネタにして、より実戦的な(基本的知識は身に付いていることを前提として、周辺のやや細かい知識を拾い上げていくような)講義にしたほうがいいのかなあ。でも、今年のような詰まらない問題が長続きするとは思いたくないんだけど。難しくするならもうちょっとアタマを使うような難しさにしてほしいものだ。


2004/01/20 [火]   

■高校生科の最後の講義をして、今年度の授業も一通り終わりである。あと2月に入ってからの2次試験論述対策指導を残すのみとなった。4月の新学期開講までは主に原稿を書いたり何もしなかったりして過ごすことになる。やらなければいけないことの心覚え。
  • センター用テキスト改訂(誤植訂正と演習問題入れ替え)
  • 文系テキスト新規作成
  • 本の企画書作成
  • 「日本史B裏用語集」をつくる
  • センター受験生のためにネットを使ってなんか面白い企画を考える
  • 論述対策も同様になんか面白いことを考える
  • 赤本とか
  • 文人を歯医者へ連れて行く
  • 麦人を耳鼻科へ連れて行く
  • 今年こそイカナゴ釘煮を成功させる
  • あと何があった?


■テレビでやっていた『砂の器』のタイトルを見た文人が、砂のお城、と。佳い佳い。

■最近、麦人が文人に対してやたらと威張ったり脅迫したりする。注意したが、「俺はお兄ちゃんだから威張っていいんだ」と。「お父さんにはぼこぼこにされるから威張らない」と。強きを助け弱きを挫くやつ。


2004/01/21 [水]   

■スポーツクラブへ行き、ロッカールームに入ってバッグを開けると着替えがない。本と筆入れが入っていた。俺はいったい何をするつもりだったのか。仕方がないので風呂に1時間入って、ふらふらになって帰宅。サウナに4回入った。
 オフに入って俺の中のどこかが間違いなく緩んでいる。次は風邪かな。今のうちに済ませておきたいところだ。

■教員を目指しているかつての生徒さんからメールが来た。酒鬼薔薇のような、過去に殺人を犯した生徒が社会復帰してきて自分のクラスに来たら、教師としてどう対応するか、を教授に問われた、と。もし、俺の子供のクラスにそういう生徒が入ってきたら、俺は親としてどうするか、と。
 難しい問いなので、ここでつらつら考えてみることにする。
 俺はまず、刑期を終えた、もしくは社会復帰に値すると判断された元犯罪者は、学校なり地域社会で受け入れる必要があると考える。というかそれ以外ないだろう。従って、自分の身近に「彼」が現れたとしても、最初から受け入れを拒否するとか排斥したりとかはしない。「彼」の社会復帰や自立に積極的に手を貸すことはしないが、われわれはみな、罪を犯す可能性を秘めている。未来においては何をするかわかったものじゃないのである。「彼」はたまたまその可能性を、われわれより先取りしてしまっただけなのだ。俺は「彼」と視線も合わせもするし、言葉も交わすだろう。個人的にはどんな人間なのか、ものすごく興味はあるのだ。彼が書いた文章などがもしあれば、是非読んでみたいのだ。
 しかしながら俺は「彼」に対する警戒を怠ることはないだろう。一度は死を自らの手で作り出した「彼」が、同じことを繰り返す可能性はないとは言えず、何よりもその光景をじぃっと見つめていたであろう「彼」は心底怖ろしい。俺の子供に危害が加えられることがないか、俺は一日だって気を緩めることはないだろう。
 「拒否はしない」が「警戒はする」。そして、時間をかけて「彼」を眺め、接触することを通じて、「警戒」が弱まっていくことを期待する。

■フォームメールへのお返事
3 Jan 2004 01:52:31 +0900
→僕は家族がいなければ社会的ひきこもりになっていたような気がするので、家族がいてよかったと心底思っています。僕のような夫と居てくれる妻も有り難いし、僕らのようなエエカゲンな親のところへ来てくれた子供たちはもっと有り難いです、はい。

6 Jan 2004 15:49:41 +0900
→僕は忌野清志郎のような格好がしたいのですが、あのファッションは清志郎でないとどうにも似合わないので、今日もユニクロです。これを着なさい!と誰かに決めつけてもらえると楽なのに。あ、それじゃお母ちゃんに全部選んでもらうかっこわるい中学生と同じだ…。羽織・袴が欲しい。

13 Jan 2004 12:04:36 +0900
→リンク貼っておきます。BBSで宣伝してもらって構わんよ。
http://freett.com/ikasuna/20031222.html

17 Jan 2004 04:20:49 +0900
→買って読んでいない本はたまるなんてもんじゃなくて、10年ものとか平気であります。買った時点でうれしくなっちゃって読まないんですねぇ…。

18 Jan 2004 23:45:30 +0900
→センター試験お疲れさま。あと少し。

20 Jan 2004 23:00:15 +0900
→いいんじゃないスか。正常な欲望じゃないスか。彼氏におねだりしたっていいんじゃないスか。不安ならば尚更。


2004/01/22 [木]   

■夕方から半端じゃなく冷え込んできた。この冬一番の冷え込みになるという。
 鎌倉という雪の降らないところで育ち、神戸というこれもまた雪が滅多に降らない街に暮らしているが、島根に2年、鳥取に2年、暮らしたことがある。日本海沿いの街は、一冬に何回かは仕事に行くのがいやになるほどの積雪を見る。少し山の中に入ればそれはもう大変だ。
 島根で暮らした2年は新聞記者をやっていたので、雪が降ろうが過疎だろうが、自動車を走らせて中国山地の中に入っていった。雪というものにあまり縁がない育ちをしてきたので、雪がざんざん降っているとちょっとお祭り気分で、国道54号や、大原郡や能義郡の県道に車を停めて、しばらく雪を眺めていたこともしょっちゅうあった。真夜中の県道で、雪に隠れていた側溝に車輪を嵌めてしまい、JAFが救援に来てくれるまでの1時間半は、もうイヤというほど眺めることができた。
 雪って、人間には無関心に降るのだな。俺という人間が眺めていようがいまいが、まったく関心のないそぶりでいそいそと降る。目を閉じている間もずっと降っている、すこしも気にせず、俺と車を埋めていこうとする。音が聞こえないから、よけいにそう感じるのかもしれない。世界は俺に無関心であって、俺が関心を持って初めて、世界は俺に意味を示すのだ、ということを、山陰の雪は教えてくれたような気がする。

■今読み中の本。
斎藤環『博士の奇妙な思春期』(日本評論社)
→「子どもたちがゲームに熱中しすぎるのを嘆きすぎるのも愚かなことだ。ゲームがヴァーチャルであることを嘆き、自らが野山で遊んだ経験の特権性を持ち出す者は、当の野山に自分が何を投影していたかをすっかり失念しているに違いない。君の裏山の『秘密基地』は?『敵のアジト』は?稚拙であれ、何であれ、そうした物語の投影がなされなければ、自然はひたすら退屈であるか、過剰に危険で恐るべきものにしかならない。(中略)ゲームであろうと自然であろうと、いずれも幻想として見いだされるという点に関しては選ぶところがない」(p76)


2004/01/23 [金]   

■予想通り寒い朝。麦人が6枚も重ね着して「首が絞まって苦しい」などとあほなことを言っていた。「そりゃ着過ぎだ。脱げ」と脱ぐのを手伝っていら、きつきつなのでかえって腕やら首が苦しくなったらしく、おやじに折檻されたと勘違いして落ち込んでいた。朝食もほとんど食べず、言葉も発せず学校へ行ってしまった。寒い朝が悪い。

■フィッシュマンズのトリビュートアルバムが4月に出ると。
 曽我部恵一の『BABY BLUE』はどんな感じだろう。UAの『頼りない天使』は想像がっつくな。裏切ってくれ。

http://oopsmusic.com/info/view_news.html?nid=10056

 それにしてもヨコチンレーベルって何やねん。ロゴマークも見よ。

■講義がないから限界まで走ってみようと思って、トレッドミルの上で頑張ってみたら、時速10.5キロで1時間走れてしまった。まだまだいけるじゃん。ただ走るのは退屈。頭の中で歌を歌うのも限界がある。

■ヒゲ剃った。OSをインストールし直した。本棚の整理をした(場所を移しただけ)。


2004/01/24 [土]   

■朝起きて、洗濯をして、麦人を小学校へ見送って文人を保育園へ連れて行って、整体院で肩に電気してもらって、いったん家に帰ってちょこっと原稿仕事して、スポクラへ行ってウェイトして1時間走ってプールで歩き回って、また家に帰ってメールとか処理してまた原稿仕事をしていたら麦人が帰ってきて、文人を保育園に迎えに行って、阿久沢がちょっと遅くなるというからおかずを暖めて子どもたちと夕御飯を食べて、こたつでうだうだしていたら阿久沢が帰ってきて、麦人文人を風呂へ叩き込んで寝かせて、またちょっと原稿仕事をして今に至る。これが私のオフの一日です。あ、昼御飯食べるの忘れていた。

■もうすぐ江戸アケミの命日なのだけれど、もう俺はとっくに江戸の享年より長く生きていて、なんと今年はジョン・レノンと同い年になってしまう。江戸とジョンはまだ俺の先にいるのか?彼らの歌を聴きながら、彼らが見なかった風景を俺は見ている。そう思ったら、死んだ彼らは俺の中で、俺とともに走っているような気がしてきた。「何気ない壁の向こうに君の仲間がいる」(JAGATARA『夢の海』)。「もう一度大草原の片隅で話しよう」(同)。


2004/01/25 [日]   

■数年前に買って書架に放ったままだった大澤真幸『性愛と資本主義』(青土社)を読み始めたのだが、10分かけて数行も読み進められない。面白そうなことが書いてある予感はするのだけれど、さっぱり何を書いてあるのか理解できない。昔、高校の世界史の教科書で見た「契丹文字」や「西夏文字」を見たのと同じ不思議な感じだ。
 確かにここには日本語で、俺にも分かる単語が俺にもおなじみの文法で並んでいるのではあるが、俺は目を白黒させて文字を追うだけで、大澤真幸が何を言いたいのやらさっぱり分からない。本を読んでこれほど訳が分からないことも俺にとっては珍しく、おかしくて笑ってしまったほどである。「任意の体験が苦悩を産むという事実は、だから、体験がその不可能に関わりつつ遂行されているということを意味する」って何が言いたいんだよ。「だから」って、全然「だから」じゃねえじゃん。要するに、

  大澤真幸>>>>>>>(越えられない壁)>>>>>>>>俺

ということを認識して、俺は『性愛と資本主義』を閉じた。
 当たり前といえば当たり前ではあるが、この世にはほんとうに頭の良い人がいるのである。頭の良い人が渾身の力で思考を尽くし、言葉を選んで文章を書くとこうなり、それを俺のように頭の悪い人間が読むと目を白黒してしまうのである。ただ、大澤真幸もあとほんのちょっとだけ頭が良ければ、俺にも分かるように文章を書いてくれたはずなのだが。

■来年度テキストの改訂作業に着手。一太郎で作ろうかページメーカーにしようか。


2004/01/26 [月]   

■学童保育の会議が午前2時近くまであったので、今朝は昼の2時まで寝てしまった。10時間ほど眠れたのですこぶる快調。やっぱり睡眠が基本だ。

■1ヶ月ぶりに麦人とプロレスをした。わずか1ヶ月の間にこいつはまた強くなっている。1ヶ月前までは、仰向けの状態で両足を取って逆エビ固めに持って行くのにさほど苦労はなかったのだが、今日はそうはいかない。へそ周辺を足先でくすぐるなどしてダメージを与えておかないと裏返すことができななくなっていた。
 バトルが白熱してきて、麦人が「くそぅ!お父さんのキンタマを潰してやる!」と暴言を吐いたので、「お前らはもともとお父さんのキンタマから出てきたんだよ!」と言い返したら、急に神妙な顔つきになって攻撃の手が弱まった。
 麦人の身体は日に日に力強さ・逞しさを増してきているが、文人はまだ優しい感じがする。触っていると安心する。

■麦人が急に「ケーキを作る」と言いだし、阿久沢のレシピファイルを見ながらカップケーキを作った。やれるところまで自分でやらせてみようと思い、バターを溶かしてタネに混ぜるところだけ手伝う。まぜまぜも、カップにタネを注ぐのも、オーブンの温度や時間設定も全部一人でやっていたのでちょっと感心した。
 まぜまぜがちょっと足りなかったのか、カップケーキなのかビスケットなのかスコーンなのか分からないものができあがった。舌触りはちょいとアレだが、味はなかなかのものであった。

■最近麦人が進研ゼミの教材をあまりにもやらないので、「やらないのなら取るのを止める」と通告したら、麦人がとても暗い顔になってしまった。
 俺は別に怒ったわけではなく、やらないのなら意味がないから止めようというつもりだったのだが、阿久沢が「低学年の子は親がついていないとやらないよ。2人で働いていて見てやれない親が悪い」と言う。それももっともだと思ったので俺は考えを改め、引き続き教材を取ることにした。そして、明日から麦人の横でやるべきものを指示し、教えてやるのである。確かに講義のないオフの時期くらいはつきっきりで勉強させてもいいかもしれない。
 自社製品を自慢するのもナンではあるが、麦人は基本的な読み書き計算能力はほぼ完成されているので(但しカタカナ書き取りに少々難あり)、親があれこれ指示しなくてもできるだろう、自分でやれ、という期待をしてしまっていたのかもしれない。彼も所詮は小学2年生、まだ親が手取り足取りの時期であったのだ。


2004/01/27 [火]   

■デイリースポーツより。

泉谷&コザック 反戦タッグ

 フォーク界の大御所・泉谷しげる(55)と神戸出身のパンクフォークバンド「ガガガSP」のコザック前田(24)によるユニット「コザック前田と泉谷しげる」が、シングル「生活/永遠のウソつき」をリリースしたのを記念し25日、東京・新宿東口でゲリラライブを開催した。

 泉谷にとって生涯初のユニット結成。今回は前田が「今に目を向けている人とやるのが面白い」と、泉谷に申し入れて実現した。2人は31歳の年齢差、しかし世代は違えど音楽界の暴れん坊同士。まず新曲の「生活」「永遠のウソつき」を歌唱して終了のはずが、急きょ、高田渡の「自衛隊に入ろう」を披露するパフォーマンス。「♪自衛隊に入ろう〜♪イラクに行けるぞ」などと現代版に歌詞をアレンジし2人で熱唱した。

 世の中は自衛隊イラク派遣で揺れている。そんな世相をとらえた選曲。泉谷は「自衛隊がイラクへ行った。仕方ないじゃなく、反対なら、ばかやろうといい続けないとダメ。あきらめちゃいけないんだ」というメッセージを込めたという。そしてステージ上では「30年前のこの歌が現代にピタリ合う。何も変わってないんだよ。何をやっていたんだよ」と、最後まで泉谷節は全開だった。

■「仕方ないじゃなく、反対なら、ばかやろうといい続けないとダメ」。
 うむ。寝ているときも飯食っているときも、ばかやろうと思い続ける。言い続けるのは難しいとしても。そして、「やるときゃやりましょ大冒険」(上々颱風『ヤッタネ節』)。

■ただし俺は、コザック前田は評価しない。少なくとも今は。


2004/01/28 [水]   

■文人のために取っているベネッセのしまじろうビデオの今月号は、小学校入学の心構えを作ろうという趣旨らしく、コラショ(進研ゼミ小学生講座のキャラクター)に案内されたしまじろうが、小学校生活を一日体験するというものである。文人はじいっと熱心に見ていて、これはこれでキュートなのだが、横から麦人があれこれツッコミを入れるのがまたおかしい。「ウチではこんな下駄箱はないからな」「ウチの小学校のトイレはこんなんじゃないからな」「校長室なんか入っちゃいけないんだからな」「こんな集団下校なんかしねえよ」「このピアニカはウチのとは違うからな」と、いちいち先輩風を吹かせる。なんだか正しい小学生道を邁進しているなあ。
 文人が「ふーん。ふーん」とうなずいているのもさらにキュート。

■実はベネッセコーポレーションとは縁の深いウチである。保育園は兄弟ともベネッセ保育園だし、俺は仕事をもらっているし、零細株主であったりもする。

■某出版社様(ベネッセにあらず)から日本史の本を書いてみませんかという有り難いお話をいただいたので、この10日ほど、うんうん唸って企画を練っている。当たり前のことではあるが、出来るものは出来るが、出来ないことは出来ない。だから、俺に何が出来るか、出来ないか、ということから考えるしかない。
 おそらく俺は、日本全国の日本史講師の中で、日本史そのものに関する知識は、少ない方から数えた方が圧倒的に早い。勉強はしているつもりだが頭が追いつかない。そういう俺が、曲がりなりにも講師としてやってこれた理由は、俺自身が日本史を面白いと思っていて、それを生徒さんに伝えることができたから、これ以外にはないと思っている。となれば、瞠目するような歴史解釈や学説紹介など俺に出来るはずはなく、俺が日本史のどこを面白いと思ってきたか、それを授業でどう伝えてきたか、それをひたすら書くしかない。
 と腹を括ったら、何となく方向が見えてきたような気がしてきた。同業者や専門家から見たら何てことはないかもしれないが、初めて日本史を勉強しようとする生徒さん、日本史が嫌いになっちゃった生徒さん、オトナになってもう一度日本史をやってみようかな?という気になったおじさんおばさんに楽しめる本になればいいと思う。
 …企画で没になる可能性もある。そのときはwebで公開かな。

■日付が変わった頃からものすげえ勢いでウィルスメールが届くのだが。何とかして下さい。


2004/01/29 [木]   

■鳥インフルエンザが洒落にならない話になってきたので、タイ旅行は中止の方向に傾きつつある。俺と阿久沢だけならまあいいが、万が一、子供が罹ったときのことを考えると躊躇する。南の海でほけーっとしたかったんだけどなぁ。家族を持つと守りにはいるというのはこういうことだ。当然のことではある。
 代案として大連・上海・台北が浮上。SARSはどうするという神の声も聞こえるが、こっちは多寡が知れてきたという感じがするので。

■フォームメールへのお返事。
22 Jan 2004 08:14:11 +0900
→山口百恵の湿った声が、湿潤モンスーン日本にハマってしまったのが『いい日旅立ち』だと思います。芸能界からほんとうに旅立って、ついに帰ってこなかった彼女の背筋をぴんとした後ろ姿が、あの歌からはいつも見えてしまいますね。

25 Jan 2004 20:01:20 +0900
→小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』はすでに僕の机の上に積まれていて、いつでも開ける状態になっているのですが、圧倒的な分厚さに阻まれて、いまだに1ページも読んでおりません。最近つくづく不思議に思っているのは、日本では社会民主主義者が平和主義者かつ反国家権力サイドで、保守派が好戦派・再軍備主義者かつ国家権力マンセー派であるという図式です。本来サヨクって、チェ・ゲバラみたいにゲリラになって銃を構えて戦うものなのに、なぜか平和を守れってなるんですね、日本では。たぶんカジさんと僕は、TU堂の店主さんと3人で1、2回、食事をしているような気がするのですが…。違ったらゴメンナサイ。

27 Jan 2004 13:19:43 +0900
→性欲は否定するとか肯定するというものではなく、我慢するとか爆発するというものだと思います。僕は既に枯れてきているのでどうでもよくなっちゃいましたが、若い頃は京都の種馬として日夜活動しておりました。


2004/01/30 [金]   

■朝、文人の顔が熱いので熱を測ってみたら37.8℃。当然、保育園は休ませることに。それにしても、俺がオフに入ってから風邪をひいてくれるなんて何て親孝行な息子だろう。食事を片手で済まそうとするとか、歯磨きの手を抜くとか、小便する時に狙いを定めないので便器の外に飛ばすとか、細かいことを言い出せばキリはないけれど、ウチの息子どもはかなりよくデキた息子どもであると思う。
 昼間ずっと、こたつで文人とうだうだしていた。父ちゃん父ちゃん、と身を寄せてくる彼は文句なくカワイイ。二人でうとうとしたり絵本を読んだりして半日過ごした。
 夜になって熱はさらに上がり、38℃を超えた。インフルエンザかも。来週あたり俺の番だな。

■北予備・大予備の来年度文系用テキストの全面改訂作業を進めている。去年、一太郎を使ってセンター用教材を全面改訂したのだが(つまりレイアウトを印刷業者にいっさいタッチさせず、全て執筆側でやってしまう)、これがわりと受けがよくて、本来は文系の授業を選択している生徒さんがわざわざセンター用教材を入手していたほどであった。内容も悪くはなかったと自負しているが、生徒さんに聞くと「レイアウトがまとまっていて勉強する気になる」と言うことであった。
 これはかなり考える価値のある意見である。予備校講師および予備校で使うテキストには2つの役割があって、まず(A)「合格に必要な情報を取捨選択し、吸収しやすい形に料理して提供する」ことが一つ、そして(B)「勉強する気にさせる」ことが二つである。しょせん予備校で講義できるのは、多いクラスで週4時間といったところだから、自宅や自習室でその倍は勉強してもらわなければいけないからである。そして、まず(B)の部分で魅力のある教材ならば(講師も?)、生徒さんから見て「使える」という評価になるのである。
 (A)の部分に細心の注意を払うのは当然のこととして、(B)の部分に手を抜くと、特に最近の生徒さんにはそっぽを向かれると思う。とにかく開く気が起きるテキスト、読む気になるテキスト、授業を受けたくなるテキスト、そういうのを今回も作りたい。そういう点では、ベネッセからいただいた仕事の数々はとても役に立っている。

■今日読み終わった本
近代日本思想研究会『天皇論を読む』(講談社現代新書)
→ま、カタログとして一冊持っておくのはよいかもしれない。


2004/01/31 [土]   

■もう断固として決めた。北朝鮮に行ってくる。阿久沢も「いいよー」と言ってくれたし。明日電話して申し込む。なんかすげえわくわくしてきた。どきどき。平壌で、おーいキム!って呼びかけてみんなが振り向くかどうか試してみよう(inspired by 忌野清志郎)。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kac-tour/kikaku2004.03.20.htm

■文人は今日も熱が下がらず、保育園は休み。一日俺と一緒に過ごした。38〜39℃とかなり高い。食欲もないので心配だが、じいっと座って本やマンガを読む姿勢はしっかりしているので大丈夫かな。風邪にしてもインフルエンザにしても、休んで治すのが一番。はやくよくなれ。