■阿久沢は日曜なのに仕事があって遅くなると言うので、俺・麦人・文人の3人で徒歩2分のところにある「なか卯」へ。BSE騒ぎで新メニューに登場した豚角煮丼を味見するつもりで行ったら、まだ牛丼がメニューにあった。これが食べ納めになるかもと思って心が動いたが、既に胃を豚角煮丼向けに調整済みだったので、予定通り注文する。麦人はハイカラうどん、文人はカレーうどん。病み上がりの文人が一口残したのは予想通りだったが、麦人は「まだお腹が減っている」と言って、親子丼(並)をさらにべろりと平らげたのにはちょっと驚いた。中学生になったらどれほど食べるのだろう、この子は。
それでも3人で1800円ちょっとだから、「なか卯」は有り難い。
■雪原を往く機関車のようにもりもりと食べる我が子を見るのは、実に気持ちがよい。丼の向こうに見える麦人の額を見ていたら、子供がいるといいなぁ、と思ったときのことを思い出した。
なぜ子供が欲しいと思ったかと言えば、阿久沢が好きだからで、
阿久沢の子供が見たかったからである。誰の子供でも構わないわけではない。ただ、子供が産まれればお金も掛かるし、何よりも責任ってやつが発生する。それに躊躇がなかったわけではないが、俺の背中を推したのは、(A)「子供がいたら、俺の
チャクラがもう一つ開くに違いない」という期待と、(B)「2人きりの生活はもういいや。次のステージに行きたい」という、よく言えば成長したいという欲求、この2つだった。
(A)について。俺はなるべく多くのことを感じて生きていたいし、昨日気づかなかったことを明日は気づけるようにしたい。自分の内界から外界に開かれた
チャクラが多ければ多いほど、生は楽しいと思うのである。歌を聴くのも、仕事をするのも、本を読むのも、受験勉強をするのも、すべてチャクラを開くためなのだ。そして人間も生物である以上、自分のDNAを残すことが第一の存在意義であるはずだ(敢えてそれを無視する、という立場はもちろん尊重する)。ならば生物として与えられたその使命を果たしてみようではないか。俺にその機能が付いているのならば、使わなければチャクラは開かれない。そのチャクラを開かなければ決して見えない
風景がありそうだ、という予感であった。
(B)について。もともと俺にはうまいものを食べたいとかステキな家具に囲まれて暮らしたいとか、年に2回は海外旅行に行きたいとかいう欲求は希薄だったし、その程度のモノのために働くのはなんか不愉快な感じがあった。二人で働いていれば収入はそこそこの額になるから、「そういう生活」を続けるというのもできたんだけど、それは
ものすごくつまんねえぞ、すぐに飽きちゃうぞ、飽きないヤツは
馬鹿に違いないぞ、と俺のどこかで囁く声が聞こえたのだ。
うまいものよりも家具よりも海外旅行よりも楽しめるモノってなんだよ。
チェ・ゲバラのように、
大杉栄のように戦うことだ。でも俺にその能力がないことは学生時代にはっきりしている。そうこうするうちに、俺たちの同級生や同期生の中に親になる者がぼつぼつと現れ始め、何人かの赤ちゃんの顔を見るうちに、俺にビビッっと来るモノがあった。俺にもこういう
道があるではないか、うへへへへ、と。俺専用の赤ちゃんがいたら、なんか
ものすごいことだなあと思った。その、
ものすごいの中身は今もうまく説明できないのだけれど、何というか、圧倒的な肯定感を与えてくれる何かなのだ。暗闇の中にいても、にやにや笑ってしまうような、街中でうおおおおと声をあげて全力疾走してしまうような。
■で、1人目がほんとにものすごかったので2人目も作った。こいつもものすごい。これからも良いこと困ること様々あるのだろうが、それをプラスマイナスで考えるレベルからは、既に俺は解脱している。
絶対値なのである。子供がいたことで、俺の生の絶対値は間違いなく大きなものになった(これからも大きいだろう)。それによって俺のチャクラは二つか三つ、確かに開かれたと思うのである。
■朝日新聞書評欄の中沢新一の文章がちょっとよかった。
→「レヴィ=ストロースは名著『悲しき熱帯』の中で、自分のやっているような学問は、地球上で滅び去ろうとしている人々の“心”が生み出してきたものを相手にしようとしているのであるから、はじめから必敗を運命づけられている、と書いている。なぜそのような『世界史の負け組』のことなどに関心を持ち、彼らの精神が生み出したものに、別の価値を見出そうとしているのか、そこに『繊細の精神』が生きているからである」。『悲しき熱帯』、学生時代に読んだはずなんだが、ほとんど記憶にない。読みたくなった。