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2004/02/01 [日]   

■文人の風邪がいよいようつったか、午前中は気持ち悪い&ノド痛いで起きられず、1時過ぎまで寝てしまった。そのかわり文人は元気になって、麦人ところころ笑い合い、じゃれあっている。
 阿久沢が読んでいる本に書いてあったのだが、風邪やインフルエンザに薬は要らないと。3日寝ていれば治ると。文人はまさにその通りだった。これからは風邪&インフルエンザでは医者にはかからないことにする。喘息の時だけ薬を貰いに行けばよい。

■麦人と文人はふとんの中で、いつまでもふざけ合い、笑い合っている。おおむね、麦人が文人にいろいろ仕掛けて笑わせているようだ。文人の鞠が転がるような笑い声は聴く者を幸せにする。金曜と土曜の夜は、次の日の朝を心配する必要がないので放置しておく。どちらかが先に寝入ると、もう片方もいつの間にか寝ている。
 まるで毎晩が修学旅行みたいだ。中学生や高校生になったら、こっそりエロ話なんかするのかなぁ。親の悪口なんか言うのかなぁ。言うんだろうなぁ。

■ダイエーで、ブルーベリー主成分のサプリメントがふっと目にとまったので購入した。おいしいのでぱくぱく食べているのだが、紫色の糞が出た。そのどぎつい色の分、効果もあるに違いないと信じる。

■そんなわけで、今日は、一歩も外に出なかった。


2004/02/02 [月]   

■阿久沢は日曜なのに仕事があって遅くなると言うので、俺・麦人・文人の3人で徒歩2分のところにある「なか卯」へ。BSE騒ぎで新メニューに登場した豚角煮丼を味見するつもりで行ったら、まだ牛丼がメニューにあった。これが食べ納めになるかもと思って心が動いたが、既に胃を豚角煮丼向けに調整済みだったので、予定通り注文する。麦人はハイカラうどん、文人はカレーうどん。病み上がりの文人が一口残したのは予想通りだったが、麦人は「まだお腹が減っている」と言って、親子丼(並)をさらにべろりと平らげたのにはちょっと驚いた。中学生になったらどれほど食べるのだろう、この子は。
 それでも3人で1800円ちょっとだから、「なか卯」は有り難い。

■雪原を往く機関車のようにもりもりと食べる我が子を見るのは、実に気持ちがよい。丼の向こうに見える麦人の額を見ていたら、子供がいるといいなぁ、と思ったときのことを思い出した。
 なぜ子供が欲しいと思ったかと言えば、阿久沢が好きだからで、阿久沢の子供が見たかったからである。誰の子供でも構わないわけではない。ただ、子供が産まれればお金も掛かるし、何よりも責任ってやつが発生する。それに躊躇がなかったわけではないが、俺の背中を推したのは、(A)「子供がいたら、俺のチャクラがもう一つ開くに違いない」という期待と、(B)「2人きりの生活はもういいや。次のステージに行きたい」という、よく言えば成長したいという欲求、この2つだった。
 (A)について。俺はなるべく多くのことを感じて生きていたいし、昨日気づかなかったことを明日は気づけるようにしたい。自分の内界から外界に開かれたチャクラが多ければ多いほど、生は楽しいと思うのである。歌を聴くのも、仕事をするのも、本を読むのも、受験勉強をするのも、すべてチャクラを開くためなのだ。そして人間も生物である以上、自分のDNAを残すことが第一の存在意義であるはずだ(敢えてそれを無視する、という立場はもちろん尊重する)。ならば生物として与えられたその使命を果たしてみようではないか。俺にその機能が付いているのならば、使わなければチャクラは開かれない。そのチャクラを開かなければ決して見えない風景がありそうだ、という予感であった。
 (B)について。もともと俺にはうまいものを食べたいとかステキな家具に囲まれて暮らしたいとか、年に2回は海外旅行に行きたいとかいう欲求は希薄だったし、その程度のモノのために働くのはなんか不愉快な感じがあった。二人で働いていれば収入はそこそこの額になるから、「そういう生活」を続けるというのもできたんだけど、それはものすごくつまんねえぞ、すぐに飽きちゃうぞ、飽きないヤツは馬鹿に違いないぞ、と俺のどこかで囁く声が聞こえたのだ。
 うまいものよりも家具よりも海外旅行よりも楽しめるモノってなんだよ。チェ・ゲバラのように、大杉栄のように戦うことだ。でも俺にその能力がないことは学生時代にはっきりしている。そうこうするうちに、俺たちの同級生や同期生の中に親になる者がぼつぼつと現れ始め、何人かの赤ちゃんの顔を見るうちに、俺にビビッっと来るモノがあった。俺にもこういうがあるではないか、うへへへへ、と。俺専用の赤ちゃんがいたら、なんかものすごいことだなあと思った。その、ものすごいの中身は今もうまく説明できないのだけれど、何というか、圧倒的な肯定感を与えてくれる何かなのだ。暗闇の中にいても、にやにや笑ってしまうような、街中でうおおおおと声をあげて全力疾走してしまうような。

■で、1人目がほんとにものすごかったので2人目も作った。こいつもものすごい。これからも良いこと困ること様々あるのだろうが、それをプラスマイナスで考えるレベルからは、既に俺は解脱している。絶対値なのである。子供がいたことで、俺の生の絶対値は間違いなく大きなものになった(これからも大きいだろう)。それによって俺のチャクラは二つか三つ、確かに開かれたと思うのである。

■朝日新聞書評欄の中沢新一の文章がちょっとよかった。
→「レヴィ=ストロースは名著『悲しき熱帯』の中で、自分のやっているような学問は、地球上で滅び去ろうとしている人々の“心”が生み出してきたものを相手にしようとしているのであるから、はじめから必敗を運命づけられている、と書いている。なぜそのような『世界史の負け組』のことなどに関心を持ち、彼らの精神が生み出したものに、別の価値を見出そうとしているのか、そこに『繊細の精神』が生きているからである」。『悲しき熱帯』、学生時代に読んだはずなんだが、ほとんど記憶にない。読みたくなった。


2004/02/03 [火]   

■夜中、麦人がふとんの上で真横になって寝ていて俺の寝るスペースがなかったので、両足首を持って90度回転させた。「─」このようにねていたのを「|」こうしたのだ。すると麦人は「今、僕の身体が回転したことが判明した…」と寝言を言った。真夜中に可笑しくて仕方がない。

■そして保育園に行こうとする文人に(風邪は全快!)靴下を手渡したら、いきなり耳にかぶせて「うさぎさん!」と。もう可愛くてビリビリしてしまう。

■北朝鮮ツアーの代理店、何回電話しても出やしない。仕方がないのでサイトに載っているアドレスにメールを送っておいたが、電話に出ない業者がメールチェックをしているとも思えず、やっぱり梨の礫である。申し込みをする前からもう旅行が始まっているというか、楽しませてくれるじゃんノースコリア!という感じだ。


2004/02/04 [水]   

■朝、文人を保育園に送っていったら、保育ルームで4、5歳の女の子が2人、けんか状態でにらみ合っていた(Aちゃん・Bちゃんとする)。ままごとセットを脇ににらみ合っていたところを見ると、嫁・姑の争いか、正妻の座をめぐる抗争か。
 委細は承知しないが、Aちゃんはぼろぼろと涙を流して、うっくうっくと嗚咽しており、Bちゃんは比較的冷静に、でもAちゃんから視線は逸らさずに、「泣きやんでから話して」と繰り返していた。
 俺は、小さいのに冷静でなかなか大したものだと思っていたら、保育園の外で阿久沢が言う。「あれが女の戦い。一方が泣いていたら、もう片方は何を言っても悪者にされる。それが分かっているからBちゃんは『泣きやんでから話して』と言っていた」と。
 俺は深く納得するとともに慄然とした。女性は、幼少の砌からこういうシビアな日々を過ごすことによって、美しさと強さを獲得してきたのか。繊細でタフな闘争だ。男は所詮、肉弾戦や殲滅戦くらいしか使い道がないのかもしれない。

■今日も北朝鮮ツアー業者とは連絡取れず。どうなっているんだ。責任者出てこい。などと言っていて、総書記からメールが来たらどうしよう。
 その業者のサイトを眺めていたら、「朝鮮観光にはマスコミ及び報道関係者は、観光目的で朝鮮に入国することはできません。偽って入国された場合、弊社は一切の責任を負いません。」などと書いてある。ということは俺と阿久沢が一緒にこの国を旅行することは(阿久沢が業界から撤退するまでは)できないということだな。この一事をもってしても、この国はやっぱりヘンだ。だからこそ行ってみたいのだけれど。それにしても業者、電話に出ろゴルァ。

■吉田拓郎『月夜のカヌー』の中の『少女よ、眠れ』をヘビーローテーション。この歌については前にも一度書いたが、正しいオヤジの在り方というものを俺に教えてくれた。
 「楽しければ、それだけで/満足だというんだね/その若さが、まぶしいほど/時を輝かせる/けれど」「今夜、何かに夢中になれたかい/眠りが君をきれいにするだろう/なにをいってもうるさいだろうけれど/ケガしないうちに、もう、帰ったほうがいい」
 「けれど」。この一言をしっかり言えるようになるために、人は成熟するのだ。少女はオヤジに、「帰ったほうがいい」と言われて素直に帰宅したとは思えないが、「帰ったほうがいい」と諭したオヤジがいた事実は残る。

■さらにザ・フォーク・クルセダーズ『感謝』をヘビーローテーション。こういう詞を書ける北山修が歌から離れてしまったことが不幸か、あるいはこういう北山修が精神医療の現場にいることが幸福か。


2004/02/05 [木]   

朝日新聞の明治〜昭和初期の資料の展示を見に大阪本社のアサヒコムホールまで足を伸ばしたのに、1月いっぱいまでだったとのことでとてもがっかり。そのまま帰るのも悔しいので、クイックマッサージで足もみをしてもらった。あまりの気持ちよさに寝込んでしまい、気持ちよさを十分味わうことができなかった。これも悔しい。

■6日のWWE大阪大会のチケットをUさんに取っていただいた。昨年の神戸大会に次いで2回目である。ありがとうありがとうUさん。北朝鮮のいちばんすてきなお土産はUさんのものです(ていうか今日も業者は電話を取らない。本当に行けるのか?)。ストーンコールド!HBK!そして快く送り出してくれる阿久沢さんありがとうありがとう。

■はっきり言っておくけど、俺は自衛官の諸君が立派に任務を果たしてほしいなんてカケラも思っていないから。ただ、イラクの事態がこれ以上悪化しないよう、ただ飯喰って寝ているだけでよいから、誰も殺さず自分も死なず帰ってきてほしいとは思っている。その程度の税金無駄遣いには目を瞑ろう。仕方がない。
 戦争利権業者の勝手で始まった戦争の尻ぬぐいのために命を張らされるなんて、気の毒であるとしかいいようがない。上からの命令があれば征くだけです、か。自分の判断を停止した人間には哀れみしか感じない。

■今日買った本。これは計画通りであって衝動買いではない。
阿部謹也『日本人の歴史意識』(岩波新書)
岡野友彦『源氏と日本国王』(講談社現代新書)


2004/02/06 [金]   

■スポクラからの帰り、東灘区を風のように渡り歩いているとウワサに聞いていた移動メロンパン屋さんに初めて出会って焼きたて3個ゲット。バンの後ろにプロパンガスとパン焼き窯を積んでいて、空き地に駐車して焼き上がる端から販売していくのだ。つねに4〜5人列ができている状態で、品切れになると焼き上がるまで待たなければならないほど。逆に言えば、常に焼きたてのメロンパンが買えるということだ。
 袋に詰めてもらったメロンパンをリュックに入れて自宅へ急ぐ。開け口からメロンパンのにおいが肩越しに匂う。暖かくておいしいものを背中に背負っているのは、子供をおんぶしているのとちょっと似ていて、幸せな感じがした。

■吉野家逆ギレ男が“貴重”な牛丼を…
 もったいないー。牛丼店「吉野家」で食べかけの牛丼を店長に投げつけるなどしたとして、松江署は5日、傷害の疑いで、松江市法吉町、飲食店手伝い、●●●●容疑者(33)を逮捕した。
 調べだと、坂田容疑者は4日午前7時20分ごろ、松江市西津田の「吉野家」松江店で、飲食中に携帯電話で話していたことを店長(30)に注意され逆上。食べかけの牛丼や湯飲みを店長に投げつけ、右手を切るけがを負わせるなどした疑い。
 「このご時世に“貴重”な牛丼を投げつけるとは…」と松江署員もあきれ顔だ。
http://www.zakzak.co.jp/top/top0205_1_22.html
 新聞記者時代の初任地・松江に反応してしまった。青鉛筆くらいにはなるな。
 そういえば松江支局でサツ回りしていたころ、ヤクザがパチンコ屋で糞尿袋をぶちまけて逮捕された、という記事を書いたことがあった。糞尿袋は事前に準備してあったもので、毎日毎日自分の糞尿をビニール袋に詰めていたヤクザさんを思うと涙が出た。その執念たるや凡人のものではない。そう思って松江署刑事一課長に夜回りを掛けたら、「うむ。実は彼は殺しの前科もあってな」と話してくれたっけ。

■こんなのみつけました。
http://wibo.m78.com/clip/img/345.jpg


2004/02/07 [土]   

■昨年に引き続き、午前中麦人の小学校で開かれた「昔遊びの会」に餅つきの手伝いに行った。我が家は共働きでPTA役員を引き受けるのがちょっと難しいので、こういうときくらい手伝わないと義理が立たない。
 俺にとっての「昔遊び」は怪獣ごっこに仮面ライダーごっこにスナックを捨ててのプロ野球カード集め&交換、スーパーカー消しゴム集め、親の財布から小銭を盗んでのインベーダーゲームほかのゲーセン遊び、といったところだが、小学校でそんなことをやらせてくれるはずもなく、コマ回し・羽根突き・餅つき・竹馬などを保護者が指導するという催しである。俺もそんなもので遊んだ経験はほとんどない。そんな俺が餅のつきかたを教えるなんて妙な話だ。
 そもそも「コマ回し・羽根突き・餅つき・竹馬など昔遊び>>>(越えられない壁)>>>テレビゲームなど今どきの遊び」という図式は何とかならないものか。昔の子供とて、テレビゲームがあれば熱中したに違いないのである。どうもここには、親・祖父母の世代は今の子供よりも健全に育って大人になった、今の子供はゲームに象徴されるような不健全な育ち方をしている、だから少年による凶悪犯罪が起きるのだ、という一種の末法思想的な下降史観がほの見えるような気がする。
 校長のスピーチがまたお粗末で「昔はこんなふうに外で遊ぶことが多かったんだね。でも今はテレビゲームとかで家の中で遊ぶ子が多い。だからみんなも20分遊びはなるべく外に出て遊びましょう」。おいおい、じゃあ昔遊びする意義はどこにあるんだ。みんなでドッジボールでもやった方がいいんではないかい?
 麦人は羽根突きが面白かったと言っていた。

■夜は大阪城ホールでWWE「ロウ」公演。うーん、去年夏の「スマックダウン」の方が全然面白かったな。何ていうか、「スマックダウン」は完成されたコース料理を堪能したという気分だったが、今日の「ロウ」は揚げ物料理ばっかり6品出てきたといったところだ。かなりぐったりした。
 何が違うんだろう。HHHはメインイベンターとしてはブロック・レスナーやカート・アングルより1枚落ちる。レイ・ミステリオやTAJIRIのような個性的な脇役が「ロウ」にはいない。身体の小さいレスラーも、ヘビー級と同じようなムーブしかしない。etc。
 と、分析をし始めて気が付いた。客に分析させてしまう時点で今回の「ロウ」は失敗である。去年夏の「スマックダウン」については今も俺は考えたり分析したり、言葉を連ねたりする気にはなれない。会場で得た幸福感や痺れた感情を、そのままとっておきたいと思うのみだ。
 でも、今日のストーンコールドはほんとによかった。ビールがぶ飲みや、禿頭を見ただけで、嬉しくてにこにこしてしまった。ステイシーは俺の席と反対側に尻を突き出したので残念(あ、そうそう、リック・フレアーが試合中にトランクスを引っ張られてナマ尻を出した!しかも尻を出したままトップロープに登った!尻は丸出しだが前は見えない。その絶妙なトランクスの引っ張り方にWWEを感じた)。
 エリック・ビショフとストーンコールドの漫才は、集中していれば何とか英語が聞き取れるが、ふっと気を抜いた瞬間からもう分からなくなる。英語圏の人と会話をする機会はほとんどないので、英会話を習得したいという気持ちはない。そもそも日本語を使ってコミュニケーションすることさえ面倒である。が、WWEの漫才やボブ・ディランの歌詞を聴き取るためにヒアリングの修行はしたいなと思った。英会話スクールでそういうコースはないかしらん。

■北朝鮮ツアー業者とようやく電話がつながった。旅行申込書を送ってくれるという。ようやく一歩前進だ。


2004/02/08 [日]   

■明日は文人のランドセルを買いに行く。縁起物だから多少イイやつをね。最近のランドセルは俺の子供時代のように黒と赤だけではなく、オレンジ・紫・ブルー・ピンク等多彩である。文人が何色を選ぶか楽しみである反面、「好きな色がない」と言って手ぶらで帰ってくる恐れもある(別の品物で前科あり)。

6歳下の弟が小学校に入学するとき(つまり文人と同じ年齢の時だ)、近所のおばさんが自分の子供のお下がりランドセルを持ってきて、「オキトくんにプレゼント!」とくれたことがあった。確かにそう古くもなく汚くもないランドセルだったとはいえ、ランドセルが小学校に入学する子供にとってただの入れ物ではないという認識を既に持っていた俺は,子供心にも「ひでぇことをするおばさんだな」と思ったのを覚えている。さらにひでぇのは我が両親で、お下がりランドセルなど受け取るだけ受け取ったらぽいと捨てて、新しいモノを買ってやればいいものを、弟にそれを使わせたのであった。弟は何とも思っていないかもしれないけれど。
 「有り難迷惑」というジャンルの行為があることは、わりと早い時期から知っている俺である。

■その文人だが、最近やたらべたべた甘えたり、「ちゃ・ちゅ・ちょ」系の幼児語を話したり、訳の分からないオノマトペを発音する(眠いときに「ぞぉぞぉぞぉ」とか)。麦人にまで「お前、日本語で話せよ」と諭される状況である。
 きっと、小学校入学を目前にして、彼なりに緊張しているのだと思う。数年前までは、文人は何があっても動じないふてぶてしい子供であり、麦人がナイーブな子供だと思っていたのだが、どうも正反対のようだ。第一印象はあてにならない。麦人は一生公立の学校に行かせても生き抜いて行けそうだが、文人はときどき、私立に入れたやった方がいいのかなあ?と思うことがある。

■今日買ったCD(ヤフーオークションにて)。
アガタモリオ『君のことすきなんだ』


2004/02/09 [月]   

■文人のランドセルを買いに行った。予想通り文人はオレンジ色を最初に指さした。ある程度覚悟はしていたものの、もう若い頃の小橋健太のパンツの色くらい鮮やかなオレンジ色だったもので、親の腰が引けてしまい、「ふー。ほんとにオレンジでいいのか?男の子でオレンジ色はふーだけだと思うけど、ほんとにいいのか?」と再確認をすると、「やっぱりこれがいい」とこれもまた鮮やかなスカイブルー(#469dfdといったところ)を指さした。普通の黒や紺では今ひとつ文人っぽくないし、麦人のと間違えそうだし、ブルーなら女の子扱いされてからかわれることもないから、と決定。

■スポクラの子供向けイベントに文人と二人で参加した。月に1回やっているイベントだが、未就学児対象のため、文人は今月と来月しか参加のチャンスがない。今まで「いやだいやだ」と言っていたのだが、先月、どうしたことか「僕も行きたい」と言い出したのである。
 十数名子供がいた中で、文人が年齢も体格もダントツに大きいわけだが、一番ノリノリで顔を赤くして走り回っていた。インストラクターさんの指示通りにしっかり手を上に上げたり腰に当てたり声を出したり、全速力で走ったり転がったりする。ずっとにこにこして身体を動かしていた。「また行く!」と目をきらきらさせて言うので、終わってすぐ、次回のを申し込んだ。
 文人は何というか、ほんとうに天真爛漫というか、邪気がないというか、疑ったり斜に構えたりしない、佳い子供に育ちつつある。小学校なんかに通わせるのが惜しいくらいだ。


2004/02/10 [火]   

■文人は保育園でひらがなを練習しているらしい。4月から小学生になる最上級生たちは、小さい子たちが昼寝をしている時間帯に五十音を毎日1行ずつ紙に書いていて、今日は「ぱぴぷぺぽ」(Pa-Pi-Pu-Pe-Po)を書いたという。
 ふとんの中で文人が「明日は何を書くんだろう」と言う。
俺「『は』の次は『ま』。まみむめも、じゃないかな」
文人「ちがうよ。別のまるがつく字だよ」
俺「まるがつくのは『はひふへほ』しかないよ」
文人「……。おおおおお!ほんとうだ!うーへっへっへ!」
と、やたら感動していた。横から麦人が「そうか。俺も初めて気が付いた」と、小学2年生としてはかなり間抜けなことを言っていた。

■山で遭難しかかった関西学院大生14人、全員救助とのことでホッ。14人の中に元生徒さんがいる可能性もなくはなく、元生徒さんの知り合いまで広げれば確実にいそうだからね。
 助かったのはめでたいが、敢えて自分の命を危険に曝し、家族や友人や警察に多大な心配・迷惑を掛ける可能性を踏み越えてまで冬山に出かける神経は、俺には理解できない。「いのーちはひとーつ、じんせいはー、いっかい、だから、いのちをすてないよぉーにね」(加川良『教訓1』)。

■今日買ったCD。
友部正人『あれからどのくらい』
→最新の2枚組ライブ盤。素晴らしい出来です。『はじめぼくはひとりだった』以来、友部のライブ版にはほとんどハズレがない。友部正人を聴くたび、ああ、こんなふうにボブ・ディランが聴けたらな、英語が日本語と同じくらい聴き取れたらなと切実に思う。
 特にびりっときたのは『少年とライオン』かな。少年を歌った歌は、自分の子供時代と、自分内部の子供像と、自分の息子が重なって、いろんな波紋が生まれて楽しい。


2004/02/12 [木]   

■朝鮮ツアーの会社にまた電話がつながらない。
 旅行案内を読んで行く気になったら、まず電話をしてくれと書いてある。しかる後に旅行申込書を送り、申込金を振り込んで契約成立になるのだと書いてある。だから俺はこの3日間、午前と午後に2度ずつ電話を入れているのだが、出やしない。もう。11日は日帝の紀元節だろ!こういう日は敢えて出勤してくれよもう。

■文人の文房具を買いに行った。入学説明会では「キャラクター付きのものは避けて下さい」と学校側からの注意があったそうだが(阿久沢談)、今日びキャラクターが付いていないものを探す方が難しい。実際、筆入れはメジャー系からマイナーものまで、何らかのキャラクターが印刷されていてどうしようもない。文人が選んだ「きかんしゃトーマス」を買った。もし小学校が何か言ってきたら、「これはキャラクターじゃありません。ただの蒸気機関車の絵です」と強弁するつもりである。屁理屈なら誰にも負けない。

■男やってると確かに日本の社会では女の人より何かと有利で、特に就職とか仕事のときには何割増しかの下駄を履かせてくれるのである。俺もそのアドバンテージを間違いなく享受してきたのだけれど、それはそれでシンドイのも事実で、なんていうか、殿様の跡継ぎに生まれてしまって、殿様になる気もその能力もないのに、家臣たちにかしずかれてしまって、美味いものを喰わされて、いいおべべを着せられて、途方に暮れてしまった若殿のようなものである。若殿として長い間生きてきてしまったから、若殿らしくしなくっちゃという気持ちがないわけではなく、周囲も俺が若殿であることを当然視するから、もう降りるに降りられない。世の有能な女性たちが仕事か家庭かで迷うのは社会が未成熟なせいなのは分かっているが、迷う分だけ選択肢があっていいなあと思うのもほんとだ。
 思い出した。俺は大学に入ってからしばらくの間、医学部の女の子を彼女にして結婚して一生本を読みながら主夫をする、と半ば本気で考えていた。実際には医学部の女の子どころか、女の子と知り合う機会すらほとんどなく、俺も頭をモヒカンにしたり半剃りにしたり左右違う色の靴を履いたりしていたものだからまったく女の子に縁がないのが現実であったので、夢はあっさり潰えたのだが。
 ま、結局は割と理想に近い状態に今はいるのだけれど。


2004/02/13 [金]   

■うっすらとした夕焼けを眺めながら、ウォークマンを耳につっこんで友部正人を聴きながら自宅周辺をうろうろ。かなり幸せな気持ちになった。「ふと後ろを振り返ると/そこには幸せがありました/ほんとうに何年ぶりのこと/そこには夕焼けがありました/あれからどのくらいたったのか/あれからどのくらいたったのか」。『一本道』を聴きながら俺は最初に友部正人のレコードを聴いた高校1年の春を思い出していた。
 きっと30年後くらいにも、「あれからどのくらいたったのか」と、子どもたちと「たれぱんだ」のように身を寄せ合いながら暮らしている今日みたいな日を思い出しながら、今とあまり変わらない気持ちで老後を生きているような気がした。

■ぼちぼち生徒さんから私立大学合格の報せが舞い込んでくるようになった。おめでとうおめでとう。
 大学が就職予備校っぽくなってしまうのも時節柄避けがたいかもしれないけれど、来るべき就職のための準備期間としてではなく、時間と経験と出会いと困惑と歓喜の総合体として大学生活を楽しんでほしい。将来のことを考えるなとは言わないが、今の向こうに将来があるのだがら、今をしっかり楽しむことからしか、何も始まらないと思うのだ。「今が!最高だと!転がって!いこうぜ!」(JAGATARA『つながった世界』)である。


2004/02/15 [日]   

■麦人を怒らせてしまった。
 ことの発端は、麦人が最近中学生並みの勢いでごはんやお菓子を食べており、明らかに以前と比べて肉が付いてきたことを指摘したことである。今日もプールから帰ってきたら、夕食の前にカップヌードルをぺろりと食べたのだ。
 夕食後にプロレスごっこをしていたとき、グラウンドでもみ合いになったときに「お前の胸は女の子みたいにふよふよしてきたな!」とからかったのがいけなかった。もう怒るの怒らないの、ぶんむくれになって「もう明日からおやつはいらない!ダイエットをする!」と宣言。嫌みのつもりか、広告の裏に「ダイエットスケジュール」なるものを書き始めた。のぞき見すると、「朝ごはん 食べない。昼ごはん 半分。夜ごはん 半分。おやつ 食べない」と書いてあった。「おやつ食べていいんだよ」と肩を触ってもふりほどく。
 「悪かったよ!子供は食べていいんだよ!全然太っていないからおやつ食べろよ!」と何度言ってもだめである。寝る時間になってふとんに入っても怒り続けていて、足下の方に丸くなって、枕の方にはやってこない。「もう絶対上にはいかないからね!今日はここで寝るんだから」と涙声で言う。
 麦人は俺を愛しているのだ。俺が「女の子みたい」と言ったことでショックを受けてしまったのだ。悪いことをした。こういうときはスキンシップと時間が解決する。鼻水をずるずる言わせていたのでハンカチを渡してやったのをきっかけに、だんだん俺の方に寄ってきた。抱きしめてやると頬をこすりつけてきた。「おとうさん好きだよ」と言ってくれた。

■文人は訳の分からないことを発音しながらやたらと甘えかかってくる。この2、3日は何を言っても「およよ!およよ!」(アクセントは「お」にある)と叫んでいる。およよマンと言われている。
 文人は少し前まで圧倒的に阿久沢になついており、俺とはちょっと距離を置いていた感じがしたのだが、2週間前に風邪をひいて俺が3日間看病(といっても一緒にごろごろしていただけ)してから、俺にもなつくようになった。「このごろお父さんが好きになった。およよ!」と本人も言っているくらいである。やはりスキンシップと時間か。

■北朝鮮ツアー会社とはやっと連絡が取れた。旅行申込書・パスポートのコピー・写真2枚を送れというので送った。さらに一歩前進。

■知らないということは恥ずかしいことであるという自覚を持つべきである。
 阿久沢から聞いた話だが、テレビドラマ『白い巨塔』のストーリーについて掲示板でやりとりがなされると、「筋をばらさないでほしい。ネタバレはルール違反だ」という非難があがるという。映画の『ロード・オブ・ザ・リング』でも同じ現象が見られるという。
 ネタバレも何も、両方とも原作は公刊されて書店に平積みなっているし、『白い巨塔』に至っては20年以上前に田宮次郎主演で既にテレビドラマ化されている。ストーリーを知らないというのは知らない方が悪いのであって、知っているものが掲示板で会話していたからといって文句を言う権利はない。
 よりより正確に言えば、知らないのは知らないのだから仕方ない。しかし、そこで知らないことに開き直ってはならないのである。知らないことを恥じ、知る努力をしなければならないのである。知らない者より知っている者の方がエライのだ。

■最近読み終わった本。
野口恵子『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)
立花京子『信長と十字架』(集英社新書)


2004/02/16 [月]   

文人が保育園でマフラーを編んで俺にプレゼントしてくれた。牛乳パックにアイスクリームの棒を立てて作った、リリアンの巨大なやつに毛糸を渡して、指で編んでいくのだ。文人はこれに今集中していて、他の子が1本編む間に3本編むほどの早さで編んでいる。俺にくれたのは2本目の作品である。
 先週の金曜日、保育園に迎えに行ったら、コップや着替えを入れたバッグを後ろに隠しつつ、「おとうさん、ちょっと目をつぶって、すわってて」という。何かな、と思いながら言われるとおり目をつぶっていたら、「はい」とマフラーを首に掛けてくれた。
 子供は3歳までに親から受けた全ての恩を返すと言い、俺もまさにその通りであると思うが、麦人も文人も、3歳を超えた今になっても、日々利息を払ってくれる。銀行金利の低さに対する怒りを帳消しにしてなお余りある利回りである。

■過剰なものが大切だ。ごはんは腹がぱんぱんになってこそ食べたと言えるのだし、耳が痛くなるほどアンプの音量を上げてこそロックであるし、しまった寝過ぎたと後悔してこそ眠ったと言えるのだ。そこそこの、適度なもので満足してはいけないのだ。「やりすぎぐらいがちょうど良い」(毛沢東)。過剰であってこそ生きたと言えるのである。だからプロレスラーのうわぁぁぁぁという表情が好きだし、ジャニス・ジョプリンや遠藤賢司や泉谷しげるが絶叫するのが大好きだ。

■フォームメールへのお返事。
1 Feb 2004 22:16:03 +0900
→さてさて関大&その他の大学はどうだったでしょうか。よい報告をお待ちしております。

3 Feb 2004 02:31:18 +0900
→そのお菓子は「嗚呼切腹美少年」という名前ですが、数年前にそのお菓子を探しに会津若松に出かけた先遣隊の報告では、もう売っていないそうです。僕もそのへんは行ったことがないのでオススメとかできないのですが、喜多方とくればやはりラーメン?

9 Feb 2004 17:39:37 +0900
→雲とイルカ!それいいですね。想像力豊かというか、世界を美しく再構成する力をお持ちのお子様とお見受けしました。文人には自分でランドセルに絵を描くことをすすめてみたいと思います。

10 Feb 2004 22:27:00 +0900
→おぉ、やはり身近にいるんですね。関学の学生さん、無事に下山できてほんまによかったです。親やっていると、あの学生さんたちの親御さんがどれほど心配したか想像がつくのですが、きっと遭難しなくても、毎回山に行くたびにすごく心配していたと思います。だからこそあんなことになってはいけないのに、やっちまったから叱られてるんですよ。

10 Feb 2004 22:30:18 +0900
→ううむ。そのままテレビドラマの脚本に使えそうなお話ですね。男の立場から想像してみると、その友達は、きっとあなたに、自分の気持ちを「察してほしかった」のではないかと思われます。もう一つ経験上からですが、誰しも人生で1度、あれあれと思うほど異性にモテる時期というのがありまして、今のあなたはそういう時期なのかもしれません。十分に悩み楽しんで下さいませ。


2004/02/17 [火]   

■麦人文人と足相撲をして遊んだ。試合をしない者が行司をつとめるのだが、麦人は行司のことを「おれがギョウブをやる!」と大声で間違え、文人も文人で「それはギョウザだよ」と訂正にならない訂正をしていた。

■今日買った本。
長山靖生『日露戦争』(新潮新書)
森浩一『山野河海の列島史』(朝日新聞社)


2004/02/18 [水]   

■文人の保育園では『桃太郎』の芝居を毎日のようにやっている。頭にそれぞれの役を描いた冠をくっつけて、みんななりきっている。文人は「おじいさん」「きじ」の2役だそうである。
 先生から非常に興味深い話を聞いた。今の『桃太郎』の結末、鬼ヶ島を制圧した桃太郎が、おわびに宝物を差し出す鬼たちを前に大見得を切るせりふはこうである。「宝物なんかいらない!お姫様を返せ!」
 俺が読んだ『桃太郎』は違う。桃太郎は鬼ヶ島から財産・宝物を略奪し、意気揚々と故郷に帰っていったはずである。桃太郎は政府にまつろわぬ地方豪族たちを制圧・服属させ、その富を略奪する侵略者であり、猿・雉・犬は、黍団子の授受によって桃太郎と御恩・奉公の関係で結ばれ、まさに走狗として活動したのである。
 昔話が改変される例は枚挙にいとまがない。たとえば『かちかち山』ではおばあさんは狸に殺害され、あまつさえ婆汁に調理されておじいさんがそれを食べる、というのがもとの話だが、グロだということで最近の子供向け絵本では「おばあさんは狸に殴られて死んだ/けがをした」という程度に和らげてある。この手の改変の是非はさておき、俺は改変しようという力が作用すること自体に興味をひかれる。
 桃太郎に「宝物なんかいらない!お姫様を返せ!」と言わせているのは、宝物という経済的な利益ゆえに鬼ヶ島を侵略した、という事実に桃太郎が、すなわち改変者が後ろめたさを感じているからだろう。金ではなく、愛のためならば侵略行為は肯定されるのである。金が絡むとその行為は不純なものとなるという認識がここには示されている。裏を返せば、この『桃太郎』を生み出した現代社会は、何につけても実益・経済的利害というものを考えて行動しなければならないということを反映している。

■翻って考えるに、現代の桃太郎たち=自衛隊のイラク出兵について、特に政府・与党によって語られる言説にも、『桃太郎』改変と同様のベクトルが見られるのではないか。
 なぜ自衛隊がイラクに行くかと言えば、日本がイラクの石油利権のおこぼれに預かるためにはアメリカにしっぽを振っておかねばならず、さらに日本の安全保障のためにはアメリカの軍事力の傘の下にいなければならない、と政府・与党が認識しているからに他ならない。そのために桃太郎を派遣しました、と素直に言えば可愛げもあるのに、国際貢献だとかイラク国民のためとか、ご託を並べるから笑ってしまうのである。後ろめたいんだろうね。
 ああ違うか、桃太郎はアメリカで日本は猿・雉・犬か。

■朝、髪を切りたいと思ったらもう切らなければ気が済まない感じになって、D理髪店に行ったら定休日だったのでC美容室へ行った。
 俺と縁があるお店は4つある。A理髪店…ご夫婦とその娘夫婦でやっている店。2年前はここに通っていたがあんまり上手ではない(というか今風でない)のと、奥さんが他店に浮気すると烈火のごとく怒りそうな感じなので、2年前、B美容室に浮気したのをきっかけに行けなくなった。B美容室…ちょっと自宅から離れているので、スタンプカードが一杯になって1度無料でやってもらったのを最後に行かなくなった。C美容室…飛び込みでやってもらったら良かった。D理髪店…1年ほど前、自宅のすぐそばに開店。理容店と美容室の中間みたいな感じ。ここ2年ほど、C美容室とD理髪を交互に利用している。
 髪を切るのもなかなか悩む。まずどのお店に行くかを考えなければならない。C美容室とD理髪店も営業には熱心で、1度行けば必ずサンキューレターが来る。どちらも腕は良い。うーむ。D理髪店の若いマスターはときどき道で擦れ違って挨拶する仲であるから、他店で切ったことを知られるのは心苦しい。やっぱりD理髪店に行こうと思ったら、冒頭に書いたように定休日だった。でも、一度切ろうと思ったらもう切らないとダメだ。そんなわけでC美容室へ。
 椅子に座って「今日はどうしましょう?」と言われて、また悩む。はっきり言うとどうだっていいのである。前髪が目に入らなくなり、後ろのぼさぼさ状態が直ればよいのである。が、投げやりな態度では美容師さんに申し訳ないし、やる気も半減するだろう。俺だって生徒さんに「どの大学に入りたいの?」と尋ねて、「受かればどこだっていいんです」と言われたら、「じゃあ僕の出る幕じゃないから自分で適当にやってて下さい」と言いたくなるからである。
 そんなわけで「ちょっと長めで…上の方を少し短くして…」と、もにょもにょ伝えたら、さすが美容師さんはプロで、「じゃあ、こうこうこうしましょう」と言ってくれた。「はい、それでお願いします」ということであとは座っているだけ。
 切ってもらっている最中に世間話をするのも辛い。美容師さんも半分は仕事で、もう半分は退屈させないようにという心遣いからあれこれ話しかけてくれるのは分かるから、無愛想にするわけにはいかない。いちおう社会人だから無難な受けこたえをするはもちろんできるけれど、俺ははさみの音を聞きながらマターリしてる方がいいなぁ。

■地下鉄御堂筋線で
http://livinginkobe.ddo.jp/HomepageData/hitachitop.html
このサイトの管理者とおぼしき人と遭遇。なんで分かったかというと、このサイトの内容を大声で独り言していたうえ、「『日立製作所』と『盗聴』で検索すると、日立がどんな会社かわかるんだよねー!」と(独り言で)教えてくれたから。あまりに大声だったため、他の乗客に「うるさい。別のところで話せ」と叱られていた。


2004/02/19 [木]   

■どういう男がモテてどういう野郎がモテないのか、それが分かっていれば、中学生〜大学生あたりの、モテたくてしかたない年頃をもっと楽しく暮らせたはずだ。で、今になって分かった。モテるやつというのはきっと文人みたいな男なのだ。他人に対する攻撃性を持たず、身体は大きいくせに自己顕示欲はほとんどなく、じっと相手の目をみてゆっくり話す。抱きつかれてもはにかみながら、相手が放すまでじっとしている。背中を丸くして座り、じっと本を読んだりひとつの遊びに集中している。優しい熊のようなやつだ。
 その文人は先日のバレンタインデーで、初めて保育園で同級の女の子からチョコレートをもらってきた。毎日のようにラブレターももらっているらしい。そのチョコレートを文人は自慢するでもなく照れるでもなく、机の上に置いてにこにこしながら何度も眺め、一日は冷蔵庫の中にしまっておき、次の日の夕食後、一個一個色や味を確かめながら頬張っていた。
 麦人はどうかというと、すごくいいやつで面白いやつなのだが、女の子に対する意識がもう見え見えで、これじゃモテないだろうなあというのが俺でも分かる。女の子の注目を集めるために、授業中に服を脱いだりわざと教師に叱られるようなタイプかもしれない。きっと俺もこんなやつだったんだろうなあと思う。がんばれ麦人。いや頑張ったらだめだ。父ちゃんは味方だ。どこかで誰かが風の中で待っているさ。

■もう一生会うこともないだろうと思っていた人に、こともあろうに同業者としてばったり出会ってしまった。いいトシになってきて驚くことも少なくなった昨今だが、今日は本当に驚いた。目と口が2倍くらいになったのが自分でも分かった。
 同じ学寮の、隣同士の部屋に住んでいた、1学年上の人だった。彼が主宰する劇団で一緒に芝居をやった。しかし、寮闘争の方針をめぐって結果的に俺と彼は立場を異にし、学内の学生運動潮流の対立もあって、個人と個人でどうということはなくても、とてもお互い話ができる状態ではなくなっていた。そうこうするうちに彼は寮から姿を消し、俺は卒業したのであった。
 もちろん、卒業後十年以上経った今では、そんな過去はどうでもよく(どうでもよい程度の過去だったということだが)、お互い生きていたことを寿ぐ二人であった。オジサンになるというのは時には手放しで嬉しいものよ。


2004/02/20 [金]   

■文人が保育園に通う日々が残り少なくなってきて、俺もなんだか感傷的である。保育園はいいところだ。
 この保育園は麦人が10ヶ月の時からお世話になっていて、麦人文人がいっしょに通っていた期間も合算すると、8年半ほどの付き合いだ。最初の日、麦人を先生に抱いてもらい、「じゃあ行ってくるね」と手を振ったら、目をぱちぱちさせていた麦人はそこで初めて置いて行かれてしまうことを悟ったのか、「うぇー」と泣き出したのだった。
 共働きゆえ、平日は親と過ごすより保育園で先生と過ごす時間の方が長い。保育園に育ててもらったと言っても過言ではない。一緒にいる時間が短いぶん、濃密に、ぐちゃっともつれあって暮らしているような気がする。

■何が寂しいって、文人が小学生になると、手を繋いで保育園の送迎ができなくなることなのだ。特に帰り道。帰宅時間はだいたい一定だから、季節によってまだ明るかったり暗かったり薄暗かったりするわけだが、文人の手をうにうにと握りながら、月が大きい、とか、今日は公園で転んで泣いちゃった、とか、給食のおかずがおいしかった、とか、誰それが熱を出して部屋の隅で寝ていた、とか、カレーの匂いがするね、とか、折り紙をいくつ折った、とか、なんでもない話をしながら家まで何回歩いたことだろうか。


2004/02/21 [土]   

■ありゃりゃりゃりゃー。
お楽しみにしていました。3月20日出発予定の「街が好き!素顔の生活風習にふれて」が定員に満たすことが、出来ませんでした。マニア向けで始めてのお客様の申込みが予想より少なかったのが、今回の中止となってしまいました。大変ご迷惑をおかけしまして、お詫び申し上げます。申込金、申込書、写真等をご自宅に現金書留にて2月23日に郵送させていただきます。年内、個人旅行にてお申込の場合旅行代金より1万円を割引いたします。今後とも宜しくお願い申し上げます。
というメールが北朝鮮ツアー会社から届いた。残念無念。仕方ない。「マニア向けで云々」というあたりがなんか面白い。地下鉄全線走破あたりが「マニアック」なのだろうか。それはともかく日本語がところどころヘンだ。
 こうなったら南に行くしかないか。鳥インフルエンザを恐れている息子どもをごまかしてプーケットに連行するしかない。

■詳細は省くが、いろんな意味で追いつめられた立場にいながら志望校合格を目指す受験生というのはいつの時代もいる。そういう受験生には、是非とも合格してほしいと思うのである。がんばれがんばれ。

■今日読み終わった本。
速水融・小嶋美代子『大正デモグラフィ』(文春新書)
→「歴史人口学で見た狭間の時代」というのが副題で、大正期の社会を知るには手頃。以下、授業の雑談のおぼえ。明治期の日本の軍隊では脚気が大問題だったが、海軍は白米に麦を混入して炊くと脚気にならないことを経験的に知っており、これを実践していたが、陸軍は脚気細菌説に固執しており、麦飯などには学理上根拠がないとして、日清・日露戦争でも白米を兵食としたため、脚気によるおびただしい戦病死者を出してしまった。脚気細菌伝染説に固執したのが陸軍医務局長の地位にあった鴎外森林太郎。この、海軍医務局と陸軍医務局の対立の背景には、臨床を重んじるイギリス医学と、学理を重んじるドイツ医学の違いがあった。日本海軍がイギリスを模範とし、陸軍はドイツを模範としたことの結果である。森鴎外は確かにドイツに留学し、『舞姫』で自分の体験をネタにしている。

■ダイエーで売っている400円のバームクーヘンが猛烈に美味くて困っている。世の中のお父さんは毎晩缶ビールを飲むのだから、アルコールには縁がない俺が毎晩バームクーヘンを二分の一食べたって、ばちは当たらないよなぁ。

■少し前に買った『風の旅団・劇中音楽集』が圧倒的でもうどうしようもない。『東京マルトゥギのテーマ』が特に。学生だった当時、「風の旅団」の芝居はどうしても好きになれなかったが、きっと今見たら違うんだろうなあ。「おまえは涙のない嗚咽/故郷のない屍体/暗闇に目を覚ますこの時」(『東京マルトゥギのテーマ』)


2004/02/22 [日]   

omoonさんとyamayさんに女の子が産まれて、「初(うい)」と名付けられたそうだ。語感から意味から音からすごくいい名前だと思った。麦人・文人といい勝負だと思う。
 麦人・文人の名前は実は彼らが産まれるずっと以前から俺の頭の中にあった。子供の名前は祖父や祖母、親戚や上司、エライ人なんかに付けさせてはいけない。子供の名前は、その名前を最も数多く呼ぶ人が決めるべきだ。それは、子供が将来愛し愛される人だ。でも、産まれたときにその人が誰なのか、どこにいるのかは分からないから、その次に数多く名前を呼ぶであろう親が名付けるべきなのだ。
 初ちゃんに幸いあれ。

■フォームメールへのお返事。
17 Feb 2004 23:59:00 +0900
→いやいや、それはあなたの心の底の叫びが自然に表に現れてきたのですから、それでいいのです。占いでソーセージがラッキーアイテムと言われても、あなたの内なる神は、エッグマックマフィンを指し示されたのです。

18 Feb 2004 14:10:57 +0900
→合格おめでとう。受かった人がこうして報告してくれると、次の年も講義がんばろかという気持ちになります。楽しい大学生活を過ごされることを願っています。いいことあったら報告して下さい。

21 Feb 2004 17:33:26 +0900
→俺もないけどなんとかなるさ。


2004/02/23 [月]   

■春を目前に控えた湿気を含んだ空気や雨は悪くない。何かが始まりそうな予感を含んでいる風が吹く。半年後には生きているかどうか分からないという年齢になっても、同じことを感じていそうな気がする。

■昼過ぎ、文人とベネッセの教材を組み立てた。お手伝いをするたびにシールを貼りましょうとかいう立体である。
 完成したそれを眺めていた文人は、ついと立ち上がってリビングの片づけを始めた。読み散らしたマンガやビデオのケースを粛々と片づけはじめ、またたくまにテーブルの上を何もない状態にした。マンガは専用の箱へ、ビデオやDVDは棚へと、てきぱきと運んでいく。「おぉ。えらいな。ありがとう」とほめてやると、今度は子供部屋を片づけ始めた。寝室の片隅で寝転がってマンガを読んでいた麦人も刺激されたのか、俺の机の書類や文房具を整理してくれる。20分もしないうちに家の中がずいぶんとキレイになった。
 彼らは親を喜ばせようとしてくれたのだ。また一つ恩を返された気がする。

■ふとんの中で麦人が変なことを尋ねてきた。「キスはどうやってするの?くちびるはたてよこにするの?よこよこにするの?それともたてたて?」と言う。おそらく、キスをするときの唇の形は「=」と「=」で重ねるのか、「=」と「◇」なのか、「◇」と「◇」なのか、という質問だと思われる。
 「どっちでもいいんだよ。したいようにするんだよ」と答えると、「こないだ見た映画では、女の人が男の人の口の中に自分の口を入れていた」と、自分の口の中に手を突っ込んで再現しようとする。もうおかしくて仕方がない。「高校生くらいになったら誰かといろいろ試してみな」とアドバイスしてやったら、「きもい。いやだ」と言った。まだまだガキだな。当たり前か。


2004/02/24 [火]   

■晩婚化・非婚化がすすむ昨今らしいが、俺とても阿久沢と出会っていなかったら、今日に至るまで結婚していない可能性が相当に高いので、そういう風潮を嘆くとか、ましてや結婚しなければ一人前じゃないとか言うつもりは毛頭ない。一般的に、とにかく誰かと「結婚する」とか「しない」とかが問題なのではなく、「その人が」「この人と」結婚するかどうか、という問題だと思うので、晩婚「化」・非婚「化」という流れ自体はどうでもよいことだ。俺はただ自分が結婚できたことに感謝するだけである。
 そんなわけで俺は、若い日々の未来予想図からは大きく外れ、妻一人・子供二人の極めて一般的な家庭を持つに至ったのだが、これはなかなかいいもんだと改めて感じている次第である。

■新聞記者をやっているときに初めて気が付いたのだが、俺は「仕事」というものにどうにも思い入れがない種類の人間である。もちろん、安くはないお金をいただく以上は、いただいた以上の仕事をするという「プロ意識」は人並み以上に持っているつもりだし、何より「仕事」をしなければごはんが食べられない。だが、「仕事」が生き甲斐だとか、「仕事」を通じて社会や人様の役に立ちたいとかいう気持ちは、全くないとまでは言わないが極めて希薄である。イラクで亡くなった外交官の日記などを読むにつけ、ああ、俺とは違う種類の人間がここにいるなぁ、と思う。
 「仕事」のために「仕事」をすることは俺にはできない。例えば俺が年収1億円を超える外資系企業の部長だったとして、あるいはタイアップで御殿を建てた売れっ子のマンガ家だったとして、俺に家族がいなかったとしたら、おそらくそのお金と地位はただの記号だろう。
 そんな俺がこの地上にとどまる動機として、妻と子供の存在は実に大きい。子供は俺のことが好きだから、それには応えてやらなければならない。子供が日々笑って暮らせるためには家とごはんと若干のおもちゃは必要である。俺の気持ちに余裕がなければ子供は笑えないから、懐にも多少の余裕が必要だ。だから俺は「仕事」をする。一生懸命。

■かつて子供は家計を支えるための労働力として、または親の老後を支えるために育てられた。それに代わって俺は「レジャーとしての育児」をおすすめしたい。子供はいなくたって別に構わない。でも、いた方がより楽しい、と俺は思っている。もう一生命がけのレジャーである。本気でレジャーするのである。親の楽しみで子供をつくるかどうか決めるのか、だと?その通りだが何か?

■山之口貘はやはりよい。「一匹の詩人が紙の上にいて/群れ飛ぶ日の丸を見上げては/だだ/だだ と叫んでいる」(『紙の上』)。高校生の頃、何が幸せだったかと言って、『山之口貘詩集』とか『金子光治詩集』とかを一日中眺めている時間と気持ちの余裕があったことだ。

■貧乏人大反乱。
http://www.geocities.jp/daihanran/top.htm


2004/02/25 [水]   

■いいなあ、かっこいいなあ、うらやましいなあと思うことと、自分がそうなりたい・ありたいと思うことは別のことなんだと気が付いてから、ずいぶん楽になった。ああいう生き方もあるんだなあ、いいなあ、といったんは思ってみるものの、つらつら自分固有のベクトル(それは過去に出発点を持つものだから、いまさら方向も大きさも変えがたいものがある)を考えてみるにつけ、ああそれはあり得ない、俺にはこっちしかないんだよ、と納得するのである。だって俺はそうなんだもん、仕方ないじゃない。

■数年前の元生徒さんと天満橋で昼ごはん。彼女は去年から社会人なので、やっぱりどんな仕事も大変だよね、みたいな話になる。
 その時思ったのが、仕事で「よし!俺はこの仕事をやり遂げた!もう悔いはない!」と満足するのはどえらく難しいことだけれども、子供が一匹二匹いると、もうそれだけでいつ死んでもいいような気がするんだな、ということだ。
 人間に神様やら仏様から与えられた役割があろうがなかろうがどうでもいいんだが、そういう役割を果たした、と思えれば安心はできる。子孫を遺した、ということは、少なくともイキモノとして与えられた役割を全うしたことには間違いない。ま、そんな屁理屈を捏ねなくても、子どもたちのてのひらとかほっぺたを触ってみればすぐに分かる。

■その後、淀屋橋に回って新規開拓した仕事の契約書に調印。少し時間を潰して、夕方から梅田でマスコミセミナー。オフにしては充実した一日であった。