2004/12/01 [水]
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■震災10年特集を担当する阿久沢はこのところたいへん忙しく帰宅が遅い。男3人で過ごす夜は何かとギスギスしがちである。 今夜も、麦人と文人がじゃれあっているうちに文人が泣き出した。麦人によれば、何回「やめろ」と言っても文人がこしょばすのをやめないので、腹の辺りに軽くパンチを入れたのだという。 いつまでたっても文人が泣きやまないので抱いて慰めていたら、今度は麦人がふてくされて押し入れに閉じこもり、わあわあ泣き出した。話をしようと俺が半身を押し入れの中に入れると、キックを顔面に撃ってきた。 状況打開のためには劇薬が必要な局面である。俺は秋コートを羽織って靴を履き、「もうこの家の父ちゃんはやめだ!麦人も文人も元気でな!」と家を出る演技をしたら、二人ともびっくりして俺に抱きつき、協力して靴を脱がせ、引き留めにかかった。まだこの技は有効のようだ。
■皇太子発言について「私としては残念に思います」「私個人としては自分のための公務は作らない」(秋篠宮)と。皇室兄弟バトルが面白い。第3子に男の子を作って皇位をこっちにもらうぞという宣戦布告であろうか。兄の次回会見が注目される。昔の皇室内・貴族内権力闘争も、表向きはこんな隠微な言葉の遣り取りで行われていたのであろうか。
■今週で後期授業は終わり。来週ちょっと休みがあって、すぐに冬期・直前講習に突入し、何を隠そう大晦日の夜8時過ぎまで仕事が続く。仕事があるのは、ともかくもありがたいことだ。
■今日読み終わった本。 沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』(文春文庫) →「いかに過剰な決めつけに早上がりをせずに、なお記録や証言の行間を丹念に読むリテラシーを育て伸ばすかであろう」(p392、佐藤健二氏の解説)。
■今日買ったCD 『ディスカバーURC』 →URCの歌手たちのナンバーを最近の人(ウルフルケイスケとか空気公団とかフラカンとかSAKANAとかYO−KINGとか。忌野清志郎や夏木マリも。)がカバーしている。今さらだがURCはたいへんよろしい。中学生時代、URCに開眼していた俺を絶賛してやりたい。
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2004/12/02 [木]
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■今日はヘキサゴンもトリビアの泉もお休みだったので、俺が歌番組を流しながらパソコンで原稿などを書くことができた。今さらではあるが、中身が真空のくせにやたら前向きベクトルばかり強調する歌々が流行することよ。影がどこにもない光がそんなに好きか? それにしても、松田聖子とか中森明菜とか、昔の映像に「おおー」と唸ってしまうトシになった。あの存在感には、全盛期のモーニング娘。が束になってようやく対抗できるかどうか、というぐらいのものだ。 槇原敬之と浜田雅功が『チキンライス』という、大変情けない歌をデュエットしていた。槇原は、自分が情けない男であることをようやく自覚したのか?歌自体はどうしようもないが、彼に初めて少しだけ好感を持った。玉置浩二から脂が抜けてよろしくなってきた時期と同じような感じがする。要観察である。
■亀、ようやく我が家に慣れてきたのか、目つきが柔和になった。
■なんばパークスで何の気になしに受け取った試供品、後でよく見たらコンドームであった。「うすうす」とか書いてあったので、せんべいかと思って受け取ったのである。若い女性が配っていたのである。 授業で「欲しい人がいたら差し上げますから後で講師室に来て下さい」とアピールしたが、希望者なし。
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2004/12/04 [土]
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■地下鉄内で週刊誌の吊り広告を見る。公務員の福利厚生はこんなに手厚くてズルい、とかいう記事が今週もどこかの週刊誌に載っている。公務員の肩を持つつもりはないが、こういう記事は品性が卑しいと思う。他人よりも自分が劣った待遇を受けていると思うのであれば、他人を貶めるのではなく、自分の待遇を改善するべく雇い主に要求するのがスジであろう。 また、公務員の福利厚生がオイシイのかどうか俺はよく知らないが、たとえそうだったとしても、ズルいだの何だのという前に「オイシイ待遇にふさわしい働きを見せろ」という要求がなぜ出ないのだろうか。身を粉にして公僕のつとめを果たしている公務員諸氏が生活に余裕を持ってもらうのは何の問題もない。公務員がちゃんと仕事をすれば納税者にも利益があるのだから、そっちの方がよほど建設的だ。
■今日で後期授業終わり。来週は台風休講の補講とか残務整理がちょこちょことある程度。今年度も(まだ冬期・直前が残っているが)休講なしで乗り切ることができた。無事是名馬也。
■夕方、麦人の担任の先生から電話があった。給食の時間、みんなでいったん静かになって「いただきます」をする時に、麦人が隣の子といつまでもしゃべっていたので、2人を立たせて注意をしたという。そしたら、友達はすぐに「ごめんなさい」をしたのに、麦人はいくらなだめてもすかしても「ごめんなさい」をせず、周囲の子供たちが気を利かせて「戸田、いい加減にあやまれよ」と囁いても頑として謝らなかったそうだ。「何か胸に引っかかっていることがあって謝ろうとしなかったのかもしれません。機会を見つけて尋ねてあげて下さい」と。 おそらく、これという理由があるわけではなく、相方に先に謝られて引っ込みが付かなくなったとか、ちょっとしたタイミングのズレとかでそうなったのだと思われる。それとなく麦人に確かめてみたが、そんなこともあったよ、程度の反応であった。俺の見通しは外れていなさそうだ。 それにしても麦人の担任の先生、小さいことでも報せてくれるのはありがたい。基本的には麦人との相性が良いことが大きいのだが、こういう積み重ねが信頼というものにつながるのだろう。
■フォームメールへのお返事。 1 Dec 2004 20:25:34 +0900 →うちは3人でばらばらに別のことをしているか、3人でぐちゃっと固まってプロレスをしているか、両極端です。プロレスで僕に蹴りやパンチを入れ慣れているので、気軽に顔面キックをするのだと思われます。打撃技は禁止だといつも言っているのですが。
1 Dec 2004 22:07:21 +0900 →そこはやっぱり、育児とはプロレスなのですよ。こっちがこういう技を出せば、相手はこういう受け方をするだろう、という信頼関係があってこそです。こういう技の応酬ができるようになるために、僕は彼らのウンコまみれの尻を何千回となく拭いてきたのです。
4 Dec 2004 00:37:37 +0900 →ここはやはり「キヌガサ」にお招きするのが一番かと。天皇陛下とつながっちまいな!いやー、天皇親政が実現しそうです。一つ気になるのは、ロイヤルファミリーの面々は個人アドレスを持っているのでしょうかということです。ドメインはgo.jpなのかなぁ。akihito@royal.go.jp とか。
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2004/12/05 [日]
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■阿久沢が見ていた 『スーパーサイズ・ミー』という映画のプレス用ビデオを横からちらちら見た。マクドナルドの如き、どこからどう見ても身体に悪そうなものを食べて健康を害しても自業自得であるから、同情する気にはならない。が、子供には見せておきたい映画ではある。 映画の中で「ロナルド(日本ではドナルド)は子供に(マクドナルドの魅力を)アピールする」という解説があったが、我が文人はドナルドが大嫌いで、保育園時代はマクドナルド店舗の前を通ることすら忌避していた。べっとりと赤い口紅が怖ろしいそうだ。文人は直感でマクドナルドの邪悪さを察知していたのに違いない。 伝聞の伝聞なので本当に以下のような発言があったのかどうかは定かでないが、日本マクドナルドの創業者である故藤田田氏は、自社の製品について「 あんなものを食べる奴の気が知れない」と言ったそうだ。俺はマクドナルドが提供する食べ物の成分やカロリー値を詳しくは知らないけれど、この発言が本当になされたものであるなら、この会社とその製品は、根底から腐り切っていると確信する。こんなものを買う人も売る人も哀れだ。 ■安倍なつみがエッセイや写真集で盗作したとかで、しばらく自粛するのだという。俺は丸い女の子が好きなので、ちょっと気の毒だなあと思っていたら、 何と相田みつをまでパクっていた…。それだけはだめだ、なっち。それに手を出しては…。 ■パクりと言えば長渕剛の『金色のライオン』。『金色のライオン』と言えば岡林信康だろうが(パクりじゃないか。タイトルがかぶっているだけ)。長渕剛はイヤだ。彼は、公道を矮小なペニスを振り回して歩いているような男だ。
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2004/12/06 [月]
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■学童保育の餅つきバザー。存在アピールと資金稼ぎが目的である。俺は餅つき担当。もっとも、餅つきは餅奉行とでも言うべき人たちが大勢いて、基本的には餅奉行の皆さんがほとんどやって下さる。OBも来て搗いて下さる。俺は周辺で何か手伝っているような素振りをしていればよいのであった。 俺は偏屈なので、こういう学園祭的催しは苦手だ。何というか、クラスのリーダー的な人たちがてきぱきと物事を進めると、その流れに上手いこと乗っかって作業する人と、乗れないで教室の端の方でポケットに手を突っ込んでぼーっとしてしまう人と2通りいるじゃん。俺は後者である。単純作業を振ってくれれば有り難いのだが、積極的に自分から仕事を探すほど熱意があるわけでもない。トシとともに集団行動が苦手になっていくオノレを再確認した一日であった。
■麦人と文人を観察していたら面白い。 麦人は的当てゲームの係で、子供たちからお金を徴収する仕事を仕切っており、列を乱れると並べ直させたりする。かなり目配りも良く、堂に入った仕事ぶりである。 文人はと見ると、公園の片隅の樹の下で、脇目もふらずドングリを集めている。ポケットに詰め込んだドングリの重さでズボンがずり下がり、白いパンツが見えていた。その文人から片時も離れない同じ1年生の女の子がいて、文人と腕を組んで公園の中を移動している。その腕の組み方が、既に彼氏彼女の組み方なのである。
■フォームメールへのお返事。 4 Dec 2004 22:04:10 +0900 →集団登校/下校は僕の住んでいる地域ではやっていないです。僕自身も経験はありません。今住んでいるのはそれなりに市街地域なので、人の目がそれなりにあってかえって安全なような気がします。閑静な住宅街や田園地帯でこそ、集団登校/下校は意味があるのかもしれません。それにしても、学校帰りに寄り道・道草ができないなんていやな感じだなあ。
5 Dec 2004 18:35:58 +0900 →おお、『順子』もパクりなのですか。初期の、ロン毛で女々しい歌を歌っていた長渕はそんなに嫌いではないのですが。
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2004/12/07 [火]
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■今日は本科の授業はもうなくて夜の現役生コースだけだったので、昼食後、1時間ほど昼寝をした。今日ほど何も考えずに昼寝したのは数ヶ月ぶりで、本当にしあわせな1時間であった。こういう昼寝をするために俺は働いているのである。世界中の全ての人が1時間後のこと、明日のことを心配せずに昼寝できる日が早く来るとよい。 背中を押されて急がされてる 繰り出すパンチは届かないまま 殴った数だけ報酬は増える カウントする声がこだまする 踊ってゆこう 何もホラ逃げないから そしてぶらっとゆこう 地平線はそこにあるから
不快な噂の波にのまれて 伝言ゲームの列をなしてる 墓石の下でしか眠らせないぞと 笑顔で肩をぽんと叩くのさ 踊ってゆこう 何もホラ逃げないから そしてぶらっとゆこう 地平線はそこにあるから ソウル・フラワー・ユニオン『ホライズン・マーチ』 などと心の中でシャウトしながら仕事に向かった。 ■みんなと仲良く、うまくやれる人たちは、いいなあ。そういう人たちを俺は嫌いなわけではもちろんなく、なるべく迷惑をかけずにうまくやりたいんだが、「ある目的のために積極的かつ良心的に動く人々」を目の前にすると、心に蕁麻疹が起きて、だめなんだなあ。 ■また腰の調子が悪い。マッサージに行こう。
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2004/12/08 [水]
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■毎日新聞にボブ・ディランの記事が載っていた。 【ロサンゼルスDPA時事】米音楽界の重鎮、ボブ・ディラン氏は5日、名作の創作に不可欠な「魔法」が消えたと述べ、自ら限界を告白した。米CBSテレビとのインタビューで語った。 同氏は約20年ぶりのテレビインタビューとなったこの中で、1964年の名作「イッツ・オールライト・マ」の制作過程を、「座って何かそれらしいものを書いてみた」と回顧。 「初期の歌はほとんど魔法を使って書かれたみたいだった」と振り返った上で、「永遠に一つの事を行うことは不可能だ。(昔のように創作することは)今はもうできない」と語った。 ディランももう60代半ばなのだから、衰えるのも当たり前だ。最近3枚のアルバムは「ただ出しました」って感じだったもんな。とはいえ、こんな枯れた素振りを見せつつ、次のアルバムがとんでもない名作だったりする可能性があるので、この人からは目が離せないのだ。 ■台風休講の補講で京都へ。保護者面談たけなわで、講師室の一部も使って、職員さんと保護者さんが成績表を付き合わせながら相談していた。 俺もだんだん受験生より保護者に年齢が近づいてきたので、保護者の気持ちも少しは分かるようになった。子供が中学生のころまでは何とか勉強の中身も理解できるし、多少は教えてやることもできるだろうが、高校以上になるともう分からない。俺も、麦人や文人が受験生になった時、文系科目は何とか一通り教えられると思うけれど、理系科目には手も足も出ない。だから、大学受験生を抱える保護者は、ただ心配してはらはらするしかないのだ。具体的なアドバイスは何もできないから、「勉強してるの?」「ガンバレよ」としか声を掛けることができない。子供がそれに対して「ウルセー」と返すのはお約束としても、子供には親を安心させる義務はある。進路は自分で決めればいいし、試験だから思うに任せぬこともそりゃあるだろうが、自分が大学受験で何を望んでいるのかということ、それに向けて最善の努力をしていることは、保護者に伝える義務がある。 ■麦人が学校の宿題で書いている日記が面白い。そのうち大々的に紹介するが、内容も具体的で濃いし、何よりまとまった長文が書けるようになった。このへんは新聞記者の息子ゆえということにしておこう。先日の餅つきバザーのことを書いていた。「バザーはすごいです。最初100円だったものが、後半になると10円になります」。いい視点だ。 ■フォームメールへのお返事 7 Dec 2004 02:41:32 +0900 →疲れてもきちんとできる人は偉いですよ。どうして自分はこうなのだろうと時々真剣に悩みます。年明けに学童保育の泊まりがけのスキー遊び会があって、子供が行くので僕も付き添いで行かないわけにはいかないのですが、今から気が重いです。別に嫌いな人とか苦手な人がいるわけでは全くなく、みなさん良い方であるにもかかわらず、大勢で遊ぶのがダメダメです。宿舎に引きこもる予定。
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2004/12/09 [木]
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■休み。三宮で崔洋一監督『血と骨』を見る。ビートたけしが重厚に暴れ回る映画。彼の息子たちやその他の若者も、暴れたり交番に火炎瓶を投げ込んだりするのだが、その迫力や爆発力においてぜんぜん比較にならない。たけしの圧倒的な暴れっぷりをあっけにとられて眺めていた。 彼がなぜああまで暴れるのか、映画の中では何の説明もない。息子たちの暴れは、暴れる父に対する反発、日本共産党の武装闘争方針に従っただけのことだから、観る側は簡単に納得してしまう。が、たけし演じる在日一世の受けた差別と苦しみは、どうせ日本人に説明したって分からないだろ。でも、その結末は受け止めろよ。というのが監督のメッセージなのかなと思った。 あと朝鮮人長屋に萌え。
■その後、元町で足つぼマッサージを受ける。ここは上手い上、80分コースを頼むとなんだかんだで2時間近くやってくれるので気に入っている。今日は肩もやってもらった。これで冬期・直前も乗り切れそうだ。帰り、三宮センター街をゆっくり歩いて三宮駅から電車に乗った。夕方になるとかなり冷えるのに、ブーツ+ミニスカートの気合いの入ったおねえさんがとても多い。
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2004/12/10 [金]
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■松江の喫茶MGから、35周年ライブのDVDが送られてきた。ありがたい。10月にあったライブだが、諸般の事情で俺は松江まで行けなかったのだ。出演者が超弩級だ。高田渡、佐久間順平、いとうたかお、山本恭司、ディランII(大塚まさじ+ながいよう)、湯川トーベン、山本恭司、友部正人、グレイス、佐野史郎、鈴木茂、遠藤賢司、キセルそのほか。 高田渡、遠藤賢司、大塚まさじ、友部正人といったあたりは常にスバラシイが、今回印象に残ったのは山本恭司とキセル。山本恭司のギターは歌いまくっていた。キセルは名前だけ知っていたが今回初めて音を聴いた。京都のバンドなのね。少しだけフィッシュマンズの匂い。よいよい。
■今日のipod。木ノ内みどり『横浜いれぶん』。「横浜いれぶん 横浜いれぶん/あんたの傷を癒すのは/海鳴りよりは 土砂降りがいい」。1970年代後半の歌謡曲のイナたさが大好きだ。色気づき始めた中学生は歌謡曲の歌詞に隠されたオトナな意味にようやく気づくようになったこともあり、この時期の歌謡曲は俺の記憶に鮮明である。「横浜いれぶん 横浜いれぶん/車のライト消して待つ/今夜はどこでもついてくつもり」。 「アン・ドゥ・トロワ 踊りましょうか/アン・ドゥ・トロワ 炎のように/人は誰も一度だけ 全てを燃やす夜が来る/アン・ドゥ・トロワ 今がそのとき/ためらわないで」(キャンディーズ『アン・ドゥ・トロワ』)。何にせよ、こうやって思いをめぐらす曲を何千曲知っている俺はシアワセである。
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2004/12/11 [土]
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■強い者に言うことに従い、あるいは望むことをあらかじめ察知してその意に迎合するべく行動することが、生き延びていく上で必要なことは多々あるから、それ自体を俺は否定しようとは思わない。「現実」とやらを説く輩を非難するつもりもない。が、圧倒的に劣る武器を手に、勝ち目がなくても果敢にアメリカ軍に戦いを挑むムジャヒディンたちを、俺は格好いいと思うのだ。 多くの場合、物事を判断する時は、あらゆる情報を総合した上で結論を出すのではない。まず直感で自分の立場をとりあえず定め、それを検証していくのが普通だろう。その意味において、俺はまず、「テロリスト」を支持する。
■スケジュール帳に「歯 17:00〜」とあったので、これはてっきり麦人の歯列矯正だろうと思い、学童保育に「歯医者へ行くように伝えて下さい」と電話を入れておいた。そしたら5時に麦人から俺の携帯に電話。「あのね、今日は僕じゃなくてお父さんの定期検診だって言われた」。しまった。 検診を受けて家に戻ったら、麦人が「おかげで僕が恥をかいたじゃないか〜」と飛びかかってきた。プロレスに移行し、秘孔を突いて悶絶させてやる。
■ザ・ディランとか大塚まさじを聴く。『子供達の朝』が爽やかに重い。永山則夫に捧げられた曲。「カーニバルの夜更けに 人混みの中に/子供達が求めるものは 魔法使いと王女様/派手な派手な人形達が絹擦れの音をさせながら/子供の前を過ぎる時 街の夢を知る/田舎者という言葉に唇噛むけど 小さなヤクザにもなれやしない/母親達のおとぎ話 小さな時聴けたなら/子供達の朝は手の中で 笑っていただろう」
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2004/12/12 [日]
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■日帰りで金沢・ もっきり屋へ、 早川義夫のライブを聴きに行った。雪は降っていなかったけれど、神戸に比べればぐんと寒い。夜空にお城が浮かんでいた。金沢はいい街だ。またゆっくり行きたい。 ちょっと早めに着いたので、リハーサル中のため入場できなかった。が、通風口からリハーサル中の音(『堕天使ロック』と『風月堂』でした)が聞こえていたので、店の裏手で耳を傾ける。 今日の早川は、ジャックス時代からずっと掛けていたサングラスをはずし、普通の近視めがねになっていて、今までより表情がはっきり見えた。普通めがねだと、ペヨンジュンかハリー・ポッターみたいな顔だ。 早くも2曲目で『サルビアの花』が歌われた。間奏で早川は目を閉じて一度だけ、「はぁ…」と深いため息をついた。彼は、歌うたびにその歌を生き直しているのだと思った。この「はぁ…」を聴いただけでも金沢に脚を伸ばした価値はあった。 CDは顕教だがライブは密教である。早川の身体と口から今まさに吐き出される歌を、ここにいる俺が受け止めることでゆらり立ち上がる情動がある。それは「生きる」ことの核心にかかわる何かだが、俺は説明しようとは思わない。そこにいた俺だけが分かることであり、それで十分なのだ。 アンコールで『堕天使ロック』『ラブ・ジェネレーション』を立て続けに歌う。参った。 ■ 幻の名盤解放同盟の14枚セットBOXが出るらしい。欲しいけど高そうだから見送りたいところだが、なんとソウル・フラワー・ユニオンが『ラリラリ東京』をカバーしたCDが付くという。ひゃあ。どうするよ。 ■フォームメールへのお返事。 10 Dec 2004 16:50:16 +0900 →キセルの2枚目、「近未来」ですね!ありがとうございます。近日中に買うと思います。キセルとくるりが立命館つながりとは知りませんでした。関西フォークの昔から、京都という街はすてきな音楽の源泉なのですね。来年から新聞記者になられるとのこと、新聞はオヤジのメディアですが、何とか隙間を見つけて楽しんで仕事して下さい。僕の座右の銘を贈ります。「会社粗末に身を大切に、以心伝心サボタージュ」(添田唖蝉坊)。 11 Dec 2004 18:35:07 +0900 →気合いが入っていて面白いのでURL転載します。NHK受信料払うのやめ! http://www3.diary.ne.jp/user/338790/今日の日記で書いた早川義夫にも『NHKに捧げる歌』というのがあります。「誰が言ったか押し売りと/されど払わにゃなるまいと/渋々差し出す絵の代金」「されどもぐりの客めらは/金を払わず絵を眺め/お上はバイトを使いつつ/悪者を探り続けるなりけれ」
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2004/12/13 [月]
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■阿久沢は東京出張。男3人で過ごした。 麦人文人は水泳の進級試験。余裕で進級したが、文人がスクールへ向かう途中に不安がったり、自分で気合いを入れたりするのが面白い。こうやって場数を踏むことがきっと何かの役に立つだろう。
■夕方は六甲アイランドで『ハウルの動く城』を観た。訳が分からないが面白かった。ストーリーより雰囲気を楽しむ映画なのだろう。あれこれ考えるきっかけはちりばめられているとは思う。例えば、軍艦を見て悪魔化するハウルは、アメリカ軍に対するレジスタンスの謂いか、とか、ダイヤルを回すだけで違う場所に開かれるハウルの城のドアは、チャンネルを回せば戦争から簡単に目を背けることができる我々の環境を暗示しているのか、とか。 麦人は「面白かった!」と言っていたが、文人は「全然分からなかった!」と率直。映画の後、回転寿司で夕食。2人とも俺と同じか、それ以上食べる。彼らの食欲は急カーブで上昇、俺は逆に漸減傾向にある。ちょうど今、食欲グラフが交わっているらしい。
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2004/12/14 [火]
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■『世界で一つだけの花』が大嫌いだということはたびたび書いてきたが、20年以上も前に加川良がアンサーソングを書いていた。『コスモス』がそれだ。 あたい コスモス この身恨んだことはない あたい コスモス わきまえてきたつもり
冬に開く花あれば 夏の日射しに燃える花 垣根の中で咲く花や 野辺に揺れる花もある
小川の夢の囁きを 聞いて眠る花がある 海鳴りを見下ろして 震え祈る花もある
あたい コスモス 器量よしじゃないけれど あたい コスモス つたない香りと知りつつも あたいコスモス。控えめに見せてこの開き直りはどうだ。オンリーワンなんて口に出して言うことじゃない。どうしようもなく仕方なくオンリーワンなんだ。黙って一人で咲いていればいい。花である必要もない。葉でも根でも空気でも。 ■麦人が図工の時間に描いた『一輪車』という絵が、「兵庫県幼小中造形教育展」に入選して 賞状をもらってきた。朝礼の時間にいきなり校長から名前を呼ばれてびっくりしたという。彼は図工にコンプレックスを持っていて、常日頃「おれは絵が下手なんだ…」とぼやいていただけに、あまり顔には出さないが、おおいに自信を持った様子である。肝心の絵はまだ戻ってきていない。早く見たい。 子供が褒められると実に気分がいい。自分のことより全然いい。なぜだろうな! 麦人は「ご褒美は?」と図々しく要求する。「それはないな!」と突き放しておいたが、近々焼肉でも食べさせてやろうと思う。 ■北予備で半日カンヅメになって模試採点。一人で500枚くらいやっただろうか。肩と腰がばりばりである。一緒にやっている先生たちとの会話も、だんだん途絶えがちになり、ああとか、ううとか、そんな声ばかりが漏れるようになる。 かといって採点が嫌いというわけではない。作問段階で「この問題は正答率が高い(低い)だろうな」と予想したのが外れるのが面白い。俺が作った問題ではないが、「尚歯会」を答えさせる問題の正答率が予想に反して良かった。たぶん「歯」という文字が強く印象に残るのだろう。誤答もそのほとんどは「歯」を含んでいた。「抜歯会」「歯科会」「歯抜会」「白歯会」など。 「近衛文麿」が「文摩」とか「文磨」になるのは予想の範囲内だが、「近江文麿」には驚いた。用語を「読む」「書く」という指導をより徹底しなければならぬ。
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2004/12/15 [水]
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■空き時間に李闘士男監督『お父さんのバックドロップ』を観た。うーん。 ヒールレスラーが一念発起して異種格闘技戦を闘うというお話なのだが、ヒールの描き方が甘いのでその落差が生きてこない。宇梶剛士は肉体とプロレスはしっかり作ってきたが、マイクアピールが塩(註:プロレス業界用語で「つまらない」「なっていない」ことを「ショッパイ」といい、そこから派生して「塩」。「塩団体」「塩レスラー」などと用いる)で一気に白けた。小学校の黒板に「日直:川田・冬木」とあったり、クラスの標語が「明るく激しく楽しく」(全日本プロレスのキャッチフレーズ)とあったりしてプロレスファンの歓心を買おうとしているのもいただけない。 父と息子の関係がテーマと言えばテーマではあるが、こちらは毎日毎日ガチンコで息子二人と戦っているんだよ。プロレスラーのショッパイ育児なんかに感動できるわけない。 良かったのは、大阪市南部の街と、cobaの音楽と、理髪店主役で出てきた中島らもであった。
■ふと思う。ヒールは物語として描かれ、読者や観客の感情移入を招いた時点で終わってしまうのではないか。 昔、力道山死去20周年を記念して作られたドキュメンタリー番組で、「天国の力道山に一言を…」と求められた「銀髪鬼」老フレッド・ブラッシーは「力道山!お前は地獄に堕ちたんだ!」とカメラに向けて凄んで見せた。これこそがヒールというものであり、この映画の下田牛之介のように「当番だよ。学校にも花を育てる当番と便所を掃除する当番があるやろ」などと説明するヒールはダメダメなのである。
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2004/12/16 [木]
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■空き時間にスポクラで1時間半汗を流す。いつも行っているところの別支店である。余裕を持って仕事するのはいい気分だ。授業も心なしか好調だ。普段もこうありたいものだが、そこは収入とのかねあいで難しいところ。
■昨日観た映画の延長で、ヒールについてつらつら考え続けている。あのお父さんは、異種格闘技を戦って息子の尊敬を勝ち取るのではなく、あくまで超一流のヒールとして尊敬を勝ち取るべきではなかったか。ヒールが大切な「当番」であると言ったのであれば、我が身をもって息子にそれを納得させることこそ、息子の尊敬を勝ち取る王道なのではないか。 ヒールという仕事を軽く見ていたから、異種格闘技なんかに走ろうとするわけで、ヒールを突き詰めないでそっちに逃避することによって息子に尊敬されて嬉しいのだろうか。 因みに俺は息子に尊敬されたいとか思う気力はない。反面教師にしてもらうのが精一杯である。俺は心底、子供達には俺のようになって欲しくないと願っている。こういう大人になると困るという実例が身近にいることも、何かの役には立つであろう。
■実は『お父さんのバックドロップ』で俺が一番しみじみしたのは、男の子が、亡くなったお母さんが映っているビデオに見入るシーンであった。 ちょうど2年前、阿久沢は大腸ガンの手術を受けた。その後は今日に至るまでほぼ元通りの健康な生活を送ることができているものの、俺は阿久沢が死んでしまうかもしれないという可能性を現実のものとして想像せざるを得なかった。麦人や文人がどれほど悲しみ、どれほど大きな欠落感を抱えて少年期を生きていくことになるだろうか、と想像せざるを得なかった。俺にそれを埋めることは到底不可能であることも。 術後5年経過すれば、大腸ガンはいちおう完治であるとされる。半分弱来たわけで、たぶん大丈夫だろうという安心を今は持つことができているが、あれほどの、足下の地面が崩れていくような大きな不安を感じたことは後にも先にもない。それとともに、こいつの骨を拾うのは俺なんだな、という覚悟が座ったのも事実である。
■北朝鮮に対する経済制裁に反対する。困るのはキムジョンイルではなく北朝鮮人民であるというのはもちろんだが、鬱憤を晴らすための八つ当たり的制裁はロクな効果を生まない。おそらくキムジョンイルは経済制裁など屁とも思わず、何も反応しないだろう。振り上げた拳はどうするのか。引っ込みが付かなくなって、アメリカに頼んで武力制裁を、とかいう流れを俺は怖れる。
■50歳になったらチェンマイに移住して何もしないで暮らそうかなあ。
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2004/12/17 [金]
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■明日はカミヤ珈琲ででっかいショートケーキを食べるんだ。
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2004/12/18 [土]
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■今週は京都→枚方という移動で、ちょっと時間が空くので京都市内をぶらぶらしたり、喫茶店の梯子をしたりしている。京大はすっかり建物が新しくなってしまって、俺の居た大学という感覚すら失ってしまったので、寄りつこうとも思わない。眼を閉じれば、ステッカーだらけの汚い壁とか、立て看を立てる時の重さとか、ビラを手渡すタイミングとか、トランジスタメガフォンのスイッチを入れるカチっていう音とか、だらけた80年代の風とともにいつでも思い出せるのだが。 楽しいのは、路地をランダムに歩き回ったり、橋の上に立って川を眺めることだ。下流より上流を眺めたくなるのはなぜだろう。やっぱり大きな川が流れる街はいい。
■今日読み終わった本。 阿部謹也『日本社会で生きるということ』(朝日文庫) →子供は親のもとで長い時間を過ごすから、当然ではあるが親の影響を強く受けざるを得ない。親が意識して子供に伝えたり教えたりすることより、親が無意識に抱き子供に伝えてしまう「文化」「価値観」といったものの方が影響力は大きい。俺と阿久沢は共にサラリーマン家庭に育ち、そこそこに名の通った大学を卒業し、業種は異なるが2人とも第三次産業に従事する。さらに俺は阿久沢と同じ会社にいたから、俺と阿久沢が持つ「文化」「価値観」は極めて似通っており、子供に与える影響はダブルパンチで大きく深いものがあると考えなくてはならない。そして、名の通った大学を出ていても、俺も阿久沢も「この程度」なのだから、学歴なんてたいした意味はないよと思ってはいるが、「この程度」になれたのも学歴のおかげであることも自覚している。俺たちの「文化」「価値観」は、言葉にしてもしなくても子供に影響を与えるだろう。良いも悪いも避けがたいことである、とだけ自覚しておきたい。
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2004/12/19 [日]
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■一番忙しい時期を超えつつあるので、零細投資家の活動を再開しようと思ったのに、証券会社のサイトに入るパスワードが思い出せない。2年以上売買していないから当然ではある。その間、株主優待と配当金だけで喜ぶダメダメな株主であった。 持っている株式の時価は新聞を見れば分かるのだが、買った時の株価を忘れてしまったので、証券会社にログインして記録を見ないと困るのだ。週明けに電話するしかあるまい。 俺の父は証券会社の社員だったが、俺にはとんとそっち方面の才能はないようである。投資の方針は「下がっても腹が立たない会社の株を買う」。
■首が痛い。
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2004/12/20 [月]
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■明日のソウル・フラワー・ユニオンは子守のため欠席。その代わり年末の上々颱風には行こうと思う。思えば上々颱風も最初に聴いたのは25年も前だよ。当時は紅龍&ひまわりシスターズだった。俺も西川郷子も高校生だった時があったんだよ。あっちもこっちも年とるわけだ。最初に聴いたのは『張り子の虎』だったか『目を覚ませ、立ち上がれ』であったか。 上々颱風の歌を聴いて、足が地を離れてどこまでも翔んで行けそうな気分になったことは何度もあったが、結局どこへも行かなかった俺である。でも、そういう気分になれたことを、今は幸福に思っている。少なくとも俺は「熱くならない魂を持つ人」(友部正人『熱くならない魂を持つ人はかわいそうだ』)ではないと思えたから。
■反米嫌日。
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2004/12/21 [火]
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■仕事へ行く前にスポクラへ。軽く肉体に火を入れておこうというつもりだったが、つい気合いが入ってしまい、授業前に反動でたいへん眠くなって困った。何事もほどほどが肝心な年齢ではある。「やりすぎくらいが丁度良い」(『毛沢東語録』)と嘯けた時代は遠く。
■昨日読み終わった本。 西原理恵子『上京ものがたり』(小学館) →成功してビッグマネーを得た現在の境遇は、彼女のようなテーマで作品を書くことにはかなりキツいのではないかと想像するのだけれど、サイバラの目線は微動だにしない。俺はサイバラのマンガに出てくるダメ男が好きだ。自分はまだ全然マシな方なのだと安心できるからである。
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2004/12/22 [水]
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■麦人と文人の小学校へ授業参観へ行った。「参観デイズ」といって、3日間のどの時間でも参観してよいというものだ。働く親にはなかなかありがたい。 10時過ぎに行ったら麦人のクラスは体育をしていた。ハンドボールとドッジボールを扱き混ぜたようなゲームをしていた。麦人は率先してボールを持って走り回り、仲間に指示も出していた。運動神経もよく、友達に好かれているようだ。父親がなしえなかったことを彼は既に成し遂げている。羨ましい。担任の先生が実に楽しそうに、子供達以上に大きな声を出して走り回っていた。この先生は小学校の教師が天職のようだ。いい先生にあたったと思う。 文人は書写の時間で、先生が板書した手本を真剣に丁寧に写していた。俺と目が合うと少しだけにこっとしてうなずく。休み時間、家に忘れていた給食用の箸を手渡そうと手招きをしたのに来ようとしない。恥ずかしいらしい。同じ学童保育に通う女の子が同じクラスにいるので、頼んで文人に手渡してもらった。自意識過剰である。性格的には文人の方が俺に近い。 面白いので明日も行くことにする。
■早いもので麦人も来年は4年生である。小学校生活も半分が終わったことになる。このままの流れだと、中学校・高校は公立だろうなあ。経済的にもその方が助かる。 高校はともかく、これから関西地域で生きていくにあたり、何らかの形で「ヤンキー・下町文化」に触れさせて免疫を付けておく必要があると思う。私立学校に隔離できても、関西で生きていればいつかどこかで必ず出会うのがヤンキーだ。我が家は両親とも大卒ゆえ、ヤンキーがいかなるものであり、どのように付き合い対処するかを教えてやることができない。学区の中学校でも毎年のように暴力沙汰・家出事件が起きているようであるけれども、世の中そうしたもんなのだ、ということに早いうちから目を開かせ、自分が巻き込まれないようにするにはどうすればよいのかを考えさせるのもよいだろう。
■文人はひょっとすると中学受験させるかもしれないという予感はある。麦人は公立中学校文化を泳ぎ切っていくであろうけれど、文人は下手をすると潰れる危惧がないでもない。しばらく様子見である。
■ニート対策なんかいらない。そんなものに予算を組むのは金の二重の無駄遣いだ。働きもせず学校にもいかないのは、端的に言って親が甘やかしているからだろう。親が死んで腹が減ればイヤでも働くだろうから、それまでは親が養っていればいいじゃないか。政府が面倒見る必要なんかない。 それにしても一番いけないのは、やりがいのある仕事とか、自己実現のための仕事とか言っている連中だ。仕事は自己実現でもなければ生き甲斐でもない。メシを食べるためにやるものだ。メシが食えれば、とりあえず何だっていいのだ。あえていえば、長続きするために、ちょっとだけ楽しさとかやりがいというものが必要なだけだ。
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2004/12/24 [金]
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■水曜日は麦人文人の小学校で「福池祭り」なる催しがあり、保護者にも開放されていたので見てきた。文化祭みたいなもので、クラスごとにゲームやお化け屋敷などをやるというもの。校舎中に客引きの子供達の声が響き渡ってたいへん賑やかであった。俺が小学校だった頃より、間違いなく小学校は面白くなっているように思う。 麦人のクラスはゲームをやっていて、麦人は受付でスタンプを押す係だった。ゴム鉄砲を的に当てるゲーム。「戸田の父ちゃんか。やっぱり大きいな!」という声を背に受けつつ、俺は10点の的に2回当てて20点を叩き出し「天才」にカテゴライズされた。何とか父親の面目を施した格好である。 文人のクラスは、箸でビー玉を箱から箱へ、1分間の間に何個移せるかというゲームをやっていた。これにも参加したが、文人をはじめ1年生はあまりやる気がなく、誰もタイムカウントをしていない。何となく全部移し終わったところで、「はい。ちょうど1分です」と。直後に文人が「ばいばーい」と手を振り、俺は追い出されてしまった。
■天皇誕生日の今日、子供達はなぜ今日が休みなのかを考えていた。麦人は「戦争を始めた人が子供を産んだ日」。文人は「危険だから」。文人の答えは訳が分からないが、さりげなく正鵠を射ていそうだ。
■次に俺の精神に何か大きな変化があるとすれば、おそらく宗教に走るであろう。しかし今さら新興宗教団体で雑巾掛けから始めるつもりは毛頭なく、自分で宗教団体を立ち上げるであろう。俺が狙いをつけているのは、皇室で孤立しつつある徳仁・雅子である。2人をオルグして教祖に祭り上げ、俺は事務局長となる。「どうってことないボチボチの日本」「起きてメシ喰って散歩して眠って楽しい日本人」を作り上げるため、2人には清貧の生活を送ってもらう。
■いつも通っているスポクラでは、週1くらいのペースで映画上映会をやっているのだが、新春第1弾は「初泣き!」とうたって『世界の中心で愛を叫ぶ』をやるらしい。セカチュウは今さらどうでもいいが、「初泣き!」といううたい文句に、俺は強烈に違和感をおぼえた。 大きな口を開けて笑うために寄席に行ったり、なんば花月に通うのは、健全な行いだと思う。楽しい思いをするための努力は、正当なものだと思う。しかし、わざわざ悲しい思いをして泣くために何らかの作為を行うのは変だ。泣くとか涙を流すという状況はなるべく避けたいと思うのが自然であって、わざわざそういう状況を招き寄せるのは、どこか病んでいるとしか思えない。 考えられる理由は2つほどある。一つは、普段の暮らしが楽しくて楽しくて仕方がないので、他人の不幸を見て涙を流してバランスを取ろうとしている。もう一つは、泣くことが快楽になってしまうほどに精神のバランスを崩している。どっちにしても幸福ではないだろう。
■フォームメールへのお返事。 22 Dec 2004 02:21:59 +0900 →そうですね。寂しいですね。でも多分、全ての人間が、自覚するにせよしないにせよ、そういう寂しさを抱えて生きているのだと思います。ただ、人間など似たり寄ったりの部分も大きいので、意外に同じようなことを感じたり考えていたりするものです。気軽に会話の端々に、自分の感じていること/考えていることを挟んでみてもいいんじゃないかな。それに抵抗があるならば、ネットを使えばいいんですよ。誰が見ているか分からないブログなどをたらたら書いていると、共感してくれる読者が意外といたりするのではないのでしょうか。
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2004/12/25 [土]
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■壊れてきた部分。上から。 目:強度近視。中学生の頃から。老眼の気配はまだ。 首:ときどき凝って曲がらない。 肩:右肩は30代半ばより四十肩の症状。職業病か。ただし軽症。 胸:軽度の気管支喘息。小学生の頃から。 腹:空腹時に鳩尾の左が痛む。なぜ? 腰:だいたい常に痛い。大学生時代、プロレスごっこやって以来。 脚:右膝に中学生時代の古傷。 全身:高尿酸血症。ただしスポクラに通い始めてからは正常値。
■クリスマスイブは街のあっちこっちにサンタクロースが立っている。クリスマスだから特にどうということもないけれど、日本人がこの風習を完全に我がものとしたことには強い関心を持っている。おそらく日本にも古来、「マレビトが来て贈り物をする」「マレビトを迎えるための準備をする」「マレビトが来る日には歌垣などが行われ、男女が交歓する」とかいう風習があり、そのマレビトの座にサンタクロース氏がすっと入り込んだのではないかと想像している。その先は知識がないので分かりません。 さらに、何故に鶏肉とケーキなのかも知りたいところだが、よく分からない。
■フォームメールへのお返事。 24 Dec 2004 01:58:11 +0900 →うんうん。若いうちに、誰にも何にも遠慮せず、気が済むまでやってみて下さい。若くて唯一得なのは、恥をかいても全然平気だという点だと思います。自分の中にどんな色のカビの胞子が眠っているか、学生時代のうちに全部発芽させて確かめてみるといいと思いますよ。
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2004/12/27 [月]
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■25日に麦人文人は新幹線に乗ってじいちゃんばあちゃんのもとへ。夏に1度往復しているのでもう慣れたものだ。年末年始、俺と阿久沢は仕事三昧に入る。
■その夜、吹田メイシアターで上々颱風のライブ。微妙な日程なので客入りは今ひとつ。白崎映美は「少数精鋭のお客様」と。
■なんでか知らんが、帰宅してから洒落にならんほど腰が痛い。もともと腰は悪いが、今回はかなりきつい。何としたことだろう。とりあえず寝ます。
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