2003/10/01 [水]
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■阿久沢が誕生日祝いにテンピュール枕を買ってくれた。20%オフで1.3万円ほど。首を動かすと、動かした場所で固定されて、首や肩がよく休まるような感じがする。眠るために生きている俺であるから、このくらいの枕を使わなければならないのである。 ■書店で『家庭の医学』を立ち読みした結果、俺のノドが痛いのは「慢性喉頭炎」ではないかと自己診断した。症状は完全に一致する上、声を酷使する職業の人がかかりやすいと書いてある。声帯ポリープになると仕事上困るので、ヒマを見て耳鼻咽喉科に行くことにする。 ■2ちゃんねるプロレス板のWJスレがここ数日死ぬほど面白くて、腹を抱えて笑いっぱなしだ。プロレスファンでよかったっていう、アレだ。こんなサイトもできている。 http://magma.s40.xrea.com/index.php
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2003/10/02 [木]
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■秋といえばこの虚脱感がいい。コーヒーとかココアを啜りながら、ぼーっと外を眺めてるのがいい。擦れ違う人の顔なんか見ないで、空を見上げてふらふら歩き回るのがいい。
この夏も生き延びたねと鱗雲どれだと言える形も無くて
■今日、不覚にも買ってしまった諸々のブツ。 松浦玲『新選組』(岩波新書) 竹内洋『教養主義の没落』(中公新書) 正高信男『ケータイを持ったサル』(中公新書) DVD『五つの赤い風船 再生ドキュメント』 DVD『高田渡 スタジオライブ&インタビュー』
DVDはハードを持っていないのに買ってしまった。こういうのは出たらすぐ買っておかないと、市場から消えちゃうからなあ。
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2003/10/03 [金]
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■ヤプーズ吹っ飛んだ模様。 トップページを見たら「思えば今年に入って長い間まともに利用できない状態にありましたが、そんな中でもご利用し続けて下さった多くのユーザの皆様からの信頼をこういう形で裏切ることとなり深く反省しております」だってさ。「思えば…」なんて、追憶に浸らないでほしいのだが。これはもう縁の切れ目と見た。写真日記はどっかでフリーのPHPをいただいてきて作り直すことにする。
■テンピュール枕にしてから、やたらと夢を見るような気がする。内容は忘れているのだけれど、あー!夢見てた!とどきどきしながら目が醒めることが多くなった。それにしても明け方は寒い。
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2003/10/05 [日]
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■麦人も文人も大きくなってそれはそれは頼もしいのだが、そろそろ4人が同じ部屋で眠るのは物理的に限界に近づいてきている。昨日の夜中、文人の足が顔の上に乗ってきたし、さらにトイレに起きた麦人が、つまづいて俺の脇腹の上に尻餅をついた。 朝、そのことを麦人に話したら、「じゃあ今日から二段ベッドに寝る…」と淋しそうに言う(二段ベッド自体は2年前に買ってあるのに、二人とも寝ようとしない)。あまりにも淋しそうだったので、「じゃあ、あと少しだけ一緒に寝よう」と妥協してしまった。いつまで続くのだろう。続いてほしい気持ちも半分以上あるのだが。
■麦人と文人は毎晩が修学旅行のようだ。二人だけで寝室に寝かせておくと、いつまでも延々とじゃれあったりきゃっきゃっと笑い合っている。11時近くなっても寝ようとしないので、「いい加減に寝なさい!」と親に一喝されて、ようやく物音はやみ、寝息に変わる。4〜5歳のとき、麦人が文人とほとんど遊ぼうとしなくてちょっとだけ心配したのが嘘みたい。
■今読み中の本は『ケータイを持ったサル』。要するに日本の若者のコミュニケーション形態はサルのそれとそっくりであり、退化しつつあると。その一因として、子供を可愛がり保護しすぎる日本の親の養育があると(同じ寝室で眠ることもあげられている)。引きこもりもパラサイト・シングルもルーズソックスも、居心地のいい「家」を自分の部屋なり自宅なりに限定するか、街全体を「家」にしてしまうかだけの相違で、外へ出て他者と接触することを避けようとしている点では同じだという。 これらの分析の当否は俺の能力では何とも分からないが、この手の社会分析・批評を読むと俺の中ではいくつかの立場が交錯して、それが面白い。
A.一人の面白がりとして、「なるほど。そうも見えるね」と頷く。 B.社会の中堅を担うオヤジとして、「こんなんで日本はどうなるんだ」と嘆く。 A′.「今の社会がこうなってるんだから仕方ないだろ。行くとこまで行くのを眺めてやろうじゃねえか。なるようにしかならないよ」 C.親として、子供の養育方法がこれでいいのかどうか、考えてしまう。 C′.「お前、偉そうに書いてんじゃねえよ。実際に子供を育てる親の立場になってみろよ」
俺は政治家でも学者でもないから、これらの立場をあちらこちら行ったり来たりしながら、現実の対応を決めていくしかない。「確信が持てないまま選ぶ」ことが最善の選択肢だと信じている。
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2003/10/06 [月]
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■これから3ヶ月が一番忙しい時期なのだが、どうにもこうにも眠い。テンピュール枕は相変わらず夢の温床だ。
■フィットネスでウェイトトレーニング40分のクラスとランニングマシン40分。ここんところ体脂肪↓体重→。筋量が増えているから体重は減らないのだろうと推測する。 「ウェイトトレーニングされる方は、周囲の方が驚いたり不快感を抱かれますので、過度の大声を出さないようにお願いします」と張り紙がしてあった。俺はボディビルダーの奇声はけっこう好きなのだが。 プールでは50歳くらいの女性に声を掛けられた。「こうやって、水の中を歩くだけで効果あるんでしょうか?」。「スタッフがそこにいるからそっちに聞いてはどうですか」と答えたのだが、「ほんとに歩くだけでいいんでしょうか…」と不安そうである。「まあ、歩いた分だけの効果はあるでしょう」と我ながら訳の分からない返答をする。そりゃ、歩けばその分はカロリー消費はするだろうよ。「そうでしょうか…」と首を傾げながら向こうへ歩いていった。どういう答えを望んでいたのだろうか。期待に応えられずにごめんなさいよ。
■今日読み終わった本。 正高信男『ケータイを持ったサル』(中公新書) →サルを憂えるのも蔑視するのも、サルになってしまうのもまた面白いかも。でも確かに、ケータイを手放せない人って多いみたい。授業中にメールするのはまあ分からないでもないが、メシ食いながらケータイを覗くか?
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2003/10/08 [水]
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■講義を始めて10分くらいしたら、おもむろに座席を立って教室から出て行く男子生徒がいた。どうしたのかと思ったら、2、3分してまた戻ってきた。何だ君は、と問うと、「トイレへ行ってました」と、何が悪いのか分からない、という顔をした。「授業が始まってから教室を出たり入ったりするな、次の休み時間まで入ってくるな」と申し渡した。一人くらいトイレに行く分には何でもないけれども、授業中に出入りが自由に認められるクラスだと、その他大勢に思われては困るのである。何人も出たり入ったりするようになったら俺の気も散るし、何よりトイレに立たない生徒さんにも迷惑だからだ。 トイレに行くのは人間として当然の行為だが、授業が始まっていようがいつでも行く、いうのは犬猫なみだ。そもそも何のために休み時間があるのだろうか。休み時間は友人とおしゃべりする時間で、トイレは授業が始まってから行くのが彼の流儀なのだろうか。どういう流儀を持っていても構わないけれども、俺の授業中にはやるな。急激・苛烈な便意などで授業中に教室を出ることはあり得るだろうが、俺だったら教室には戻らない。ましてや緩慢な尿意ならば、次の休み時間まで堪えるべきである。 それにしても、俺が注意したときの、彼の「何が悪いのか分からない」という顔が忘れられない。今まで誰も何も言わなかったのだろうか。怒り0.5に不思議9.5というかんじだ。 最 近 の 若 い 連 中 っ て ば 。
■今日も不覚を取って買ってしまった本。 坂田/榎原/稲葉『日本の中世12 村の戦争と平和』(中央公論新社) 宮台真司・神保哲夫『アメリカン・ディストピア』(春秋社)
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2003/10/09 [木]
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■現在、麦人を制裁中である。自転車を紛失したのだ。 先週の土曜日、スイミングに自転車で行こうとして「自転車の鍵がない」と言い、徒歩で出かけた。その時はそれきりになっていたのだが、今日俺がマンションの駐輪場を見てみたら、自転車そのものがない。夜、麦人に聞きただしたところ、先々週の土曜日に自転車に乗ってスイミングに行ったまでは憶えているが、その後の記憶がないという。どうやら、その時にスイミングスクールの駐輪場に置いて、徒歩で帰ってきたらしい。鍵が家にないということは、自転車に付けたままということで、盗難に遭っている可能性もある。
■俺が小学生だったとき、自転車は命の次に大切なアイテムだった。これがあれば仮面ライダーに変身できたし、ひっくり返してペダルを回転させれば秘密基地の工場にもなった。雨が降らなければ、毎日自転車に乗った。自転車があれば、ほんの少しだけ空を飛べた。コケて傷を付けたり、パンクしたりすることはあっても、どこかに置き忘れたり、あまつさえ置き忘れたこと自体を忘れるなんてことは考えられなかった。 俺と麦人は30年の年齢差があるから、俺と同じ気持ちになれなんて言うつもりはない。でも、モノを大切にしないにも程がある。少子化の中、一人の子供に掛ける金額は増大していると言われるが、我が息子たちにもそれはあてはまる。彼らは同年齢時の俺よりも確実にモノ持ちだ。モノに囲まれているから、一つ一つのモノを大切にしない。絵に描いたようなパターンにはまっているから、俺は余計に腹が立っているのである。 俺は麦人に明確に「ものすごく怒っている」ことを伝えた。麦人はしばらく布団に潜り込んで気持ちを落ち着け、「明日、必ず探しに行く」と約束した。
■さて、自転車が見つかればよいが、その可能性はかなり低いと踏んでいる。次の対応を今から考えておかなければならない。なくなったモノは仕方がないから、俺の制裁モードはいずれ解除しなければならないが、そのきっかけとタイミングが問題だ。さらに、新しい自転車も必要だろうからいつかは買ってやるしかないが、それもタイミングが難しい。今のところは、
麦人「自転車見つからなかった。ゴメンナサイ」 俺「ゴルア!」で、ビンタ1、2発。
…で制裁解除。 新しい自転車については、こちらから水を向けることはせず、麦人の方から「お願いだから買って下さい。もう絶対なくしません」と申し入れてくるまでは買わないでおこうと考えている。
■俺は怒ってはいるが、かなり冷静である。学生時代、原理研や民青を殴ったり、団交で教官を吊し上げる際に「組織された正しい暴力を行使する」と称していた記憶があるが、親業にもそんなところがあるな。
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2003/10/10 [金]
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■麦人の自転車が見つかった。俺の予想通り、先々週スイミングスクールに行くときに乗っていき、そのままスイミングスクールの駐輪場に放置していたのである。学童保育から帰宅してすぐに探しに行ったらしい。帰宅したら、俺にアピールするかのように玄関の前に置いてあった。麦人は見つかってほっとしたという。俺もひっぱたかなくてすんで、本当によかった。子供を叩くと親の手の方が痛いというのは、ありゃ嘘じゃないよ。
■あがた森魚が沁みるのですが。「バラライカ、三角ギター/ウクライナは還るのでしょうか/どうでしょうか、三角ギター/ウクライナを憶えてるでしょうか」(『雪割草と青い麦藁』)。分かったような分からないような歌詞の向こうに、何となくウクライナっぽい草原とせせらぎが見えてしまう。聴いたこともないバラライカの音色が聴こえてしまう。「旅立ってった君も/生まれてくる君にも/瞼の上にキスして/サヨナラは言わないよ/キット遠くで/キット会おうよ」(『キットキット!!遠く遠く!!』)。神も仏もよくは知らないが、西方浄土輪廻転生ガイア万歳、Will the circle be unbroken?だ。
■秋は草臥れる。メシをたくさん食べている。
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2003/10/11 [土]
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■ノド〜気管支がやっぱり調子悪い。気温が下がってきたせいか、朝晩は喘息が出る。吸入するほどひどくはなく、昼前にはおさまるのでしばらく様子を見ることにする。1週間大声を出さなければすぐによくなるのだろうけど、そういうわけにはいかないしなあ。声が大きいのが取り柄の授業だから、大声を出さないわけにはいかないしなあ。 そんな感じなので、今週はフィットネス全休。致し方なし。来週からぼちぼち復帰したい。
■テンピュール枕はやはり夢を見るらしい。阿久沢もそう言っていた。文人は「夢が出てくる枕」と呼んでいる。
■子供にマッサージしてもらうのが一番気持ちいい。力は強くもなし弱くもなし、やわらかい指で押してくれるのでたいへん癒される。飽きて1分以内で終わってしまうのが難点だ。
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2003/10/12 [日]
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■夕飯前の麦人と文人の会話がおかしかったので記録しておく。 リビングでじゃれあっているうち、「ごはんを食べたらプロレスごっこをしておとうさんを倒そう」という話になった。
麦人「ふみと、二人で合体してダブルパンチだ。いいか、俺のちんちんのところに頭をくっつけろ」 文人「ちょっと!むぎちゃんのズボンはおしっこくさい!イヤだ!」 麦人「大丈夫だふみと。これはさっき、パンツにちょっとついただけで、ズボンにはついていない!だから合体をしよう!」 文人「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ」 麦人「合体しないとおとうさんを倒せないんだよ!」 文人「じゃあ100円くれる?」 麦人「100円くれたら合体してくれる?」 文人「うん。100円くれたら、じゃあ、10回だけね!」 麦人「ううーん。100円でこれからずっと、何度でも合体させてくれ!」 文人「ほんとに100円くれる?」 麦人「ほら!」
交渉が成立したところで夕飯の時間となった。 食事の後、彼らは合体して襲いかかってきたが、小便くさい子供を相手にするのは厭なので回避してフィットネスへ。
■「ふーメモ」というものを作った。最近彼は「考えていることを忘れちゃう…。今日は18個もおぼえておかないといけないことがある…」と頭を抱えていることが多いので、おぼえたばかりの平がなでメモをするように、片手サイズのメモ帳を与えたのである。今日、テーブルの上に「ふーメモ」が広げてあり、“10へー”と書いてあった。「トリビアの泉」の「へぇ」のことらしい。「ふーちゃん、何が10へーなの?」と訊ねたところ、「へぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇへぇ」と返事した。この子供は変だ。
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2003/10/13 [月]
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■今日の兄弟の会話。ビデオを二人で見ているときのこと。文人は財布の中の小銭で遊んでいた。 麦人「ふみと!うるさいからコインをじゃらじゃら言わすな!」 文人「(ぼそっと)コインはじゃらじゃら言うものだ…」
■先週は近現代史を担当している各クラスで、井上財政・金輸出解禁のあたりにさしかかった。近現代史では最も生徒さんが困難をおぼえるところだけれど、金本位制とか円安・円高とか、日本史を勉強する上で必要な経済の基本的知識を総復習するいい機会でもある。ただ、やっぱりややこしいので、毎回授業のたびに教えるこちらもテンションを高めて授業に臨むことにしている。だから、「分かった」と言ってもらえると素直にうれしい。 以前はよく「日本史とか受験勉強とか何の意味があるんでしょうか」と真顔で訊ねられたものだ。最近はほとんど聞かれない。俺に聞いても仕方がないと思っているのか、そういう疑問をそもそも持たなくなったのか分からないけど。 聞かれなくても答えのようなものは用意してあって、「知らないことを知ったり、分からないことが分かったら快感である」ということだ。そのきっかけは受験勉強でも「トリビアの泉」でも何でも構わない。動機に自由あれ行動に自由あれだ。そういう快感を数多く経ることで、閉じていたチャクラが開いていく。その分だけ楽しい思いをする可能性が増えるのだ。そして、受験勉強は一見外部から強制される学習機会のように見えるけれど、だからこそ集中して真剣に思考することができ、その分チャクラを開きやすいのではないかと思う。 だから、受験勉強でおぼえたことは合格したら忘れたって全然構わないのだ。合格したら忘れてしまうような知識だから無駄だなんてことはないのだ。分かった・知った・面白かった。それだけ身体に覚え込ませておけばいいのだ。
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2003/10/14 [火]
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■3連休中2日は仕事だったので、ノドは1日分しか回復せず。困るのは講義中に突如として咳に見舞われることなのだが、これはノドが荒れているのと同時に、鼻から洟がノドに降りて刺激しているのではないかという感じがする。ともあれ耳鼻咽喉科に行かなくてはなるまい。
■今日は太閤検地・兵農分離。金輸出解禁が近現代の難所なら、ここは荘園公領制と並ぶ前近代の難所である。毎年いろいろ説明の仕方や板書を変えていて、今年は作合否定に焦点を当ててみたのだが、今ひとつ伝え切れた感じがしない。おそらく生徒にとっては国人=在地領主層というもののイメージが掴みにくいのだろう。鎌倉時代の武士の生活とか、室町時代の国人一揆の話をもう少し時間をかけてした方がいいのかなあ。金輸出解禁の話なら、今日も使われている銀行券がらみの話だから、生徒もまだ即物的にイメージがしやすいのだけれど、在地領主はほとんど純粋に概念上の話になってしまうので難しいのかも。もそっと研究する。
■教室内着帽+テキスト持ってこない+隣と雑談+自習+メール打つと5連発でやらかした生徒さんがいたので退室を求めた。2つくらいまでなら何てことはないし、目と耳に入らないようにやってくれれば何も問題はないんだけど。俺も寛容度が低いとは思うのだけれど。このやろう!と思ってしまうと授業に影響が出てしまうのだ。
■麦人が「一緒にお風呂に入ろう」と言う。入りたいのはやまやまなんだけど、俺・麦人・文人で入ると湯船がもういっぱいいっぱいで、誰一人ゆっくり入れない結果になるので丁重にお断りする。こいつらはほんとに大きくなったのだ。その代わり、眠りにつくまで隣に寝てやることにした。
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2003/10/15 [水]
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■「憲政の常道」を説明するとき、今日の議院内閣制との対比で話をするわけだが、生徒さんの何割かは議院内閣制じたいが分からないから俺はそこから説明をする。そうなると、初めて理解する議院内閣制の上に、今日初めて話を聞く「憲政の常道」の話が乗っかってくるわけで、「難しい」という反応が返ってくるのも当然かもしれない。 中学校の公民の時間で、日本国憲法ではどのように首相を決めることになっているかをしっかり学んでおけば、「憲政の常道」のところでは「憲政の常道」だけ考えればよいのだから、負担も少なく理解も早いだろう。学力というのはそういう一つ一つの積み重ねなのだろうと思う。受験勉強の中でも、面倒くさがらずにそういう積み重ねをしていってもらいたいのだが。 いつか、日本史を勉強するための前提となる基礎知識をまとめた冊子を作りたいんだけどね。政府って何か、とか、幕府と朝廷の違いとか、政党って何か、とか。
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2003/10/16 [木]
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■今日のふーメモ。 「びびだんなくなた」(訳・BB弾がなくなった) 「びず3こなくなた」(訳・ビーズが3つなくなった) ■今日買ったCD(amazon.comにて) 『関西フォークの歴史 1966−1974(1)』 『関西フォークの歴史 1966−1974(2)』 高石友也ってこんなに瑞々しい声で歌っていたのか。瑞々しい声を持つことは難しく、保つことはさらに難しい。 けれどもいまごろちょうどおまへの年ごろで おまへの素質と力をもっているものは 町と村との一万人のなかになら おそらく五人はあるだろう それらのひとのどの人もまたどのひとも 五年のあいだにそれを大抵無くすのだ 生活のためにけづられたり 自分でそれをなくすのだ 宮澤賢治『告別』 こういう覆刻をしてくれる限り、俺は断固としてエイベックの味方である。
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2003/10/17 [金]
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■午前中は喘息がぜろぜろいって頭ががんがんして難儀していたのだが、フィットネス行って少し汗を流したら元気になった。もともとはフィットネスの横にある耳鼻咽喉科に入るつもりだったんだけど、軽く走ってからにすっかと後回しにしたら行く必要がなくなった。血の巡りをよくするだけで全然違うな。 ■今日買ったCD(amazonにて)。 古川豪『羅針盤で星占いはできない』 →30年前の復刻版。再びエイベックスに感謝である。改めて、年月を経て変わらないものは人間の声であると思った。ボーカル万歳。 汚れた身体がまたうずきやがるが ブルーズに一つ微笑んで この世を生き延びてやる
気のいい運ちゃんのハンドルは確かだぜ 今宵はこれで安心 明日は明日のことさ
街から街へと彷徨い疲れ 長距離トラックの唸りがおいらにゃ子守唄 『ホーボーズ・ララバイ』 この歌を最初に聴いたのはもう20年近く前のことだ。「ブルーズに一つ微笑んで/この世を生き延びてやる」とか「今宵はこれで安心/明日は明日のことさ」とか、当時から大好きなフレーズだったけれども、この年齢になってやっと「ブルーズに一つ微笑んで」の気持ちが分かったような気がする。「俺はこの歌を聴けたぜ」といったところだ。 ■麦人がひげを剃れという。剃らないともう頬ずりやちゅうはしてくれないという。パパの顔なんだからパパの好きなようにするんだと断ったら、怒ってふとんを頭から被って寝てしまった。困った。どうしよう。俺は気に入っているのだが。 ■たいへん有り難いメールをいただいたので、いかにお返事を書こうか思案中。
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2003/10/18 [土]
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■文人の保育園のプレイデイ(運動会)があった。麦人が0歳の時からお世話になり、文人も同じ期間お世話になっていたこの保育園も、文人の卒園により今年度限りでさようならになる。このプレイデイも8回目で最後だ。 保育園や幼稚園はいいところだ。あるいは、いいところであるべきだ。人生が生きるに値するか否かはともかく、それなりに長い時間を過ごさなければならないのだから、楽しい方が良いに決まっている。物心つく最初の何年かがいいところで過ごせるかどうかはかなり大切だ。その点ではうちの兄弟は幸せだったと思う。麦人に「保育園に戻りたくないか?」と訊ねてみたら、「戻りたくねーよ!俺は一人前の小学生なんだ!」と胸を張った後、小声で「少しは戻りたい」と付け加えた。文人は「あと2年くらいいたい」と正直だった。
■プレイデイの後は麦人の保育園時代の仲間で同窓会。パスタ屋さんで昼食の後、我が家が学童保育状態となり、阿鼻叫喚の巷となった。俺は仕事部屋に閉じこもって寝ていた。
■夜、『クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を兄弟が見ている横で俺がごろごろしていたら、文人が「おとうさーん」と俺を呼んだ。しんちゃんのお父さんの真似をして「僕をお父さんって呼ぶのは誰だ?月の石を見たいよ〜!」と顔を伏せてみたら、文人が「ううううええええ・・・」とガチンコで泣き出したので驚いた。それを見た麦人が「目を醒ますんだおとうさん」と、俺の顔に自分の足を押しつけてきた。
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2003/10/20 [月]
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■阿久沢は東京出張。昼食を食べた後、子供たちは「退屈だ」「退屈だー」と口々に言うだけで何ら主体的な行動を起こそうとしない。公園でも行ってこいと言って追い出した。文人は1時間ほどで帰ってきたが、麦人が暗くなりかけても帰ってこない。文人を探しに行かせたら「女の子と二人で公園の砂場に穴を掘っている」との報告であった。なるほど。
■読み終わらないうちにまた買ってしまった本。 荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか』(中公新書ラクレ) →俺がテーブルの上に置いておいたのを阿久沢が見つけて「これすごくつまらなかったよ(実際はもっと激しい言葉を使った)」と言う。「買ったんなら教えてくれよ。2冊になっちゃったじゃないか」と言うと「1時間で読んで捨てたよ」と。ほんとにそんなにつまらないのかと思いつつさっき風呂に入りながら少し読んだら、ほんとにつまらない。もう読む気が失せた。俺と阿久沢は読む本の傾向が似ている部分があるので、1冊を読み回しできる反面、同じ本を二人とも買ってしまうこともままある。普段から「この本は俺が買ったから買わなくてもよい」と情報交換はしているのだが、今後はさらに徹底したい。 長田靖生『若者はなぜ決められないか』(ちくま新書) →麦人や文人がフリーターになるのは勝手だが、パラサイトシングルにはしない方針である。大学(行きたければ)は奨学金で通わせ、卒業と同時にこの家からは叩き出すつもりだ。もし卒業後もこの家に居たいというならば、彼らの収入は豊臣秀吉なみに厳しく検地し、二公一民で収奪するのだ。そのための布石は今から打っておかなくてはならない。
■フォームメールへのお返事。今後はもっとマメにお返事するようにします。 22 Sep 2003 01:26:39 +0900 →先々週、最寄り駅で飛び込みの後かたづけをしている現場に遭遇して凍ってしまいました。飛び込み自殺は迷惑なんだけど、迷惑をかけた本人はもうどこを探してもいないしその人のことを知っているわけでもないしで、どういう感情を持っていいのやら迷ってしまいます。トーマス化された新快速の登場を待っています。
24 Sep 2003 05:03:05 +0900 →掲示板を置いてある以上、荒らしがあったりちょっとした言い合いがあるのも華であります。多少はそれを期待している部分がないと言ったら嘘になります。血が流れたり日常生活に支障が出るわけでもないから、まあ何でもありでいいんじゃないでしょうか。
24 Sep 2003 16:33:14 +0900 →ありがとうございます。波瀾万丈の人生とはほど遠いですが、少年の頃に予想したり計画した39歳とはかなり違った39歳になることができてうれしいです。将来設計は大事かもしれないけど、設計通りに行ってしまう人生というのも後悔が残るのではないか、などと考えてます。だんだん冷えてきましたのでお身体大切に。親業は体力勝負ですから、若いうちに鍛えておいて下さい。
26 Sep 2003 20:39:03 +0900 →転職おめでとうございます。僕も転職組ですから応援します。ただ身体と心は大切に。壊れそうになったら我慢せず、休みましょう。壊れっぱなしで治らないような環境だったら、また転職しましょう。「会社粗末に身を大切に、以心伝心サボタージュ」(添田唖蝉坊)。
30 Sep 2003 11:17:40 +0900 →ありがとうございます。金柑蜂蜜漬けですね。こういう具体的な助言はほんまにありがたいです。ただ腰が重いのでまだ作ってません。ごめんなさい。今月中にはやってみます。
1 Oct 2003 15:30:39 +0900 →そういうメールにレスするっていうのは、オレの中にはないんですよ。インターネットのど真ん中をまたぐなってことですよ。ヴァー!
4 Oct 2003 02:48:34 +0900 →うちの朝顔、10月も半ばを過ぎたのに、まだ毎朝3、4個は咲いてくれるんですよ。けなげです。ああいうのを見ると、時代遅れとか今風じゃないとか、そういうのってどうでもいいなと思いますね。
4 Oct 2003 15:18:57 +0900 →西洋の心理学では夢は自分の深層心理の反映とされますが、昔の日本人は「あの人が私の夢に出てきた。あの人は私のことを好きなんだわ」と解釈したそうです。そっちの方が前向きでなんか好きだなあ。
7 Oct 2003 19:48:20 +0900 →「マッスル、イズ、ビューティフォー!!」あはははは!それはどこのジムですか??ビジター料金払ってもレッスン行ってみたい。笑いすぎて震える腹筋以外どこも鍛えようがないシュプレヒコールですな!!関係ないですが昨日受けた筋トレのクラスは、日本シリーズの影響で受講生が4人しかおらず、イントラさんの笑顔も引きつってました。
8 Oct 2003 22:27:56 +0900 および 17 Oct 2003 00:02:47 +0900 →やや言葉が足りなかったかもしれません。8日の日記はあくまであのときあの教室にいたあの彼に関してのものです。何年も教壇に立っていますから、授業中に危急の便意に襲われてトイレに立つ生徒さんは何十人も見てきたし、何を隠そう僕自身も講義を中断してウンコしたことも1回だけあります。断って教室外にでる人もいるし、断らなくても姿勢や態度、歩く速度を見れば、便意がどれほど緊急かは分かります。あらかじめ「自分は腸が弱いので、授業中にトイレに行くかもしれません」と教えてくれた人もいます。そういう人を咎めたことはありませんし、今後もそのつもりはありません。用を済ましてから教室に戻ることを認めるかどうかは一概には言えないですね。座席に余裕があるクラスならともかく、満員に近い教室で人をかきわけながら自分の座席へ戻っていくのはちょっとなあ…というのが正直なところです。
12 Oct 2003 15:30:31 +0900 →和純さん、ごぶさたです。そうか、夢は見てるけど忘れているだけなのか。何だか徹夜明けで映画見に行ったら寝ちゃったとか、女の子とデートしたのに手もつなげなかったとか、そういう歯がゆさともったいなさに共通するものがあります。仕事が忙しいという割にはオールのライブとは。ていうかソファが置いてあるライブってどんなんやねん。
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2003/10/21 [火]
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■昨夜というか、深夜から明け方にかけて喘息がちょっとひどくて眠れなった。一日朦朧としていた。参った。ステロイド吸入をもらってこよう。 ひどいときは、このまま呼吸をするのをやめたら楽になるだろうなあと思うくらい苦しいが、日が昇ってくると嘘のように楽になる。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉の意味を一番理解しているのは喘息患者ではないかと思っている。 ■以前、文人はマクドナルドのキャラクターであるドナルド君を極度に恐れていて、マクドナルド店舗の側に近寄ることもできない時期があった。挙げ句の果てにはモスバーガーすら入店できない始末。そのころはあまり日本語が達者でなかったのでただひたすら「こわいこわい。いやだいやだ」と繰り返すだけだったのだけれど、最近は「くちびるがべとっと赤いからいやだ」と説明できるようになった。それと同時にマクドナルドもそれほど怖くなくなったらしい。言葉で把握してしまえば恐怖は薄れるのだろうか。 …などと考えていたらこんな画像を発見した。→ ●。こわぃ。
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2003/10/22 [水]
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■文人が毎日つけている「ふーメモ」がやっぱり面白い。 あたまさたいはことばです 謎。 33カエおぼることこ 謎。 ほかいどうふエあ 北海道へ行きたい、という意味か。 ふねがなくなた 船がなくなった。折り紙で折った船が何十艘も溜まり、掃除の時に親が捨てたことを恨んでいるらしい。 へいせい52ねん 彼は43歳になっているが…。 とおれんしがなくなた 謎。 ばんそこおなくした 風呂に入っているとき、足に貼ってあったバンドエイドが取れた。 ゆうせいようごがこう 保育園のプレイデイ(運動会)の会場となった近所の養護学校。 10にちななちゃんとみーちゃんとりょうくんがいたよ 10月 10月10日に公園で会った友だち。 よーよ ころころ ヨーヨー釣りで釣ったヨーヨーの空気が抜けて小さくなってしまったことを悲しんでいた記録。ころころはコロコロコミックか。 77へー 何かトリビアに巡りあったらしい。 2びーびーだんのみずいろ なくなた、と書いていなくても分かる。 れんじがなくなた 何かなくなったらしい。 びーびーだんのおれんじ がなくなた。 びーずがふたつ なくなた 2い0かい リレーの練習で2位になったことは一度もない。 なくなった 「っ」をおぼえたらしい。 おかーさんのいったことばです 母が教えてくれた歌を道連れに。 ひおおなくした2 謎。 ぷちヨおなくしたおきなワのなにかおなくした 「大和国柳生郷徳政碑文」を彷彿とさせる。 なにかワすレたびずをなくした 忘却とは忘れ去ることなり。 ぷーるおいかいやすんだことがアる プレイデイでスイミングはお休みした。 けがおしたうエにけがおしたからしたのけががなくなた 足に2か所擦り傷があるのだが、彼の身体は、別のところを怪我するともう1か所は治ることになっているらしい。 げーむが5ふんできなくなた 「ごはんだよ」と言われて、一日30分と制限されているゲームキューブが25分しかできなかったことを恨んでいる。
■今日読み終わった本 保坂幸博『日本の自然崇拝 西洋のアニミズム』(新評論) →北予備には講師用エレベーターが2基あって(A・Bとする)、俺は教室に上がるときにはAを、講師室に戻るときにはBを使用することにしている。何となくそういう流れにしないと講義が上手くできないような気がするのである。こういうのも宗教だ。
■今日買ったCD 宍戸留美『Rumi Roll』 →リリー・フランキーに及川光博に矢沢あいにトモフスキーに松本タカヒロって何だよ。ルンルンの七色の歌声に、花に誘われる蜜蜂の如く才能は群がる。
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2003/10/23 [木]
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■医者へ行ってあれこれ薬をもらってきた。吸入したらだいぶ楽になった。エアバッグ付きの簡易吸入器ももらったので、喘息発作が起きても安心だ。やはり気温の変化に反応してるっぽい。お医者のカルテにも、だいたいこの季節になると通院記録が残っている。
■授業中、廊下で数十人の生徒が喋っていてうるさいのでキレて見せた。なるべく派手にガラッとドアを開けて、「やかましいぃ!黙れボケ!」と一喝するのである。キレて見せると、眠気の漂う午後の教室もぴしっとなるし、一喝された方は特定の個人が叱られたわけではないからダメージもない。俺自身もテンションが高くなって授業が調子よく進められる。毎年何回か発動する、「組織された正しい口ゲバ」である。 【大戦略】 静かな授業環境を創造し、効率よい講義を展開し、受験生に所定の目的を達成させること。 【戦略】 教室外廊下で雑談を繰り広げる生徒たちの口を閉じさせること。 教室内受講生の眠気を醒ますこと。 講師の眠気も醒ますこと。 【客観的条件】 教室外生徒は10数メートルの廊下に散開し、雑談している。廊下は音が響きやすく、本人たちは大きな声を出しているつもりはないけれど、教室内には相当な騒音として届く。逆に言えば、俺がでかい声を出せばかなりの圧迫になる。 【主体的条件】 俺は身体が大きく、声もでかいからはったりが効く。 【戦術】 派手にガラッとドアを開けて、「やかましい!」と一喝。 さらに廊下を右往左往し、「黙れ黙れ」と威嚇する。 【総括】 圧倒的勝利。
■思い起こせば小学校以来、教師がキレるというのが、校庭や校舎内に乱入する野良犬と並んで、もっとも思い出に残るイベントだったような気がする。生徒さんたちも、「日本史の講師がキレてたよ。アホやな」と話のネタにしてくれればよい。そうすりゃ次からは静かにしてくれるだろうし。
■フォームメールへのお返事。 22 Oct 2003 12:49:57 +0900 →いやだよ。飽きたらやめるよ。人から言われたらかえってやめないよ。
22 Oct 2003 19:40:53 +0900 →ありがとうございます。僕も子供たちの幸福を祈る点では人後に落ちない自負はあるのですが、果たして何が幸福か、何をしてやることが彼らの幸福になるのか、ということを考えると、ううむと考え込んでしまいます。結局のところ、親は何ほどのことをしてやれるわけでもないから、一人前になるまで飯を食わせて、あとは自分の背中を見せておくくらいしかできないのかなあと。
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2003/10/24 [金]
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■中曽根、絶対に辞めるな!あくまで小選挙区から立候補して戦え! 老人たちよ、あなたたちは、仙人あるいは枯れ木のように微笑んで若者を見守るタイプと、餓鬼のように現世的権力や欲望に死の瞬間までしがみつくタイプ、二つながらわれわれ若輩者に見せつけてほしい。もう何も怖いもののなくなったあなたたちは、生活や見栄に追われてわれわれ若輩者には容易には見つけられない、自分が本当に大切にしているものを見つめる余裕があるはずだ。中曽根氏と宮沢氏、どっちが正しいとか潔いとか、そんなことはどうでもよい。書道に喩えるなら、筆が紙から離れる瞬間を鮮やかに見せてほしい。止めでも払いでも跳ねでもよいから。
■面白いのは中曽根が「私は右翼とか国家主義者と蔑まれてきたが…」と述懐していたことだ。彼が首相だった時代、キャンパスでは中核派がアジる「日帝中曽根」というフレーズにはリアリティがあり、まさに打倒対象としてふさわしい存在感を持っていた。「ナチ曽根」という呼ばれ方もあった。中曽根は確信犯的な国家主義者・反戦後民主主義者、要するに右翼であるという認識を持っていればこそである。しかし、中曽根本人は右翼とか国家主義者と見なされることを「蔑み」と捉えていたらしい。彼自身のアイデンティティはそこにはなかったのだろうか。彼は何を目指していたのだろうか、ここに来てよくわからなくなった。 俺が東京の予備校で浪人していたとき、教育改革を掲げていた中曽根首相が予備校の講義を視察しに来て、俺が授業を受けている教室に入ってきた。10分くらいだったけど、後ろを振り返ったらほんとに中曽根がいた。現役首相をナマで見たのはその7年ほど後、新聞記者をやってたときに竹下登を見た。何考えてんだか全く分からない表情で俺の目の前を通り過ぎていった。怖かった。
■今日読み終わった本 竹内久顕『予備校教師からの提言』(高文研) →真面目に予備校で日本史を教えようと思ったら、まあまあみんな同じような路線になるみたいだ。この本は高校の先生向けだが、俺は生徒向けのを書いてみたい。日本史教科書を読めるようになる裏用語集、高校・予備校の授業(日本史に限らず)を聴く前に読むといいハンドブックみたいなやつ。
■フォームメールへのお返事 23 Oct 2003 19:56:04 +0900 →有用な情報をありがとうございます。生姜コーラですか。インパクトありますね。学生時代の友人で、納豆に牛乳をかけて食べる男がいましたが、それに匹敵するインパクトです。でも、コーラのカラメル成分が生姜にからんで案外いけそうな気もしますね。息が白くなったらやってみます。
23 Oct 2003 23:55:51 +0900 →罪の意識を持って何かいいことあるんでしょうか。それで子供たちのお腹がいっぱいになるのでしょうか。罪の意識を消すために罪の意識を持つような(逆説的ですが)自己満足的な持ち方なら、やめた方がいいと僕は思います。そんなことより、僕らはお腹いっぱい食べられるのに、なぜあの人たちは食べられないのか、なぜ爆弾や銃によって死ななければならないのか、関心を持ち続け、何かできそうなことがあればすかさず動く。それでいいんじゃないでしょうか。
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2003/10/25 [土]
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■コープの宅配が来たので、床に寝そべってマンガを読んでいる麦人に「ちょっと手伝ってくれ」と声を掛けた。共働きの我が家は一週間分の食材の9割を、毎週土曜日のコープ宅配で調達するから、その量はかなりのものになる。毎回、俺の両手がふさがって、宅配担当の人がマンション全体の配達物を広げて待っているマンションのエントランスから我が家の玄関まで、いつもいっぱいいっぱいの状態で運んでいるのだ。 ところが麦人は寝そべってマンガから目を離さないまま「イヤだ」という。もう一度、「運ぶの手伝ってくれ。イヤか?」と訊ねても、はっきり「イヤだ」という。この野郎。「そんな奴は昼飯抜きだ!ゲームも禁止だ!」と言い渡す。もっとも昼飯抜きは幼児虐待(もう幼児ではないが)・子供の人権侵害にあたるのですぐに撤回し、ゲーム禁止のみに後退。
■ふと思う。子供を制裁する際、俺が最初に発動するのはゲーム禁止であるが、これはどうしてだろうか。麦人・文人は、ゲーム以外にもテレビやビデオ、マンガも愛している。ゲーム以外のこれらを禁止する場合もないわけではないが、まずはゲームからだ。 これはおそらく、俺自身が子供時代に家庭用ゲーム機を経験していないせいではないだろうか。その結果、俺は家庭用ゲーム機を侵入者と認識しており、機会を見つけて排斥したいと思っているのではないだろうか。 鎌倉の実家に帰るたび、俺の父は「お前はパソコンを使うのか?俺は仕事でパソコンを使わないですんだ最後の年代だ」と誇らしげに語る。俺が「老人こそネットをすれば面白いのに…」とすすめても、「面白いことは他にいくらでもあるから、俺はあんなことはしないんだ」と頑なである。 俺にとっての家庭用ゲーム機は、父にとってのパソコンなのかもしれない。やはり人間は歴史的動物。自分が生きた時間と空間に拘束されている。
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2003/10/26 [日]
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■街のあちこちに来るべき総選挙ポスター掲示板が設置されている。俺の故郷である鎌倉市は、中選挙区時代の旧神奈川2区で、小泉純一郎の選挙区だった。 しかし、俺の記憶には小泉よりも「中岡よう」という泡沫候補が強く焼き付いている。国政選挙をはじめとして、選挙と名が付くものには全て立候補してことごとく落選するという人だった。供託金を納めるので精一杯なのか選挙ポスターは一度も見たことがない。新聞に折り込まれてくる選挙公報と、NHKの政見放送でしか人となりに触れることができない、伝説の泡沫候補だった。 一度だけ政見放送で尊顔を拝したことがある。一言で言えば右翼じいさんで、レインボーマンの師匠=ダイバダッタのような仙人風の髭をはやしていた。いきなり懐から長どすを取り出し、「田中角栄は自決せよ!」と訴えた。 懐かしい。こういう「本気の日本人」っていうのがいなくなったなあ。中岡よう、ググってみたけど見つからなかった。高田がんは見つかった。元気みたいだ。
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2003/10/27 [月]
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■「学童っ子祭」がポートアイランド南公園であったので、4人で参加。運動会みたいなもの。親はちょっとしんどいけど、子供はとても楽しんでいたので良かった。 面白かったことが二つ。まず、子供たちは自分の出番が済んでしまうとホームポジションのビニールシートでくつろいでしまい、仲間がトラックを走っていても応援しようとしない。指導員さんが一生懸命煽って、ようやく応援する始末。応援し出したらし出したで熱狂的に声援を送るのがまたおかしい。これを醒めていて連帯意識に欠けると取るか、バランス良く物事に取り組むと取るかは議論があろうが、俺は後者。 もう一つは、文人がスニーカー靴を紛失したことだ。文人はビニールシートの上でうなだれて首を傾げている。「どこへ脱いだんだ?」と訊ねても、「んー?」と首を傾げるだけ。仕方がないので抱きかかえてスニーカー探しツアーに出たら、10メートルほど離れた所にある、別の学童保育所のビニールシートの横に文人のスニーカーが揃えて置いてあった。ここで脱いだことは間違いないのだが、なぜ履き忘れたのか、なぜ裸足のまま戻ってきたのかは結局謎のままだ。
■子供たちが走り回るのをぼーっと眺めながら、俺はふと気が付いた。俺は滅び行くもの・衰えゆくものが好きらしい。 1980年代、既に伝統芸能と化していた新左翼系学生運動に片足を突っ込んだのも、築80年の木造の寮に住みたくなったのも(住み始めてみたら「滅ぶ」とは程遠い頑丈な建築物であることが分かった)。新聞記者になって最初に赴任した松江市と島根県。市場縮小を始めて久しく、もう回復することはない受験産業。地盤沈下著しい関西。そんな場所がどうにもこうにも居心地がいいのは、俺は伸びゆくもの・進歩するもの・新しいものが苦手だからに違いない。だからニューヨークは(行ったことないけど)苦手だ。東京も息苦しい。関東圏そのものがもう俺を拒絶しているように感じる。 そして、日本全体がこれから衰えの時代に入る。俺はちょっとほっとしている。 何年か前、阿久沢と「日本で育児をするべきか?日本に未来はあるか?どっか外国へ移住した方がいいんじゃないか?」みたいな話を少しだけしたことがある。日本に未来があるかと言えば多分ないんだろうけれど、だからといって外国へ行くのはなんか違うんじゃないかというのがその時の俺の答えだった。実は俺は、日本の未来の無さ加減が気持ちいい、と思っているようなのであった。
■フォームメールへのお返事 25 Oct 2003 10:36:38 +0900 →実は時々、寝ている最中に呼吸が止まっていることに気づいて目が醒めることがあります。あ、これやべーよ、と感じて、意識して呼吸を始める感じです。多分その時もいびきはかいていると思います。喘息が起きそうなときは、お医者でもらった気道拡張剤を胸に貼り付けてます。梅干しも同じような効果があるんですね。ありがとうございます。薬切れたらやってみますね。
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2003/10/28 [火]
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■腕時計を買った。スイス製の3万円ほどのもの。5000円以上の腕時計を買ったのは初めてかもしれない。三宮の専門店で物色していたら、店番をしていたおにいさんがあれこれ出して説明してくれた。時計店のおにいさんが時計好きなのは当たり前なんだけど、そういう当たり前が最近は少ないから何だか嬉しかった。店に入る前は「針がうごくやつ」「茶色のバンド」「アラビア数字の文字盤」くらいしか考えていなかったのだけれど、かっこいいのがたくさんあって楽しめた。 今回買った時計で気に入っているのは、 1.手巻きで、2日ねじを巻き忘れると止まる 2.機械式だから1日30秒は時間がずれる 3.なんと言ってもシンプル の3点である。 今まで何となく時計は正確であればあるほど良いと思っていて、時報と同時に秒針が12時の所を通過すると快感を感じたりもした。しかし、手巻きでしかも1日30秒狂う時計を使うと、こっちが時間を管理してやっている気がして何だか気分がいい。 写真も撮ったんだけどうまくいかなかったからまた明日。
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2003/10/29 [水]
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■週末からずっと、空き時間は模試の採点をしている。自宅でもしている。採点マシーンと化して延々とやっている。こういう単純作業は実は好きである。締め切りさえなければ、だけれど。 今週から来週にかけて、極度に忙しい。もしかすると今年度で最高潮に忙しいかもしれない。ふぅ。
■最近の「ふーメモ」から。 ちょくせつずぼん おしっこを漏らすなどして替えのパンツがないとき、緊急避難としてパンツを履かずにズボンを履くこと。 いちご やきにく ココワ 食べたいもの・飲みたいものを親にアピールしている。 6つのなにかおわすれた 2たつのなにかおわすれた いぱいわすれた 忘れた内容は忘れたが、忘れた事実はおぼえているらしい。 かたなおなくした 全ての武器を楽器に。 しゅうてんかくはむかしだいせんもんとえっふぇるとうをくっつけた 67ヘエ 通天閣は昔、凱旋門とエッフェル塔をくっつけた。トリビアの泉で知ったらしい。 うんていをしているときにななちゃんにけられたいたかたてくびがおれてう 最後の「う」が気になる。
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2003/10/30 [木]
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■通常はやらなくてはならないことは頭の中にしまっておける程度にしかないのだが、今はメモしておかないと忘れそうなくらいきつきつである。ありがたいことだけど、正直ひー。
■「働きアリ」の約2割は働かないそうだ(アサヒコムより)。ちょっとホッとした気分。何もしなくても誰の役に立たなくても、ただそこにいるだけでいい、という存在が許される社会は幸いなるかな。
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2003/10/31 [金]
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■女子大生のおねえさんが朝と夜、我が家に来た。卒業研究で「働くお母さん」について書くとのことで、阿久沢を一日密着取材していたのだ。仕事中はもちろん、自宅での育児・家事ぶりも見に来たのである。 夕食を一緒にしたのだが、麦人と文人のテンションが異常に高い。二人でトリビアの話やマンガの話を延々としていて、やたらと笑い転げている。どうやらこんな子供でも、男はみんな若いおねえさんが大好きらしい。側にいてくれるだけでにこにこになってしまうのだ。文人などは「笑ってばかりいないでちゃんとごはんを食べなさい」と俺に注意されたほどだ。
■今、何をしたいかというと、中原中也全集と宮澤賢治全集を抱えて、奥出雲の民宿かどこかに一週間くらい引きこもって、昼は里山をぶらぶら歩き、夜はそればっかり眺めて暮らしたいのである。
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