2003/11/01 [土]
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2003/11/02 [日]
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■今日読み終わった本 松浦玲『新選組』(岩波新書) →著者の松浦先生は、俺にとっては「松浦玲君」である。学生寮の遙かな先輩なのである。1950年代、京大吉田寮生だった松浦玲君は、学生運動に参加して官憲に逮捕され、大学から除籍・放校処分を受けた。吉田寮自治会は、大学当局から学籍を失った松浦君を寮から退去させるべく圧力を受け、討論の末、圧力に屈して松浦君を退寮させることを余儀なくされた。この反省から吉田寮自治会は、入退寮権を寮自治会で保持することが寮自治の生命線であることを確認した。だから我々も、入退寮権を断固として守っていかなければならない──という話を入寮オリエンテーションで聞かされた。俺が自治会の執行委員を務めたときも、新入寮生に同じ話をした。今はどうなっているか知らない。 読み終わって奥付の上の著者略歴を見たら、ちゃんと「京都大学放学処分」と記してあった。何だか嬉しいぞ松浦君。
■前にも何度か書いたけれども、俺はやはり「夢」ってやつが好きになれない。「夢」は言葉にしたらもう夢ではなくただの目標になるし、それを達成してもさらに前方に蜃気楼のような「夢」を見続けることを強制されそうな気がする。「夢」の内容が問題なのではなく、それを抱くこと自体が推奨されているような。今の自分を無限に否定し続けることを強制する。それこそ「夢」の正体なのではないか。 それは無限に拡大することを宿命づけられた資本主義経済のようなもので、つまりは時代や社会によって作られたものだ。だから「夢」なんて見る必要はない。語り合う必要もない。その日その日、空と雲と天井のシミでも眺めて楽しければ、それはそれでいいのである。
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2003/11/03 [月]
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■夜、寝室でいつまでじゃれあっていた麦人と文人だが、急に文人の泣き声が聞こえた。どうしたのかと見ると、じゃれあっているうちに、文人の足首と麦人の顔が当たったらしい。文人は足首を押さえて泣いているが、俺は黙って目を押さえている麦人の方が心配になった。出血もなく、特に見え方に変わりはないというので、そのまま寝かす。 30分ほどしたら麦人が起きてきた。「文人が心配で眠れない。今、ううーんって言った」。この兄は優しい。こういう兄が先に歩いてくれることで、文人はかなりよい思いをしているはずなのだ。二人とも自覚はしていないようだけど。
■明日も仕事。さすがに疲れてきた。
■フォームメールへの返事 2 Nov 2003 03:24:58 +0900 →学校の先生ですかぁ。機会があればちょっとやってみたいような気もしますが、生徒として経験した学校はしんどいところだったからなぁ。多分僕には勤まらないでしょう。あ、運動会の司会とか、修学旅行での宿の見回りとかはちょっとやってみたいかもしれない。
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2003/11/05 [水]
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■やはり俺は体力知力ともに余裕がない男なのか、仕事が忙しくなるとあれこれつまらないことや面白いことを考えることができない。今、頭の中の半分くらいは、マッサージに行きたいなぁ、という類で占められている。
■こういう時に改めて、俺は授業するのが好きらしい、と気が付く。学校に着くまではやたらとしんどいんだけど、教壇に立っている時はいい感じで身体を気が巡っているのが分かる。ノドが痛くて何を食べてもしみることに気が付くのは仕事が終わってからだ。
■JAGATARAの記録ビデオ『ナンのこっちゃい1〜3』がDVDで再発になる由。大吉。VHSで10年以上前に出たのを持っているけど、画面が劣化して赤っぽくなってきて悲しんでいたところであった。これを買ったら、いよいよDVDの機械も買わなければなるまい。そんなわけで今夜は『TANGO』を聴いている。ひとーつ!ふたーつ!みっつ数える前にあんたは! JAGATARAみたいなバンド、フィッシュマンズみたいなバンドが出てこないかなぁと今でも思わないではないんだが、JAGATARAとフィッシュマンズがいたんだからそれで十分なんだろう。
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2003/11/06 [木]
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■さて選挙が近いので俺も投票態度を決めねばならぬ。間接民主制はセカンドチョイス、サードチョイスの選択であるから、今回は小選挙区−民主党、比例区−民主党でいくことにする。 それにしても兵庫1区の自民党候補者の人相が悪いこと悪いこと クリック クリック→ ●。直接会って話せば全然違うのかもしれないが、基本的に人前に出てはいけない人相である。当該陣営でも重々承知と見えて、選挙ポスターでも顔写真は非常に小さくしか掲出されていない。これも相当に人相の悪い民主党候補者が、意外に人情味のある顔に見えてくるほどだ クリック クリック→ ●。 学生時代、日本社会党候補者(当時。現民主党市議)の市議会選挙をほんの少し手伝ったことがあった。選挙ポスター用の写真を撮ったカメラマンが「××(候補者)はどの角度から撮っても鼻毛が写るし、太っているからどんなに姿勢を直してもシャツのボタンの合わせ目が緩んで下着が見える。最低の被写体だ。二度と撮りたくない」とこぼしていたのを思い出した。
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2003/11/07 [金]
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■ホン・ヨンウンが10月に亡くなっていたことを阿久沢からの情報で今日初めて知った。残念。残念。もっともっとあのシャウトを聴きたかった。昨年の春一番を聴きに行かなかったことを悔やむ。 ホン・ヨンウンを初めて聴いたのは、高校2年の夏であったか。中野駅前広場で開かれた野外ライブで、トラックの荷台の上にロックバンドを率いて登場した。そのころからスキンヘッドだった。「法律さん法律さん/俺も人間なんだよ/法律さん法律さん/俺も生きてるんだよ」(『おいらトラックの運転手だったんだ』)、「背番号10番が走る/おーい!/走り続けろよ!」(『背番号10番』)とか、一度聴いただけで胸の中で何度も反響する歌だった。同じ年の冬に、藤沢市の市民運動団体が呼んだので聴きに行った。あまり宣伝をしていなかったと見えて、聴衆は10人ほど。フォークギター一本で歌い続けた。「満鉄の/金ボタンの/馬鹿野郎」。そこで一度だけ聴いたフレーズを、今も俺は思い出せる。 同じ在日朝鮮人シンガーの白竜が映画俳優となり、メジャーへの道を歩んだのとは対照的に、ホン・ヨンウンは仕事を持ちつつ、年に何回か歌う、というスタイルで歌い続けていた。京都にいるときに数回聴いた。最後に聴いたのは、震災の直後、光玄と二人でどん底ハウスでやったライブだった。「今元商店街を抜けて/お前に会いに行こう/白い夜を/アルコールで消してしまおう」。 繰り返すがホン・ヨンウンのシャウトは絶品だった。在日朝鮮人の生き様を見た、などと分かったようなことを言うつもりはない。だが、朝鮮人の親を持ち、日本で生きていくことで在日朝鮮人が見てきたであろう、深淵の深さと黒さを垣間見ることは俺にもできたと思う。いい歌を聴かせてくれてありがとうホン・ヨンウン。俺は忘れない。
■曙がK−1へ!いやー、これはヤラれました。正直驚きました。さすがです。貴乃花がWJへ!なんてことは絶対にないな…。
■最近のふーメモより。 おふろのふたわしメる ちんちんおひぱらない ごはんおたべるトきはりょうてをだす 俺がそれはするな、またはしなさい、と言ったことをちゃんと記録していた。えらい。
おかあさんのおべんとうおぜんぶおとした 洗って食べた、とのこと。
トりびあのいずみがCMになるトきにいぱいへーおおるけドほんトわないんだよなにかおわすれた 最近、テレビを見ながらメモを取るようになった。
りくちゃんとななちゃんとこころちゃんにあた 一人で公園に行く楽しみをおぼえたのだ。
■メールフォームへのお返事 5 Nov 2003 23:36:37 +0900 →あー、それは彼氏さんが悪いですね。寛容になる必要はありません。怒れ怒れ。不愉快な気持ちはちゃんと伝えた方が絶対にいい。相手にそれが重かったとしても、それが彼氏彼女というもんだと思います。
6 Nov 2003 02:02:22 +0900 →おお!なんとなんと。息子どもがいつもお世話になっています。おかげさまで二人とも、身体だけは大きく丈夫に育っています。いつも上の方からレッスンの光景を眺めているのですが、自分の子供がちゃんと集団の中でばちゃばちゃバタ足しているのを見ると面白いです。あの赤ん坊だったやつが、ちゃんと社会人への道を歩いてるじゃん…という感じで。もしレッスンでお世話になることがあれば、どうぞシゴいてやって下さいませ。
6 Nov 2003 11:57:02 +0900 →木野祭に行ったんかい。またえらい遠いところまで…。1回生の時に紅龍&ひまわりシスターズを聴きにいったよ。micmicも一緒だったな。その前の年は江戸アケミが発狂する直前のJAGATARAが来たらしい。あそこの学祭って、いいセンスしてるよね。掲示板、とりあえずどっか借りては如何。
7 Nov 2003 02:59:02 +0900 →久しぶりなどと言わず、毎日来て下さい。面白いかどうかはアレですが、毎日どうでもいいことはたくさん考えておりますので…。
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2003/11/08 [土]
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■今日は今年度で一番やばかったかもしれない。妙に暖かくて身体のテンションが緩んで、奥底に結晶化して永久保存状態になっていた疲労の固まりが溶けて流れ出した感じ。講義しながら寝そうになった。やばいやばい。こういう時でもやることはしっかりやっているから、俺って偉いと思ったり。当然か。
■今日読み終わった本 竹内洋『教養主義の没落』(中公新書) →自分の立ち位置を知る上で一つの光源になる本。特に文学部の人間は読んでみるといいだろう。教養主義というのが、農民─武士の刻苦勉励エートスに由来するものであって、下町─町人の遊民文化の対照物であるという指摘は面白かった。俺の両親が俺に大学卒の学歴を与えようとした所以も何となく分かった気がした。俺の両親は二人とも地方都市の商家の子女だが、高度経済成長の時流に乗って父は東京のサラリーマン、母はサラリーマンの妻となった。町人が中間層に階層移動するとき、その証として必要なのが学歴的教養である。俺に大学卒学歴を与えたこともその一環として理解可能である。両親(とりわけ自身は大学卒学歴を持たない母親)が俺に、学歴の重要性を過剰に説いて聴かせたことが、俺に学歴的教養の重要さを過剰に意識させたのだろう。しかしながら、大学卒学歴は今日、マスの中のそこそこ上層、という程度の指標にしかならない。そのギャップが俺をしてあれこれ迷わせることとなり、旧帝大に入学するわ学生運動はするわ会社に入ってもすぐ辞めるわ、訳の分からない人生行路を歩むことになったのであろう。両親としては甚だ不本意であろうと思う。許されい。いろいろ考えるところは多いが、それはともかく俺は本を読む人間になってしまったのだから仕方がない。
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2003/11/09 [日]
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■公園で遊んでいた文人が帰ってきた。玄関でもじもじしながら立ったまま、なかなか中に入ってこない。「どうした?」と声をかけると、「…怒らない?」と聞く。「怒らない。どうした?」。「おしっこがもれちゃった…」。見ると足下に水たまりができている。限界ぎりぎりまで遊んでいて、尿意を催して飛んで帰ってきたが、間に合わなかったらしい。 君の股間には何のためにホースがついているのか。立ち小便くらいしてこい。玄関に水を撒いてキレイにしなければならない手間を考えると腹が立ったが、「怒らない」と言った手前、小便をしたこと自体を叱るわけにはいかない。「しょうがないな。ズボンとパンツと靴を脱いで持っておいで」と指示する。にもかかわらず滴をぽたぽた垂らしたまま立ちすくんでいるので、「早く!」と、ここで怒りを放出。別件逮捕みたい。 スニーカーを洗ってやったら(ついでに麦人のも)、その汚れ具合もさることながら、縫い目や中敷きの奥の方から大量の砂が出てくるのにびっくり。1ヶ月前に買ってやったばかりなのに、麦人のは地面に接するゴムが擦り切れかけている。ちゃくちゃくと音を立てて成長する子供はめでたい。
■土井たか子が落選するかもしれないというので、予定を変更して比例区は社会民主党に入れることにした。「社会民主党的なもの」は少数でいいから残しておかないとバランスが悪いような気がする。
■今日読み終わった本 中塚明『これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史』(高文研) →「一例として『任那日本府』と『広開土王碑陵』の問題を取りあげました。この例からも、日本と朝鮮の歴史的な関係について本当にあった事実の追求には、日本側の一方的な解釈では独断と偏見に陥る危険があること、韓国・朝鮮の研究にも十分目配りをして、共同の学問的な交流を通して初めて真実に迫ることができることがわかります」(P198)。それはその通りなんだが、「韓国・朝鮮の研究にも十分目配り」したり「共同の学問的な交流」に容易にアクセスできない一般人たる我々は、アクセスできる人たちから高説を拝聴しなければならないわけで、その構造ってどうにかならんのかと思う。「初めて」ってところにちょいとかちんときただけなのだが。
■フォームメールへのお返事 →8 Nov 2003 23:31:51 +0900 今日は上から見てました。壁に貼ってあるコーチの名前に「××××」とあったので、ひょっとしたら、と思っていたのですが、やはりそうでしたか。お世話になりました。麦人はバタ足をしている時、岸から手を離しては何度も戻されているのを見て、文人と二人で笑って見ていました(文人のクラスと麦人のクラスは1時間ずれているので)。進級テストのカードをにやにや笑いながら自慢そうに見せてくれました。写真、できあがるのを楽しみにしています。
9 Nov 2003 01:23:58 +0900 →どもども、誰だか分からないけどお久しぶりです。何とか生きております。あの文芸部はやたらと遠心力ばかり掛かる場所だったみたいで、誰とも全然会わないですよ!もう年賀状も来ないですよ!いかに俺は嫌われ者だったかということですよ!同窓会、そろそろいいかもねえ。あの部室でやってみたいに、どうでもいいことをどうでもよく真剣にだらだら議論してみたいね。アルコールやマリファナ入りで。
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2003/11/10 [月]
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■選挙速報を見ている。こういうお祭り報道は、台風と並んで好きだ。予定通り、選挙区は石井一(民主)、比例区は社会民主党に投票した。まあこんなもんだろう。 速報を眺めながらあちこち日記サイトを歩いていると、「よく分からないから棄権」「政党は自分のことばかり考えているから棄権」という若僧の日記がちらほら目に付いた。前者のよく分からない奴は骨の髄まで税と年金を搾り取られ、ついでにイラクにでも送り込まれて自滅すればよいが、後者は投票所に足を運ぶべきであった。政党や政治家が自分のことを考えているのは当然である。それが彼らの仕事だからである。鰻屋は客のために鰻を焼くのではなく、自分の暮らしを立てるために焼いているのだ。客たる我々は、鰻屋をおだて、時には脅しあげて、一番美味い鰻を焼かせればよいのである。選挙はそのほとんど唯一の機会なのだ。
■投票所では家族によって連行されたとおぼしきお年寄りを二人ほど見た。記名コーナーまで付き添われて、あれこれ世話を焼かれていた。投票箱の前で俺の前にいたお年寄りは、「これには何にも書いていないんですけど、いいんですかね?」と、最高裁判所裁判官国民審査の紙を見せて、立会人に尋ねていた。 ちなみに俺は国民審査は全員×をつけることにしている。当該裁判官がどんな判決を書いているのか知らないが、国家権力には徹頭徹尾疑念を持つのが近代市民のイロハである。国家権力に対しては「疑わしきは罰せよ」である。
■終日、自宅でテキスト作成。公園へ遊びに出ていた文人が、M兄妹(兄は麦人と、妹は文人と同級生)を連れて帰ってきた。子供4人はゲームをちゃんちきちゃんちきと、にぎやかなこと限りなし。M兄がコーヒーを入れにキッチンへ入った俺に「なあ。そこのおっちゃん。おっちゃん」と呼びかけるので、「おっちゃんとはなんだ!」とつい大きな声を出してしまう。後で阿久沢に「大人げない」と叱られた。 確かに大人げないと言われればその通りで、大きな声を出すほどのことではなかった。M兄は親愛の情を示したつもりだったのだろう。頭が酸欠状態で仕事中にちゃんちきされて不愉快だったとはいえ、確かによくなかった。 しかし、親戚でもなく親しくもないよその家の親に「おっちゃん」なる語を用いて呼びかけるのはやはり良くないと思う。「おっちゃん」は年配男性を舐めて呼ぶときに、または陰口を叩く際に用いる呼称だと思う。少なくとも俺はそういう風に用いてきた。麦人文人が俺の目の前で他の子の親にそれをやったら張り飛ばすであろう。
■フォームメールへのお返事 5 Nov 2003 12:10:34 +0900(すみません。遅くなりました) →「大学にとって都合のいい人間だけが寮に住めるというのはおかしい」「我々は自分達が何者であるかは自分達で決める」。僕らもそう主張してきて今さらという気もしますが、「寮自治会に都合のいい人間だけが寮に住めるのはおかしい」「なぜ寮自治会が自分たちのありようを決めることができるのか」というのは一度考えてみるといいと思います>現寮生の方(見てる?) 松浦玲君の話を語り伝えるのは、他の誰でもない、我々自身が経験したから、という意味で、けっこう貴重なのではないか、と思ったり。松浦先生の講演会でも企画しないかな>現寮生の方(見てる?)
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2003/11/11 [火]
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■落選した議員の表情がいい。山崎拓とか(比例区で復活したけど)土井たか子とか。くちびるをへの字のまげて悔しそうにしたり、あるいは魂が抜けたような顔をしている。一般人があんな表情を浮かべているのは痛々しくて見ていられないが、政治家だとまあいっか、と見入ってしまう。プロレスもそうだけど、感情丸出しの人間の顔はたいへん良いと思う。
■市井沙耶香引退だって。惜しいなあ、とは言うまい。グッドラック。
■麦人が、小学校で作った芋きんとんを俺にくれた。「パパはお菓子を一番食いしん坊だから」と言って、阿久沢よりも文人よりも一番大きなかたまりをくれた。そんな彼は頭をまたくりくり坊主にしている(写真日記参照)。めがねをかけて敬礼させると、旧日本兵といった趣。
■フォームメールへのお返事 10 Nov 2003 20:55:44 +0900 →それもあるけど、寮自治を所与のものとして受け止め、再生産するのではなく、今ここに住んでいる自分にとって本当に必要なものなのかどうか、自由時間や睡眠時間を削って守らなければならないほど、自治寮は大切なのかな、ということを考えていかないといけない時期なのではないか、と、この間久しぶりに寮を訪ねて思った次第です。
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2003/11/12 [水]
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■仕事に行く前に少し横になったら寝過ごしてた。ふとんから這い出して1分後には交差点を渡って、新快速に乗って京都まで。ぎりぎり間に合った。講師室に入ってかばんを置いて上着を脱いだら授業始まりのチャイムがなった。えてしてこういう時の授業は、余裕を持って校舎に入ったときより快調だったりする。今年で予備校講師生活も10年になろうとしているのだが、いまだにこのあたりの機微はよく分からない。 その代わりといっては何だが、先週の今日締め切りだった冬期講習テキストの原稿を袋に詰めたまま自宅デスクに置き忘れてきてしまった。ゴメンナサイ。
■夕食後、麦人と文人の爪を切ってやった。赤ん坊の時から爪切りと尻洗いは俺の担当だ。さすがに尻洗いは数年前から御役御免だが、爪は延々と切っている。昔は紙のようにぺらぺらだった二人の爪は、しっかりカルシウムを含んで堅い、指先を守る実用品になっていた。昔は指先を傷つけないようにと、そっちばかりに気を遣っていたが、今では堅くなった爪をきっちり裁断する方に集中できる。 変わらないのは二人を膝の上に乗せてやること。爪切るぞこっち来い、というと、麦人→文人の順で、膝の上にとん、と腰を下ろすのだ。爪切りも変わらない。実はこの爪切りは、俺が実家から持ってきた。俺の親が40年近く前、俺の爪を切るのに使い、俺もこれで自分の爪を切り続けてきたものである。
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2003/11/14 [金]
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■秋が深まると高田渡が曲を付けた山之口貘の『石』が頭の中で鳴りだす。 「季節 季節が素通りする/来るかと思って見ていると/来るかのように見せかけながら/僕が居るかわりにと言う様に/街角には誰もいない」「季節 季節が素通りする/着ている毎日/見返れば 僕は/あの頃からの浮浪者」
■1年ぶりにスーツに袖を通した。たまには外気に当てないと虫がついてしまう。スーツを着ること自体に抵抗は全くないけれど、春から夏にかけては暑いので着ない。俺は汗っかきだし、講義をしているとどうしても暑くなるから、Tシャツ1枚で十分なのだ。ネクタイ2〜3本買ってきて、この秋〜冬はスーツで過ごそうかとちょっと思っている。なんだかんだ言って服を選ぶ必要がないからスーツは楽だな。迷うのはネクタイの色合わせくらいだ。
■今日読み終わった本 宮台真司×神保哲生『アメリカン・ディストピア』(春秋社) →「きわめて限られたフリーハンドしか存在しないことについて『自分たち政治家が自堕落な思考停止に落ち込んでいたので、残念ながら、いまはこれしか選択肢がありません』『だから仕方ありません』と説明できる政治家が、いるでしょうか」(宮台) →「『武力行使に大義があると判断するだけの材料は、正直言ってない。だけど日本にとっては日米関係が何より重要だから、今回の攻撃が正しいかどうかは分からないけど、とりあえず日本としてはこれを支持するしかないよ』という、ある意味たいへん率直で正直な説明は、政府や国としてはできないんでしょうかね。確かにこれは格好は悪い。だけど、信じるものがないのに、あたかもあるかのように装う、今の日本の方がもっと格好悪いと僕は思う」(神保)
■フォームメールへのお返事 12 Nov 2003 22:56:58 +0900 →そうなんですね。ただ僕は「おっちゃん」と呼ばれるのはどうにも気持ちがよくない。なぜなら、自分がその言葉を使うときは、相手を軽んじている時だから。
13 Nov 2003 00:56:09 +0900 →おお!つ…さんかい!久しぶりだ!サイト開いてると思いがけない人から連絡もらえるから有り難い。以前、み…さんからもメールもらいました。元気そうでなによりです。高校時代は思い出すたびに赤面してしまうのでアレです。でも同窓会はいいかもね。ただ、ああいう面子だから、開こうと思って開くと多分うまくいかない。流れのままに、です。それにしても二十年以上経ったんだなあ。同じだけ時間が流れたら老人になっているというわけだ。うーむ。人生は予想通り短い。
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2003/11/15 [土]
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■文人のこだわり人生が大爆発。朝、好きな服がないといっては洋服箪笥の前で裸のまま座り込み(「着て行く服がまだ決まらない/苛立たしさに唇咬んで/私ほんのり涙ぐむ」南こうせつ『夢一夜』)。その流れで朝食を食べず。阿久沢に叱られ、俺のとりなしで「ごめんなさい」をするが納得のいかない表情を浮かべたまま保育園へ向かった。その間中、渋々選んだハイネックの長そでシャツの首の部分をずっと気にしていた。夜は夜で、米をまぶして表面がぼこぼこになっている鶏の唐揚げの表面が気に入らないといって食べず。そんな子は食べなくていいよと言われたら、ほんとに「ごちそうさま」をして食卓を立ってしまった。後でお腹空くから食べな、と言っても、「あんまりお腹が空いていない」と言う。そのまま風呂に入って寝てしまった。食事タイムの後は特に機嫌が悪いというわけでもない。 家族というチームの構成員としては許すべからざる振る舞いである。しかし、文人の場合は、さもありなん、とこちらも妙に納得してしまうので困る。自分の美意識のためなら命を捨てる男なのかもしれない、と思わせるだけのものが彼にはある。楽しみ反面、凡庸な親としてはどういう方針で育児に臨めばいいのやら、頭を抱えてみようかなと思っている。
■今日読み終わった本。 長山靖生『若者はなぜ「決められない」のか』(ちくま新書) →「こうしてみるとフリーターの理想は、かつてのモーレツ社員と同じではないか、と思われてくる。「仕事」を人生の中心に据えているという点では、フリーターの「天職」感は古典的である。」 →「いやしくも才能とは、その程度の外的要因で放棄してしまえるようなものではない。何があろうと、どんなに邪魔をされようと、ときには弾圧されて生命の危険に脅かされようとも、やめることが出来ないのが、本当の才能だ」 →「今時の親世代にとっては、子供がフリーターをし、パラサイト・シングルになっているのを許すことが、親である自分自身の最後のプライドになっているのではないか」 →「それまで職業は、生まれによって決められていたから、逆に言えばどの職に就いているかは当人の人間的価値とは別の問題だった。…だが、近代に入ると職業は自由に選択できるものとなったために、「立派な平社員」というのは、あり得なくなった。…職業の貴賤は、その人の人格の貴賤と見なされる傾向が、かえって強まった」 →「『ゆとり教育』は偏差値教育への反発から立案された。成績だけが全てではないという考えが正しいとして、それ以外のことまで学校で評価しようというのは、本末転倒である。学校に限らず、人間存在を丸ごと評価するなんて、誰にもできるはずがない。その自明性に立てば、学校にやれるのはせいぜい点数で評価できる学業くらいのものであって、それはあくまで一面的評価に過ぎない、と認めることが、まず必要だったのではないか」 →「自分にあった職業を選ぶにあたって、いちばん大切なのは、『仕事』の情報ではなく、自分自身の情報を把握することだと思う。それも学校の成績とか体格とかのデータではなく、自分の欲望、自分の本当の赤裸々な欲望の把握である」 →「ところで私は、子供の頃から隠居に憧れていた。子供には一日も早く立派に一人前になってもらいたいものである」
■若い頃に戻りたいとはあんまり思わないが、もしやり直せるなら、「自分の本当の赤裸々な欲望の把握」ってのはしっかりやっておきたいと思う。そうすれば決して新聞社になぞ入ったりしなかったであろうに。我が人生最大の過誤である。いや、新聞社を受けなければ阿久沢には会っていないから、やはりこれでよかったのか。 つらつら考えるに、結局、予備校講師って、考えれば考えるほど俺にとっての最適職なような気がしてきた。
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2003/11/16 [日]
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■久しぶりに学童保育の会議で日付が変わるまで話し合いが続いた。でも前向きな方針が出たのでよしとする。 会議出席者の中に、いかにも公務員だなと思わせる発言をする人が一人いて、いやしかし、全ての公務員がこうじゃないだろうからこういう決めつけ方はよくない、と思いつつも、この人は公務員だからこういう発想するんだろうな、と考えると一番よく納得できたのも事実である。
■麦人がスイミングスクールにバスタオルを忘れてきた。取りに行かせたらスイミングスクールから電話が掛かってきて「ゴーグルも忘れてます。あ、今来ました。渡しますね」と。帰ってきた麦人に「ゴーグルも忘れたらしいな」と言うと、「うん。タオルの中に入っている」と言う。ところがタオルを開いても何も入っていない。「どうしたんだ」「さあ?」。「はい、もう一度いってこーい」。スイミングスクールの入り口に落っことしていたそうだ。結局、トータルで三往復したことになる。彼は粗忽者である。
■今日読み終わった本 小倉千加子『結婚の条件』(朝日新聞社) →「今日の晩婚化は「誰もが認めるいい男」を探しながら、女性たちが「自分は計算高くない」と自己暗示にかけなけれなならないややこしさによって生じているのである。」 →「前に私は、今や大学を出ても男子はファミレスやファストフードの店長になる時代だと書いた。自分にはミュージシャンとしての才能がある。アーティストになりたいと夢を追う男は。店長になるのがいやなのだ。しかし、店長になるための就職活動すらできない男の子は、自衛隊に行くしかない。いやだ、自衛隊に行きたくないとダダをこねる学生に、それなら単位を取るために夢を捨てなさいと諭すのが大学関係者の仕事なのだ」
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2003/11/18 [火]
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■再び文人のこだわり人生が大爆発。今朝はほんとうに参った。 例によっていつまでもふとんに潜り込んで、何度声をかけても起きようとしない。寝転がったまま、パジャマを脱がせてもらい、服を着せてもらう。朝食も食べようとしない。昨日、自分で選んだジャムパンなのにだ。「ジャムが固くなっている」とかなんとか言う。ふざけんなだ。 こういう時は麦人は「良い子」だ。さっさと食事をすませ、「いってきまーす」と軽やかに家を出て行った。二人まとめて悪い子にはならないところが妙味である。 人間関係も国際関係も何らかのきっかけで悪い方向に転がり出すと、流れを変えるのは難しい。大人同士なら、お互いが何とか歯止めを掛けようという意志があれば良い方向に逆転する可能性もあるが、どちらかが子供だと難しい。「保育園に行くぞ。靴下を履いてくれ」と声を掛けたら、これ見よがしに座り込んでマンガを読み始めた。喧嘩売ってるんかてめえ。靴下を箪笥から出して背中にぶつけてやった。 やっと玄関を出た。自転車で登園。不機嫌な表情でこいでいたら、自転車は蛇行してマンションの垣根に自爆攻撃を敢行し、文人は植木の中に脚を突っ込んだ。何をやってるんだ。そのまま固まって動こうとしない。仕方がないので俺が自転車のハンドルを持って引っ張って歩いてやる。文人はサドルの上で腕組みをしてふんぞり返っているので俺は猛烈に腹が立ち、「いい加減にしろ!」と、自転車ごとその場に倒してやった。涙を流して怒る文人の腕を引っ張って保育園まで強制連行した。 部屋に入るなり荷物を抱えて座り込む文人に、阿久沢が言う。「今日の文人はおかしいよ!どうして朝も起きないしごはんも食べないし、パパやママの言うことを聞かないの?」。文人がすかさず言い返す。「呼び捨てにしないで!」。呆れた。さらに「早く会社に行って!」だと。 決めた。お前のことをもう「ふー」「ふーちゃん」とは呼んでやらない。お前なぞ「ふん(糞)」で十分だ。
■仕事から帰ってみると、文人は何事もなかったように「おかえり」と言って手を振る。「今朝はどうしてあんなに怒っていたの?」と訊ねると、「それはね、眠かったんだよ!眠くなければガヴァァと起きますよ!」とにこやかに答えた。やはりこいつは面白い奴だ。
■今日買った本。 『竹久夢二大正モダン・デザインブック』(河出書房新社) 近代日本思想研究会『天皇論を読む』(講談社現代新書) 広瀬和雄『日本考古学の通説を疑う』(洋泉社)
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2003/11/19 [水]
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■育児の悩みもいくつかの段階がある。 最初は産まれ落ちてから1年くらい。生物として生き延びるだけの最低条件を備えているかを見極めるまで。この時期はひたすら「生きている」「声を出す」「乳を飲む・飯を食う」「小便・大便をする」ことに親は喜びを感じる。 次に、1歳から3歳あたりまで。最低限の社会性を備えているかどうか、が気になる時期だ。保育園の先生や同級生たちとコミュニケーションがとれているか。親の言うことに耳を傾けるか。メッセージは伝わっているか。 その次が文人の段階だ。親と明確に別の人格を備えつつある時期。DNAを引き継いでいるとはいえ別人格だから、親と折り合いをつけつつ日々を過ごしていけるかどうか、だ。親子だから常に必ず仲がよいというわけにはいかない。でも、まだ十数年は一緒にやっていかなければならないのだから、何とか折り合いをつける必要がある。そのためには、昨日のように時にはお互い角を突き合わせながら、ぼちぼちやっていくしかあるまい。幸いなことに、手を焼きつつも俺は文人が好きだし、文人も俺のことを嫌ってはいないようなので大丈夫だろう。
■麦人はその次の段階に入りつつある、というところかな。社会の中でいかなる位置を求め、どのようにしてそこに居場所を作るか、という段階。もうちょっと先のことだけど。具体的には高校や大学の受験という形になって現れるのだろう。
■何を隠そう文人は俺の幼年期にそっくりなのだ。外から見ればどうでもいいことで激しく怒り、落ち込み、こだわる。俺は幼稚園児だったころ、犬の糞を踏んだといっては登園を拒否し、身体測定が寒いといっては自宅に逃げ帰り、みんなで踊るのがいやだといってはフロアに横になっていた。だから、文人がつまらんことで身をよじるほどひねくれると、俺の中の最底部がシンクロする。
■明日は休講。麦人の個人面談に行ってくる。さっき「小学校は面白いか?」と訊ねたら、にやにや笑いつつ首をぶんぶん縦に振ったので、まあ大丈夫なんだろう。
■今日買った本 上田篤『都市と日本人』(岩波新書)
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2003/11/20 [木]
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■昨日、麦人の個人面談で小学校へ行ってきた。夕方の小学校ってこんなに暗いのか。昼間しか人がいない場所だからそんなもんなのかな。 担任の先生によれば、小学校における麦人は、活発で面白い子供で特に気になる所はない、とのことで、最近の学校行事での姿をあれこれ話してもらって終わった。楽しそうに日々を過ごしているようだ。将来の心配は将来すればよいことなので、今は安心していよう。
■トシをとったら、じたばたせずにサヨナラしたいものだ。現役世代に負担をかけるのは心苦しい。俺は若い頃に十二分に楽しく生きたのである。今も十二分に楽しい。今の段階で胸を張ってそう言えるのである。 仮に長生きをするにしても、充実した老後、楽しい老後などとは口が裂けても言うまい。テレビを見たり図書館に通ったりして、金を使わずちまちまとお迎えを待つのみである。ていうか俺はそういう生活がすごく楽しみなのだが。
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2003/11/22 [土]
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■昨日買ったCD オルケスタ・デル・ビエント『風の旅団・劇中音楽集』 →「風の旅団」系のテント芝居はどうにも性に合わなかったが、音楽はかっこいいなあ。クレジット見たら篠田昌巳に大熊亘にエマーソン北村だってさ。そりゃかっこいいわけだ。旅団にさらわれてついに帰ってこなかった伊藤くんよ、元気にやってるかい。
■俺の顔を見るたびに「最近の朝日新聞の論調はおかしくないですか。朝日はイラクに自衛隊を派遣したがっているんですか。そういう風潮に歯止めを掛けるのがマスコミの仕事なんじゃないですか」と話しかけてくる同僚の先生がいる。俺が昔朝日の社員だったことを知っているからだと思うのだが、正直反応に困っている。 理由はいくつかあって、まず俺は朝日の社員として内部で何事かが出来うる立場にいたのにそれを放棄したのだから、今さら人前で朝日の悪口を言うのはみっともない(こっそり愚痴は言う)。妻は今も朝日の社員で、間接的ではあるがその恩恵を俺もこうむっている(例えばマスコミセミナーで仕事ができるのは、半分は俺が元社員であるためだし、残りの半分は妻のおかげであろう。)。新聞に特に期待はしていないので、批判をする気にもあまりならない、といったあたりだ。 だから、正面から「その通りですよ!」というのも変だし、「そんなことはありませんよ!」という気もしない。中途半端にうなずくだけである。情けない。
■最近読み終わった本 高橋敏『江戸の訴訟』(岩波新書) 宮台真司・宮崎哲哉『ニッポン問題』(インフォバーン) →「数学の証明問題は思考力だと思ってるだろ。馬鹿野郎、十年早い!紀元前にアリストテレスが二千数通りのパターンに整理した。それを暗記すりゃいい。思考はそれからだ」
■2週間ほど咳が続いていた文人が発熱し、保育園から返品されてきた。38.6度。毎週金曜日に来てくれている女子大生のおねえさんに早めに来てもらった。自分でも「しんどい」と言って横になっている。「明日お医者さんに行こうね」とも。子供が自分で不調を訴えるのは、よほど辛いときだけだ。この連休で治るといいね。 共働き夫婦にとって最大の懸念は子供の病気である。それでもうちの子供たちは丈夫なので助かっている。
■JR大阪駅のキオスクのドリンクケースに「温かいホットあります」との張り紙発見。疲れた心がほかほかになった。
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2003/11/23 [日]
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■朝の6時半から文人が暴走。日曜日は『どれみ』やら『ナージャ』やら朝のアニメを兄弟仲良く並んで座って見ることになっているのだが、どちらかがカーペットに潜り込んだの込まないので喧嘩が始まり、麦人が文人を叩いたため暴走スイッチがオンになった。風邪をひいているのに玄関でわぁわぁ泣くのでふとんの中に引っ張り戻したらどんどん逃げ出す。廊下にひっくり返って壁をキックし続けるので平手打ちを一発かましたところ、「もういいい!靴を履いて家出する!」と宣言し、ほんとに靴を履いて家を出て行った。連れ戻しても何度でも靴を履いて家出する。仕方なく麦人に謝ってもらって和解させる。こういうとき麦人は偉い。頼りになる。親がいくら話して聞かせるよりも、兄がよしよししてやる方が文人には効く。子供─親の距離より、兄─弟の距離の方が近いのだ。この兄がいなければ、文人は家族の中でかなり危うい地位にいたと思う。
■いろいろとやらなければいけないことがあって、その大半をパソコン上でやらなければならないので肩や首や目が難儀である。そのせいかすぐに眠くなる。
■昨日買ったCD るり『るり式』 →『冬のサナトリウム』とか『傘がない』とか『甲州街道はもう秋なのさ』という70年代の名曲をカバーしたもの。やっぱり60〜70年代のフォークや歌謡曲って素敵だ。帰るのはここである。カバーはいい感じなんだけど、『冬のサナトリウム』の後奏であがた森魚がぐじぐじしゃべっていてちょっとウザい。
■昨日買った本 萩原恭次郎『死刑宣告』(長隆社) →難波の古書店で。なんかもう無茶苦茶な言葉の暴走。すげえすげえ。読むのではなく見る詩だ。
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2003/11/24 [月]
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■阿久沢が休日出勤だったので、男3人でうだうだ家で過ごした。文人がまだ本調子ではないし、えらく冷え込んできたので致し方なし。退屈した麦人は、「お小遣いが貯まったから」と、シーアのトイザラスまで一人でクラッシュギアを買いに行った。大きくなったものだ。と思ったら、「お金が足りなかった…」と肩を落として帰ってきた。そうそう、そういう思いをして労働意欲を持ちなさい。試みに「初めてのアコムやプロミスへ行けばお金を貸してくれるぞ。行ってみたらどうだ?」と水を向けてみたら、にやにや笑いながら首をぶるんぶるんと振った。横から文人が「1000円借りると1500円返せって言われるんだよね」と付け加えた。教育の成果があがっている。
■昼食後、3人で人生ゲームをやる。俺はタレント、麦人はフリーター、文人は政治家となり、文人→俺→麦人の順位になった。麦人は小学校では決して本気にならないくせに、ゲームや競技で敗れることを本気で嫌がる男である。最下位がほぼ決定した段階で麦人は「どーせ俺はフリーターだから、びんぼーなんだよ!」と荒れまくっていた。フリーターになるのは場合によっては仕方ないけど(予備校講師もフリーターみたいなもんだし)、リアルで荒れるのは勘弁してほしいと思った。
■夕食の準備が出来たよ、と子供たちに声を掛けようとしたら、文人がリビングのカーペットの上でガチで眠っていた。やはり体調がまだ十分ではないから、今朝はあんなに荒れていたんだろう。抱き上げて寝室へ連れて行く。顔をしかめていた。
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2003/11/26 [水]
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■10時前に家に帰ると、ふとんに入っていた麦人が起きてきて、俺が着替えするのを手伝ってくれる。上着から袖を抜くのとき引っ張ってくれたり、脱いだズボンを畳んでくれた。うーむ。こんないい子に育てたおぼえはない。いずれ視線も合わさなくなる時期が来るのだろうけれど、お互いにこういう記憶が残っていれば、何とか乗り切れそうな気がしてきた。こういう39歳になっているとは予想しなかったな。
■メスカリン・ドライブがここ数日気持ちいい。ニューエスト・モデルとメスカリン、再結成して対バンでやらないかなぁ。
■最近のふーメモ。 「にもエいもーもーまーりんドヒー」 謎。 「6かいしまじろうがきたてことのうそおついた」 楽しみにしている進研ゼミ(しまじろう)。今月号はまだ来ていないのに、麦人に「来た」とだまされたらしい。6回も。 「4のカキカた 44 とのカキカた とと」 練習のあと。 「ゆメにべねせのゆメふじわらないかのゆメかメれおんらむね」 夢の記録らしい。 「メろんそーだあじ・かわふるどりんくあじ」 かわふる=パワフル 「みとこうもんはしょうねんのころかなりぐれていた」 「トリビアの泉」視聴記録。 「中けんはちこうのなきごエのれこーどがある」 同 「おにいちゃんおねエちゃんが2003ねん11がつ15にちきんようびかエるねるトきの2じ14ふんにかエるいつもげつかすいもくきんいしこうかんきてくれたなまえわすれたひろみほのトラいやるういーく」 近所の中学生が、体験授業で1週間、保育園に来ていた。別れを惜しんでの記録。 「2003ねんもくようび13にちうどんづくりおした」 保育園でうどんをつくった。 今のふーメモは掌サイズの小さなメモ帳なので、今度はA5ノートを買ってやろうと思う。絵も描いてくれそうだし。
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2003/11/27 [木]
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■電車で席に座った瞬間に意識を失う季節となった。難波で仕事をした帰り、普段ならJRを使うのだけど座りたい一心で阪急梅田から乗った。座ったところまではおぼえているが、十三・西宮北口を通過した記憶がない。それでもちゃんと岡本で降りられたから我ながら感心した。それもこれも来週までだ。もっとも再来週からは冬期講習シフトに入るのだが。
■麦人の顔は俺に似ていて文人は阿久沢に似ている。俺が子供を欲しいと思ったのは、まず第一に子供時代の阿久沢がどんなものだったのかを見てみたかったからである。だから男の子が2人も来たことはその点では期待はずれだったのだけれど、文人がどんどん阿久沢に似てくるので楽しい。性格は残念なことに俺だ。 麦人の素直で正に子供らしい性格と運動神経の良さは、俺と阿久沢のどちらでもない。俺・阿久沢の遺伝子が何らかの進化を遂げているとするなら、それは文人ではなく麦人の中に結実しているように思う。そんなことを考えながら、麦人の学資保険掛け金を1年分払い込んできた(文人のは阿久沢担当)。こいつらをでかくしなきゃいけないから、眠いけれど頑張って働くか、と思えるのはいいことですよ、うん。
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2003/11/28 [金]
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■北予備で仕事。岡本から阪急に乗って、最近いつもそうであるように着席した瞬間に眠りに落ちた。目が醒めたら何のことはない、梅田である。折り返し三宮行きとして発車するところだったので、そのまま十三まで戻った。
■今週から来週にかけて、レギュラーの授業が最終講を迎えているところだ。毎年思うけれど、4月からあっという間に時間が過ぎる。名残を惜しむ余裕も時間もないけれど、幸あれかし。祈第一志望校合格。
■最近読み終わった本 高橋敏『江戸の訴訟』(岩波新書) 上田篤『都市と日本人』(岩波新書)
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2003/11/29 [土]
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■うちはマンションの1階なので、毎朝、庭に面した道路を通って麦人がリビングから見える。「いってきまーす」「いってらっしゃーい」とやりとりするのが日課だ。ところが今朝の麦人は、脇目もふらずに小走りで小学校へ向かっていった。今日はミニ遠足で、クラスのグループ単位でJRに乗って(教師の引率なしで)王子動物園に行くのである。こういう学校行事があるとき、彼は本当に楽しそうなのだ。 とりあえず今は小学校が楽しそうだ。同級生や担任教諭との相性、学童保育、弟の存在、親との関係、いろんな要素が結びついてそういう状態になっているのだろう。一つ一つを分析して因果関係を証せないほどに既に彼の人間関係は複雑になっているわけだが、まずは有り難いことである。 それと、俺がほとんど毎朝子供にいってらっしゃいを言える仕事をさせてもらっているというのも、有り難いことであるな。
■夕食時。おかわりをした文人だが、2杯目を食べている途中でお腹がいっぱいになってしまった。でも、残すとおやつのお菓子がもらえないので、箸で茶碗をかき回したり、甚だ潔くない食べ方を続ける。指先でごはん粒をいじくり回したりする。俺はこういうのが嫌いなので「そういう食べ方をするならもうごちそうさまをしなさい」と言うが、「いい。まだ頑張る」と、延々と指先でごはん粒を触るだけである。結局、俺の命令で強制終了となった。 最近、こういうことが多い。俺が疲れているのか文人が次の段階に成長する過渡期なのか。歯車がすこぅし噛み合っていない気がする。かわいいんだけどね。
■注文していたじゃがたらのDVDが届いたので、いよいよDVDプレーヤーを買うことを決意する。阿久沢の手術1周年無事経過祝いという位置づけだ。
■今日読み終わった本 八田圭子『学童保育指導員 ドド先生物語』(高文研) →大阪の学童保育所のルポ、ちょっと構成が散漫な感じがしたが、学童保育所の抱える課題や悩みはどこも同じで、でも学童保育に集まる子供たちの表情も同じみたいでほっとした。麦人の通う学童保育所も今ちょっと、いや相当な難題に直面しており、クリアするまでには血と涙の雨も降りそうな情勢なので、身にもつまされた。 学童保育所にはとてもお世話になっているのだけれども、「学童の子はみんなで育てる」的な共同保育の理念には、やはり俺は肌合いの違いを感じる。俺は自分の子どもと遊ぶのも時には苦痛なのに、人様の子どもを相手にするのは正直いやである。 また学童保育だけではなく小学校にもある「昔の遊び尊重主義」、すなわちゲームばっかりやっている子どもにけん玉や独楽回しをさせようという風潮もいやである。ゲーム<けん玉・独楽、という不等式は誰が証明したのか?そもそも俺だってけん玉や独楽なんかろくにやっていないし、インベーダーゲームの方が面白いと思っていた。
■今日買った本 金子達仁『泣き虫』(幻冬社)
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2003/11/30 [日]
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■お昼にほかほかの豚まんを出したら、子供たちは「熱い熱い!」と両手で転がして冷めるのを待っていた。おにぎりを握るように、豚まんを右手、左手と代わる代わる移動させていた文人が「熱いときはこうやってかわいがる」と言った。かわいい奴が言う「かわいがる」はほんとにかわいいと思った。
■学童保育の会合。甚だ紛糾した。中国人のお父さんが「日本は和の国だと聞いていたけれど、これは全然和の国じゃないですね」と発言したのが大変愉快だった。長引いたので、阿久沢は連れてきていた子供たちをいったん家に帰し、ふとんに入れてからまた復帰した。全て終わったのは午前1時過ぎで、阿久沢と二人で得正のカレーうどんを食べて帰宅。
■今日買った本 友川かずき『競輪生活』(ジャパン・ミックス) →競輪のことは全く分からない俺だが、前書き冒頭の「ほとんど毎日、競輪をやっている。競輪は面白い、それは私の内で圧倒的に、あらゆる他のものものに先んずる」、最後の「競輪がなくては一日も生きて行けないくらい、私は競輪を愛してしまった。あとは、簡単、それをつらぬけばいいだけである」というフレーズだけで、この本を買った価値があったと思った。
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