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2003/05/01 [木]   

■今週はとにかく眠い。気圧のせいだろうか。テンションが上がっても長続きしない。有酸素運動やりすぎて肉体が酸欠になっているのだろうか。春だなあ。賀茂川の河原に新聞紙を敷いて昼寝していたい。それにしても、吉田寮の畳の上って、何であんなにいつまでも眠れたんだろうか。

■生徒さんが質問ついでに、「友だちとごはんを一緒に食べる約束をしたのに、仲間はずれにされた」と。予備校も始まったばかりのこの時期は、友人ができるかどうかが、場合によっては勉強以上に大きな問題になるようだ。詳しい状況も分からないし、そこまで講師が踏み込むべきでもないので、「友だちなんかいないならいなくても構わない」と話をする。せっかくなので授業でも「友だちがいないと生きていけないとか、友だちがいない人が淋しい人間だなんて大嘘だ。お金はないと生きていけないが、友だちはいなくても生きていける。だから一人でメシ食って一人で勉強することを恐れなくてもよい」旨を説諭。


2003/05/02 [金]   

■麦人の担任の先生が家庭訪問に来た。年配の男性教諭である。スーツに白のスニーカーという学校の先生らしいファッションに好感を抱いた。玄関先で立ち話。「忘れ物や落とし物を少なくすれば、落ち着いているいいお子さんだと思います。ご家庭で何か気になっていることはありませんか?」「ありません」「では何かありましたら遠慮なく」、という調子で滞りなく終了した。
 いちおう先生のためにと阿久沢が買っておいたケーキは俺のものとなってラッキー。

■文人が保育園で習ってきた「金太郎踊り」が我が子とは思えぬほどカワイイ。まさかりを振り下ろすときの脚のふんばりが特に。

■子供を寝かしつけているうちに自分も眠ってしまい(午後10時すぎ)、早朝に目覚める(午前4〜5時ごろ)という日々が続いている。睡眠時間はしっかり確保できるんだが、昼間眠いんだな、これが。

■最近買った本。
斎藤憐『昭和名せりふ伝』(小学館)
島成郎『ブント私史』(批評社)

■最近読み終わった本
木田元『詩歌遍歴』(平凡社新書)
→個人詩集って、最初から最後まで読み通すのがけっこう大変(飽きてしまう)なので、こういうアンソロジーが有り難い。それも、専門的なツッコミとか詳しすぎる注釈抜きで、俺はこの詩(歌)が好きなんだよ、っていうよい意味での無責任さがいい。


2003/05/03 [土]   

■連休に入って、阿久沢と麦人・文人が横浜に帰った。最初の2日くらいは家の中が静かだし、朝は誰にも起こされずにいつまでも寝ていられるので幸福だが、2日目が終わるあたりから急に淋しくなる。子供たちの映ったビデオを見たりする。何が淋しいって、やっぱり子供の手触りだ。ほよほよの頬とか、もちもちの尻とか、厚ぼったい掌とか。
 そんなわけで昨日から孤独カレーを鍋いっぱいにつくって食べている。

■頼みもしないのに送りつけられてくるエロ宣伝メールの中に一つだけ面白いものがあるので、これのみ削除しないで保存してある。最新号はこんなの。
高倉 健さんのひとり言!

戦後のどさくさに乗じて早いうちに石油の行政の既成事実を形成してしまいたい米国はブッシュ大統領が戦争終結を宣言しました。そして「イラクは自由になったのだから、イラク国民が自国の資源を国家繁栄の為に自由に販売できるようにすべきであり、もはやイラクに対しての経済制裁は無意味である」と演説しました。
そして国連に対して経済制裁を解除するよう働き始めました。もともとこの経済制裁はイラクは危険な国であるから石油で儲けた金で軍備を整えるのはけしからんと言うことで米国が国連に働きかけ国連が発動したものでした。また大量兵器査察も米国の主導で国連の名の下に行われていました。フセイン政権が倒れたとは言え制裁はイラクと言う国に対して発動されたことになっています。大量破壊兵器が見つかっていない今のイラクは当然まだ危険な国とみなすべきでしょう。
そんな訳でフランス、ドイツ、ロシアは大量破壊兵器がまだ見つかっていないことを理由にイラクはまだ以前と変わりなく危険な国であり、国連安保理で大量破壊兵器の問題が解決されるまではイラクは自由に石油を輸出をすべきではないと主張しています。まさに、米国は国連の名の下に自分が作ったワナに自分が引っかかったと言ったところです。
一方、IAEAのエルバラダイ事務局長は、米軍が国連査察官のイラクへの入国を認めていない状況に異議を唱え速やかに国連の査察再開が必要だと主張しています。事務局長は、「我々は国際社会の代表であり、公平な立場なので最も信頼されている」と述べ、「米軍が単独で大量破壊兵器を発見しても国際社会は疑うだけである」とも述べました。また、米英軍がイラク攻撃が合法と主張したものが安保理決議そのものであり、安保理がIAEAに査察を命じており、これを履行する義務があるとも述べています。また交戦中ならともかく、安全が確保され、ジャーナリストや人道支援関係者が現地入りしているのに、査察官の入国を拒むのはおかしいとも。
本当に何から何までおかしい戦争でした!?

そんな中、米国、ロシア、EU,国連が策定したパレスチナ新和平案「ロードマップ(行程表)」がイスラエルとパレスチナ政府に届けられました。内容はイスラエルの存在を脅かすイラクはもう存在しないのだから、イスラエルは今すぐ全ての占領地から全面撤退すること、そしてパレスチナは即座にテロ行為を停止すること。などなどそして2005年までにパレスチナ国家を作ると言う内容のものです。米国をうまくあやつって宿敵イラクを崩壊させたイスラエルにとってはもはやブッシュ大統領は必要ないのかも知れません。米国報道メディアを牛耳っているユダヤ人が一斉に動き出したのでしょうか?今週発表された世論調査でブッシュ大統領の不支持率が支持率を上回ることが2つの世論調査で発表されました。報道メディア=米国系ユダヤ人が国民の関心を経済の悪化に目を向けさせる作戦に出てきたようです。
それは米国はもうこれ以上の戦争は出来ないことを意味します。これを日本から見ると米国は北朝鮮問題で日本の為には何も出来ないことと同意語となります。
小泉君は拉致問題で米国が助けてくれると思ったのでしょうが............。陰で米国をあやつるイスラエルの方が1枚も2枚も上だったと言うことでしょう。

「お嬢さん、結局はこの戦争もユダヤ人が仕組んだことになるんでしょうね?」
「終わって見りゃあ、一番得をしたのがイスラエルじゃないんですかね?」
「他国の軍隊を使って母国を安泰にするなんて上等じゃありません?」
「お嬢さん、日本も、我が日本も負けてはいられません!」
「お嬢さん、この際、一層のこと東大を米国に作ってはどうでしょう?」

* ますます好評! "空爆スペシャル" ! "人道支援セール" もお忘れなく!*
*先週から人道支援物資の中から良い作品を選んで毎日更新しています。お値段も人道支援並みデス!お見逃しなく! 
*北朝鮮では幹部しか味わえない「喜び組」「幸福組」「満足組」がGonbay2002にも登場しました。どんなものか覗いてください!
国際情勢に関するコメントがトップにあって、その分量も全体の半分以上を占める。その分析もなかなか的確である。エロ関係の宣伝は後回しなのだ。
 かつて運動で行き詰まった新左翼運動の活動家が大挙してエロ雑誌業界に流れ込んだという話は有名だが、これもそういう系譜をひく業者なのだろうか。エロ万歳。


2003/05/04 [日]   

■一日中寝ていた。朝10時、生協の宅配と三里塚ワンパック野菜の宅配を受け取ってまた寝床へ。午後4時まで寝ていた。今夜もそろそろ眠い。寝疲れでまた眠くなるという永久睡眠理論を久々に実践してしまった。

■人はどこかの場で承認されていないとシンドくて、でも1か所そういう場があればいいって話は確か宮台真司の本で読んだ話で、多分そのとおりだと思う。
 で、昔は学校ではバカな子供も、家業の手伝いをしているとか、腕っ節が強くて子供社会の中では一目置かれているとかで、そっちの方で承認を受けていたから問題はなかったのだけれど、高度経済成長期以後は学校の成績が教室内はもちろん、家庭内でも地域社会でも子供を計る唯一の評価基準となり、それが子供の逃げ場を無くしているという。とりわけ、郊外のベッドタウン(商店も風俗産業もなく、住人みんながサラリーマンとその家族。俺の実家がまさにそうだ)にその現象は顕著であり、酒鬼薔薇聖斗はその中からこそ生まれたのだと。
 俺が思ったのは、カミサマってのは、どこからも自分が承認されなくて、誰も自分を振り向いてくれない状況でも、必ずどこかで自分を見つめて承認してくれる存在であり、そのカミサマがどこか外側ではなく、自分の中に必ず在ると信じることが個人の自立ってやつかもしれない、ということだ。とすれば、どっちにしても(具体的な場であろうとカミサマであろうと)誰かに、あるいはどこかに承認してもらわなければやってられないという点では目糞鼻糞なのかもしれない。
 生きる知恵としては自立していた方がよいのだろうけれどね。


2003/05/05 [月]   

■“ど真ん中”WJプロレスを見に行った。神戸ワールド記念ホール。こんな散漫な興行は初めて見た。ダフ屋から半額でチケットを買えたからいいようなものの、観戦中、苦笑いが浮かんできて仕方がなかった。この団体はいったい何を見せたいのかさっぱり分からない。大仁田の入場&退場シーンが一番盛り上がっていたが、それでいいのか?長州はずっと俯いて戦っていたけど、それでいいのか?長州力がこんな団体で終わっていいのか?俺は哀しいよ。奮起を期待したい。
 隣の席の、俺と同じように一人で観戦に来ていたあんちゃんとディープでマニアでケーフェイな話をして楽しむ。プロレスファンをやっている時間は俺の方がずっと長いが、最近の試合は彼の方がよく観ているので、お互い補い合って楽しかった。
 地元議員の石井一(自民)が休憩時のリングに挨拶に上がったとき、客席から「税金ドロボウ!」と声がかかった。俺もすかさずブーイング。

■会場へ向かうために摂津本山駅に入ろうとしたら、駅舎の出入り口の両サイドに募金を要請する二人が立っている。「お願いします!○×で○×で○×なんです。ご協力をお願いします!」と誠意に溢れる声で訴えている。
 俺は募金活動が苦手だ。募金を要請する(まだ経験はないが)のはもちろん、されるのも苦手だ。公衆の面前で財布を取り出して募金箱に小銭を投入するのが、なんだかいかにも「私は善人です」とアピールしているようで、いや、アピールまでいかなくてもアリバイを作っているような気がして、財布はポケットの奥深くに引っ込んでしまう。無視して通り過ぎるのも、自分が薄情で自分だけよければいい人間なんですと告白しているようで、これも抵抗がある。
 結局、俺は会釈をして通り過ぎて改札へ向かった。


2003/05/06 [火]   

■阿久沢と麦人・文人が帰ってきた。子供と添い寝をするのはやっぱり気持ちいい。子供も3日ぶりなので、やたらとスキンシップを求めてくる。でも、眠ったまま麦人がやたら上に乗ったり身体を押しつけてくるのは、この季節はちょっと暑いなあ。

■「かつて感動したことは、今でも正しいのだ」(早川義夫・ずいぶん前の朝日新聞連載記事より)。ということは、今感動していることは、年をとってからも正しいのに違いない。

白ずくめ集団を追っかけ回す報道がいやである。ほっておけばいいのに。
 何が嫌かというと、「変な連中が変なことを考えて変なことをしている(しようとしている)」と毎日毎時間白い目を向けることで、「ワタシはそうじゃない。まともだ」と確認しているに過ぎないからだ。変/まとも、というのは相対的にしか決まらないものだから、良識ある一般人たる自分を確認するためには、常にこうした集団を意識し続ける必要がある。アメリカが自分の正しさを証明するために、常に「アカ」とか「テロリスト」とか「ならずもの国家」を必要とするのも同じだ。そういう分かりやすい構図が実に分かりやすく見えてしまうあたりが馬鹿々々しいと思う次第である。
 「オウム化する危険」を指摘する阿呆もいるようだが、そういうのはオウム化してから考えればいいことだ。ていうか、オウム化してほしいんだろうな。自分の「まとも」さがよりはっきりするからな。

■ヤプーズに置いてある写真日記がようやく復活。


2003/05/07 [水]   

■朝からくるりを爆音で聴く。ちょいとこれはかなりいいかもという予感。音が点ではなく面として感じられて、しかもその面にオリジナルな色とか雰囲気が付いてくるバンドやシンガーというのはそう多くはない。ボブ・ディランとフィッシュマンズがその最たるものだと思っているが、くるりもそれに続きそうな予感だ。
 ガガガSPも聴いてみた。15年前なら少しは感動したかもしれないという感じ。

■抱えている原稿仕事がちょっと多くて忘れそうなのでここで書き出して確認しておく。

   5月8日〆  ××予備校   ××の教材
   5月9日〆  ××予備校   ××模試作問
   5月26日〆  ××社     ×本の原稿
   5月30日〆  ××予備校   ××模試作問
   6月16日〆  ××社     ××模試作問
   6月中    ××予備校   ××の教材
   7月下旬〆  ××社     ×本の原稿

 こんなもんか。そう多くもないか。ただ俺はPCに向かって仕事をしていると、気が付いたらメール読んだりWebをほっつき歩いたりしてしまうので能率が悪いのだ。一太郎と秀丸エディタしか起動できずインストールもできないPCってないだろうか。ああ、それじゃワープロ専用機か。でもワープロ専用機ってもう売ってないのでした。


2003/05/08 [木]   

■気が付いたら買っていた本
坪内祐三『一九七二』(文藝春秋社)


2003/05/09 [金]   

■授業の合間に2点の質問を受けた。

「朝廷と幕府はどう違うのか?」
「神道と仏教はどう違うのか?(神社とお寺って違うの?)」

2つとも、10分間で納得してもらうように説明するのはなかなか難しい。こういう質問で俺は日々鍛えられている。

■こういうこと↑を20歳近くなるまで考えたことがないというのもなかなかだが、予備校の授業を受けて疑問を持てるようになったというのは絶対に良いことである。「先生」という人種に質問するのにはかなりエネルギーを必要とするが、俺の授業を聴いて、少なくともそのエネルギーが湧く程度には好奇心を持ってくれたということなのだ。

■今後予想される質問は「政党と政府って違うの?」「議員と官僚ってどう違うの?」だ。これは既に答えを用意しているから全然慌てないが、数年前に「政治って何をすることなんですか?」と聴かれたときは、正直、絶句した。


2003/05/10 [土]   

■2日連続で麦人を叱責してしまった。
 一昨日はだらだらとマンガを読んでいるのがむかついたからだ。「○○しなさい」と指令すると、彼は「はーい」と返事するが、その○○に取りかかる前に手近にあったマンガを読み始める。俺が2度目に「○○しなさい」と声を掛けて初めて彼は○○に着手するのだが、実に動作は緩慢、マンガからギリギリまで目を離そうとしない。そういうことがここ数日、何回も続いたので「パパはマンガを読めと言ったんじゃない!○○しなさいと言ったんだ!」と声を荒げてしまった。麦人は頭まで布団に潜り込んで抗議と反省の意を表明していた。
 そして今朝、麦人がいつまでも起床してこない。文人は自分で着替えてもう食卓についているのに、麦人はいったんは這い出した布団にまだ逆戻りして寝こけている。今日は遠足だというのに。そばを通ったついでに、彼の尻とおぼしき部分を布団の上から軽く踏みつけてやった。飛び起きた麦人は布団の上に座り込んで固まってしまった。

■ほんとにそのときは腹が立ったのだから仕方がないとも思う。でも叱るのはやっぱり後味が悪い。麦人は俺に叱られるとほんとに落ち込んでしまうので、なるべく叱らないようにしたいのだが、そのときは叱らないとメシが不味くなりそうなくらいむかついているのだ。よくできた出来た父親たちは、こういうときどうしているのだろう。母親に叱るのを委せて父親はどっしり構えているというのは、オイシイとこ取りっぽくてちょっと違う気がする。

■予備校でも生徒さんを叱ってしまった。授業中に机に携帯を出して授業そっちのけでメールを打ち続けている奴がいたのだ。俺は常々、「日本史と関係ない勉強してもいいしメール打ってもいいけど、絶対に俺には見えないようにやって下さい」と生徒さんには頼んでいる。自習もメールも音が出ない限りは俺が講義する上で何の支障もないのだが、俺は狭量な人間ゆえ、無視されていると感じると動揺して講義に悪影響が出るのだ。彼がキャップをかぶって授業を受けていたこともむかつきに花を添え、「君はもう帰っていいよ」と俺。言ったら後には退けないから、とりあえず彼には教室から退去してもらうしかない。
 実はこの季節はかなり意識的に怒って見せている。連休明けってダレ始める時期だし。


2003/05/11 [日]   

■文人が自分の将来を心配している。
 一つは「結婚相手はどこで探せばいいの?」。
 夜、ふとんの上でころころ転がりながら「ふーちゃんは誰と結婚すればいいのかなぁ…」とつぶやいていた。「RちゃんとかMちゃんは?」と保育園の同級生の名を挙げると、「……」と無言である。好きだけど結婚を考えるほどではないらしい。「パパとママはどこで会ったの?」と聞くので、「会社に入るときの試験の待合室だよ」と正直に答えると再び「……」。「ふーちゃんはどこで結婚する人を見つければいいのかわかんないよ…」と不安げであった。「そのうち見つかるよ」と、答えになっていないけど正しい答えをしておいた。
 もう一つは「18歳になったら捨て子になっちゃう」。
 何かの時に「18歳になって高校を卒業したら君たちはこの家を出て一人で暮らすんだよ」と言ったのを憶えているのだ。「ふーちゃん、捨て子になったら、どこが空き家なのかわかんないよ」と。新しい家をどうやって探したらいいのかが不安らしい。阿久沢が「家の探し方と仕事の探し方と税金の払い方と社会保険料の払い方は教えるよ」と言い聞かせていた。
 文人はそれでも「捨て子」になる覚悟があるのだ。麦人の方は「おれはずっとパパとママといっしょにいるよ」とのことだ。彼の場合、ほんとに30歳過ぎまで実家に居座りそうだ。結婚は必須科目ではないと思うが、就職したら実家を出るのは必須科目のような気がするので、やはり彼にも「捨て子」になってもらう方針である。

■スポーツクラブで阿久沢とスタジオ前で擦れ違う。阿久沢はエアロのレッスン、俺は同じスタジオで次のプログラムに入っている筋トレのクラス。ちょうど入れ替わりになったのだ。阿久沢は汗をいっぱいかいて、子供のような顔をして笑っていた。ほんとに元気になってよかった。


2003/05/12 [月]   

■トップページのメールフォームより以下のような指摘を含むお便りをいただいた。
 2003年5月9日の日記と、2000年11月7日の日記との差である。前者で俺は、『政党と政府の違いは?』的な質問をするのはよいことだ、という趣旨のことを書いているが、2年半前の後者の日記では、その種の質問にはいらつく、と書いている。
http://ottosei.com/kakonikki/2000nov.html
明らかに俺の考え方は変化しているようである。
 おそらく、俺もトシを重ねて若干気が長くなっていることが一つ、もう一つは講師として少しは成長しているのだと思いたい。懐が深くなったというか、生徒のいかなる質問も愉しめるようになったというか。
 こういう変化に気づけるのも日記を書いているおかげか。というかご指摘ありがとうございました。自分では滅多に読み返さないので、気が付かないところであった。

■トップページのメールフォームからのメールはちゃんと俺のところに届きます。送った人のIPアドレスとOS、ブラウザは伝わりますが、メールアドレスとか名前は分かりません。安心して一言を下さい。メールアドレスは分からないのでお返事は書けません。返事が必要な方は ottosei@ottosei.com へお願いします。
 メールフォームからいただいたメールへの返信コーナーも作る予定です。近々。近々というのは1年以内です。


2003/05/14 [水]   

■京大の吉田寮で話をすることになった。学生時代に暮らしていた古巣だ。毎年5月の末に寮祭をやってるのだが、ことしは90年祭と銘打っていて、その記念講演とかいう名目だ。最初は森毅に依頼したら断られたそうで、俺に話が回ってきた。えらい落差だが、ほんとに俺なんかでいいのだろうか。客は集まらないと思うが…。
 それでも俺などに声を掛けて下さるのは有り難いことなので謹んでお受けし、今日、久々に吉田寮まで足を運んで、企画担当の現役寮生諸氏と打ち合わせをしてきた。
 5月31日、正午〜。場所は寮食堂。詳細はいずれこのサイトでもお知らせすることになろう。

■何を話せばいいのかこれから考えるが、俺はプロレス者(もの)である。客をヒートさせてなんぼである。やっぱりヒール(悪役)でなくちゃな。昔話ばっかりして過去を美化して、最近の若者をせせら笑う糞オヤジというキャラクターでいこうかな。口先だけの喧嘩なら若手にはまだ負けない自信はあるので、屁理屈と伝家の宝刀「学生のくせに生意気を言うな」を振り回し、最後は「二度と来るんじゃねえ!」と叩き出されるというのも面白いかもしれない。
 団結は共通の敵を作ることによって育まれるし、敵がいない場所で団結する必要もまた無い。

■とりあえず昔のことを思い出す作業から始めよう。正直、かなり忘れてるんだよな。いろいろあったんだけど。


2003/05/15 [木]   

■昨日読み終わった本。
ターザン山本『ど真ん中の結末』(新紀元社)
→「私が求めているのは、時代の中でどうにも不可解な行動を取る人間の出現である」

■犬が地下鉄に乱入し電車を止める。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030514-00000305-yom-soci
大阪市交通局の談話「1度、地下鉄に乗ってみたいと思って迷い込んだのでしょうか」。
小学校の校庭に乱入した犬が走り回り、児童が窓に殺到して授業が中断して教師がキレたことを思い出した。


2003/05/16 [金]   

■日付が変わる頃から阿久沢が「お腹が痛い〜」と苦しみ始めた。古くなったものでも食べたのかなと背中をさすってみたが、痛みはどんどんひどくなるようだ。身体をくの字に曲げて唸っていた。
 結局、明け方に車に乗せて六甲アイランド病院の救急外来へ運び込んだ。腸閉塞との診断であった。腸の手術の後遺症みたいなものらしい。極めてありふれたことらしいが、痛みは尋常ではなかった様子。そのまま緊急入院と相なった。一週間前後の入院になりそうだ。
 仕事に行く前にもう一度病室を見舞ったら、ぐうぐう眠っていた。そりゃそうだ。昨夜は全然寝ていないもんなぁ。考えてみたら俺もほとんど眠っていない。授業の前の1時間、講師室の机に突っ伏して熟睡。

■子供たちに「ママがまた入院しちゃったよ」と告げると、「またかよ〜」と麦人。唇をちょっと固く結んで「ふーん」という文人。さらに「パパの作る目玉焼きはおいしいよね!」と。ママがいない間はパパの作る料理で我慢するよ、という意思表示らしい。俺が「ママがいないとさびしいよー、えーん」と泣き真似をしてみたら、文人が俺をじーっと見つめて、「ふーちゃんがぎゅーっとしてあげるから大丈夫だよ」としがみついてきた。成長したなあこいつら。


2003/05/17 [土]   

■近々いきたいと思っているライブetc。

6月14日 早川義夫 心斎橋knave
6月14日 フィッシュマンズナイト 難波カフェブルー
7月1・2日 ソウル・フラワー・ユニオン 京都磔々

ソウルフラワーは確定として、早川義夫とフィッシュマンズナイトがかぶってるよ。フィッシュマンズナイトは深夜からだから、連荘といくか?ちょっときついかな…。

■仕事の後、阿久沢を見舞う。腸に空気を送り込んで癒着を治すとかで、鼻から管を入れていた。仕方ないんだが、不憫になった。起きあがってテレビを見たり活字を読んだりできるのが救いだ。
 大人だから「頑張れ」の一言で済むが、もしこれが子供だったら、と思うと胸が詰まる。俺、神様を恨むと思う。

■最近までに読み終わった本。
坪内祐三『一九七二』(文藝春秋社)
→いつかこんなふうに俺の1980年を書けたらいいなと思った。
岩井忠熊『西園寺公望』(岩波新書)


2003/05/19 [月]   

■阿久沢の具合は相変わらず。一時期の激痛はおさまったようだが、まだ鼻チューブを入れている。よく眠れているらしいのが救いだ。今日は談話コーナーまで歩いて行けた。怠そうなので、元気出せ、ゆっくり休め、家のことは心配するな、という趣旨の会話だけして引き揚げる。子供たちも遠慮がちにまつわりついていた。子供のてのひらやほっぺたには不思議な力がある。触ってもらっているだけで身体の芯があたたかくなる。
 週末に入院すると、土・日は医師が休みで診てもらえないので、言葉は悪いがほっぽらかしにされる。金曜日の処置のまま「様子を見ましょう」ということになる。医師も激務だから休まなければならないのは分かるけれど、もうちっと融通きかんのかという思いに駆られた。

■見舞いの後は六甲アイランドのリバーモールの池で子供を遊ばせる。水着持参で思い切り泳がせてやった。さすがに水遊びしている子供はうちの子供を含めて数人しかおらず、かなり注目を集めていた。俺はベンチに寝そべって昼寝。俺は子供が遊んでいるのを見るのは好きだが、子供と一緒に遊ぶのは必ずしも好きではないし、子供ならなんでも好きだというわけでもない。「子供好き」「嫌い」という人間分類の仕方はかなりいい加減である、と宙を見上げながらぼおっと考えていた。
 それにしても人工的な六甲アイランド。ここは工業地帯、ここは商業地帯、とアタマの中の構想通りに作られた街。くつろげるように計算しました、というコミュニティ空間。短時間ならこれも落ち着くが。

■元気なときに聴く方が同じ歌でもじんとする。あたりまえか。でも、元気じゃないときに聴くと元気になったり、別の方向にしみじみしたり。聴いていたのはソウル・フラワー・ユニオン『レプン・カムイ』『世界市民はすべての旗を降ろす』。


2003/05/20 [火]   

■先週の後半から気を失いそうに眠い毎日だ。電車に乗れば30秒でも船を漕ぎ、講師室では10分休憩でも寝てしまう。今日は生徒さんから「先生が寝ているときは起こしてもいいんでしょうか?」と聞かれてしまったほどだ。たぶん有酸素運動のやりすぎ。でも気持ちいいから許す。自分を。

■阿久沢は今日、腸までチューブが通ったようで、閉塞を開通させるために再び開腹手術という最悪のコースは回避できた模様である。今週中に退院できるかどうかはちょっと微妙なので、週末にある麦文の遠足弁当は俺が作らねばなるまい。おむすび+鶏唐揚げ+卵焼き+ミニトマトというあたりで勘弁してもらおう。

■庭にばらまいておいた朝顔の芽が出た。去年、ダイエーで買ってきた種子の2世だ。うちの庭の土は痩せているので、双葉こそあまり元気のない緑色だが、これが夏になると不健康な葉の色のまま、実に大きくて鮮やかな大輪を咲かせるのだ。生き物は死んでみるまでどうなるか分からない。

■定期試験のためか、高校生科の出席率悪し。日本史は1回休むと、数年〜数百年すっとんでしまうので、できる限り休むな。


2003/05/21 [水]   

■関西文理の最前列で、1時間机にぐにゃりと身体を預け、寝そべったままの姿勢で授業を受けていた少年がいたので矯正してあげた。「背筋を伸ばせ。ヘソ下3センチで呼吸せよ。チャクラを開け」と。後ろの方でその姿勢を取る分には構わないが、最前列でやられると俺まで眠くなる。
 講義とは、講師の生身の肉体というメディアを通じて知識を伝達するところに存在価値がある。活字を読むだけでは分からないことが、声や身振り、場合によっては講師のオーラによって腑に落ちることがあるのだ。それなのに、授業中に一度も顔を上げず、ぐにゃりとテキストの上に頬を乗せた状態で1時間過ごすのはもったいない。
 あるいは彼は義務感だけでそこにいたのだろうか。予備校は来るも来ないも自由なのだから、しんどければ来なければいいのになぁ。アリバイ的に出席するよりも、思い切って一回休んで焦ってみる方がはるかに上等だ。

■阿久沢はかなり元気になってきた。まだ鼻にチューブを入れているが、癒着部分は開通している様子。明日、レントゲンを撮って開通が確認できれば、重湯から食事再開ということになる。「情けない。もう入院は嫌だ」と阿久沢。「漢方薬を飲め。健康食品を食べれ」と俺。代わる代わる胸に顔を埋める子供たち。

■さいたまの小学校校長が『ドレミの歌』を「さあ死にましょう」と歌う替え歌を児童の前で歌って教育委員会に叱られている。「ドはどくろのド、レは霊柩(れいきゅう)車のレ、ミはミイラのミ、ファはふぁかば(墓場)のファ、ソは葬式のソ……さあ死にましょう」だって。
 俺はこういうサービス精神に溢れた先生は好きだが。市教委は「生命・人権尊重の教育を推進する立場の者が、このような歌を歌ったのは不適切だった」とコメントしているそうだが、死を見つめてこその生命・人権尊重ではあるまいか。たぶん保護者がちくったのだろう。「あほな先生だね」で夕食の場で笑ってすませておけばよかろうに。
http://www.asahi.com/national/update/0520/029.html

■こういうのやります。
http://ottosei.com/gif/geva.jpg


2003/05/22 [木]   

■そろそろ吉田寮でしゃべるネタを考えなければならないので覚え書きを。
 寮は寮の外から見ると相当ヘンな場所だと思われていて(不潔・勉強できない・学生運動の巣窟etc…まぁまぁその通りだ)、俺たちは「そうじゃない!寮こそ自主的・創造的活動の空間なんだ!一度来てくれ!」的なアピールをしていた。廃寮にされかねない情勢だった当時としては至極真っ当な戦術だったと思うが、やっぱり俺は「ヘン」に思われることを嬉しがっていたのだと思う。「ヘン」であり続けるために、「ヘン」であることを保障されるために、寮に入ったのだと言えないこともない。
 そういう、自分が安心して「ヘン」でいられる場を守るために俺は寮闘争を闘ったのだということになるが、そのために寮が「ヘン」な空間だと指弾されることに拒否反応を示した(「吉田寮は男女学生が一緒に住んでいて性的に乱れている」なるビラを撒いた民青に軽い暴行=「組織された正しい暴力」を加えたこともある)のはなぜだったろうか。
 吉田寮が「ヘン」な空間であるのなら、「ヘン」ではない一般社会と、一般社会を統括する国家権力が攻撃を加えるのは当然であるし、一般社会の一部である学生大衆の支持を求めたことは矛盾していたかもしれない。だから俺は、一般社会の一部である京大構内を須く「ヘン」にするべく、「全学吉田寮化」なるスローガンを考え出して、学内のあちこちにスプレーペンキで落書きしたのかもしれない。でも、全学が吉田寮化したらすげぇつまんないだろうなあ。そうなったら吉田寮はちっとも「ヘン」じゃなくなっちゃうから。

闘い続ける人の心を誰もが分かっているなら
闘い続ける人の心はあんなにも燃えないだろう
                       吉田拓郎『イメージの詩』

 とりとめもなく明日も考えよう。

■阿久沢は身体の状態は良くなってきたものの、だからというべきか、早く退院したくて気持ち的には落ち着かない様子。「なんであたしがこんな目に遭わなきゃいけないのよぅ」と。明日、鼻チューブを抜くとのこと。


2003/05/23 [金]   

■子供がふとんに潜り込んで眠りにつこうとするとき、文人が突然、「かたなとゆみやはどっちがしにやすい?」と聞く。「はぁ?」と聞き返しても、もう一度「かたなとゆみやはどっちがしにやすい?」と質問を繰り返す。「うーん。刀も弓矢も頭とか胸に刺されば死ぬよ」とあれこれ想像して答えてやると、にかにか笑って何度も頷いていた。お前何考えてる。

■今日は授業が好調。おそらく休憩時間中に「きのこの山」をつまんでいたため。結局、4コマ授業する間に一箱食べてしまった。甘いものは即効性がある。明日は「パイの実」または「コアラのマーチ」でいこう。

■俺がすごく違和感を抱くのは、吉田寮を「自由な京大」の一現象として評価し、それゆえ寮を残そうと主張する言説である。吉田寮のような空間があるからこそ京大は京大なのであり、だからこそノーベル賞受賞者を輩出する学問空間が存在するのであり、そういう場所を残すことが、日本社会の活性化に寄与する、という主張だ。そんな吉田寮なら、俺が火をつけて燃やしてやるよ。
 俺は自分が無用の人であるせいが大きいが、だめ人間=ウンコ製造器を大量生産する場所として吉田寮を考えていた。拡大し拡張し増殖し飽和し緊張する近代日本は、どこかで縮小再生産に転じなければならない。吉田寮で畳と融け合い、天井とにらめっこしてうだうだしていた生活の中に、そのヒントがあるような気がしていた。


2003/05/24 [土]   

■阿久沢の鼻チューブがはずれて昨日から重湯をとりはじめている。点滴もはずれた。あとは消化器がちゃんと動くのを確認できれば退院。遅くとも来週半ばには戻ってこよう。めでたしめでたし。
 鼻チューブがかなり辛かったようで、これが入っている間は何をするにも集中力が続かず、テレビも本もあまり愉しめなかったらしい。それをはずした阿久沢はいつも通り元気になっており、午前中、仕事に行く前に病室に顔を出すと、新聞を読んであれこれ怒っていた。怒るというのはかなりのエネルギーが必要だから、些細なことで怒れるというのは完全回復の証である。因みに阿久沢は「ゲームキューブの売れ行きが悪いから、任天堂はアドバンスのソフトで遊べるアダプタを6月から標準装備にしててこ入れするらしい。4月に買ったうちは損をした。買った店に行ってただでアダプタをもらえないか」ということで怒っていた。
 「健全な精神は健全な肉体に宿る」というのは間違いだが、怒りや喜びといった振幅の大きい感情を十全に享受するためには、一定以上の体力が必要なのは間違いないらしい。自分なりの、元気な肉体を保ち続けたいと思う。

■今日の麦人の忘れ物。
  筆箱
  ドリル2種
  めがね
  洗濯しなければならない給食当番用白衣の自宅持ち帰り
あきれて物も言えない。夕食後、「お前、自分でも間抜けだと思わないか?」と本人を糾弾したところ、「ううむ…」とにやにやしながら頭を抱えていた。以後、気をつけるとのことだ。あまり期待してないけど。


2003/05/25 [日]   

■吉田拓郎のCDが機械の中に入っている。でも、さて音楽を聴こうかというときには機械の中に何が入っているのか思い出せなくて、とりあえずスタートさせてみると拓郎の歌声が聞こえてきて、やはりいいものだからついそのまま最後まで聴いてしまう、ということを7、8回、繰り返している。今日、心の網に引っかかってきたのは、

   生きるために生きてほしかった(『たえこmy love』)

という一節だ。
 俺は人には自殺を選ぶ権利があると思うし、この生に生きるだけの価値があるかどうかと問われれば、そんなことは知らないという答えしか持ち合わせていない。ネットで自殺する同志を募って練炭で中毒死しようとする最近の流行にも、特に感慨はない。ただ、そんなに急がなくてもよいのに、とだけ、言いたい。自分の生の外側に生きる意味があるかないか、それは俺は分からない。が、ただのイキモノとして「生きるために生きる」というのも捨てたものではないかも、と思うのだ。財産をなすためでなく、身を立て名を挙げるためでなく、誰かの役に立つためでなく、生き甲斐を感じるためでなく、「生きるために生きる」で十分ではないか。何になる必要もなく何をする必要もない。穏やかに呼吸をし続け、ほんの少しどきどきして、その日が来れば黙って目を閉じればいいではないか。

■今日は昨日よりちょっとだけあったかいとか、朝食の味噌汁が美味かったとか、昼定食の煮魚がいつもよりほんの少し大きかったとか、仕事がいつもよりいい感じだったとか(俺なら生徒さんが「分かった!」と言ってくれたり)、子供が昨日までできなかったことを今日できたとか、朝顔が芽を出したとか、珍しく帰りの電車で座れたとか、なんとなく背筋がついてきた気がするとか、夜風が背中を押してくれたとか、これだ!というTシャツに出会ったとか、コーヒー豆の缶を開けたらすげぇいい香りがしたとか。
 その程度のことを毎日つなぎ合わせて行けば、「生きるために生きる」ことができる。気がする。俺はそれでいい。


2003/05/26 [月]   

■2匹飼ってた金魚のうち1匹が昇天。南無阿弥陀仏。2日前から餌を食べなくなっていたので心配していたのだが。記憶に間違いがなければ、文人がようやく言葉をしゃべり始めた頃にうちにきた金魚だ。5年くらいいたことになる。

■うちには3年ほど前まで金魚が3匹いた。小赤・琉金・コメットの順に来て、子供たちは身体の大きさから「あかちゃんきんぎょ」「おかあさんきんぎょ」「おとうさんきんぎょ」と名付けていた。3年前に琉金=おかあさんきんぎょが昇天。「おかあさんきんぎょは働きすぎて死んじゃったの?」と洒落にならない質問をする麦人だった。そして今回、コメット=おとうさんきんぎょが昇天した。逆縁にならなくてよかった。

■金魚は声も出さないし、表情もないし、餌をやるとき以外人間に反応しないので、今ひとつ生き物を飼っているという実感に乏しく、死んでしまっても悲しいとかいう感慨は正直言って浮かんでこない。それでも、美しくひらひら泳いでいたものが明日からは見ることができないと思えば淋しい。

■あかちゃんきんぎょはひとりぼっちになってしまった。新しい仲間を連れてきてやろうかな。


2003/05/28 [水]   

■吉田寮の現役寮生からもらった、京大の自己点検だかなんだかのアンケート調査を読んでいる。大学の先生や職員の多くが寮をよい目で見ないのは分かり切ったことだからほっておけばよいが、学生の目からどう見えるか、それをどう考えるべきか、ということは気にした方がよい(土曜日の講演のネタになるかも)。学生の声をいくつか列挙すると以下の如くである。
  • 特に寮の設備の不備は甚だしい。
  • 学生寮を私立または欧米なみに整備することを希望します。
  • 従来型の寮以外に、「従来型の寮向き」でない学生のための寮があればいいと思う。
  • 学生寮に関して、そこに入居している人に対し、悪いイメージを持っている人が多く、そこに入りたいとは思えない。寮がきれいでない。
  • 学生寮をもっときれいにしてほしい。
  • 清潔で、住みやすい寮を作ってほしい。思想的に固まっている(と思われる)寮があってもよいが、寮ぐるみで活動をしていないような、入りやすい雰囲気の寮がほしい
  • 寮についてはもう少し何とかした方がいいと思う。吉田寮とか熊野寮は怖くて近づけない。
  • あんな学生寮で、学生支援になっているわけないやろ。
  • 学生寮に関しては、先入観からあまりいいイメージがない。なんか大規模な改築とかがいるんじゃないか。
  • 寮がもっときれいだったらうれしい。
  • 自分としては気にしていないのだが、学生寮の学生運動に関してやはり、自分の親の世代は不安に感じているようです。
  • 吉田寮・熊野寮などはあっても入りたくない。
  • 学生寮はもっときれいなものを増やしてほしい。現在ある吉田寮を取り壊せということではなく、それはそれで伝統として残したらいいと思う。
  • 吉田寮はどうかならないかといつも感じるのですが、やはり大学自治等で対立しているのでしょうか。


■俺の基本的スタンスは、
「吉田寮は、そこを出た人間にはもはや関係ない場所である」
「今後吉田寮が潰れようが残ろうが、俺には関係がない」
「吉田寮がなければ実行できない、などということは存在しない」
「今後俺が吉田寮に主体的関心を持つことがあるとすれば、息子が入寮したときだけである」
といったあたりである。だから今回の講演も無責任にやらせてもらう。つーか、寮生からもらった寮祭パンフや入寮募集パンフを眺めているうちに、俺はかなり本気で腹が立ってきた。おめーら、人に見てもらおうと思ってパンフ作ってないだろ?見に来て下さい、ってほんとに思って作ってる?思ってないだろ?なんだよこの下手くそなレイアウトと文字は?
 例えばこれ→
 あるいはこれ→
 いずれも今年度の寮祭パンフの画像である。これを見て企画に参加しようという気になる人間がいたら馬鹿だ。さらに、お金をいただいて出してもらう広告をこういう扱いで、手書きで、しかもこんな下手くそな字で書くか(「銀座湯」の広告)?ええかげんにせえよ。
 最近は立て看も下手になったなと思っていたが、これはもう意識とか気合いとかの問題だ。ウォッシュレットで顔洗って出直してこい。
 寮を自主管理する・自治会で運営するってのは、将来寮生になる可能性がある人々に寮の情報を伝えるってことが最低限の責務のはずだ。ここなら安く暮らせるよ。安全に安心して暮らせるよ。楽しく暮らせるよ、とね。上に掲げたアンケートに見られるような、学生寮に対する悪いイメージが生まれるのを、大学当局の宣伝のせいにしてはならない。世間の「常識」のせいにしてはならない。それは一義的に寮自治を担う(と自覚する)者の力量不足のせいなのだ。寮が汚い・危険だ、と思いこんで入寮を断念した学生がいたとしたなら、それは君たちの宣伝が足りないからなのだ。「大学は寮に悪いイメージを与えて廃寮を狙っている」と、このアンケートの目的を分析するのは正しい。で、だからどうなんだよ。

■ま、その上で「世間から悪いイメージを持たれている吉田寮」に入りたかったのが俺なんだけどね。うさんくさく見られない吉田寮なんて、何の魅力もないんだけどね。俺は今の寮生諸氏がどう考えているのか、それを知りたいのだ。だから、講演会とは名ばかりの、俺からの質問会になるかもしれない。


2003/05/29 [木]   

■阿久沢が退院した。まだ少々痛むようで、ふとんで横になっている。子供たちも気を遣いながらまつわりついたり。しばらくは自宅でおとなしくして消化器と体力の復活を待つべし。とりあえずは目出度し。

■俺が吉田寮生だった頃は、大学と寮自治会が寮の存続をめぐってかなり激しくやりあっていた。俺の学年が2回生になるのと同時に吉田寮は廃寮になることになっていて(「在寮期限」)、そうはさせじと知恵と腕力を絞った運動が展開された。
 俺が入学する2年前には寮闘争をめぐって逮捕者も出たため、集会などの現場ではお互いを実名で呼ばない、電話は盗聴されているから、自治会関係のディープな話はしない、寮自治会の役員が誰かを外で明らかにしない、などの注意事項が、入寮当初から徹底して教育された。
 廃寮を阻止するためには一定以上の寮生数をキープすることが重要と考えられたので、吉田寮の存在を学内外にアピールし、寮闘争の正当性と支持を訴え、新入寮生を獲得するために、あらゆる機会が活用された。毎年春に行われる寮祭も、11月祭で公演する寮生芝居もその一環であった。それだけが目的でないことはもちろんとしても、とかく噂と悪評ばかりが先行する吉田寮生のナマの姿を見せ、寮生がいかに寮を必要としているかを身体で訴え、寮があるからこそこういうスバラシイことができるのだと見る者の度肝を抜き、以て大学当局の廃寮策動を打ち砕く、という了解は皆の胸の中にあったといえる。公に確認されることも、暗黙の了解のままの時もあった。
 従って、宣伝材料のビラ・パンフ・ポスター・立て看板類には驚くべき努力が傾注されたし、そっち方面の才能の持ち主が次々に名乗りを挙げた。読みやすく、分かりやすく、寮に入りたくなる表現は何か?俺は絵やレイアウトの才能には欠けていたので、主に「純愛主義者同盟」という名義で個人ビラを発行し続けていた。
 明確で強大な敵が目前にあるとき、組織とそこに属する個人と、組織と個人が生み出す表現は磨かれ、輝きを増す。不幸だか幸福だか分からない状態に俺たちはいた。

■俺たちの努力と幸運の結果、吉田寮は廃寮とならず今日に至る。さしあたって俺たちが直面したような廃寮策動は見あたらない。こういう時、寮生は何を外に向かって訴えるのだろう?そもそも何かを訴える必要があるのか?何も訴えようとせず、寮に引きこもって自分の生活を満喫しようとする寮生を批判する必要があるだろうか?
 今回、吉田寮で話をさせていただくに際して、寮祭パンフなど若干の参考資料をいただいたが、ナニカを読み手に伝達しようとするパトスも技術も著しく衰退していると感じた。それは批判すべきことではないかもしれない。現役寮生は、寮のことを伝えたい、と感じていないのだから。ならばなぜ、寮祭を続けているのか。パンフを発行するのか。俺には分からない。

■はっきり言おう。今日の状況で吉田寮祭を行う意義と歓喜があるのだろうか。一度やめてみて、やっぱりやりたいぜ、やらなきゃだめだぜ、というものが寮から湧き上がってくるのかどうか、確かめてみてもよい時期なのではないだろうか。

■さらに、寮自治や自主管理が嫌で、「安アパート」の機能を寮に求める学生を排除していいのだろうか?彼らの望みはそんなに不当だろうか?「自治に参加します」と言わないと入寮できないから、入寮面接ではそう言っておいて、あとは一切タッチしない、という寮生はいかにもズルくて悪そうだが、ほんとにそうだろうか。吉田寮や熊野寮の他に「安アパート」があればいいかもしれないが、そうでないのならあながち不当とも言えないような気がするのだ。自治・自主管理に参加しないと寮の運営ができない、とか言うけど、掃除だって業者に来てもらってるんだろ?(今は違うの?違ったら御免)


2003/05/30 [金]   

■今日の仕事場は十三。岡本から阪急に乗って、昼過ぎの電車だからすぐに座れて、気がついたら梅田。腕に抱えたリュックサックに涎が大量に浮いていた。ありゃー、しょうがないな、このまま折り返して十三まで戻ろうと思ったらまた意識が薄れて、次に気がついたら西宮北口。10分前に校舎に滑り込んだ。そういう季節だ。
 よく眠れた分、授業はなかなかよく口が回った。禍福は糾える縄のごとし。

■朝、文人がまた服のことで煩悶した。彼は気に入った服があると、擦り切れて穴が開くまでヘビーローテーションし、穴が開いても説得しないと手放そうとしない。今回も、愛用のオレンジ色のTシャツに穴が開いたため、阿久沢がユニクロでオレンジ系のシャツを買ってきてやり、今朝おろして、初めて着せたのだ。
 「ほら、オレンジ色だよ」と説明されて渋々袖を通した文人だったが、保育園へ行くために屋外に出たら、陽光の下では違う色に見えるらしく、「これはピンク色だ。女の子って言われちゃう」と怒り出した。誰も君の服の色など気にしないよと思うのだが、彼は身だしなみに気を遣う男だ。たとえシャツの下から白い下着がはみ出していようと、シャツの色には気を遣う男だ。
 「嫌なら脱げ!裸で行け!」と脅迫され、文人は顔を歪め激しく怒りながら保育園に到着。すると同級生の女の子が「神経衰弱やろう!」と文人の腕を引っ張って連れて行ってくれた。にやにや笑いながら連行されていく文人。こういうときは親や先生より友だちが一番のようだ。ありがとうRちゃん。

■31日講演会の構想メモ(ver.1)。
【1】俺自身について
(1)自分が寮生になった動機。
(2)在寮期限闘争を闘ったころの思い出話。正史ではない個人史として。
(3)今の自分にとって吉田寮体験はどういう意味を持つか(持たないか)。
【2】吉田寮について
(1)どういう場であるべきか。自己点検アンケートをネタに。
(2)「ヘンなところ」であること。
(3)吉田寮でなければダメなのか。
【3】寮祭パンフ・入寮募集パンフについて
(1)何がしたいの?
(2)囚われているのは寮生の方でないのか。

■31日は颱風らしい。人来るのかよ。それ以前に俺は京都までたどりつけるのかよ。


2003/05/31 [土]   

■いちおう講演メモ(ver.1.1)完成。ver.1.1は手書きメモなのでここに記録を残すことができない。書き散らすのはまだ紙の上の方が便利だ。
 どういう人が何人くらい来るのか見当がつかないので、話し出せばメモなど役に立たないのは百も承知だが、作っておかないと安心できない。基本は若者に対する説経である。純愛主義者同盟のヘルメットを被ろうかどうしようか悩んでいる。いちおう持っていくとするか。

■最近読み終わった本。
見田宗介『現代社会の理論』(岩波新書)
川村邦光『幻視する近代空間』(青弓社)