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2003/02/02 [日]   

■2年半前に買った洗濯機がそろそろ草臥れてきたみたいで、脱水の時に前後左右に踊り出し、警報音が鳴って止まってしまうようになった。洗濯槽の中で洗濯物が偏っているため振動が大きくなってこうなってしまうのだが、半年前まではこんなことはなかった。脱水過程に入るたびに止まってしまうので、脱水の度に俺が洗濯機を抱きかかえて振動を押さえている。「ガンバレ!動くな!」と心の中で呼びかける。
 家電製品はこうなってきてからが可愛い。テレビもチョップで画面調整するようになってからが味がある。携帯電話は上下に振ればディスプレイの中で立つアンテナが増えるし、股間に押しつけると「圏外」になる。知り合いのバイクは、交差点で停止中に右手のアクセルを緩めるとアイドリングを通り越してエンジンが止まってしまうので、ずっと噴かしておかないとだめだと言っていた。
 人間もそうかな。少しゆるんだり壊れたりし始めたあたりか一番面白いかも。

■文人の前髪が2センチほど目にかかっていて近視になりそうだったので、ちょっとカットしてやったら激怒してしまった。洗面所に駆け込み、鏡を見ながらブラシで頭を殴りつけながら、「戻らない!戻らない!」と顔を真っ赤にして叫び続けていた。麦人が「髪の毛なんかどうでもいいだろー」と正論を言ったので、ますます猛り狂っていた。
 彼は服や髪型には5歳児とも思えないこだわりを持っている。麦人はユニクロだろうがダイエーだろうが何でも袖を通してくれるが、文人は靴下一つであろうと店頭に連れて行って自分で選ばせない限り、絶対に着ようとしない。その結果、赤とピンクとオレンジ系で統一されたファッションを身につけている。保育園に登園すればまず洗面所前に立ち、髪の寝癖を取るのである。

■「…このごろは、日本がかくも景気が悪くなったというのも関係するかもしれないけど、僕自身の中でも僕の老後を取り巻く経済はどうなっていくのだろうと、日本経済のありように関心を持たざるを得ないようになっている。それほど市民の生活は経済に左右され、経済に依存させられてしまっている。何かものを考える基準として、経済的に得か損かといったようなこと、マスメディアの中で経済情報が持っている価値というのがどんどん大きくなっているということ、経済に関する本ならば売れるけれど、文化の本とか抽象的な趣味の本の部数は増えないとか、みんな一斉に同じ方向で経済マインディング、エコノミックアニマルになっている。それを自覚さえしていない気がするんですよ」……奥平康弘・宮台真司『憲法対論』(平凡社新書)の中の、奥平康弘の発言。


2003/02/03 [月]   

■今週から仕事はほぼオフに入って平穏な日々が続く。午前中は自宅に蟄居して来年度テキストとか赤本とかの原稿を書き、午後はジムへ行き、夕方は学童保育から帰る麦人を迎え、保育園に文人を迎えに行く。子供とご飯を食べ、少し遊んで風呂に入れて、寝かしつけた後にまた眠くなるまで原稿仕事をする。
 4月の新学期開講まではだいたいこんな日々だ。昼間から自宅周辺をうろうろしているので、同じマンションの住人や保育園の保護者の間で以前はいろんな噂がたった。「戸田さん作家説」もあったし、髪を脱色した年は「戸田さんJリーガー説」もあった。折に触れて、自分の仕事は2月と3月はオフなのだと説明した甲斐があって、最近は誤解も少なくなった。
 そんなわけで、地域社会にはちょっと便利な人材なのである。金曜日は小学校へ呼び出されて、もちをつくのである。

■阿久沢は今日から仕事に復帰した。しばらくはゆるゆるやってほしいが、なかなかゆるゆるとはいかないのが仕事というもので、そこは周りがゆるゆるさせなければいけないのだろう。一生懸命仕事はするなよとうるさく言うことにする。

■麦人に続き、文人がインフルエンザにかかった。38度の熱が出て保育園から返品された。ノドが痛いと言っている。明日は俺と一緒に、家で蟄居するのだ。麦人も文人も、俺がオフの時に病気になってくれる。ほんとに親孝行な子供たちである。


2003/02/04 [火]   

■夢を持っていようが持っていまいが、何かを目指していようがいまいが、人々の期待を背負っていようがいまいが、人の死は等しく痛ましく、敬意をもって見送るべきだと俺は思っている。人間は生まれついて決して平等ではない。生きる環境も運不運も平等ではない。ならば最期くらいは平等に見送ってあげたいと思う。散華した宇宙飛行士も、虫けらのように殺された路上生活者も、俺の中では同じように痛ましい。
 だから、「人類の夢を背負っていた」とか「科学の進歩の犠牲になった」とかいう理由でコロンビアの宇宙飛行士たちの死が大きく報道されると、俺は「バランス悪いぜ」という感想を抱く。

■多少の思い入れが許されるのならこういうことだ。
 かつて坂本竜馬が土佐藩を脱藩して「狭い日本の中で何を対立しているのか」と近代的国民国家の展望を得たように、地球という天体を自分の視野におさめた宇宙飛行士は、民族や宗教やイデオロギーの対立を止揚した、地球生命体とでもいうものを実感できていたのではないか、と想像しているのである。アタマの中であれこれ考えてみるより、物理的に地球の重力場を離脱することで初めて実感・直感できるものがあるだろう。
 宇宙飛行士たちはそういうことを積極的には語らないかもしれない。が、宇宙開発事業が現実問題としては国家の財力を背景に行われているのにもかかわらず、毛利衛氏をはじめとした宇宙飛行士たちがどこか飄々としていて、重苦しい誇りや権威を振りかざさないのは、地球全体を自分の視野におさめた経験があるからではないか。
 今回の犠牲者の中にイスラエル空軍の軍人がいたという。彼は狭い狭いカナンの地で流され続ける血と、青くて小さい地球を二つながら見たはずだ。宇宙から帰還していれば彼はいつの日か、イツハク・ラビンのようになったのではないだろうか。飽くまで想像の域を出るものではないが。

■テキサス州に落下した宇宙飛行士のヘルメットの映像が怖かった。中身はどうなっちゃったんだろう。


2003/02/05 [水]   

■麦人(小学校1年生)のクラスでは36人中16人が欠席。その過半数がインフルエンザ確実、残りも疑いが濃厚ということで、水曜・木曜の学級閉鎖が決まった。妥当なところであろう。中学校の頃、クラスで欠席が10人出たので、「学級閉鎖にしようぜ!」と数人で語らい、「おまえ、明日風邪ひいて休めよ!」と各方面に工作していたのが教師にばれて叱られたことを思い出した。学童保育は8時半に開けてくれるという。ありがたい。

■インフルエンザ文人と一日蟄居。のどの痛みを訴える彼は「んんー。んんー」と始終声を出しているのだが、これが赤ん坊みたいでカワイイ。文人は平均より相当に身体が大きいのだが、全体の雰囲気がどうにも幼く、甘え上手だ。

■今日の新聞を見ていたら、インフルエンザ予防接種の副作用で7人が亡くなっているという。インフルエンザで死ぬこともあるから一概に予防接種がいけないとも言えないけれど、病気そのもので死ぬならともかく、予防のためのワクチンで死んでしまうのは、俺だったら納得できない。本末転倒だ。
 同じように、ある国が大量破壊兵器を持っている疑いがあるからといって、それが使われる前から、別の国が大量破壊兵器またはそれに類するものを大量にブチ込むのも本末転倒ではないかと思うのだが。


2003/02/06 [木]   

■麦人がここ数ヶ月、駄洒落に凝っていて何とかしてほしい。
「ふとんがふっとんだ。屋根までふっとんだ。やーねー」
「にんじんが妊娠した」
などと一日中言っている。どう反応してよいかわからず、はっきり言って苦痛だ。

■現在読み中の本。
横田順彌『明治はいから文明史』(講談社)
→1912(明治45)年に既に東京の路面電車には女性専用車が導入されていたというので驚いた。男子学生が痴漢を働くので、2両編成の1両目に男性、2両目に女性を乗せたという。昔からそういうヤツはいたらしい。更に敷衍すれば、ほら、よく「昔の日本人は『公』の意識を持っていた」とか「昔の父親は子供に毅然たる態度で臨んでいた。だから父性の復権を」とか言うけど、多分というか絶対ウソだ。雑学って大切だと思った。


2003/02/07 [金]   

■2ちゃんねる近畿板に、兵庫県立宝塚北高校というところの校歌の歌詞が載っていた。俺のツボに入ってしまったので転載する。
攝津 武庫川
流れの行方 みはるかし
太平洋 地球 宇宙船
青春が遊泳する ルルル・・・
だから ラララ・・・ 
宝塚北高校 ここに

名あり 実あり
すみれが丘に 花競い
ありのままに 呼吸 多面体
青春を開拓する ルルル・・・
だから ラララ・・・ 
宝塚北高校 ここに

長尾 山なみ
変わらぬ色の 松風も
一期一会 いのち 無限大
青春に執着(しゅうじゃく)する ルルル・・・
だから ラララ・・・ 
宝塚北高校 ここに
 特に「青春に執着(しゅうじゃく)する」というところが気に入った。回春剤か何かの宣伝みたいだ。作詞は藤本義一氏とのこと。何とはなしに納得。
 校歌ってのは、オトナからみて児童とは、生徒とは、こうあってほしい、という願望を込めたものなのだろう。それならそれでいいけど、歌う身にしてみたら、もう少し普通に願望してほしいのではないかと想像する。
 生徒さんに卒業生がいたのでちょっと話を聞いてみたところ、「青春に執着(しゅうじゃく)する」の部分は極めて音程が高く、この高校のウリである演劇科の生徒でないと歌えないそうである。

■俺が卒業した学校の校歌をつらつら思い出してみた。
開こう窓々
グラウンドは若木の桜 鳥の歌
光へ向いて張る胸に
知恵も力も芽ぐむとき
明るくみんな生き生きと
我等深小 励み合う
         鎌倉市立深沢小学校校歌 2番
 毎週月曜の朝礼で全校生徒が斉唱するとき、最後の「励み合う」で必ず笑い声が起きた。我々の脳内では、「禿・見合う」と変換されていたからである。
潮鳴りかすかに星月夜
鎌倉山がともす灯よ
歴史しのべば父母も夢を育てた学舎
静かにみんな顧みて
我等深小 明日もまた
         鎌倉市立深沢小学校校歌 3番
 俺が小学生だったときはこう(「学舎を」)教わった。ところが、卒業して何年かして、6歳下の弟が自宅で練習するのを聞いていたら、「学舎」と歌っている。朝礼の時は「を」派と「に」派が混在していて、統一されていないと言う。で、弟の卒業アルバムを見たら「学舎」となっていた。「学舎を」から「学舎に」へと、歌詞が変遷してしまったのである。
 「学舎を(に)」は「顧みて」に係るのだから、「学舎を」が正しい。児童が何となく「学舎に」と歌ってしまうのは仕方ないが、教員集団は何も思わず追認してしまったのだろうか。校歌にせよ国歌にせよ、学校現場で歌ってものが粗末にされている一例といえよう。

■中学校校歌のことも思い出したぞ。
道険しくも雄々しく往かん
師と友心に結び
今たぎる胸の高潮
ああ深沢中学 常葉の栄え
         鎌倉市立深沢中学校校歌 3番
 問題は「師と友心に結び」である。これも本来は「師と友心に結び」だったのではないだろうか。「師と友心に結び」では、自分自身の像がセンコーとダチコーの心に結ばれてしまうことになるが、ここはやはり、「先生と親友たちの姿をいつまでも心に留めて辛い人生を乗り切っていこう」という意味で、「師と友心に結び」でなければならないだろう。
 ま、どーでもいいんですが。校歌だから。伝言ゲームみたいに変わっていくわけですね。

■今日の麦人の駄洒落。
「浣腸したら勘定してくれた」


2003/02/08 [土]   

■昨日は午前中に麦人が通う小学校で「昔遊びの会」なるものがあった。餅つきや竹とんぼ、独楽回しなど昔の遊びを小学生に体験させようというもので、俺は平日昼間にぶらぶらしている貴重な父親ということで、餅つきに動員された。校庭と体育館に餅つきコーナー、竹とんぼコーナーなどいくつかのコーナーを設け、グループ分けされた児童が時間を区切って各コーナーを移動する。俺は餅つきコーナーで他の保護者と協力して、9割がた餅をついた状態にしておき、並んで待っている小学生に杵を持たせて5回ずつつかせてやるのが仕事だ。
 餅つきは楽しかったし、つきたての餅を脳内が酸欠になるほど食べることができた。ただ、時間を区切って「次はこの遊びをしましょう」と指示されて遊ぶのを遊びと言ってよいのかどうか。授業の一環と割り切ってしまえばスッキリするけど。
 更に、実際の「昔遊び」のメインイヴェントはやはり「戦争ごっこ」だったのではなかろうか。それも、クラスの中の弱いものを「ちゃんちゃん坊主」に見立て、捕虜にして首を斬るヤツだ。もちろん学校現場でそれをやるわけにはいかないことは百も承知だが、小学校で行われる「昔遊び」が、「今」の時点からの取捨選択を経たものに過ぎず、オトナが子供にやってほしい無難な「昔遊び」であることは自覚しておきたい。

■餅をつきに来た小学生の中に、回りから「バタコさん」と呼ばれている高学年の女の子がいて、ほんとにそっくりだったので笑いそうになってしまった。アンパンマンに似た子は多いが、バタコさんとはなかなかいい路線だ。
 早くも筋肉痛が出てきた。うーん。

■アメリカはきっと、イラク側から戦端を開かせたいんだろうなあ。日本にそうしたように、つっついてつっついて追い込みまくってね。一昨日のパウエル演説がさしずめハル・ノートということになるのだろうか。いやぁな国。


2003/02/09 [日]   

■餅つきの筋肉痛が出てきたので、毒をもって毒を制すとばかりにジムへ行ってえっさえっさと筋肉に負荷をかけたり、へろへろになるまで泳いできた。そしたらやっぱりよけいに痛くなったような気がする。ハラ減った。
 肉体の鍛錬とか健康の追求ってのは、やり出すとキリがない・ハマる、というのが最近分かりつつある。特別のプロテインやサプリメントを摂ったり、逆に特定の食物を忌避したり、日替わりで鍛える筋肉を変えるメニューを組んだりしてしまう。俺はマメでない性格が幸い(災い)して、そこまではやろうと思ってもできないが、気持ちは分かる。気持ちは分かるけど、そうなっちゃったらつまんないなぁ、と思う。ナンのためにカラダを動かしているかと言えば、究極的には気持ちよくなるためだから、多少筋肉痛が残ろうが筋肉が不均等につこうが、気持ちよければそれ以上の心遣いはする必要はない。しては意味がない。

■どんとの『SUMMER OF どんと 実況録音盤』が気持ちよくって仕方がない。

■髪の毛伸び中。耳が半分以上隠れるまで伸ばしたのは、高校生時代以来初めてではないか?もうちょっと伸ばしてみるつもり。こないだワックスを買ってきてぼさぼさにしてみたら、ちょっと忌野清志郎ぽくなって喜ぶ。メイクもしてみようかしらん。
 もともと俺の髪はごく細くて、高校生の頃はいつ禿げてしまうのだろうかと不安におののいていたが、30代後半に達した今もまだ禿げてはいない。もういつ禿げても構わない年齢になったから、あとは好き放題やらせてもらうのだ。そんなわけで、脱色したり金色にしたりしているわけだ。
 俺は既に、ジム通いの成果で学生時代のサイズの服も余裕で着られるようになっている。カワのパンツはいて鎖じゃらじゃらさせてビンラディンTシャツに革ジャンで、鼻にピアス通して授業参観に行くのだ。麦人が「父ちゃん帰ってくれ!」と泣いて頼むまでだ。

■今日の麦人の駄洒落。
「春雨は春にとれる鮫だ」
どんどんレベルが落ちていく。どう反応してやればよいのだろう。シカトしてやるのが親として正しい態度と言えようか。というか、そうするしかない。


2003/02/10 [月]   

■昨日スイミングスクールへ行ったばかりだというのに、麦人と文人がまた泳ぎたいという。オフの時期くらいは、ということで、車で5分の県立健康センターに連れて行ってやった。去年の夏休みに来たときには、まだつきっきりでないと遊べなかったが、もうほったらかしにしておいてもかなり遊んでくれる。自由コースできゃぁきゃぁ遊ばせつつ、俺はゆっくり500メートル目標で泳いでいたら、文人が泣きそうな声で「むぎちゃんがキックをしたりかんちょうをしたりする」と訴えるので、子供と一緒に泳ぐことにする。
 文人を少し泳がせてやろうと思い、両手を持ってバタ足前進をさせようとしたら、「赤い線が怖い」といって、底に引かれている赤いラインのそばにどうしても近寄ろうとしない。なんだかよく分からないが、彼にしか感じることができない邪悪なものがあるらしい。そうかと思えばプールサイドを走り回って監視員のお兄さんに注意されていた。ごめんなさい、のつもりなのかどうか、右手を「ハイル・ヒトラー」式に斜めに差し出していた。
 麦人は25メートルをすいすい泳ぐ。潜水もできる。親なんかほっぽらかして泳ぎ回っていてもおかしくないんだけど、彼は甘えたなので俺の背中に乗ったり腕にしがみついたりする。麦人と俺で向かい合わせになって両手をつなぎ、文人を真ん中に入れて「コーヒーカップ!」。ぐるぐる回りながら25メートルを歩いた。

■夕食は予備校の人々とナンバで。職場の飲み会的なものに参加するのは、ほぼ1年ぶりくらいのような気がする。

■今日の麦人の駄洒落。
「分葱の脇毛」。吉本に売り飛ばすぞ。


2003/02/11 [火]   

■終日、自宅で原稿書き。疲れた。甘いものがおいしい。

■就職試験向け作文の書き方を教えていて思うこと。受講生は大きく2分することができる。「作文の書き方のイロハから教える必要があるグループ」と「文章は書けるから、コメントを通じて軌道修正するだけでよいグループ」である。最初の10行読めばどちらに属するかはすぐ分かる。後者は問題ない。20本も書けば内定レベルに達する。問題は前者で、今の講義+添削というスタイルでは上達させるのは難しいなあ。
 おいしい料理を作るコックさんはおいしい料理を食べつけて舌を肥やさなければならないのと同様、「これは面白い文章だ!」というものを数多く読んでいないとどういう文章を書いてよいか分からない。さらに、「何か書きたいなあ」「書けるネタはないかなあ」と身構えていないと、自分の中に何も溜まらない。この2つは、教室の外で本来はやるべきことなのだが、「作文の書き方のイロハから教える必要があるグループ」は、ここから始めないといけないんだよね。「本や雑誌を読みましょう」と言っても、「何を読めばいいですか?」と聞かれてしまう。何でもいいんだよ、面白ければ。

■今日の麦人の駄洒落。「パンツがぱっつんぱっつん」。

■麦人が夕食後にプロレスをやろうというので、マット代わりにふとんを敷かせたらこう叫んだ。「パパ!ふとんを敷いたぞ!無理もない!」。「無理もないってなんだそりゃ?」と聞き返したら、「無理もない!っていうのは昔のことわざなんだ!憶えておけ!」と自慢そうに胸を張った。なんだそりゃ。

■「明日はなんの日か知ってる?建国記念の日だよ。建国記念の日って日本ができた日なんだって」と、これも麦人が言うので、「日本ができたってどういうこと?」と聞いてみると、「日本が島になったのを誰か偉い人が見ていたんだよ」だそうだ。


2003/02/12 [水]   

■朝からなーんかノドが痛いので、午前中はふとんの中で眠ったり醒めたり。麦人が、3つある目玉焼きを文人が2つ食ったといって怒り狂っているが放置して、再び三度、眠りの世界へと逃避する。。
 ふと眠りから醒めると、麦人が横に座っていて俺の肩や腕をさすっていた。「のど乾いたら飲んでね」と、枕元にはお茶の入ったグラス。体温計。さらに「パパが退屈になったら読ませようと思った」と、小学館文庫版『日本の歴史 第2巻』まで置いてあった。俺が寝ている間に彼はあれこれ気を遣ってくれたのだ。
 「親の心子知らず」とよく耳にするが、それは違う。親が子供を愛しているより、子供は親のことがずっと好きだ。親は作ってしまった以上、子供の世話をする義務がある。が、親の都合で勝手にこの世に産み出されてしまった子供は、どうしてこんなに親のことを愛してくれるのだろう。無償の愛、という言葉は、親のためにではなく、子供のためにこそある。

■夕方からマスコミセミナーで講義。帰り道、どんどん寒気が強まるので帰宅後熱を測ったら、37.8度。あー、やっぱり。文人からのインフルエンザかな。今夜は早く寝ることにしよう。

■こういう場所がいい。昔住んでた大学の寮は、こんな感じだったような気がする。
川なんか見たことないのに
分かっているよと橋を行く
橋なんか用がないから
今日もここで二人だけ
お花が咲けば元気になるよ
明日も来るね 橋の下
何にもないけど橋の下
何にもないけど橋の下
                どんと『橋の下』



2003/02/13 [木]   

■朝、麦人も37.5度の熱があったので、小学校を休ませ、同じく微熱のあった俺と二人して蟄居。こたつ周辺でテレビを見たり本を読んだりして終日過ごした。麦人の風邪は波があって、「気持ちが悪い。頭が痛い」と言って蹲っていたかと思えば、いきなり寝室でボールを蹴り始め、俺に「学校休んだんだからおとなしくしていなさい」と叱られたりしていた。
 デジタル放送を初めてじっくり視聴した。テレビはこれといった見所はないが、ラジオを有線代わりに流しておくのはかなりよい。落ち着き系やレトロ系のコンテンツ多いし。
 午前中は二人とも居眠りをしてしまったので、夕方になって医者に行った。いつも行くF先生が臨時休診の札を出してシャッターを下ろしている。想像するに、ご自身もインフルエンザに罹患されたのだろう。
 仕方がないので、数ヶ月前に開業したばかりのT医院に初めて行ってみた。最近、この近辺は医院の新開業ラッシュで、歯科医・外科医・内科医が矢継ぎ早に開業した。ユーザーにはありがたいことだが、なかなかお医者も大変な時代である(ただし眼科医は少ない。昔からある眼科医はいつも1時間以上待ちだ。もし開業を検討されている眼科医殿がいたら、岡本〜摂津本山エリアを検討されたい)。俺と同年代の若い先生で、椅子に座るなり「はじめまして」と挨拶をしてくれた。当たり前だけど、やはりお医者もサービス業だもんね。
 丁寧に診て説明してくれるのはありがたいのだが、新開業のためか、受付の段取りが悪い。待合室には1人もいなかったのに、俺と麦人と2人診てもらって会計を済ますまで1時間かかっちまった。地域医療の充実のために長い目で見守りたいところである。
 結局、俺も麦人もただの風邪。インフルエンザではなかったので一安心である。

■文人が最近妙にカワイイ。まじない系の振る舞いにも磨きがかかってきた。将来が楽しみである。


2003/02/14 [金]   

■麦人の熱は下がらず、昨日(13日)も学校は休ませた。元気で食欲もあるんだけど、37〜38度を行ったり来たりしている。俺も今日はどうしても仕事があったので、彼を数時間にわたって一人で留守番させざるを得ず、「ピンポンが鳴ってもドアを開けるな。電話も出なくていい」と重々言い聞かせて外出した。後で聞くと、麦人は本を読んだりテレビを見たりしてそつなく留守番をこなしたようだが、俺が出かけて1時間後には、あっさり宅急便屋さんのためにドアを開けたらしい。でも、一人でこれだけ留守番できるようになるとかなり助かる。一時も目を離さなかった赤ちゃん時代も懐かしいけど。
 俺も仕事からの帰り道で寒気が昂じてきて、文人を保育園に迎えにいく頃にはかなりガタガタ状態。それでも保育園から自宅まで、文人と達磨さん転んだをして帰った。文人は振り返って俺が接近するのを確認するたびに「うわぁ!ウェーハッハ!」などと笑うので面白い。素のママで人を惹きつける愛敬ってのはあるんだね。これは麦人にはなく、もちろん俺にもない才能だ。
 帰宅してすぐ風呂を沸かして汗をかいて、そのままふとんに潜り込む。夜中に汗が出て、だいぶ楽になった。

■「1年生になってできるようになったことを書きましょう」という宿題に対して、麦人の答え。「駄洒落が上手くなった」。そういう彼の今日の駄洒落は「ゴボウがごんぼごんぼ」(??)。

■昨日読み終わった本。
丘真也『吉良上野介を弁護する』(文春新書)
→テレビや映画では赤穂浪士の前に引き出されて「命だけは…」などと命乞いをする吉良義央が、どうやら討ち入りの際、脇指で抗戦していたらしい、というのにちょっと驚いた。一見、正義と悪が画然と分かれて見える事柄ほど十分な疑念を持って眺めなければならない。今更だけど。


2003/02/15 [土]   

■今日のCDオトナ買い
フォーク・クルセダーズ『新結成記念 解散音楽會』
フォーク・クルセダーズ『イムジン河/悲しくてやりきれない』
村八分『UNDERGROUND TAPES/1973 京都大学西部講堂』
村八分『UNDERGROUND TAPES/1972 KBS京都スタジオライブ』
村八分『UNDERGROUND TAPES/1979 京都大学西部講堂』
村八分『Live'72─三田祭─』

■札幌に行ってきます。


2003/02/17 [月]   

写真日記だけとりあえずアップしました。
http://yapeus.com/users/ottosei/


2003/02/18 [火]   

■15、16日と札幌で遊んできた。俺と麦人と文人の3人だ。阿久沢も今の体調なら行けたと思うが、念のため今年は欠席した。

■札幌にはmicmicさん夫妻がいる。二人とも(つまり俺を含めて3人)同じ大学の同じ寮で暮らした仲である。micmicさんは同期入学で学部も同じであり、同じ色のヘルメットを被って暴れた時期もある。だから、と言ってよいのかどうかは分からぬが、今さら何かをしみじみと語るということもなく、一緒に橇で遊んでメシ食って手を振ってまた来年、ということを3年も続けている。
 どちらかがもう一方の葬式に出席するまでに、またあれこれ話をしてみたいという思いもないではないが、たとえそういう機会に恵まれなかったとしても、あまり後悔はしないだろう、という境地に、既に達しているのである。

■15日の昼過ぎに到着(伊丹空港→新千歳空港→JR札幌駅)。すぐ駅前の回転寿司で腹ごしらえをした。「びっくりサーモン」というのが、ほんとにびっくりするほどの大きさで感嘆久しうした(写真日記参照)。顔の半分くらいを覆いかねないネタのでかさだ。「びっくり○×」というネーミングのものでほんとにびっくりしたのはこれが初めてくらいかもしれない。
 食事が終わって、市内の公園で橇滑りをして日没近くまで遊ぶ。公園の中に盛山が作ってあって、雪が降ると格好の滑り場になるのだ。スキーができない(やったことのない)俺も、これなら楽しめる。文人が昨年より数段上手に滑るようになった。去年までは一人で滑るのもちょっと怖くて、「いっしょうにすべろう?」とオトナを誘っていたのに、今年は一人でどんどん滑る。「一緒に滑ろうよ!」とオトナが声を掛けても、「いい」と冷淡だ。
 それに対して麦人の滑走距離が伸びない。身体が大きくなってバランスをとるのが難しくなった上に、何かワザをやろうとして画策していたからだ。五歳児が橇滑りにもっとも向いていることを発見した。

■16日の午前はイシヤチョコレートファクトリーでチョコレートに絵を描かせて遊んだ(写真日記参照)。ほんとは麦人と文人をスキー場に連れて行くつもりだったのだが、出発する時点で麦人には38度の熱があったのである。麦人は家に残して文人と俺だけで行くことも検討したのだが、麦人があまりにもがっかりした顔をしたので、万一のことも考えて健康保険証を携行した上での出発となった。そんなわけでスキーは中止となり、室内遊びに切り替えたのだ。
 子供たちはひたすら雪で遊びたいという一念で脳髄が冒されているので、16日の朝に「今からチョコレート工場に行くよ」と予定を伝達したところ「えー」と不評だった。全く、お前らのことを考えてそういう計画にしているのにけしからん。とはいえ、連れてきてしまえばそれなりに楽しむことも分かっているから、「来たくない子は残っていいよ。一人で雪だるまでも作っておれ」と脅して連行したのである。
 文人はハート字のチョコレートの上に、ハートや花模様をたくさん描いていた。服装もいつも通り赤やピンク主体だったため、指導してくれるお姉さんに「ふみちゃん」と呼ばれて憮然としていた。付属の喫茶店で飲んだホットチョコレートがおいしいおいしい。汁粉にせよホットチョコレートにせよ焼き芋にせよ、温かくて甘いものって何でこんなにいいんだろうな。幸せの象徴だ。

■16日の午後も、飛行機の時間までmicmicさんたちと橇で遊ぶ。途中で雪が降ってきた。今年は気温がさほど低くもなくて遊ぶにはいい感じだった上に、雪が降るのも見ることができて幸せな気分だ。
 ラーメン食べて夕方の飛行機で家路につく。子供のためにペンライトと光ファイバーで作られた光学おもちゃ、ビーズのアクセサリー、『パトレイバー』のビデオをいただいた。この場で再びありがとうございます。
 阿久沢へのみやげに、空港でロイスの生チョコとタラバガニを買った。


2003/02/19 [水]   

■もう数日前のことだが、「わたし、飛びます!」というサブジェクトのメールが来た。こんなの。
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    ★暖かくなる葉っぱあります★
ガンジャ、チョコ、樹脂、スモーク、seeds
日本発入荷、アヘン様ハーバルスモーク
サイトが消されたら終了です。
精神安定剤代わりにどうぞ!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://smoke0.www4.dotnetplayground.com/
http://tobutobu.host.sk/
http://smoke0.0catch.com/
http://smoke0.freewebtools.com/
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 正直に言って猛烈に食指が動いたのだが、俺も妻子持ちである。歯を食いしばってガマンした。その証にここに書き留めておくのである。ああ、legalize it!

■今日はジムで「プールの中を500メートル歩く」というレッスンに参加した。おじいちゃんやおばあちゃんにまざって歩いた。ちゃんとやると結構効く。何事も基本が大切である。

■フォーククルセダーズ『新結成・解散音楽會』が期待以上の出来だ。加藤和彦って歌ヘタだと思っていたけどとんでもない。シャウトすることも声に妙な表情を付けることもなく、おそらくは無表情に近い顔で淡々と歌っているのだと思うのだが、こんな重い存在感を持った歌い手だったんだ。
 九州大学医学部教授・北山修の練習不足は隠しようもなく、高音域は加藤と坂崎幸之助にフォローしてもらっている状態なんだけど、でもやっぱり昔聴いた北山修=自切俳人なんだ。本業や社会的な立場が変わり、多少トシはとっても、声ってのは変わらないんだね。俺もそういう声が持てるといいなあ。


2003/02/21 [金]   

■今日もCDオトナ買い。
ピーター・トッシュ『ライブ&デンジャラス/ボストン1976』
ピーター・トッシュ『ミスティック・マン』
ピーター・トッシュ『ママ・アフリカ』
オムニバス『KUROちゃんをうたう』

■酒も煙草も女も博打もやらないんだ。本とCDくらい好きに買わせてもらうぞ。
 それはともかく、ピーター・トッシュはリズムがディープでブラックで(スライ&ロビーがリズム隊なんだから当然なのだが)、俺はボブ・マーリーよりかっこいいと思うんだけどな。特に『ゲットアップ・スタンダップ』は、絶対にピーター・トッシュの歌っている音源の方がズビズビっと来る。味が濃い。

■20、21日は関西大学後期日程入試の対策授業。2日とも教室はいい感じで埋まっていた。最後の可能性まで活かしきって、行きたい大学へ行っておくれ。


2003/02/22 [土]   

■文人は激怒していた。兄の麦人が、もういやだ、やめてよというのに、自分の口真似を延々とし続けるのである。麦人は小学校や学童保育でそういう修羅場をくぐり抜けているためか、人が嫌がるやり方で挑発するのが実にうまい。保育園で、毎日女の子に囲まれて遊んでいる文人を追いつめることなど、訳はないのだ。
 怒った文人は台所へ入っていく。流し台の下の収納を開けてがたがた金属音を立てている。何を捜しているのだろうと台所をのぞき込んでみると、なんと彼の右手には野菜切り包丁が握られていた。とはいえ、逆上しているわけではなく、ちょっと握ってみました、という風情だ。おい、気持ちは分かるけどそりゃちょっとまずいよ、包丁しまいなさい、と声を掛けると、今度はフルーツナイフを取り出そうとする。ふーちゃん、そんなんでお兄ちゃんを切ったら痛いよ、しまいなさい、ともう一度声を掛けたら、文人はナイフをしまって、玄関の外へ小走りで出て行ってしまった。おそらく、自分でもちょっとまずかったな、と気がついて、自ら頭を冷やしに行ったに相違ない。
 5分ほど時間をおいて玄関の外をのぞいてみると、文人は自転車にまたがってペダルを逆回転させていた。ふーちゃん、もういいから入っておいで、と声を掛けると、いったん扉が閉まってからおもむろに自分で開けて入ってきた。無言で俺のそばにきて、ぎゅうっと抱きついてくる。よしよし、悔しかったんだねと言うと、こくんと頷いた。じゃぁ、ふーちゃんにケーキあげよう、お兄ちゃんにはないしょだよ、というとにっこり笑う。バターケーキを少し切って手渡すと、んんんー、と嬉しそうな顔をして頬張っていた。
 なんでこいつらは予想もつかない行動を次々起こすのだろう。育児は面白い。

■夕食後、強烈な眠気が襲ってきて、食卓に突っ伏して1時間ほど寝てしまった。涎の海。相撲取りの醜名か月面の場所の呼び名みたいだな。


2003/02/24 [月]   

■阿久沢が先週からスポーツクラブ通いを復活している。手術して2ヶ月、よろしいよろしい。このまま元気であれ。

■阿久沢が午前中のマーシャルボディキックというクラスに行っている間、俺と麦人と文人で留守番。こたつで横になってうとうとまどろんでいたら、珍しく文人が威張っている声がする。「お前は犬だ!」とか叫んでいる。目を開けてみると、2メートル以上につないだチェーリングを麦人の首に巻き付けて、四つんばいになった麦人を寝室とリビングを引き回していた。麦人も「うわぁ…」などと叫びつつ、けっこう喜んでつきあってやっている。
 ここ半年くらいの間に、この兄弟は実は仲がよいことが明らかになってきた。麦人を叱るとき、「こんな悪い子は住吉神社の『子供交換所』へ連れて行って、もっといいお兄ちゃんに取り替えよう!電話で予約だ!」と俺が電話機の受話器を上げると、涙目になって椅子に乗り、「だめ!だめ!」と必死で止めるのは文人である。麦人も文人をおんぶして歩いたり、文人が乗った自転車が坂道にさしかかると、「おおお!」と掛け声を掛けながら後ろを押してやったりしている。
 8年前までは、2人とも地上の空気を吸ってもいなかったのだ。それなのに、2人だけで会話をし、押し入れの中で親に内緒の密談もし、2人だけで近所の公園にも行けるのだ。子供が成長するのは当たり前のことで、産み出した親とコミュニケーションするのもまぁ理解できるんだけど、ちょっと前まで存在しなかった兄弟2人がコミュニケーションするのが不思議で仕方がない。無から有を産み出したというわけでもないが、俺がいなければ、今目の前で展開されている、兄弟の上野公園西郷隆盛状態は決して無かったのだ。愉しむべし愉しむべし。

■夕食は摂津本山駅前の中華料理店で。最近、といってもここ2、3ヶ月だが、旨いものは腹が裂けるまで食べたいという欲求がなくなってきた。まだ食べられるけどこのへんでやめとこ、というブレーキがかかる。要するにトシのせいなんだが、よいことである。文人が割り箸で遊んで、床に落としたりテーブルの割れ目に挟んだりするので注意したら、落ち込んでしまった。うつむいてふてくされてみせるものの、鶏の唐揚げが到着したらとたんに機嫌が元通りに。

■麦人・文人の常用パジャマを洗ってしまったので、控えを出した。麦人は例によって何も文句を言わずに着た。「文人は着ないと思うよ。前も着なかったよ。バーゲンで自分で選んだのに」と阿久沢。ところが、洋服箪笥からピンク色であれこれ飾りが付いたそのパジャマを取り出すと、文人も嬉々として袖を通すのである。「ふーちゃんの好きなお花やリンゴがついてる。明日も着ようかな…汚れちゃわないかな…」と。要するに彼は、その服が気に入っているからこそ着たくなかっただけらしい。


2003/02/25 [火]   

■24日は麦人の授業参観&懇談会に行ってきた。授業参観は「1年生になったこの1年でできるようになったことをみんなの前で発表する」という生活科の授業だった。こういうパフォーマンス系の授業を用意してくるあたり、なかなかサービス精神があってよろしい。麦人は当初、「1年生になってパパにプロレスで勝てるようになった」というネタでいこうと思っていたらしく、それならそれで俺もみんなの前で受け身をとってやろうと心の準備をしていたのだが、3日前になって「支えなしの三点倒立」に変えてしまった。つまんない。

■昼休みが終わってざわついている教室に入ると、麦人は膝をすりむいて大きなガーゼに血がにじんでいる。よく見ると、左の太ももにも大きな擦り傷がある。昼休みに校庭で転んだと見える。左の手のひらをしきりに気にしているので、砂が入ったのかもしれない。などと少し心配しているうちに授業が始まった。父親は俺ともう一人だけである。
 「とだむぎとです。家で逆立ちの練習をしたら、できるようになりました。見て下さい」との口上を述べた後、麦人はそつなく三点倒立をこなした。「おお」と感嘆のどよめきを引き起こすことに成功していた。自分のパフォーマンスが終わると、しばらくは他の子に声援を送ったり囃し立てたりしていたが、10人目あたりで退屈して、机につっぷしたり傷口を触ったりしていた。

■俺のツボにはまったパフォーマンスを列挙しておくと、

「○×です。ごはんを上手によそえるようになりました」と言って、給食室からもらってきたビニール袋入りの白飯を、持参した茶碗に一生懸命よそう。

「○×です。一人で友達の家に遊びに行けるようになりました」と、クラスメートに手伝ってもらい「もしもし。□△くんですか。今から遊びに行ってもいいですか」「はいどうぞ」「ぴんぽーん」「こんにちは。ベイブレードをして遊びましょう」「うん。スリー・ツー・ワン、レディ、ゴー!(ここは全員で唱和)」「あ、帰る時間だ。今日はどうもありがとう。さようなら」とロールプレイングを行う。

「○×です。お母さんに教えてもらって、洗濯物を上手に畳めるようになりました」と、家から持参した衣服を一生懸命畳む。

「○×です。英語がしゃべれるようになりました。I am ○×. I live in Kobe」…と定番の自己紹介をした最後に、「I like マクドナルド」としっかり落としてくれた。

「○×です。漢字が上手になりました」といって黒板を振り返り、漢字を書く。

その他、カエルの鳴き真似、ネコの物まね、あやとり、折り紙など、なかなかの45分であった。

■その後の懇談会はひたすら睡魔との戦い。出席した保護者が全員発言させられて、俺は「まぁ、細かいことを言えばきりはないですけど、これからしばらく続く学校生活も、先生のおかげをもちまして、いい感じでスタートできたんではないかと思います」などと適当にお茶を濁しておいたが、大多数の保護者が「2年生になって同じクラスになったらよろしくお願いします」と言い、全員が「うんうん」と頷いていたのが新鮮だった。
 そうなのか。俺は、子供たちがよろしくやれていればいいんであって、保護者同士でよろしくやるつもりはあまりない。角が立たない程度に役員や当番はやるけどね。保護者がよろしくやることと子供どうしがよろしくやることの間には、『ロミオとジュリエット』を観るまでもなく、ほとんど関係はないのだ。宮台真司のいう総学校化社会ってのが、こういう場面にも現れているのか。


2003/02/26 [水]   

■最近、夜中に目が醒めることが多い。トシとって朝早く起きてしまうとか、精神的にどうこうでというわけではなく、子供に蹴られるからである。
 我が家はダブルサイズのふとんを2枚並べて親子4人で雑魚寝というスタイルである。子供がいなかったころは、ダブルサイズ1枚に2人で寝ていた。家族のメンバーが増えてもそのスタイルを崩さず、横たわる人間とふとんの数が増えただけだ。
 子供が赤ちゃんだったり、赤ちゃんに毛の生えた程度のサイズだった頃は何も問題はなかった。が、今や麦人は130センチ、文人も120センチとなり、寝室の面積に占める人間の総面積は相当に高密度になってきた。しかもこの2人は甘えたなので、親にしがみついたり手足を絡めて安心するという寝方をする。
 親としても、いつまでこうやって甘えてくれるだろうかと名残惜しく思う気持ちも強いし、冬は子供がほこほこあったかいので、寝入りばなはくっついてくれるとありがたい。が、成長期の子供はとにかく寝相が悪い。部屋の隅から隅まで動き回っている。想像するに、熟睡時に身長が伸びているので、その際の身体のアンバランスを補正するために寝返りを打ったりふとんの上で回転しているのだと思われる。それは喜ばしいことだが、密着して寝ているこちらにはそうでもない。
 俺の左隣に平行に寝ている麦人はいつの間にか90度回転し、俺の身体と直交している。その状態で彼は思いきり脚を伸ばし、更に身長を伸ばそうとする。彼の踵は俺の脇腹に当たる。俺は目が醒める。「いてえぞばかやろう」とつぶやきつつ、麦人の足をつかんで90度回転させて元の位置に戻す。麦人は俺にほおずりをしてくるので許してやる。
 すると今度は右隣に寝ている文人が両脚をばたつかせる。ふとんをはねのけているのである。俺の身体に冷気が当たるので、ふとんを元に戻す。再び文人は脚をばたつかせる。今度はその脚が俺の顔に降ってくる。
 もういい。俺はふとんから出て、コーヒーを飲んで、一仕事をするしかないのだ。

■実は1年以上前に、子供用の2段ベッドは買ってあるのだが、二人ともそこでは寝ようとしない。そっちへ行ったらもう親のふとんに帰ってくることはないのはこっちも分かっているから、ついつい許してしまうのである。


2003/02/27 [木]   

■26日は予備校で仕事があって、麦人が学童保育から帰るまでには帰宅できるつもりだったんだけどかなり遅れてしまった。あらかじめ学童保育に電話を入れて帰宅時間を伝えてはいたが、小学1年生を一人で家に置いておくのはやはり不安である。悪者が家の中に踏み込むということは滅多に起きないだろうけれど、寂しくて泣いてるんじゃないかとか、俺のことを恨んでいるんじゃないかと思って、阪急岡本駅から家まで小走りで帰った。麦人は平静に本を読んでいた。「ごめんな。偉いな」とほめてやると、小鼻をひくひくさせて「全然大丈夫だった」と言った。
 聞いてはいたが、子供は加速度的にしっかりしていく。半年前にできなかったことを、平気な顔をしてやりとげる。その力を疑わず過信せず見守ればいいのだろう。難しいけれど。
 最近、子供のことばかり書いている。だってオフに入ってから、家で原稿系の仕事をするか、ジムへ行くか、子供の相手をするかだもんなぁ。

「泣くのはいやだ 笑っちゃおう」
っていう『ひょっこりひょうたん島』の一節が好きだ。俺が3歳のときに放映が終わった『ひょっこりひょうたん島』は、俺の物心がつくかつかないかの境目に漂っている存在だ。白黒テレビでドン・ガバチョを見たような記憶はあるのだが、もしかすると何かの回顧企画で放映されたものを混同しているのかもしれない。
 それはそうと「泣くのはいやだ 笑っちゃおう」だ。最近やたら耳につくブルーハーツ亜流の前向き空回りパンクロックや、悪ぶったつもりのぼんぼんヒップホップなど、俺になんの勇気も与えてはくれぬ。前を向くのは、笑うのは、そうしないとどこまでも沈んで後退してしまいそうだからだ。そういうところまで追いつめられて、初めて前を向くことの大切さが伝わるのではないか。
 モーニング娘。のCDを買おうと思う。彼女たちに『ひょっこりひょうたん島』の記憶などあるはずもない。俺がリアルで聴いたかもしれない歌と、絶対聴いたことがない娘。たちの狭間で、「泣くのはいやだ 笑っちゃおう」を噛み締めてみよう。


2003/02/28 [金]   

■誰か俺に服の買い方を教えてくれ。これでも一応は人前に立つ商売なんだ。そう思って、今年はスーツを着ようとか、ぱちっとジャケット+スラックスで行こうとかこの時期は考えてみるのだが、服ってのはどうやって買ったらいいんだ。今やってるバーゲンってのはいつ着る服を売っているんだ。春に着る服はいつ買えば安いんだ。これってなかなかいいじゃんっていうジャケットがあったんだけど、これって勝手に袖を通しても怒られないかな。
 などと考えているうちに、きっと今年も暑いんだろうな、5月になったらTシャツ+半袖のちょろっとした柄シャツになっちゃうだろうなと見通しが立ってしまい、結局何も買わずに帰ってくる。家にいながら予想がついてしまった。