2003/12/01 [月]
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■DVDプレーヤーを買った。だいぶ前に買った高田渡と五つの赤い風船のライブを観た。西岡たかしが『遠い世界に』を歌うときに、譜面台に歌詞カードを乗っけたのが印象に残った。西岡にとって『遠い世界に』は、棺桶に入ってでも歌える歌だと思っていたからだ。 彼の声がかなり衰えていることは去年生演奏を聴いて分かっていたし、もう60近いのだからそれも芸のうちだと思えるのだが、『遠い世界に』まで歌詞カードを見ないと歌えないのか?歳を取るとはそういうことかもしれない。それまで何でもなくできたことが、頑張らなければできなくなる。でも、そこまで必死になってでも正確に演奏しようとした西岡はえらい。 『悲しみが時を刻んでいる』は名曲。「みんながやさしくなればいいと/思っていても戦場はある/それも少年までもが銃を手にして/瓦礫の国に命を捨てる」。
■麦人のスイミング進級テストがあった。余裕で12級進級。種目は息継ぎクロール。同行した阿久沢の話によると、飛び込んだ瞬間、衝撃でゴーグルがずれて泳ぐ方向が斜めになってしまい、コ−スロープに腕が引っかかって難儀していたため2着だったとのこと。
■寝るとき麦人が「いっしょに寝てほしい」と言う。「今日は仕事をしないといけないからダメだよ」と答えると、「しょうがないな。じゃあ文人、抱き合って寝ようぜ」と。兄の方が甘えただ。
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2003/12/02 [火]
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■高田延彦のいわゆる暴露本(『泣き虫』)について西村修のコメント。「プロレスっていうのは難しいですよ。結果が決まっているとかいないとか。そんなことを言ったら、人の命なんか、生まれたときから決まっていますよ。あはは。…嘘だ嘘だと言って真剣にやっているほうが面白みがあると思うんですけどねえ。…世の中は、みな冗談。なんだかスポーツアスリートが多すぎますよ」。週刊プロレスより部分引用。
■週末の学童保育の会合での疲れか、咳がひどい。その件は再来週まで山場が続く。どうしよ。 今朝は一家で寝過ごした。目覚めたら8時15分。麦人は小学校を遅刻した。連絡帳に「親が寝過ごしたので遅刻しました。すみません」と書いて持たせた。夜、先生に叱られなかったか麦人に聞いてみたら、「叱られなかった。でも友だちが『ええーっ』って言った」と。 俺は文人を保育園に連れて行った後、仕事に行く前に30分だけ追加睡眠。昔の知り合いが夢に出てきた。どっちかというと苦手な奴だったが、妙にイイ奴に変わっていた。どういうことかしらん。
■エノケンを聴いている。声に表情がある人っていいね。それも笑顔とかふわっと力が抜けた表情だとなおさらに。
■明日は床屋かマッサージかどっちかに行きたい。
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2003/12/03 [水]
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■文人は毎晩のように寝言を言ったりへらへら笑ったりする。昨夜も「あのね、何だか明るくなってきたよ」とはっきり話し(まだ真っ暗な時間だ)、「うへへ」と一声笑ってまた静かになった。 こんなシーンを見て思う。彼はほんとに俺など平凡な親の理解が及ばない場所で生きているのではないかと。彼が朝、寝起きが悪かったり着替えるのがゆっくり過ぎたり、訳の分からないことで泣き叫んでいても、それは俺とは違う次元(高い次元か低い次元かはまだ分からぬが)で彼がものを感じ、生きているのであって、俺などが怒ったり指示通りにさせるのは筋違いであるような気がしてきた。 ■今日はお休み。昼まで寝て、1週間ぶりにフィットネスへ。のどが苦しいので、有酸素は控えめにして筋トレを中心に1時間半ほど。 ■風呂上がり、麦人と文人は台所で冷たいお茶を飲もうとしていた。文人が麦人に軽くぶつかった弾みで、麦人のコップからお茶がこぼれて文人の頭にかかった。「おお、ふみと。お茶かかってごめんな。今ふいてやる」「こっちこそぶつかってごめんね」。 佳い光景である。子ども(それも複数の)がいて良かったと思う瞬間である。だいたい毎日ある。 ■愛すべき大ボケメールが届いたので晒す。こういう若い人は大好きである。 今日、東京ビッグサイトで開かれた関係者むけへの水着ショウやってたみたいなんですが、ニュースで一部公開するだけで僕らは全部見れません。こういう時にマスコミに友達がいたらテープにダビングしてもらって売ってもらえるのかなー?と考えたりします。元マスコミの先生は気になりませんか?各社のイメージをかけた最高のモデル達のお上品にセクシーな水着姿。この映像を手に入れる方法を教えて欲しいんです。あー気になって夜も眠れません。 *************@docomo.ne.jp君よ。マスかいて勉強したまえ。その後にまたメールおくれ。 ■フォームメールへのお返事 3 Dec 2003 00:57:26 +0900 →西村修のプロレスは好きじゃないですが、あのコメントについては共感したので書き留めておきました。人生とは?我々は数十年もすればみな死んでしまうのだから、結果はあらかじめ定まったプロレスなのです。とすれば、真剣勝負だリアルファイトだと生きるのではなく、プロレスとして人生を生きるのが良いのではないかと。僕は彼のコメントをそう解釈しました。いずれ死ぬという結論は動かないけど、その中でめいっぱいリングを動き回って見せるのだよ、と。そして、試合時間は長くても短くてもいい。メインイベンターとして生きる人生もあれば、前座・中堅として生きる人生もある。飛びまくるレスラーもありだし、笑いをとるのも、ひたすら関節を決めまくるのもありです。
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2003/12/04 [木]
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■ここ2日ほど文人とはいい感じだ。彼の行動(Aを命じるとB・Cを経てからAに着手する、なかなか起きない・着替えないetc)に文句を付けようと思ったら、すぐに口に出すのではなく1〜2分待つ。すると、10回のうち7回ほど、彼は自分でこちらの期待する行動をとるのである。どうもこれが彼のペースらしい。こういうのはあれこれ言ってどうにかなるものではないので、これでよしとする。
■文人のランドセルもそろそろ物色しなければならない時期になった。安いモノで済まそうと思えばコープで1万円台のものがあるが、これは一種の縁起物なので(学校とのおつきあいは長くなるからね)、多少値が張っても阪急か大丸で彼の好む色・形のものを買ってやるつもりだ。「何色がいいか?」と時々尋ねてみるが、ピンク→オレンジ→空色→紫、と変遷している。
■風呂上がり。麦人が文人に「パパにちゅうをしてもらって、それを俺に移せ」と命じていた。その通り実行した。
■フォームメールへのお返事 3 Dec 2003 20:25:41 +0900 →押忍!無我!
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2003/12/05 [金]
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■『青春歌年譜'78』を聴いていて、あぁっ、と思った。榊原郁恵『いとしのロビン・フッドさま』(詞:藤公之助・曲:馬飼野康二)だ。1978年といえば俺は中学2年生だった。 青い青いリンゴが赤く赤く色づいたのは あなたの矢がささったせいよ とか 弓矢をもう一度ロビン・フッドみたいに キリリとひきしぼりはなってほしい 赤い赤いリンゴは穴があいた あいたまんまで すきま風が空しく吹いて とか、もろそのままではないか。性欲溢れる中坊だった俺は、こんな露骨な歌詞にも気が付かずに榊原郁恵の胸ばかりに気をとられていたというわけか。青かった。今頃になって気が付くということは、やはり若者よりオトナの方がやらしいっていうことなんだろうな。 それにしても榊原郁恵は元気だなあ。今も元気だけど。 ■[毎日新聞11月30日](2003-11-30-19:32) JR九州:「外交官殺害熟考」で、停車駅通過 大分 30日午前10時50分ごろ、JR日豊線で、大分発佐伯行き下り普通列車(2両編成)が上臼杵駅(大分県臼杵市)を通過した。同駅で下車予定だった乗客2人と乗車予定の3人はそれぞれタクシーで目的地に向かった。今年度、JR九州管内の停車駅通過は14件目。 JR九州大分支社によると、運転士(44)は同市の熊崎駅を出て、上臼杵駅から約130メートル走った踏切で通過に気付いたが、「次の臼杵駅まで行った方がいい」と判断し、そのまま運行した。運転士は 「イラクで日本人が殺されたニュースが頭をよぎり、考えごとをしてしまった」と話しているという。運転士の運転歴は8年5カ月だった。 同支社は「全社挙げて通過防止に取り組んできたのに、お客様に迷惑をかけて申し訳ありません」と話した。 ■今日買ったCD 『岡本おさみアコースティックパーティーwith吉川忠英』 →岡本おさみが作詞した歌をいろんな歌手がカバーしている企画もの。SIONのハスキーヴォイスがハスキーを通り越して、ただ空気が声帯を通り抜ける音になっているのにまず感動。中川敬が歌う『落陽』(本歌は吉田拓郎)は、事前の予想を全く裏切らない歌い方で、これも感動した。デジャヴの音版ってやつ。
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2003/12/06 [土]
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■ここ2年ほど右肩が痛くて、板書するときに腕の持ち上げ方や角度によってぴきいいんと痛みが走る。運動したら治るかなと思ったけれどあんまり変わらない。まあそのうち何とかしようと思っていたら、近所に「戸田整体鍼灸院」というのができた。同じ苗字なのも何かの縁だろうと思って、今日行ってみた。棘上筋(きょくじょうきん)というのが炎症を起こしているという。それをカバーするために周囲の筋肉も痛んでいるという。 「治療はどうしますか。上からマッサージしたりや電気流すだけなら保険効きますけど、できれば鍼を打った方がいいのですが…」と。ノドと腕は商売道具なので、ここはきちんとした方がよい。鍼を3本打ってもらった。じわーんと奥から暖まる感じがする。
■外交官殺害について。 大雑把に言うと、彼らは大義のない誤った戦争の後始末をしにイラクに行ったわけで、大きな誤りの一環にある。しかし、彼らがやったことは民生面での復興事業であり、小さな正義である。大きな誤りの環の中で、小さな正義を行い、その大きな誤りに反発する勢力によって殺害された(と思われる)。この捻れが、潔い言葉を吐く気力を萎えさせる。 外交官犬死にやんか、アメリカが勝手したから殺されてもうたやんか、とか、そういうことを言いにくい社会は誤った方向に行く。だから俺がここに書いておくのだ。拉致被害者とか、外交官殺害とか、正面からネタにしたり疑問を差し挟んだりしにくい出来事こそ、冷静にリスクを計算するべきだ。 「テロに屈してはならない」からと言って、東京や大阪でテロが起きるリスクを計算から除外して良いわけではない。誤った戦争に与することで失う信用とプライドを無視してよいわけではない。死者の遺志に報いるとか、死者に鞭打つとか、「テロに屈してはならない」とか、そういう言葉で思考の枠組みからはずしてはならない。自衛隊を出せば、今回の何倍もの棺が帰ってくるかもしれない。そこまでして我々は何を得るのか。何を失うのか。「テロに屈しなかった」というプライドを守ればよいのか。アメリカの言いつけに従っていかなる利益があるのか。それは棺の数に、遺族の涙に、イラク人の反発に、見合うものなのか。
■今日買った本 田中彰『明治維新と西洋文明』(岩波新書)
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2003/12/08 [月]
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■学童保育の餅つき&バザーがあって、俺は餅を5〜6臼搗いた結果ものを握るのが困難である。バザーに出品したビデオデッキとオーディオセットもしっかり売れた。 で、俺にとってのメインイベントはそれではなくて、その後の会合だったのだ。正直、保護者間・保護者と指導員間の信頼関係を損なうような出来事や会合がを続いている。話して分かる人と分からない人がいるし、自分では何も動かない・知ろうともしないくせに、動く人間を指弾する人間もいるのである。俺は嫌われ者になるのは何ともないし、逆にちょっと面白かったりするから別にいいのだけれど、そうでない人にしんどい思いをさせる状況には怒りを感じた。ていうか呆れましたよ。
■それはそれとして、俺の考えを少しだけメモしておく。今回、麦人が通っている地域方式の学童保育が直面している問題とは、学区内に公立児童館の学童保育ができることになり(それも校内に)、我が学童保育が存亡の危機に立っているということなのだ。 それで我々保護者は上述のようなしんどい状況に直面しているわけだが、結論から言うと、地域方式の学童保育はその歴史的な役割を終えていると俺は考えている。費用・労力の点で、地域方式学童は負担が重すぎる。ソフトの部分で問題は多々あるにしても、公立児童館が学童保育を行うことは大きな前進であると俺は評価している。さすれば、地域方式の学童から人が流れ出すのは致し方のないことである。 しかし、歴史的役割を終えたということと、地域方式学童が消滅するということは同義ではない。一義的な存在意義はなくなったとしても、ニッチ的な需要は確実にある。これを掘り起こして、経営をダウンサイジングしながら細々と続けることは可能だし、それ以外に地域方式学童が生き残る道はない。以上。
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2003/12/09 [火]
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■麦人は、ウケを取るのが目下の生き甲斐であることが判明した。 靴下に大穴があいて、まるで穴の中に靴下があるような状態になっているので捨てようとしたら、「捨てないでくれ」という。友だちに見せて、呆れたような顔を見るのが楽しいのだという。そういえば靴もボロボロになってつま先の部分から靴下が見えていても、新しいのは要らないと言っていた。物を大事にするよい子供だと思っていたのに、そういうことだったのか。 親が寝坊したせいで大遅刻になってしまった朝も、嬉々として登校する。みんなが先生の話を聞いている中教室に入ると、友だちが「おおー!」とどよめくのが面白いのだという。昨日もマジックの本を見て、紐を使った手品を真剣に練習していた。 ■すげえおかしかったので記録。 http://coolsummer.typepad.com/kotori/osorosii20031201.html
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2003/12/11 [木]
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■マッチ擦る束の間海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや 寺山修司
■仕事の後歯科検診へ。歯、歯茎ともに問題なく、次は半年後に来いと。 最近ここいらへんは医院の開業ラッシュで、ぱっと思い出せるだけでもこの2年の間に5件ほど新規開業している。マンションもたくさん建って人口も増えているとはいえ、過当競争っぽい。競争力をあげるためには内装もキレイにして、最新式の機械もリースしなければならないだろうし。お医者さんもなかなか大変だ。もっと大変そうなのが美容院と床屋さん。1度行くとすぐにサンキュー葉書が来るし、3回行けば1回ただになるポイントカードをくれる。俺が身を置く受験業界も、もちろん例外ではない。 ユーザーにとっては有り難いことだが、サービスを提供する側に回ればこれほどしんどい時代もない。学生さんがいつまでも就職したくない気持ちはよく分かる。ユーザーで居続けられれば、こんなにおいしいことはないもんね。
■ポイントカードやら診察券やら多すぎ。買い物をするたびに財布の中のカード類を全部並べて、該当するポイントカードを探し、結局この間捨ててしまったことを思い出す、ということを何度繰り返しただろう。こいつらを1枚にまとめたICカードを作ってほしい。加盟店を募ってシステムを作れば、けっこう商売になりそうな気もするが。
■最近買った本 寺山修司『ぼくは話しかける』(ハルキ文庫) 井上章一『愛の空間』(角川選書)
■今日頂いた本 塚原哲也『センター試験日本史B 正誤チェック問題750』(駿台文庫) →センター試験に特化した正誤問題集。正誤問題が苦手な受験生にはオススメ!直前期の今になってもやる価値大あり。
■今日買ったCD 五つの赤い風船『ゲームは終わり』 五つの赤い風船『ボクは荒野に一人居る』 『続・関西フォークの歴史』 『1970フォークジャンボリー』
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2003/12/12 [金]
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■今週は京都で朝いちの講義が入っているので、俺にしては異例なほど早起きをしている。そのせいで夕方になると尋常でなく眠い。帰りの電車の中、自分でも拍手をしてやりたいくらいの眠りっぷりだ。JR京都駅で新快速の座席に座れてホッ、とした途端、もう次の高槻駅の案内放送すら聞こえていない。一瞬にして芦屋駅に到着である。それも、ガラス窓に頭を押しつけ、涎を流している。 ■今日は少し時間があったので、震災の後半年ばかり疎開していた伏見の街をぶらぶら。近鉄丹波橋駅と桃山御陵駅の間あたりで、生まれたばかりの麦人と3人で暮らしていたのだ。週末はまだ万歳ポーズで横になっていた麦人を乗せたベビーカーを押して、大手筋商店街に買い物に行った。あのころ麦人は自動車やバイクが走りすぎる音に驚いて、モロー反射を繰り返していた。まだ片手で軽々抱けた。伏見サティに入ったら、冷房に驚いて足をばたばたさせていたなあ。じーっと見つめ合うのが最初のコミュニケーションで、声を掛けるとにぃっと笑顔を見せるのが二番目のコミュニケーションだった。今もそんなに発展していない。 あの頃は、初めてやってきた赤ん坊の取り扱い方がよく分からなくて、今から思えば要らない苦労もしていたものだ。それがまた楽しかったのかもしれないけれど。麦人はすっかり大きくなったが、伏見の街はあまり変わらない。俺は?良くも悪くも、あんまり変わっていないような気がする…。 ■学童保育の話し合いをするときにマジックワードの如く使われるのが「保育の質」というやつだ。「保育の質」そのものは評価が困難だし、保護者が学童保育に何を期待しているかによって変わってくる性質のものであることもあって、専らこの用語は児童数に対する指導員の数とか、どの程度保育に熟練しているかとか、スペースの広さとか、おやつ代をなんぼ使っているか等を意味する用語として使われる。そしてそれらは結局、人件費や家賃等にいくらお金を割いているかという問題に収束する。 すると今度は「お金をかける」=「保育の質が高い」、「お金を節約する」=「保育の質が低い」という短絡的な議論が起きてくる。指導員の人件費を抑えようとすれば、「それは保育の質の低下に繋がる」という、脊髄反射のような反論がかえってくる。このマジックワードが会合を甚だ不毛なものにしているのではないか、というのが俺の感想である。学童保育に何を期待するか、というあたりから、必要な「質」を考えて、そのためにはどこにどのようにお金を使うか、というのが筋道正しい議論なのだろうが、俺にその議論を主導する気力はない。 ■そういえば吉田寮にいたころ、「自主的創造的空間を守る」とか「寮自治を守る」とか、マジックワードを多用したなぁ。恥ずかしいことである。 今の政府も「テロに屈してはならない」「二人の遺志を継ぐ」というマジックワードが好きみたいだね。マジックワード粉砕! ■3分30秒過ぎあたりによいものが。↓ http://member.nifty.ne.jp/atsukoba/vact/war/030830tabunkaB.ram
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2003/12/13 [土]
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■命は一つ 人生は一回 だから命を捨てないようにネ あわてるとついフラフラと お国のためなのと言われるとネ 青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい
お国は俺たち死んだとて ずっと後まで残りますよネ 「失礼しました」で終わるだけ 命のスペアはありませんよ 青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい
死んで神様と言われるよりも 生きてバカだと言われましょうよネ そうよあたしゃ女で結構 女の腐ったので構いませんよ 青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい 青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい
加川良『教訓1』
■今日は休み。文人を保育園に送っていった後、来週の講義の準備を少しだけして、昼過ぎまで眠る。ああ幸せ。何事かを為すために生きていると思うとシンドイが、心安らかに眠るために生きているのだと思うと楽になる。
■午後、戸田鍼灸院へ電気マッサージしに行く。肩はだいぶ良くなってきた。冬期講習シフトに入って、授業時間数がレギュラー週より少なめであるせいもあると思うけれど。 受付兼マッサージ師の女性が、私学共済の俺の健康保険証を見たのか、「自分は勉強が嫌いだったんですけど、子供には勉強させないといけないと思って、個人指導の先生をつけているんですよ」と話しかけてきた。僕は「まぁ、読み書きと簡単な計算はできないと困りますけど、そこから先は本人に委せていいんじゃないでしょうか。いくら親が勉強しろといってもしない子はしないし、するなと言ってもする子はしますから」と、身も蓋もない話をする。俺の育児方針は「幸せに毎日メシが食えて、心安らかに眠れる子供に育てる」である。そこから先は本人が好きなようにすればよい。あまりお金がかからない範囲で支援はする。 書店で話題の本コーナーを見ると、我が子を天才に育てる方法、みたいな本が売れているみたいなのだが、自分の子が天才になって何が楽しいのだろうと思う。ほんとの天才っていうのは、自殺したり人に迷惑を掛けたり浪費したりするもんよ。そもそも、育てないと天才にならない子なんてただの人なんよ。
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2003/12/14 [日]
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■今日も学童保育の会合が日付が変わるまで続いた。ある保護者も発言していたが、こっちは安心して働くために学童保育に子供をやってんのに、なんで運営でこんなに苦労せなあかんねん(理由は分かっている。わからんちんとむせきにんがいてるからだ)。 金が足りない。これ以上収入はどうやったって増えない。そんなら支出を減らすしかない。そういう単純な理屈が分からない人と、分かっていながら決断を避けようとする卑怯者がいるということだ。ファック!!!!
■××と○○がいない△△(××と○○には指導員、△△には学童保育所名が入る)という言い草はファックだ。××と○○がいなくたって、△△は存在していなければならないし、存在するだろう。そうでなければ俺の子供は放課後どこへ行けばいいのか。 そして、俺たちは9割9分以上が交換可能な労働力に過ぎない。交換されてはかなわないから、みんな必死で努力しているのだ。労働者だけではない。経営者だって、競争企業に負ければ交換されてしまうのだ。それは予備校講師も教員も学童保育の指導員も同じことだ。そういう謙虚さもなく「ここの保育を作ってきたのは誰や!」とほざいた××、交換可能なんだよ、みんな。君の仕事は、その気がある人間ならば誰にでもできる。もちろん俺の仕事もだ。
■俺は今日まで例会の議長を務めてきたから抑えてきたが、もう我慢しない。要するに俺は、わからんちんとむせきにんには呆れ果てた。今日まで俺は、自分は相当にいい加減なオトナだと思っていたが、胸を張って撤回する。俺は諸君とは異なり、責任ある決断をなし得る、立派な大人である!!
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2003/12/15 [月]
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■麦人が「最近学童の会議はけんかみたいだね」と言う。「やっぱりけんかしてるみたいに見えるか?」と尋ねると、にやにやしながら「うん」と。「学童がなくならないように真剣に話し合いしてるからさ」。「まぁ、 正々堂々とやって下さい」。子供の方が1000倍くらい偉いと思った。 ■3歳の女の子とそのお母さんが遊びに来た。女の子は小さくて軽そうで(怖がられてだっこさせてくれなかった)、我が息子どもの巨大さがひときわ目立つ。 彼女の面倒をみていたのは文人で、肩を抱きながら「あのね。こうやるんだよ。わかる?」などと、アンパンマンのおもちゃの使い方を説明したりしてもてなしていた。うちでは最年少の文人なので、自分より小さい子を可愛がっているシーンはとても新鮮だ。その間麦人は炬燵に潜り込んでテレビを見ているだけだった。小学2年生は女の子を過剰に意識してしまうのだ。 ■最近買った本 松本伸夫『日本的風土をはみだした男・パリの大杉栄』(雄山閣) ■メールフォームへのお返事 10 Dec 2003 10:19:04 +0900 →それは何より。お幸せに! 13 Dec 2003 19:12:04 +0900 →ほな、ここにリンク貼っときますよ。 http://freett.com/ikasuna/
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2003/12/16 [火]
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■年に何回かお尻に火がついた状態になってしまうのだが、今日明日がちょうどそんな感じだ。アン・ドゥ・トロヮ、今がその時、もう戻れない。
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2003/12/17 [水]
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■ソウル・フラワー・ユニオン、ソウル・フラワー・ユニオン、ソウル・フラワー・ユニオン、ソウル・フラワー・ユニオン。それだけを心の支えに何とか乗り切ろう。もう今日だ!今日も一日しゃくしじょ−ぎーでーたーんじゅんなおーごえをはりあげてーたー
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2003/12/18 [木]
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■取り急ぎ。 今日のSFUライブを聴いた人は人生勝ち組。
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2003/12/19 [金]
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■ライブの度に濃くなっていないかソウル・フラワー・ユニオン。涙腺が弱くなっているのは年齢のせいもあると思うが、このバンドの出す音は俺の中から聴こえてくる。
■中川のMCで「何で下らない音楽にあんなに人が集まるんやろな??」というのが印象に残っている。裏返せば「自分たちはこんなにすげえ音楽をやっているのに、どうして人が(思うほどには)集まらへんのやろな??」という悔しさの言葉だ。良いものが必ず売れるわけではないし、売れるものイコール良いものでないことは百も承知だが、ガガガSPがカヴァーした『満月の夕』はウンコであるにもかかわらず、そっちがカラオケに入ってることなんかを思うにつけ、もうちっと世の人々の耳が良くならないかと、中川ならずとも嘆きたくなる。 大きいのはマスコミへの露出とかレコード会社の力業によるプロモーションだろう。他人の評価によってのみ音楽を聴く人々が、いるのである。そうやって、ロックの神様と俺たちを遠ざけようとする君側の奸がいるのである。教会を通じて聖職者が講釈することによってのみ神の声が届くとするシステムがある。教会を破壊せよ。聖職者を殲滅せよ。神の声は聖書にのみある。俺たちは聖書を自力で読み、解釈する知性と魂と体力を身につけなければならない。「メディアは、全て、いんちきだ!」(江戸アケミ)。
■昨日のライブで一曲あげるなら、『海行かば山行かば踊るかばね』は別格として、『ひぐらし』かな。「羽根を震わせて/ただ死を待つひぐらし達よ/屈託のない日常の中で」。否定するのでも賞賛するのでもなく、ただただ愛を持って見守るという歌だ。
■ライブ後、もじもじさん・(ボボさん改め)すっぱまんさん・ぽぴぃさんと、あれこれ感想を述べ合いながら阪急梅田駅まで。おやじ2人と妙齢の女性2人。楽しうございました。 御堂筋線梅田駅の改札で、財布を自動改札に押しつけ通過しようとする禿頭の男性を見かけた。そのたびにゲートに跳ね返されて真っ赤。何度も繰り返していた。かなり酔っていらっしゃる様子だった。それは「ICOCA」じゃないよと教えてあげたかったが、こっちはもう改札を出た後なので、生暖かく見守る以外になかった。駅員も冷たく眺めていないで教えてあげればいいのに。それにしても、入場するときはどうしたんだろう。
■毎年、師走になるたびに、胃腸薬のテレビコマーシャルに胸がつまる。何というか、煽られているというか無理やり背中を押されて歩かされているというか。 どの薬も、行進曲風のBGMで、スーツに身を固めた老若男女が両手両足を気合いを入れて振り回したり行進したりする。それを見るたびに、胃を痛めて薬を飲んでまで、なぜ酒を飲んだりメシを食ったりするのだろうと思う。もちろん、忘年会というやつが組織の人間にとっては半強制的に出席させられるものであり、その場で飲み食いを強制されることは百も承知だ。そういう少なくとも表面的には楽しい催しのために薬なんか飲むのは悲惨だし、威勢の良い音楽で両手両足を振り回しつつ薬を飲むのはもっと悲しい。 景気も悪いんだし、年末年始はおとなしく家で寝てようや。宅配ピザでも食っとればヨイではないか。
■髭と陰毛に白髪を発見。うへぇ。
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2003/12/20 [土]
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■OBというのは金だけ出して口は出さないものである。百歩譲って、口を出すなら金はその10倍くらい出すべきである。ところが我が学童のOB=運営委員という人々は、金も出さず責任も負わず状況を知ろうともせず、口だけ出すから困った人々だ。そのことに対する羞恥心を持たないから極めて難儀な人々だ。千歩譲って、多少は参考になる口出しなら許すが、「昔は良かった。今はダメだ」だけだからなぁ。
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2003/12/21 [日]
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■俺はライブでどこに意識を向けているのだろう。ステージ上のミュージシャンを見ている時間が一番長いが、別に見えなくてもそれはそれでよい。目を閉じて聴いていることも結構ある。ミュージシャンを見たくてライブに足を運ぶわけではなさそうである。 じゃあライブではなくてCDでも構わないかと言えば、それはやはりそうではなくて、ライブでなければ感じられないものがある。レコーディングされた音は、スタジオで産まれた音楽がパッケージされたものではあるけれども、その場に俺が立ち会ったわけではない。ライブにだけ存在するものは、俺がいるこの空間で音楽が産まれているという「感じ」だ。 その「感じ」は俺の内部に産まれるものだから、結局のところ、俺はライブで自分の中での、音楽を聴くことで光ったり色合いを変える何かを感じているわけだ。俺はミュージシャンはかっこいいと思うけれど、彼らの作る音楽は、俺が聴いて、俺の中に何かを産みだしてナンボのものだ。かかってこいミュージシャンたち。フリーターの口実でやってるような若僧バンドにはクソかけてやるよ。命がけですげえ音出してるグッドミュージックには涙を流してやるよ。 ■フォームメールへのお返事。 16 Dec 2003 16:55:17 +0900 →おお社長!お世話になっております。ていうかそろそろ請求書を送って下さいよ。利息分はここで宣伝しておきますんで、その広告代っつーことで。  それはさておき、御社の成長ぶりは経済雑誌にありそうなIT企業のサクセスストーリーを地で行くようで目を瞠っております。何よりも、そういう人物が自分と食卓を囲んだ範囲にいるということに。お身体と奥様とお子様を大切にして下さいませ。 18 Dec 2003 01:37:09 +0900 →忘れたっていいんですよ。おぼえる努力をした、一度は知っていたということに意味があるんです。理解して覚えることによって、あなたの知性のチャクラが開いたはずです。つまりその分、あなたは確実に賢くなっているのです。 あと、忘れたことは本を見れば書いてあるから、全然OK。また機会があったら日本史の本でも読んで下さいね。 18 Dec 2003 02:12:36 +0900 →ミゾブチさん、お久しぶりです。そうか、BIGCATのあの中にいらっしゃったのですか。声を掛けてくれればよかったのに。 ソウル・フラワー・ユニオンはライブの度に「深さ」が増していくようで、一度行くと、「次は?行かないとダメだ!」という気持ちになってしまいます。日記にも同じことを書いていますが、自分の中から音楽が響いてくる感じです。自分の中にもとからあったリズムや声が呼び覚まされてくるような。昔、学生時代に聴いたJAGATARAと同じなんですよ、この感覚は。JAGATARA・江戸アケミが遺したバトンを最も正面で受け取ったのはソウルフラワーであるように、最近は思えてきました。 もしお暇があれば、1月17日のモノノケサミットも聴いてみてはいかがでしょう?
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2003/12/22 [月]
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■阿久沢の同僚の女性記者さん2人が、それぞれの息子と娘を連れて我が家に来た。ケンタッキーの鶏肉と宅配ピザで、一足早いクリスマスパーティといった趣である。 女性記者をAさん、Bさん、それぞれのお子さんをaちゃん、bくんとする。aちゃんは麦人と同学年で、麦人はすごく関心があって一緒に遊びたくて仕方ないんだけど、照れくさくてなかなか距離が近づかない。それでも立体迷路の遊び方を教えたりして楽しんだようである。Aさんとaちゃんが引き揚げた後、「ああ!つまらない!」と、正直に嘆いていた。 bちゃんは文人より1歳下で、何というかもうこの年頃の男の子としては全く正しいエネルギーの発散をしていて、見ていて気持ちよかった。一瞬たりともじっとしていない。のべつまくなしにしゃべりまくる。それも、大人の話にツッコミを入れつつ、自分の世界に話を引っ張っていくのである。大人「ケーキおいしいね」。bくん「ぼくはケーキなんか食べないんだよ!でね、僕はアバレキラーなんだよ!ほら見て!こうなるんだ!」。絶えず動き回り、剣を振り回すbくんだが、実はしっかり気を遣っていて、決して襖を突いたり人に当たらないようにしていた。なかなか素敵な子であった。
■機会があったらやってみたい授業。 「プロレス日本史」 教室の中央にリングを作って、壬申の乱とか応仁の乱とか征韓論争とかをタッグを組んでやってみたい。持統天皇や日野富子がディーバになって、凶器を手渡したりビキニコンテストをやったりする。僕は古館伊知郎みたいに、爆裂トークで実況しまくる。「これはどうですか山本小鉄さん!」。「これは西郷隆盛、危険ですよ」。 「乱入&漫才」 他人の授業に乱入して、掛け合い漫才のように講義をする。同時に喋ったりして生徒を混乱させる。相方に板書させておいて、自分はひたすらしゃべりまくる。 「両手を使って板書する」 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』で、フゥフィーボー先生がそんなことをやっていて、ずっと憧れている。 「アナザーワールド日本史」 白村江の戦いで大和政権が勝っていたら、織田信長が本能寺の変で殺されなかったら、ポルトガルが日本を征服していたら、薩長連合が不調に終わっていたら、日露戦争が敗北に終わっていたら、太平洋戦争で日本が負けていなかったら…。そういうテキストを作って、何事もなかったかのように、しれっとして淡々と講義してみたい。「満州のロシア陸軍は圧倒的な兵力で日本軍を追い落とし、そのまま日本海を渡って島根県に上陸したんですね。その時の将軍がクロポトキンです。これマーク。その結果、兵庫県から西はロシアに占領されて、東経135度より西はロシアによって事実的に占領され、1917年のロシア革命以後は、西日本は社会主義体制になったわけです。このとき、土佐の立志社を中心に反ロシアレジスタンスが組織され、これが現在の自由民主党の起こりになる」。
■作ってみたいテキスト 「グロテスク日本史」 『病草子』『餓鬼草子』とか、江藤新平の首とか、広沢真臣暗殺の錦絵とか、小林多喜二の虐殺死体とか、下山事件の現場写真とか、そんなのばっかり集めたテキストを作って、残虐なシーンばかりを解説する。
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2003/12/23 [火]
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■2月くらいにみんなで海外旅行に行こうと思っていて、麦人と文人の旅券を申請するために東灘区役所で戸籍を取ってきた。 俺と阿久沢は別姓・別戸籍になっているため(麦人と文人が産まれるたび、婚姻届・出生届・離婚届を同時に出した。従って俺も阿久沢も戸籍上はバツ2だ)、こういう時だけはちょいと面倒くさい。そもそも、麦人と文人が俺の戸籍に入っているのか阿久沢のなのか、それすら忘れていた。阿久沢を親権者とする代わりに俺の戸籍に入れたことを思い出し、俺の戸籍の謄本を取ることになった。 いやあ戸籍は面白い。最大の発見は、離婚すると本当に戸籍に×が付くということである。俺は、×とは人生に汚点を残したという意味だと思っていたのだが、離別した元配偶者(俺の場合は阿久沢)の名の上に、本当に大きく×が付くのである。さらに、俺の名の上に記されていた「夫」の肩書きにも、縦棒が1本付されて抹消されている(計2回)。参考までに俺に関する記載事項はこんな感じ。後日、×の部分を写真日記にスキャンしてアップする。 本籍 神戸市中央区△△区▽▽町6丁目1番 氏名 戸田公人 父 戸田道男 母 直美 平成七年五月弐拾四日編製 昭和参拾九年九月弐拾四日静岡市で出生同年拾月五日父届出同月弐拾日同市長から送付入籍 平成七年五月弐拾日阿久沢悦子と婚姻届同月弐拾四日神奈川県鎌倉市長から送付同市▲▲三丁目十七番戸田道男戸籍から入籍 平成八年六月弐拾日妻悦子と協議離婚届出同月弐拾五日神戸市東灘区長から送付 平成九年八月弐拾七日阿久沢悦子と婚姻届出同月弐拾八日神戸市東灘区長から送付 平成九年八月弐拾七日妻悦子と協議離婚届出同月弐拾八日神戸市東灘区長から送付 なんかエヴァンゲリオンみたいだな。麦人が産まれてから離婚届を出すまでにはちょっと間があったようだ。忘れていた。両親が離婚し、さらに再婚した麦人の記載をかいつまんで引用するとこんな感じ。 (前略)平成八年六月弐拾弐日親権者を母と定める旨父母届出 平成九年八月弐拾七日父母婚姻により父母の共同親権に服するに至る同月弐拾八日記載 平成九年八月弐拾七日親権者を母と定める旨父母届出(後略) ■夕食のすき焼きを食べるとき、子供たちの食べ方が汚いので教育的指導を厳しめに行った。すき焼きとか鍋とか、汁が出るものを大きな器から取り分けて食べるときは、自分の取り皿を左手で持って近寄せて、食卓に汁が零れないようにするのが義務である。ところが我が子たちは、怠慢にも右手のみを使うので、いつも食卓がつゆだく状態になってしまうのだ。 毎回注意しているのだが、彼らの耳は笊のように風通しが良く(目は節穴同然だ)、何度注意しても実践できない。今日も麦人は3度注意してもまだ同じことを繰り返したので、「何万回言ったら分かるんだ!」と少々強く言ったら、泣いてしまった。しまった。彼は俺が好きなのだ。俺に叱られるとどうしようもなく悲しくなってしまうのだ。 食卓から逃げるように寝室へ駆け込み、ふとんに顔を埋めてさめざめと泣く麦人。とりあえず抱きしめて慰め、徐々にプロレスごっこに移行して笑いを引き出すことにようやく成功した。その間、文人は泰然自若としてマンガを読んでいた。
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2003/12/24 [水]
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■戸田さんウェブログにしないんですかと2人ほどの人に聞かれたので、この2週間ほどいくつかのウェブログサイトを見たり本を立ち読みして様子を見てみたが、やっぱり見送ることにした。なんかごてごてしていてウルサイ。新しい機能ばっかり盛り沢山で使いこなせない家電製品、使わない機能で9割をしめるMSワードや一太郎といった趣である。 他サイトとの交流が深まるとか、読んだ人のコメントをいただきやすいとか利点はあるようだが、当サイトは俺が日記を書き続けられればそれでよいのであって、交流とかコメントはあったほうがそりゃぁうれしいが、なくてもいっこうに構わないのである。 その点から言うと、今の日記CGIはひじょうにシンプルでよろしい。日記テキスト以外のものが目に入らない画面が気に入っている。しかし新しいものにはとりあえず飛びついてみるのもまた正しい態度と思うので、ある日突然ブロガーになっている可能性もなくはない。ま、好きなようにやります。
■明仁親王の写真を朝日の第2社会面の小さな記事で眺めていたら、平成もあまり長くは続きそうもないような予感がした。ポスト平成時代を迎えたら、昭和生まれの俺たちは、ちょうど俺が明治生まれの老人に対して向けたような視線で見られるわけね。まあ当然だが、昭和は遠くなりにけり。
■最近読み終わった本 坂田/榎原/稲葉『日本の中世12 村の戦争と平和』(中央公論新社) 広瀬和雄『日本考古学の通説を疑う』(洋泉社) 井上章一『愛の空間』(角川選書)
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2003/12/26 [金]
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■三宮で猪木を見た。車の中で窮屈そうにして手を振っていた。大晦日に神戸で開かれるイノキボンバイエの宣伝にきていたらしい。ほんとにアゴが長かった。 ジャイアント馬場を最初に見たときもそうだったが、「テレビや雑誌で見たとおりだ!」ということにまず感動し、次に「テレビや雑誌では分からなかったこと」に驚く。アジャ・コングが実は可愛いとか、馬場の尻から太ももにかけてはたるたるしわしわだったとか、渕正信がすげえたくましいとか、ディック東郷はすごくいい人だとか、タイガー・ジェット・シンはちゃんと客に気を遣って客席で暴れているとか。
■うちにもサンタクロースが来てくれて、夜明けごろから二人ともおもちゃの包装紙をがさがさ言わせてにこにこ。クリスマスってやっぱり、大人や恋人同士のお祭りではないのだ。 夕方、保育園に麦人を迎えに行ったら、部屋を暗くしてクリスマスソングをかけて、先生も子供たちも一緒になって踊り狂っていた。いいなあ。楽しそう。麦人は麦人で、学童保育で「ケーキコンテスト」っていうのがあって、「チョコレートぶっかけ丼」を作ったと言う。「すげえまずかった」と。 ちょっと前は、何でクリスチャンでもないのにこんなものめでたいのだとむかっ腹を立てていたこともあったが、子供が喜んでいるのを見るとまあいいんじゃないのと思ってしまうようになった。子供におもちゃを買い与えるいい口実になるしね。
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2003/12/27 [土]
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■麦人文人を歯科検診に連行した。文人には虫歯が5本あって、うち2本はすぐに治療する必要があると。麦人は虫歯はないものの、前歯が出ているので数年後には歯列矯正をしなければならないかもしれないという。あぁ。金がかかるなぁ。今後、歯磨きを更に徹底するよう、二人に厳重に申し渡した。
■麦人文人の旅券申請書類を書き終えて、さあ三宮へ出しに行こうとマニュアルを最終確認したら、親権者でないと申請代理人署名ができないとある。2日ほどまえに書いたように、俺と阿久沢はペーパー離婚しており、子供たちの親権者は阿久沢なのである。となると、申請にはどうしても阿久沢に行ってもらわないといけない。こういう時は面倒くさい。
■妻子は明日実家に帰るが、俺は31日まで仕事があるので居残りである。明日の夕食は魚を使って孤独鍋だ。明後日は孤独カレーかな。
■今日買った本。 寺島珠雄『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』(晧星社)
■フォームメールへのお返事 22 Dec 2003 02:10:46 +0900 →「プロレス日本史」、あれこれ妄想を広げていると、ビンス・マクマホン・ジュニアの気持ちが分かるような気がほんのちょっとだけします。自分がリングに上がりたくなる気持ちもね。
23 Dec 2003 00:25:00 +0900 →おお、やはり同じようなことを考える講師っているんですね!それも小学生相手に。思い出しましたが、点線を引くときにチョークを軽く握って、黒板の上をダダダダ!と機関銃のような音を立てて滑らせる数学の教師がいました。休み時間にみんなでまねをして、次の時間の先生に叱られたなあ。
26 Dec 2003 01:50:59 +0900 →これは強力な後押し!A子さんに言われると、だんだんその気になってきました。ロリポップさんがブログサービスを始めたらやってみようかな。
26 Dec 2003 13:37:29 +0900 →男は自分のDNAをできる限りばらまこうとする動物なので、そういう非道いことも悪気無しにできてしまうものです。そこまでいかなくても、チャンスはできるだけ作っておこうとします。でも、それで人を傷つけてよいという理由にはなりませんから、あなたは彼に、自分は傷ついたのだ、と伝えていいんですよ。 2004年、あなたによいことがありますように。
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2003/12/28 [日]
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■NHKで『映像の世紀』の再放送をやっているんだが、戦争で殺された子供の死体とか、親を殺されて泣いている子供とか出てくるとやっぱりダメだ。朝鮮戦争に送り込まれるアメリカ兵とその家族の別れのシーンとかも堪らないものがあった。 俺の想像力や当事者意識は矮小なものなので、せめて麦人や文人が生きている間は、彼らの身にこういうことが起こらないように願う。できることはする。 いつの時代も同じだと言えばそうなのかもしれないが、権力争いや領土争いや理念や理想をめぐって子供が死んだり泣いたりするのはおかしいよやっぱり。それが普通でもおかしい。
■冬はお腹が空くなあ。
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2003/12/29 [月]
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■妻子が一足先に実家に帰ったので、一人でごはんを食べている。昨日は孤独鍋、今日も続・孤独鍋である。餅を放り込んだらなかなかおいしい。 おいしいものが食べられればそれに越したことはないが、苦労してまでおいしいものを食べるほど、俺はマメではないらしい。歯ごたえのあるものをお腹いっぱいに食べられれば満足。納豆飯が基本だ。 一人の夜も1日目はちょっとだけ解放感があっていいけど、2日目以降は淋しいね。時間がメリハリなく過ぎていく。静かな部屋で、こたつに寝っ転がって手足を伸ばしながら、もしこの年で独身で家族なしだったら、と想像してみたら、それだけで寒々した。
■冬期講習の山場、胸突き八丁である。これを乗り越えれば終わりが見えてくる。受験生はもちろん必死で、向かい合って講義をしてるとその緊張や焦りが伝染してきて、秋までの講義の倍くらいぐったりするのだ。 ただ不思議なもので、講義を始める前はほんとにしんどくて、今日は駄目だ、家に帰って寝たいぜ、アタマの中が酸欠だぜ、という時でも、教壇からしゃべりはじめて5分もすると声も出てきて、アタマの中がクリアになって絶好調になる。その快感がいい。やっぱりこの仕事向いているんだろうな、と再確認する瞬間である。
■麦人・文人の旅券申請は無事受理された模様。来月9日以降に受け取りに来いという葉書が来た。実は文人の写真が、規定より頭部がかなり大きく写ってしまい、兵庫県の職員からは「もしかすると撮り直していただくかもしれません」と言われていたのである。 プーケットへのツアーをあれこれ検索中。子供が小さいから無難な線で。ごはん食べてタイ式マッサージ受けて、ぼーっと海に浮かんでいたい。象いるかな。麦人と文人を象に乗せてやりたいのだ。
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2003/12/30 [火]
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■NHKで『映像の世紀』を見たあと、チャンネルをいじっていたらBSデジタルで『ウッドストック』をやっていて、動くジミ・ヘンドリックスとかまじまじ見てしまった。さらに続けて、昔の歌謡曲を、昔の歌手が出てきて歌っている。庄野真代とか丸山圭子とかしみじみしてしまって、3時近くまで眠れないでいるのである。 「飛んでイスタンブール/光る砂漠でロール/夜だけのパラダイス」(庄野真代『飛んでイスタンブール』)。俺は中学生だった。学校と家と友だちと、あとはラジオとレコードの中で生きていた。だから、イスタンブールも光る砂漠も、純粋の俺のアタマの中だけにあって妖しい光を放ってオイデオイデしていたのだ。そんなたくさんのオイデオイデにつられて、俺はオトナになろうとしてきたような気がした。 イスタンブールには未だに行ったことがないから事態は変わっていないとも言えるのだけれど、いつのまにやら中途半端に智恵が付いてしまって、もう妖しいオイデオイデはどこにも見えなくなってしまった。
■『東京ららばい』(中原理恵)も好きだったなぁ。 「東京ららばい/地下があるビルがある/星に手が届くけど」。この歌は俺の中でなぜか『翼なき野郎ども』(泉谷しげる)と響きあっている。『地鳴りする都市よ/なぜ俺に力をくれる/風になれない都市よ/なぜ俺に力をくれる』。こんな東京たちなら住んでみたい。
■「大学は勉強するところ」「将来の職業のためスキルをつけるところ」と決めつける必要はないのだ。それらもいいんだけれど、大学は場、だ。時間と空間と人のいる場。勉強も、就職準備も、学生運動も、ただ寝ているのも、女/男遊びもみんな含めて、時間と空間と人を楽しんだらいい。優秀な学業成績をあげたとか就職できたとか、全部その結果というだけのことだ。
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2003/12/31 [水]
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■何年かぶりにテレビで動いている女子プロレスを見た。最近の男プロレスより面白いじゃん。鼻ピアスをした生意気キャラで売っている若手がよかった。 男プロレスはどいつもこいつも「格」と「約束」のプロレスをするようになってしまった。俺は高山や永田、天山や西村レベルですら「格」は認めない。棚橋や柴田などなにをか言わんやだ。それが許されるのは猪木と馬場、百歩譲って長州と天龍だけだ。顔でプロレスをするな。予想通りの表情をするな。この技を出してやるぞ、というプロレスをするな。この技は効くぞ、うん効いているんだぞ、という動きをするな。そんな想像力を否定して、もっと先へ突っ走るプロレスを見せてくれ。天山ええ奴、なんて同情されたらおしまいだろ。ブサイクな顔で敬礼なんかするな永田。 斎藤啓子とMARU、君たちにはその可能性があったよ。止まるな。走れ。相手を務めたライオネス飛鳥とジャガー横田。君たちは『風姿花伝』を読んで勉強せよ。
■寺山修司『ぼくは話しかける』(ハルキ文庫)を読み中。寺山は高校生の必須科目ゆえ、一通りは読んではいるけれど、改めて読み返してみて、この人こんなに真面目な人だったんだ?と新鮮な気持ちを抱いた。「存在は本質に先行するというが、まれには『ホラ』によって本質を先行させるのもまた、青年の生き方の一つであることを知っていただきたいと考えるのである」(『大ホラを吹こう』)。「これではまるで、かあさん教という宗教団体の信者なのではないか」(『母親の悪口を言おう』)。「私は思わず失笑する。『平均してみると』とは何事であるか。あるときは買って喜び、あるときは負けて口惜しがるのが人生であり、それを決して『平均』しないところに、一喜一憂の恍惚と不安があるのである」(『賭博論』)
■31日−2日まで帰省。今回の帰省のメインイベントは、小学生の時塾で一緒だったH君と二十数年ぶりに再会することである。サイトを開いていると、こういうことがあるから有り難い。実名を出しておかないと検索に引っかからないけどね。 小学生のころ、俺は私立中学を受験するために塾に通わされていた。親は栄光学園という、神戸でいうと灘みたいなところに行かせたかったようなのだが、俺には全くその気がなく、かといって「男子校なんか死んでも行きたくない」と正面切って言えるほど自我を確立しきっていなかったため、「塾へ行く」と言って家は出た。が、塾へは行かないで街をぶらぶらするか、H君のような友人と遊ぶことに熱中していた。もちろん勉強なんかしていない。それはそれで楽しかった。 俺が息子たちの中学受験に興味が湧かないのはそういう過去ゆえだろう。自分が公立中学校→公立高校→予備校→国公立大、と歩いてきたので、何となくそれがスタンダードだと思っているのだ。ちなみに阿久沢はキリスト教系のお嬢さん中学・高校を出ている。もし娘がいたら、神戸女学院とか松蔭とか海星とか入れてみたい。と思うかもしれない。
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