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2003/08/01 [金]   

■仕事の後、麦人を歯医者に連れて行った。永久歯が下から生えかけているのに、未だに何本かの乳歯が踏ん張っているため、永久歯が歯茎の横からにょきにょきとはみ出してきて、歯並びがたいへんなことになっているのだ。前歯などは乳歯のすぐ後ろに永久歯が生えていて、二枚刃状態になっている。
 診察椅子に登るや否や、麦人はいきなり、「おもしろい!なんだこれは?」と、治療に使う空気や水がしゅうっと噴き出すやつをつかんで遊び始めた。「どうだ!これで怪獣をやっつけるんだ!」と俺の方に向けて空気を発射したりする。「勝手に触ってはいけない」といちおう注意はしたが、あまりにもにこにこしているので許す。
 まず歯科衛生士さんに歯の磨き方を指導してもらう。鏡を見ながらなかなか上手に磨けるようになった。その後からいよいよ院長の診療だ。なぜか麦人は「院長」を「隊長」だと思いこんでいて、「隊長が歯を抜くの?隊長はいつ来るの?」と何度も俺に聞く。改めてこの子供は面白いやつだと思った。

■結局、麻酔をかけて永久歯を邪魔している乳歯2本を抜いた。「いて!」と一声発しただけで、ほとんど動揺なし。俺の同年齢の頃と比べれば、明らかに彼は落ち着いた子供だと思う。えらい。
 帰りに床屋に寄って丸刈りにしてもらった。ここでも彼は飽きたり姿勢を崩したりすることなく、刈られている最中、鏡に映った自分をにこにこしながら見つめていた。

■「ピンポンパン」の音源がほしい。『ピンクのバニー』とか『ジャストンピーナツ』とか『かくれんぼネッシー』とか『デベロン音頭』とか『雨に唄えば』とか聴きたいよー。
 いや、もう発売されているのでamazonで注文すればすぐ手に入るのだけれど、こういう昔ものを聴きたくなる自分というのにほんの少しだけ嫌悪感を感じているのだ。夏期講習が終わったら、自分へのごほうびとして買ってしまうと思うが。


2003/08/02 [土]   

■大学ってのは、学生の行為にここまで責任を持たなければいけないのかい。かつて奥平剛士がリッダ空港でオリオンの三つ星になったとき、京大の総長はお詫びの会見とかしたのだろうか。
関西学院大の学長ら広島市訪れ陳謝 折り鶴放火

 広島市中区の平和記念公園で「原爆の子の像」に供えられた折り鶴約14万羽が焼かれ、関西学院大4年の男子学生が器物損壊容疑で逮捕された事件で、同大の平松一夫学長と浅野考平副学長は2日午前、同市を訪れ、謝罪した。

 平松学長は現場を見て回り、案内役の川原研照・市緑化推進部長に対し、「広島市民だけでなく平和を愛する世界の人々におわび申し上げたい。教育機関として二度とこのようなことが起きないよう指導に努めたい」と陳謝した。 (アサヒコム)
 大学の授業で折り鶴を焼けと教えたわけでもなかろうに。たまたま関西学院大に学籍があっただけだと思うがなあ。20歳を過ぎた大人のやることに、どうして先生たちがここまで謝らなければいけないのだろう。「教育機関として二度とこのようなことが起きないよう指導に努めたい」って、別にそんなことは大学教授が教えることじゃないでしょう?20歳過ぎてこういう馬鹿なことをやる学生には(20歳前なら許されるわけではもちろんないけど)、自分自身で責任を取らせれば済む話ではないのか。
 逆に学生さんたちは、自分たちの行為にここまで大学がつきまとうことに鬱陶しいとは思わないのだろうか。就職して会社で何か不始末をしたら、ゼミの教授が会社まで謝りに来るかもしれないぞ。
 それはそうと、大学教授がお詫びするくらいなのだから、学生の親は、市中引き回しの上打ち首にしなくてもいいのだろうか。

■暑い一日。雲一つない空って久しぶりに見た気がする。蝉がうわんうわん鳴いていた。


2003/08/04 [月]   

■京都橘女子大学のオープンキャンパスで講義をする。最近はいろんな大学が予備校講師を呼んで、自分のところの入試問題の傾向&対策を分析させる、ということをやっている。入試問題の分析は毎日のようにやっているので、その成果の一端を披露すればよい。日曜日に仕事をするという点をのぞけば、仕事としてはかなり嬉しい部類に属する。。
 蒸し暑い気候にもかかわらず、予想していたより多くの受験生が聴いてくれたが、保護者が5人ほど、一緒に聴講しているのにはちょっと驚いた。保護者は安くはない学費を出して子女を通わせるわけだから、オープンキャンパスに子供同伴でやってくるのはよく分かる。が、入試問題分析までつきあうとは熱心なことだ。俺ならしない。
 5人中3人は、当然ではあるがとてもつまらなそうにしていたが、2人は熱心にメモを取っていた。そして、これも納得のいくことだが、つまらなそうにしている親の子は熱心に聴いていて、熱心に聴いている親の子はつまらなそうにぼーっと聴いていた。

■帰りはJRの駅までタクシー。運転手さんは俺を大学関係者と見たのか、入学金返還訴訟の話を振ってきた。その話題が済むと、今度は「精神異常者」は怖いから隔離しなければ、という話題だ。こちらがどういう返事をしても、それとは関係なく話し続ける。おそらく、客の予想乗車時間によって、「10分の話」「20分の話」「30分の話」というのを使い分けているのだろう。それはそれで一つの芸だが、俺は床屋とタクシーでは黙って仕事をしてもらう方が嬉しかったりする。

■そのままスポーツクラブへ。先週は忙しくて1回も行けなかった。体重は減っているが、有酸素運動がやはりしんどくなっている。今週もあまり行けそうもない。

■フォームメールへのお返事
21 Jul 2003 14:19:24 +0900
→最近の若者は大人になる年齢が遅くなっている、と言われる反面、高校生くらいで既に老いを感じるという人も増えてますね。一見矛盾するんだけど、きっとこれはどこかで繋がっていると思う。で、その「インテリぽい30代の男の人」がやりたかったのは、きっとただのナンパだったと思われます。プライドが邪魔をして、そういう言い方になってしまったのではないかと。

23 Jul 2003 01:47:38 +0900
→そりゃなんですか?

24 Jul 2003 09:12:35 +0900
→どうもありがとうございます。人に読ませようと思うと続かないので、基本的には自己満足で書いて、続けるために他人の目を意識する、という態度でやってます。子供がいると悩みの種は尽きませんが、きっとこういうのが生きるってことだろ、と最近は開き直ってきました。

25 Jul 2003 14:51:54 +0900
→はい、こーんな人です!もっともっと好きになって下さい。

27 Jul 2003 01:19:19 +0900
→お、それは助かる!あの教室、黒板ないも同然でしたからね。後期は板書しまくれるといいなあ。

27 Jul 2003 01:49:39 +0900
→ありがとうございます。最近、カメ飼いたくなってきました。

29 Jul 2003 22:12:18 +0900
→やっぱりそうかぁ。前からそう思ってたんですが。隠せないですね。

30 Jul 2003 22:43:45 +0900
→飽きて飽きられてからが勝負です。2人でこたつにはいって、テレビでも見てミカン食って、ごろごろして、それでも楽しいっていうのが彼氏と彼女ですよ、きっと。

30 Jul 2003 23:33:42 +0900
→折田先生は今、「三高展」でその勇姿を披露されているはず。
http://euro2002.hp.infoseek.co.jp/images/ORI01.jpg


2003/08/05 [火]   

■一時期流行っていた蓮画像を文人に見せてみた。

http://calorieta.gamiras.com/has-ibo-gro/

トラウマになったらどうしようという危惧もなかったわけではない。が、麦人は夜中にうなされるかもしれないが、文人はたぶん平気だろうという根拠のない直感があったのだ。結果は、やはり何ともなかった。
「何これ?」「何でこんなになってるの?」
と冷静。
「怖くないか?」
と訊ねてみたが、
「別に…」と言い捨てて、向こうへ行ってしまった。あまりに平気すぎてちょっとつまらなかった。

■麦人が「『ふ』と言いながら口笛を吹けるようになった」と言って見せに来た。要するに「ふ」の形に唇を作って、「ふ」と言いながら口笛を鳴らしてみせるだけだが、そういうことをやろうと思うこと自体が面白く、さらに自慢してみせるのがたいへんよろしい。

■関学の学生による折り鶴放火事件のことを考えているうちに、俺が幼稚園児だったときのことを思い出した。俺の父親のことだ。
 父は証券会社に勤めるサラリーマンで、誰でもそうであるように彼も内部に過剰なものを抱え込んでいたようで、時折それが爆発しかけていた。ストリーキングをやろうとして俺が泣いて制止したこともあれば、喫茶店で注文したスパゲティミートソースの中に彼が嫌いなピーマンが入っていたと言ってその場で全部取りのけさせたり、子供用のおもちゃヘルメットに「中核」と大書きして俺に被らせて登園させたこともある。その最たるものが、放火癖だった。
 現住家屋に向かってマッチを擦ることこそなかったが、近所の空き地の草むらに火を放って予想以上に大きくなり、革靴を一足台無しにして消火にあたったことがある。近くの公園の草ぼうぼうの斜面に放火して、これまたえらい勢いで燃え上がり、青筋を立てて消火にあたっていた表情を今でも憶えている。
 あれはいったい何だったのだろう。関学の学生のように、何かにむしゃくしゃしていたのだろうか。父は今も元気だけれども、自分の考えていることを家族に話して聞かせる人ではないので、たぶん訊ねても正直には答えてくれないだろう。俺は、父がそういう人であり、俺にそれを見せてくれたということを記憶しておけばいい。血は争えないもので、俺は後に「火噴き芸」を身につけ、最初に就職した新聞社の研修合宿でそれを披露し、真似した奴がやけどを負ってしまったためしこたま叱られたのであった。


2003/08/06 [水]   

■急に暑くなったせいか、昨日今日とへろへろへろ。月末に予定している沖縄旅行のチケットが届いた。海と空の間でごろごろしたい。


2003/08/07 [木]   

■仕事に出かける前に20分だけ仮眠していたら夢をみた。
いつも庭でお米をあげている雀たちが出てきた。

「とださんとださん。いつもおいしいお米をありがとう」
「これはほんのお礼です」

と、3億円当選の宝くじをベランダに置いて、ちょんちょん、と、再び米を食べに庭に降りていった。

 あああ。


2003/08/08 [金]   

■松江とかあのへんに行きたくなってきた。島根県松江市は、はじめて就職した新聞社の新米記者として赴任した土地だから、思い入れが深いというのはもちろんだが、変わらなきゃとか発展しなきゃとかいう気合いが(少なくとも外から見た分には)感じられない停滞感が愛おしい。俺たちはそんなに急いで進歩しなければいけなかったのか?豊かになることの意味を考えずに豊かになってしまってよかったのか?
 手押し車を杖の代わりにしてゆっくり歩くお年寄り。駅前ロータリーをぐるぐる回る珍走団。県費を使った宴会をホテルで開いたあげく酔ってフロントドアに激突する県議会議員。誰も泳ぐものもなく波だけが打ち寄せる島根半島の海岸。出雲大社の太い注連縄。日付が変わると灯の消える繁華街。合っていない役場の時計。
 一番行きたいのは秋だ。稲が黄金色になって頭を重たく垂れる季節だ。能義郡とか奥出雲あたりの県道に自動車をとめて、窓を開けて昼寝をしたい。

■今日は麦人が通う学童保育所の一日指導員というのに行った。自分の子供たちがどんなふうに一日を過ごしているかを知る、というのと、保護者が指導員を務めることによって指導員の負担を軽くし、またアルバイト指導員の人件費を節約する、というのが趣旨だ、
 今日は1年生から6年生まで、30人ほどの小学生が登所していた。とりあえず俺はそのへんにいれば、子供たちの方から構ってくれる。構ってほしくない子供は絡んでこないから、危険なことをしていないかを見守っていればよい。台風が接近していたせいで、公園に遊びに出れなくて、みんな室内で旺盛な体力をもてあましていた。人生ゲームをした後は、男の子も女の子も、肩の上によじ登ったり肩車を要求したり、スパーリングを挑んできたりする。それらをさばくかたわら、室内でドッヂボールをおっぱじめたり、つかみ合いを始める子供たちがいるので制止する。なかなかたいへんである。
 子供たちを見ていると、「寝ころんでマンガ等を読む」「ブロックやボードゲームをする」「絵や字を書く」「追いかけっこなど肉体遊びをする」「おやつ作りなど指導員を手助けする」といったグループに自然に分かれて遊んでいる。そして、子供たちはそれらの各グループを流れるように移動するのである。例えば、「追いかけっこなど肉体遊びをする」グループに属していた子が、ちょっと疲れて床に横になったのをきっかけに、「寝ころんでマンガ等を読む」グループにすっと移行する。こういうことができるというのは、やっぱり子供たちにとって居心地がいいんだろうなあ。

■麦人はというと、今日から横浜のおじいちゃんの家に行ったので、学童保育には来ていない。子供たちは「麦人は?」「麦人は?」と何度も俺に尋ねる。彼もちゃんとここに居場所と友だちを確保しているのだなと感じて安心した。

■台風がいよいよ近づいてきたので、今日は定刻の5時より30分ほど早く解散となった。みんな自分の傘を探していたが、その中に「くんくん」と匂いをかいで自分の傘を特定していた男の子がいた。たいへんよろしい。


2003/08/10 [日]   

■コンビニのレジのディスプレイで「モーニング娘。が自衛隊募集広告に登場」なるニュースを見る。少女とミリタリーは親和性が高いので、今さら目くじらを立てるほどのことではなく、また広告の現物を見たわけでもないのでアレだが、自宅までの帰り道でつらつら考えた。
 まず、モ娘。ごときで今さら応募者が増えるだろうかという疑問がある。加護ちゃんが鉄砲の撃ち方を指南してくれるとか、的に当たったら矢口が誉めてくれるとか、応募者がそんなことを期待しているとはいくらなんでも思われない。また、モ娘。に釣られて入隊するような軟弱モノに、皇国の防衛やアメリカの走狗の役割が勤まるのであろうか。いや、モ娘。の騒々しさに、今の自衛隊の軽さはお似合いだろうか。三島由紀夫がもし生きていたら、何と思っただろう。
 俺だったら浜崎あゆみに迷彩服着せるけどな。モ娘。では話題以上のものにはならないが、浜崎に「戦に、ハマりな」とか言われたら、喜んで鉄砲担ぐ若者は多そうな気がする。直感だけど。

■久しぶりに行ったスポクラで有酸素運動やりながらテレビを見ていたら、NHKの懐メロ番組が映っていた。登場したのは城みちる。俺も名前と『イルカに乗った少年』くらいは知っているから、アイドル時代はかなり売れたのだろう。その後は何やっているのか全然知らないので、それなりに苦しい営業をしてしのいでいるのだろうか。
 最初は、なんだこのおっさん、素人かよ、という程度の歌いっぷりだったのだが、後半になるといきなりオーラが出てきた。アイドル時代はこうだったのかと思われる目の輝きが戻り、これもアイドル時代と全く同じと思われる振り付けで踊り出した。もちろん、身体のキレは中年というか、熟年のそれでしかない。腕も脚もあんまり動いてない。だが、トレッドミルの上でハァハァしながら、俺はちょっと感動した。
 それはきっとこういうことだ。城みちるも、自分が最も輝いていたあの時代の動きが出来ないことはよく分かっているのだ。あの時代を取り戻すことはもうできないのだ。それでもアイドル時代のように歌って踊ってみせることで、あの時代から今日までに流れてきた時間と道のりの長さ辛さを、俺たちに見せようとしていたからだ。私はこうやって生きてきた。あなたたちもきっとそうだったのでしょう、と。そういう城みちるの無理やりっぽさがすごくよかった。その後にイモ欽トリオが『ハイスクルールララバイ』を歌ったけど、こっちは「今もできますよ。そつなくできてるでしょ?」という感じで、色気も何もなし。


2003/08/11 [月]   

■新日本プロレス神戸大会へ。G1クライマックス開幕戦である。メインの天山広吉vs秋山準が期待通りで、天山に心ゆくまで声援を送ることができた。天山いいよ。うん。負けたけど。西村修vs蝶野正洋では申し訳ないが眠ってしまった。倒立したりブリッジしたり、きれいな技を見せたいのは分かるけど、やっぱりつまんねえよ西村ワールド。意外によかったのが吉江豊。彼のようなあんこ型レスラーは貴重だ。21世紀のサンダー杉山をめざして、客が引くまで雷電ドロップの連発を見せてほしい。
 しかしながら、総合するとWWEの方が全然上。ブロードーウェイと新開地あたりの大衆演劇くらいの差はあると思った。がんばれ日本のプロレス。

■試合の後、AのUさん、FのHさんほか、ディープでマニアでケーフェイな人々とギョーザとラーメンをつつきながら、ディープでマニアでケーフェイな会話を愉しむ。
 ふと思う。プロレスを見始めた頃は、応援するレスラー・勝ってほしいレスラーっていうのがいて、テレビの前で、あるいは会場の一番安い席で、必死で声援を送っていたものだ。そのレスラーが勝ったときは、俺も大きな声で叫んで、両腕を天高く突き上げたものだ。例えば1983年4月3日の長州力○vs●藤波辰巳戦。長州とマサ斎藤がリング上で抱き合っているのを見て俺は涙が出そうになった。というか出た。
 ところが今では、G1のブックはどうなっているのかとか、今週のファイトを見てブックを変えるだろうかとか、天山はいい奴だから負け役ばっかりでかわいそうだなあとか、営業的には中邑が優勝だよなあとか、ノアから来た秋山を優勝戦まで残すに決まってるよなあとか、2・3段階、ひねくれた観戦をするようになってしまった。たくさんの試合を見てきたし、情報も各方面から入ってきてしまうから致し方ないことではあるが、どっちが楽しかったかといえばやはり昔の方だ。人生も多分そんなもんなので、長く愉しむためには、それなりの工夫をしないといけないのだろうなぁ。

■帰宅してテレビでPRIDEを見る。ミルコやシウバが強いのは分かるし説得力もあるしそれはそれで魅力もあるが、勝者が輝くPRIDEとかK1なんて当たり前すぎてあまり面白くない。負けても輝くプロレス、敗者こそが輝くプロレスが、俺はやっぱり好きだ。


2003/08/12 [火]   

■我慢できなくなってとうとう『昭和キッズTVシングルスvol.8』を買ってしまった。幼少のみぎり、俺はこんなにかっこいい音楽を聴いていたのかと感動の連続だった。
 歌詞を聴いていて、あっ、と思ったのが名作揃いの「ピンポンパン」の楽曲中でも名曲との誉れの高い『かくれんぼネッシー』。こんな歌だ。
ダーリン ダーリン ネッシー

おぼえてますか ネッシー
私と出会ったあの夜のことを
ネスの岸辺で私が歌い
月の光で踊った貴方
ネッシー ネッシー ネッシー
さよならするとき言ったけど
もう会えません 元気でね
今から僕はかくれんぼ
ネッシー ネッシー ネッシー
会いたいけれど
出てきちゃだめよ 私のネッシー

何してますか ネッシー
私と遊んであれからずっと
霧で何にも見えない夜は
そっと独りで歌ってますか
ネッシー ネッシー ネッシー
つかまんなさいと言ったけど
いたずら好きのお茶目さん
大丈夫かな かくれんぼ
ネッシー ネッシー ネッシー
会いたいけれど
出てきちゃだめよ 私のネッシー
 発売日は1973年7月10日。このころに何があったか。1972年1月、滝田修京大経済学部助手が自衛官殺害容疑で指名手配され、滝田の潜行が始まる。同2月、連合赤軍が浅間山荘に籠城して銃撃戦。同3月、連合赤軍内部の同志リンチ殺人事件が発覚。同5月、日本赤軍リッダ闘争。同9月、「黒い九月」闘争。1973年7月、日本赤軍によるハイジャック闘争(ドバイ事件)、1974年8月、東アジア反日武装戦線「狼」部隊が三菱重工本社ビルを爆破。
 まさに1960年代後半に高揚した学生運動・新左翼運動が、大衆から遊離して、権力に追いつめられ、また自らを追い込んで、地下に潜り、海外へ拠点を求め、よりラディカルな闘争を模索した息詰まる時期だったのだ。
 となれば、「今から僕はかくれんぼ」をする「ネッシー」が何の暗喩であるかは説明の必要もなかろう。「ネスの岸辺で私が歌い/月の光で踊った貴方」とは新宿西口フォークゲリラ集会か、三里塚幻野祭か。それともベ平連のデモか、国際反戦デーの新宿騒乱か。「ネッシー」にとって日本と世界は「霧で何にも見えない夜」だったに違いない。銃と爆弾を手に「そっと独りで歌っ」たコマンドたちを思ってこの歌は作られていると、俺は確信する。やっぱりすげえよピンポンパン。


2003/08/13 [水]   

■今週は、午前中に連続して2コマ入っているのだけど、最初の1コマ目(8:50〜)の生徒さんがえらくしんどそうだ。ぼーっとしてる。さらに授業が始まってからの入室者が後を絶たない。
 朝イチだから眠いのだろうが、入学試験はたいがいその時間あたりからスタートするわけで、今からそんなことでどうする。というわけで、明日からは遅刻者の入室を禁じる旨、宣言した。ま、実際には入れるけどね。いろいろ事情もあろうからさ。
 それに引き換え、午前中2コマ目(11:00〜)の生徒さんが真剣なこと真剣なこと。このあたりからようやく調子が出てくるのだと思われる。

■仕事の後。スポクラで主に有酸素運動。14日から盆休みなので、明日もちょっと運動してくることにする。


2003/08/14 [木]   

■日記サイトをあちこち漂っていたら、関西学院大OBとおぼしき新社会人が、例の折り鶴放火事件について書いていた。

> 関学生、折るんじゃない。
> そいつに折らせるべきだ。
> 14万羽。
> 償うべきだ。

 正しい感覚だと思う。
 大学当局者が詫びを入れるのは、少子化の折り、大学のイメージを落として受験生を減らしたくないという営業上の理由からまあ理解できないでもないが、同じ大学にいるだけで連帯責任を感じて鶴を折る学生さんたちの心境は、正直よく分からない。五人組かい、君たちは。早稲田の男子学生は鋼鉄パンツをはいて1年くらい禁欲しないといけないのか?

■帰宅したらなんかものすごく疲れて、夕方6時から2時間ほどフローリングの上で寝てしまった。背中がぼきぼきだ。明日の講義が終わったら、夏期講習も残り1ターム。金曜は京都南座で『阿国』を観て、その足で鎌倉に帰省して、日曜日にはまた神戸に戻ってくる。


2003/08/18 [月]   

■鎌倉からさっき帰ってきた。盆に移動するのはやはりやめておけば良かった。もう2度としない。疲れたから手短に。

■帰りは自動車で家族4人、神戸まで帰ってきた。途中、養老SAで夕食をとった。麦人はカツカレー、文人はただのカレーライス、阿久沢はお寿司の定食みたいなの、俺は味噌カツ膳だった(味噌カツ膳は味噌が甘ったるくてだめ)。
 料理が全部運ばれてきたので、「いただきます」してみんなで食べ始めたのに、なぜか文人だけが食べようとしない。不機嫌そうに尻を椅子の前半分にずらして不安定な姿勢で腰をかけ、カレーライスなのにスプーンも持たずに、箸でぐちゃぐちゃかき回している。「どうして食べないの」と訊ねても、返事もせずにぐちゃぐちゃかき回している。「辛い」とか「にんじんが入っていない」とか言うが、一口も食べてもいないうちから「辛い」とは解せないし、にんじんだって1センチ角程度とはいえ、赤い色をはっきり見せてそこにあるのだ。
 結局、「そんなやつは食べなくてもいい」ということになって、文人は不機嫌なまま食事を終えた。優しいママが、後でお腹が空いたら車の中で食べなさいと、売店でホットドッグを買って与えたらとたんに文人はにこにこになって、俺の手を握ってくる。「どうして食べなかったか教えてあげようか?」と言う。「どうして?」「あのね、お 皿 に つ い て た コ ッ ク さ ん の 絵 が 嫌 い だ っ た ん だ よ」。
 確かにカレー皿の内側側面に、絵描き歌の「かわいいコックさん」風のあまり上手いとは言えない絵が描いてあり、文人はそれを見て顔を曇らせていたのは事実である。しかしそれだけの理由で夕食をボイコットするのか君は。そう、文人とはそういう男である。自分の美意識のためなら一食抜くくらいはなんでもないのだ。妙に納得して、家路を急いだ。


2003/08/19 [火]   

■18日は文人の誕生日だった。阿久沢と麦人と文人でケーキを作って、ろうそくを立てて歌を歌った。地味なバースデイパーティだけど、こういう日々が続くといい。

■文人が生まれた日のことを思い出して書き留めておく。

■超音波検診の際、両足の間にかなり大きいちんこが見えてしまったため、性別についてのわくわくは既に無く、どんなやつだろうか、麦人はどんな反応をするだろうか、というのが楽しみだった。とはいえ、麦人の時より阿久沢の腹は小さく、動きも穏やかだったので、ひょっとすると女の子かも、という期待はぎりぎりまでしていたのだが。
 17日の日付が変わるころ、阿久沢が破水した。あわてて2号線まで出てタクシーを止めて御影の助産院へ。まだ2歳の麦人が家で寝ていたので、俺はそのまま自宅へ引き返して待機することにした。明け方の4時頃、助産院から電話がかかる。「もうすぐ産まれます。すぐ来て下さい」。「麦。もうすぐあかちゃんが産まれるってさ」と麦人を起こすが「……」と眠りこけている。仕方がないので、麦人を抱きかかえて再び2号線に立ってタクシーを止め、助産院へ急ぐ。時間が時間だから、車は1度も止まらない。どんなやつだろうか。快調に走る車がわくわく感に拍車を駆けた。

■助産院へ到着すると、既に赤ん坊は産まれていた。陣痛が始まって20分ほど。超がつく安産である。しかも赤ん坊は、阿久沢の腹の上で、ぐうぐうと眠っている。普通、あかちゃんは産まれたら産声をあげ、この世に産まれてきたことを悲しんでいるのか喜んでいるのか、わぁわぁ、ほげほげ、と泣くものである。麦人もひときわ大きな声で泣いていた。ところが彼は、おちんちんをさらけ出して手足を折り曲げたまま、太平楽にぐうぐう眠っているのである。
 赤ん坊にとって最初の苦難は、母親の産道を窒息しそうになりつつ通り抜けるときだというが、この赤ん坊は、その苦難をほとんど経験していないようなのである。「こいつは大物だ」というのが、文人に関する俺の第一印象であった。
 へその緒をカットする。このころになってようやく泣き始める。助産婦さんが「ではしばらく裸体放置しましょう」と言った。皮膚を丈夫にするためか、すぐに産着を着せるのではなく、しばらく裸のまま寝かせておくことをこういうらしい(俺はこの「裸体放置」という言い回しが面白くて、自宅でも風呂から出した文人を「裸体放置」と称して寝転がしておき、ぱたぱた手足を動かすのを鑑賞したりしていた)。
 産まれた直後には身体中が「胎脂」というラード状の脂で覆われていたのだが、「裸体放置」中に皮膚がどんどん吸収していった。すごい。

■麦人は、一言も発せずに弟をじっと見ていた。かなり驚いていたようだ。既に麦人には、弟がいなかったときの記憶はないそうだが、文人が産まれた日、ただでさえ大きな目玉を倍くらいに見開いて立ちすくんでいる写真が残っている。


2003/08/20 [水]   

■文人を保育園に送っていった後、着替えを持っていくのに忘れたことに気がついて再び保育園へ。すると文人が部屋の片隅で暗い顔をして俯いている。「どうしたの?」と訊ねると、無言で俺を部屋の外へ押し出して、手を振って「いってらっしゃい」のポーズをした。もう彼も自分の中でイヤなことを消化できるようになったのだ。さすが6歳。
 夜、何があったのかもう一度聞いてみた。「ふーちゃんが絵を見ていたら、Hちゃんがいきなりげんこつで殴ったんだよ。ふーちゃんも殴り返したらHちゃんも殴り返してきて、またふーちゃんが殴って、またHちゃんが殴って、ぼかぼかぼか…ってなったの」とのことだった。けんかの後だったので、暗い表情を浮かべていたのだ。
 「Hちゃんとは仲直りしたの?」「ううん。でも、水遊びするときには仲良くなってた」。善き哉。

■最近読み終わった本。
横田冬彦『天下泰平』(講談社 日本の歴史16)
武光誠『大和朝廷と天皇家』(平凡社新書)
中島らも『牢屋でやせるダイエット』(青春出版社)
→マリファナはとてもおだやかな平和な嗜好物で、緑内障に効くということも発見されている。だいたいが、酒に酔っ払って人を殺したりケガさせたりというのは無数にあるが、マリファナで狂って人殺しをしたなんて話は一例もない。…日本たばこ産業はタバコを売るのを止めてマリファナを売るべきだ。一兆円産業になる。ただしGNPは下がる。誰も働かなくなるから。(中島らも『牢屋でやせるダイエット』P117)
→つまるところ、生きるということは、死ぬまでの時間をどうやり過ごすかということだ。時間との戦いといってもいい。この戦いに勝たんがための武器として大麻があり、酒があり、全ての嗜好品があるのだろう。これらをうまく機能させれば、それだけ時間が早く進んでくれるのだ。(中島らも『牢屋でやせるダイエット』P119)
→大局的に見れば、他に時間の潰しようがないから原稿を書くのであり、原稿料を得られれば、その金でより楽に時間を消費していく。他に使い途はない。金がないよりもある方が快適に時間を過ごせることは誰もが納得できる事実だろう。金がなくても平気だという人もいるだろうが、ないよりはある方がいいという意見に異論はないはずだ。(中島らも『牢屋でやせるダイエット』P120)

■人生は時間潰しだから無駄だとかいう話ではないだろう。時間潰しを馬鹿にしてはいけない。中島らもも上掲書で書いていたが、時間潰しには教養が要るのである。時間潰しのためにこそ教養はあるのだ。生物の唯一の任務はDNAを残すことだから、俺の残りの人生は純粋に時間潰しだが、せっかく潰すならば楽しくわくわくと過ごしたい。そのためにこそ俺は音楽を聴き書物を読み2ちゃんねるをのぞく。そして時間潰しには金が要るから要る分は稼ぐ。


2003/08/21 [木]   

■遅くなったが、先週の金曜に観た『阿国』の感想である。ストーリーには別に期待していなかったし、まあそれなり、というところ。
 俺にとっては、400年前に阿国が踊った、まさにその四条河原の南座で『阿国』を演っている、というだけで十分なのである。出雲阿国なる人物についての具体的な記録は何もないに等しいのだけれど、彼女のアウラはこの地と人々の記憶ににとどまり、木の実ナナの肉体を借りて、再びこの地でかぶいてみせた。それ自体が十分に劇的ではないか。しかも上々颱風の生演奏つき。なんかそれだけでシアワセでした。
 台詞で印象に残っているのは「あたしの踊る所が、都になるんだ!」っていうのと、「なぜ芸人は舞台に立つのか?─そこに客がいるから!」っていうやつ。

■『阿国』を観て、そのまま鎌倉へ帰省するつもりだったので、京都まで自動車で行った。お盆の真っ最中だけあって渋滞渋滞渋滞。もちろんそれは見越していたから、かなり時間には余裕を見て家を出たが、結局開演ぎりぎりに滑り込んだ。
 渋滞ってのは焦る。いらいらする。高速道路上ならまだしも、市内で渋滞に引っかかると本当に焦る。それは、鉄道事故や高速道路の渋滞ならもうこれはどうしようもなく、あきらめもつくのだけど、市内の場合は、「別の道を通ればもっと早く着くのでは?(五条通りに入っちゃったけど、御池通りの方が空いてたかも?)」「裏道はないのか?」などと考えてしまうからだ。つまり、自分の努力と的確な判断があれば渋滞を回避できたのではないか、と思ってしまうのでイライラするのだろう。

■昨日、我が家の約束制限時間30分を超え、1時間以上にわたってゲームに打ち興じてしまった麦人は、そのペナルティとして今日はゲーム禁止処分となった。


2003/08/22 [金]   

■「3メートル級の大蛇出現」だそうだ。
【大きな蛇出現情報について】(国土交通省湯沢河川国道事務所)
http://www.thr.mlit.go.jp/yuzawa/kawa/osirase/h15happyou/hebi150820/f_hebi150820.htm
↑この人はすてきな夢をみたのではないかという気もしないでもない。すごくいいことが近々起こるのではないか。それにしてもこのリンク、ファイル名に“hebi”とローマ字書きしているところが気に入った。“snake”とするよりも、カラダが太くてずるずる動くものを想像させる。

■今週は、関西文理で午前中に90分を1コマだけやれば終わりなのでいい感じだ。その後は主にフィットネスに行く。
 普段滅多に行かない平日の午後は、エアロビックスダンスが現在のところ最優先事項ですというオーラを発しているの女性が多くて面白い。つまり、相当に吟味して選んだと思われる、お腹や背中が丸見えのお召し物を身につけていたり、通路でストレッチしていたり、スタジオ前で、インストラクターに関する情報交換を大きな声でしていたり、スタジオ清掃をスタッフと一緒にやっていたりする。
 なんで印象に残っているかというと、彼女たちは、このフィットネスセンターこそ自分の居場所、という堂々たる落ち着きぶりを感じさせてそこにいたのだが、まるでそれが、どこの予備校にもいる多浪生=予備校の主、とそっくりだったからである。


2003/08/24 [日]   

■近所の盆踊り大会に、学童保育で夜店を出している。
 今日と明日の2日間。発泡酒と茶・ジュースを売る。運営資金稼ぎが主目的だ。昨年は純利益10万円も出したので、今年もそのあたりを目標にして、価格設定は昨年と同じ、発泡酒(キリン淡麗・生中ジョッキ)300円、茶・ジュース100円とした。ところがライバル店が、缶ビール250円で売り出したのでやや客を食われ、一日目は昨年より少々下回っている。来年は販売品目に一工夫が要るかもしれない。要総括。
 明日は河内屋菊水丸が来るので、今日の倍の人出が予想される。頑張って売らねばならぬ。

■最近、浴衣を着る女の子が増えているような気がするが気のせいか?だいたいどんな子が着てもキレイに見えるけれども、なんと言っても就学前の女の子が、赤い浴衣を着て走り回っているのがいい。金魚みたいだ。
 おじさんで浴衣を着て歩き回っているのも2、3人いるが、みんな温泉宿の室内用浴衣っぽくて、ちっともイナセでない。青年会の若い衆が、「田中」と地区名を黒地に白で染め抜いたそろいのTシャツの方がお祭りっぽくてよかった。

■メールフォームへのお返事
4 Aug 2003 11:57:52 +0900
→「ほぼ外見でしか好きにならない」の「ほぼ」ってところに卑怯さを感じますね、その本。僕は、内面はほとんど全て外見に現れると考えていますので、そういう意味では外見で判断していると言えます。「中身のある会話を望んでいない」─中身のある会話ってのが意味不明ですね。僕は、中身のあるなしには関心ありませんが、楽しい会話をしたいと願っています。総合して言えば、その本は糞。

5 Aug 2003 06:46:47 +0900
→うーん。確かに携帯からだと日記読めませんねえ…。少し調べてみたのですが、僕の今の技術ではちょっと無理です。過去日記のコーナーに移すときに、携帯からでも読めるようにしておきますね。

7 Aug 2003 19:28:52 +0900
→はい、ご指摘の通りバテバテでした。でもかなり回復してきましたよぉ。

7 Aug 2003 23:19:41 +0900
→すみません、禁欲というのはセックスをしないことですかオナニーをしないことですか?ま、いずれにしてもあなたはまだ若いのですから、そんな必要はないでしょう。模試に失敗したことをセックスやオナニーのせいにしてはいけません。単なる学力不足であります。

8 Aug 2003 09:44:22 +0900
→ハンモックかあ。一度酔ったことがあるんで…。

10 Aug 2003 17:26:58 +0900
→そうか買っておけばよかった。年末ジャンボに期待しよう。でも、米をついばむ雀の横顔を見ていると、『舌切り雀』みたいに恩返しをしてくれてもいいんじゃないかと、かなり強く思います。

11 Aug 2003 01:20:49 +0900
→あなたにはこの歌を贈ります。

   街は ほら いつでも 哀しみのカーニバル
   夜空に砕け散る花火のよう 燃えたいの    上々颱風『町工場少女』

15 Aug 2003 00:09:23 +0900
→関学生様。なるほど、深く納得しました。そういう率直な意見がどこからもきこえてこないことに僕は違和感を持っていたのだと思います。差し支えなければ日記の中で引用の上、僕の感想を書きたいのですが構わないでしょうか。OKであれば、お手数ですがもう一度フォームからメール下さい。メール無き場合は不可と受け取りますので、無断引用することはありません。

17 Aug 2003 15:40:39 +0900
→親になるのは必須条件ではないと思うけれど、いろいろ経験できて面白いですよ。当たり前の日常生活をしながら、海外や宇宙旅行と同じくらいのいろんな経験ができます。とりわけ育児でないとできない経験は時間旅行。自分の子供のちょっとした振る舞いに、おお、これは俺だ!と感動したり、そうだ、子供の頃ってこんなことが気になってたんだ、と思い出したりできます。

22 Aug 2003 09:59:14 +0900
→『阿国』、花道のすぐ脇の席だったので、木の実ナナや池畑慎之介を間近で見ることができました。表情一つで客席の雰囲気を変えてしまうところがさすがだと思いました。生身の人間が演じるのはやはりいい!エネルギー伝わりました。

23 Aug 2003 19:20:46 +0900
→うん、いっしょにいることで良くも悪くも自分の本性が分かるというかね。どうぞお幸せに。僕は結婚して妻と暮らすようになって、自分がつけっぱなしの電気や出しっぱなしの水というものが異常に気になる人間だということが分かりました。


2003/08/25 [月]   

■今日も学童保育の夜店で販売員を務めた。7時半から河内屋菊水丸が櫓に登ったので、販売は半分上の空で、音頭に身体を揺らしていた。演目は、美空ひばりの一代記と他一曲(ジュースの追加仕入れに走っていたのでよく聴いていなかった)。
 相変わらず、ぐぐぅっっとノドを詰めた流石の節回しを聴かせてくれた菊水丸だが、見るからに疲れていて存在感は今ひとつ。歌いながらペットボトル入りの飲み物を飲んでいたから、相当に過密なスケジュールをこなしているのだろう。まあ仕方ないか。菊水丸が去った後で、菊水丸の『横山やすし音頭』がCDでかかっていたが、こちらの方が踊れてしまった俺であった。

■夏祭りの雰囲気は好きだけど、櫓の回りを同じ振り付けでぐるぐる回る盆踊りってのはあんまりわくわくしないなぁ。腰に来ない。


2003/08/26 [火]   

■昨日(25日)は北予備で某進学校の生徒さん限定の夏期講習。1日完結もの。丁寧に知識を積み上げる方向でいこうか、それともたった一日の講座だから今後自分たちで勉強していくための加速ロケット的な講義をしようか、様子を見ているうちに半分終わってしまったので、結局後者の路線で突っ走った。真面目な生徒さん達であったから、多少消化不良でも、復習の段階で何とかしてくれるだろう。

■夜は予備校の人々と夕食。俺的には、この日で夏期講習日程が全て終わったので、打ち上げという位置づけである。お寿司の食べ放題のお店で、マリネ寿司とかヘルシー寿司とか、変わり寿司がなかなか結構。お運びのおねえさんもたいそうよろしい。俺は付き合いが悪く、また人付き合いが苦手なので前職を退いて予備校講師をやっているのだが、それでも声を掛けてもらえるのは大変ありがたい。
 その後はハイパージョイサウンド付きのカラオケに行く。ソウル・フラワー・ユニオンが入っていたので全部歌ってみたが、当然ではあるけれども中川敬の声でないとサマにならない。好きな歌であるほど、自分の声で歌うとつまらなく聴こえてしまう。気持ちよかったけど。『左とん平のヘイ・ユウ・ブルース』を練習して極めようと思った。
 1時半に極度に眠くなったのでタクシーで帰宅。8000円。


2003/08/27 [水]   

■昨日(26日)はマスコミセミナーで模擬面接というのをやった。3回生の学生さん相手の授業なので、それほど本格的なものではなく、問われたことに対して簡潔に、しかも要領よく自分をアピールするってことはなかなか難しい、ということを感じてもらおう、という趣旨である。二十数人を2チームに分けて、3人 vs 3人で向かい合わせになって座ってもらい、片方が面接官、もう片方が志望者になってもらい、自己PR・志望動機etcに対して質問を浴びせ、また答える、という形でやってもらった。面接官役をやってみることによって、志望者である自分の姿もまた見えてくるであろう。俺は交通整理役。
 当たり前ではあるが、この時点では人前で話すことに慣れている学生さん・自己顕示が得意な学生が圧倒的に上手い。大半の学生さんは「話しているうちに自分でも何を言っているんだかわからなくなって、言いたかったことの半分も言えなかった」という感想を抱いたようである。それでよい。

■「志望動機は?」という質問に対して、「××社は業界のトップだから生き残ると思ったから」、「○○社には権力とお金があるからやりたいことができる」と答えた学生さんが数人いた。正直でたいへんよろしいのだが、大きい・強い「から」入社したい、と最初に言ってしまうのはやはりまずかろう。現実問題としては、確かに大きい・強い企業に身を置くことで仕事はやりやすくなるのだが、たとえ小さい・強くない企業にいても能力を発揮する人間を、企業は欲しているからである。既存のパワーに乗っかろうとする者がいくら集まってもパワーの上乗せにはならない。
 昔々、朝日新聞の面接を受けたときのことを思い出した。「朝日新聞で何をしたいですか?」と聞かれて、「800万部を僕のビラだと思って原稿を書きます」と答えたのであった。そんなことをしても全然面白くないことに気づいたので、2年ちょっとで辞めちゃったんだけど。

■4人で四本川の字になって寝ていると、麦人がぴとっと身体をくっつけてきた。そのまますうすう寝息を立てている。父ちゃんになってよかったなあ、と思うのはこんな時だ。


2003/08/28 [木]   

■運転免許証の書き換えに伊丹の運転試験場まで行った。いきなり昼休みで窓口が閉まっている。公的機関の窓口は昼も交代で働いてほしいものである。
 当然ながら交通安全協会費は払わない。俺の前の2人も払っていなかった。この時節、あんな無意味なカンパをする人っているんだろうか。「安全協会はね、東灘のね、交通安全にも役立っていますんでね、これ読んで(リーフレットをよこす)また考えておいて下さいね〜」と窓口の女性。そんな訳の分からないセールストークで財布のひもは緩みませんよ、うん。
 優良運転者の講習は実にいい加減で、30分の講習に20分遅れで入場してもOK。ありがたいことである。新しい免許証は写真日記にアップした。古い免許も。

■明日から沖縄へ行く。やっと夏休み。食って泳いで寝てくる。


2003/08/31 [日]   

■沖縄から帰ってきた。カネも使ったが、それはもう楽しんだ。今日はもう疲れたので、ポイントだけかいつまんでメモしておく。詳しくは気が向いたときに。

■琉球料理には見向きもせず、牛丼やポテトフライを食べたがる愚かな兄弟。俺は普段の2.5倍くらい食べた。Tシャツの上からでも胃がふくらんでいるのが分かる。

■津堅(つけん)島1日ツアーがたいへん楽しかった。ここでの
  「シュノーケルを付けて熱帯魚と珊瑚礁を見た」
  「バナナボートが転覆して海に投げ出された」
  「文人がここで水泳帽を紛失して、その後ずっと悲嘆にくれていた」
の3つが今回のハイライトと言っても過言ではない。ただ、南の海で泳いだ者の宿命で、全身真っ赤になるほど日焼けした。阿久沢も、人混みの中で見間違えそうになるほど焼けた。寝転がるのもかなり勇気が要るほどだ。

■2晩続けてライブハウス「カラハーイ」でTINKTINKを聴いた。照屋林賢の妹分にあたる、アイドルみたいな女の子2人が、琉球衣装を着て歌う。全智全霊をかけて聴くような種類の音楽ではないのだが、妙に気持ちよい。MCも脱力していて、ひょっとすると歌よりも個性があるかもしれない。これは琉球ポップスの意外な空き家なのかもと思った。一緒に写真も撮ってもらった。実は一番惚れ込んだのは麦人である。

■公設市場で伊勢エビ他の刺身を食べた。旨すぎ。

■写真日記に2、3枚だけとりあえずアップしておく。