2002/09/01 [日]
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■「地球を転がすコトバたち」をようやくアップ。
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2002/09/02 [月]
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■麦人が夏休み最終日を迎えた。絵に描いたように泣きながら宿題をやった。最後に残ったのは読書感想文である。 読書感想文など書かせたところで読書するようになるわけでもなく、むしろイヤイヤ書くことで読書や作文が嫌いになる弊害の方がむしろ大きいのではないか、という危惧はある。典型的な「やること・やらせること自体に意味がある」宿題といえよう。 しかし、原稿用紙を前にした麦人の顔には、とにかく書くのは嫌だ、面倒くさいことはしたくない、と書いてある。学校とヨノナカを渡っていくためには、嫌なこと、面倒くさいことを要領よく終わらせる、という技術をどこかで身につける必要がある。 だから俺と阿久沢は、かわるがわる麦人の顔を覗き込み、「この本のどこが面白いと思った?」「思った通りに書けばいいんだよ」と、宥めたり声を荒げたりしながら、手に鉛筆を握る力も入れようとしない麦人に感想文を書かせなければならないのだ。
■最初麦人は『ハリー・ポッターと賢者の石』をテーマに3行ほど書いた。「ぼくはなつやすみにはりーぽったあとけんじゃのいしをよみました。ぜんぜんおもしろくなかった」。俺は、まぁこれでもいいかな、これで提出して恥をかいてくればいいや、とか思ったりしたのだが、阿久沢がそんなのは許さないという。やりたくないからやらない、なんてダメなのだという。それはそれで一理ある。俺は方針転換し、やはり泣きながらでも書かせることにした。 我が身を振り返ってみる。夏休みの工作の宿題など、細長い板を二つ組み合わせただけで「風車」と称したり、ひどいものであった。毎日気温を測りましょう、なんて宿題は8月30日まで手をつけず、31日の気温を15分おきに測ってグラフをでっち上げた。中学生のころは、数学のドリルなどは友達と分担して、31日に答えの写し合い会をやったものだ。 褒められたものではないにせよ、俺と麦人との最大の相違は、俺はとりあえず形になるようにする、という努力は払った点にある。麦人にはその姿勢がないのである。
■近所のスポーツクラブに会員申し込みをした。沖縄で泳いだのが気持ち良かったのが忘れられず、プール中心に楽しむ予定。マシン類も何だか面白そうだ。
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2002/09/03 [火]
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■麦人の宿題について、続けて考えてみる。 気が進まないこと・やりたくないことを避けて通ることができるとは限らないから、どこかで要領よくやる技術を身につける必要がある。それは間違いないだろう。 しかしそれは、納得ずくでやるのが原則なのではないか。 例えば、数年前まで俺は、麦人または文人の大便の始末をしていた。北京ダックに付ける味噌のごとく尻の間に挟まった大便を、紙で拭いたりお湯で洗い流したりしていた(今も時々ケツを拭いてやる)。自分の息子の大便だって臭いものは臭いので、できれば避けて通りたい事態ではあるが、襁褓の中の大便を放置すれば子供の尻は赤く荒れてしまう。やらないわけにいかないからやるのだが、その時俺はこう考えた。こうやって大便の処理をしてやったことを、きっとこの子たちはカラダで憶えていてくれるに違いない。父親との絆はこうして育まれるのだと。 そういう納得があったから、俺は彼らの尻を洗うのはさほど苦痛ではなかったし、新品同様の尻の感触を楽しんだりもできたのだ。
■麦人は、そういう納得なしに読書感想文を書けと強制されていたのである。 おそらく彼は、毎日の課題としてあてがわれた書き取りと計算練習に関しては嫌々ながらも納得しているように思われる。計算ができないと遊戯王カードゲームでライフポイントの計算ができないし、文字が読めないと大好きなマンガも読めないのだ。 しかし読書感想文など書いて一体何になるのだろうか。そもそも、本を読んで抱いた思いを他人に説明する義務があるのだろうか。自分から表現したいのならどんどんすればよいが、それをしたくないからといって制裁を加える権利が学校や親にあるのだろうか。 日本国憲法第19条は、思想と良心の自由を保障している。読書して得た感想を書きたくない、明らかにしたくない。たとえそれが面倒くさいという理由であっても、その権利は保障されていないと言えるだろうか。 だから麦人、君が感想文を書きたくないといって抵抗したことは全く正しい。父と母の二人にプレッシャーを掛けられつつも、涙を流して反抗できたことを良しとすべし。
■午前中、スポーツクラブの説明会に行く。マシン類の使い方を教えてもらった。1時間ほど身体を動かしてきたが、やっぱり、自己流で腹筋やプッシュアップするのとは訳が違う。ちょいと頑張ってみよう。
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2002/09/04 [水]
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■嫌なことや気が進まないことをやらないといけないときがあると書いたものの、よく考えれば俺自身、嫌なことや気が進まないことをやろうとしなかったというか、できなかったがために今の仕事をしているような気がしてきた。 結局、納得できるかどうか、なんだな。今の仕事だっていいことばかりではもちろんないが、納得できるからな。新聞社では納得いかなかったもんな。
■毎年、何人かの生徒さんから「何で予備校講師になろうと思ったんですか?」、更に「僕も予備校講師になりたいんですけど、どうすればなれるんですか?」という質問を受ける。この機会に、自分の仕事について考えていることをつらつら記しておこう。 新聞社に入るとき、新聞記者になりたいと思ったことは一瞬もないのと同様、予備校講師になりたいと思ってなったわけではない。新聞社を辞めて、他に何もできないからとりあえずやってみたら面白いし、向いているような気がしたので本業化して現在に至っているだけのことだ。ま、間違った選択ではなかったと思っている。 しかし、若い人に勧めることはできない。雇用形態が不安定な職種だし、将来的にも先行きは暗い、という食える食えないレベルのこともあるが、仕事内容そのものに行き詰まりを感じることが、他職種より多いかもしれないからだ。 基本的に予備校講師は、前の年と同じことを何年も教え続けるのだ。そのことに飽きを感じないで済むかどうか、教務内容を少しずつでもリニューアルする努力を続けられるか、ここが一番大きいのではないかと思っている。2ちゃんねるでよく見られる「予備校講師はチョーク芸者である」という定義に俺は深くうなずく。芸者たるもの、ネタは磨き続けなければいけない。教壇で歌を歌ったりなどのパフォーマンスをするから芸者なのではなく、ネタを磨き続けるからチョーク芸者であり続けることができる。それが可能なのは選ばれし者のみ、という気もするよ。 最近は正社員といえども終身雇用されるとは限らないし、年金などを含めた福利厚生も限りなく薄くなりつつあるので、その点ではサラリーマンも予備校非常勤講師も、身分の安定に関しては、同じようなものになりつつあるのかもしれない。
■あと、「何で学校の先生にならないんですか?」っていう質問も多いね。学校の先生と予備校講師は全然別の職種だと思ってるんで、選択肢として並列するのは無理がある。だから、「学校の授業は全然分からないけど、戸田先生の講義は面白い」と言われるのも痛し痒しだな。別のことやってるんだからさ。ま、そう思ってもらえるから俺の仕事も成り立つわけだが。
■早川義夫の言葉。「クラシックが一流で、ロックが五流なのではない。ロックの中に一流と五流があるのだ。あなたが一流で、私が三流なのではない。あなたの中に一流と三流があり、私の中に一流と三流があるのだ」。
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2002/09/05 [木]
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■仕事が休みだったので、午後の3時間ほどスポーツセンターで過ごす。自転車を30分漕いだら、腹筋と腕の筋肉を鍛えるクラスがちょうど始まるところだったのでまぜてもらう。 …参りました。たかだか30分の筋トレがこんなにシンドイとは思いませんでした。ちょっと角度を変えたり、腕の開き方を変えるだけでこんなに筋肉に響くとは。自己流でばたばた動くのとはえらい違いであった。 俺が予備校でやらなければいけないのも、こういうことなのだろう。受験の素人さんに、ちょっとしたコツを伝えること。ちょっとしたことなのだが、素人さんにとってはとても大切な何かを。
■朝食時に文人がめそめそ泣いている。お茶じゃなくてジュースが欲しいのか、パンじゃなくてシリアルがいいのか、とかいろいろ聞いてみるが埒があかない。保育園に出発する時には落ち着いていたのでそれとなく尋ねてみたら、「いつもはふーちゃんがママの隣の席なのに、今日はお兄ちゃんが座っていた」とのことであった。
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2002/09/06 [金]
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■ バッシーさんと ぱくよんせさんが我が家に来訪。おかげで俺もスキヤキにありついた。子供を寝かしつけてからお話を、と思っていたら、俺は子供とともに寝込んでしまう自爆。明け方に目を醒まし、まだPCに向かっていたバッシーさんとしばし歓談をする。 ■今週から後期授業が始まっている。汗が出る出る。教室には冷房が入っているのに、シャツが肌に張り付くほどだ。もともと汗かきなんだけど、ここまで汗をかくのは珍しい。スポーツセンターに通い始めて、少しは基礎代謝が上がってきたのだろうか。 ■小学生の頃から身体を動かすのが嫌いだった。きっと、運動そのものより、逆上がりができないためにクラス全員の前に引き出されて「できるまでやれ」と言われたり、跳び箱から転落して恥をかいたりするのがイヤだったのだろう。自意識過剰な子供だっだから、他人より明らかに劣っている自分というものを認めさせられるのが苦痛だったのに違いない。 スポーツセンターの良いところは、シンドイと思ったら途中で休んでも誰も咎めないし、周りの人ができることを自分ができなくても、誰も好奇の目で見ないことだ。指導してくれるトレーナーさんも、手伝ったり修正はしてくれるけれど、できないことやシンドイことを無理にやらせることはない。 やってもやらなくてもいいんだよ、という環境だと、身体を動かすのは楽しいね。勉強とか読書もきっと同じなんだろうなあ。
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2002/09/07 [土]
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■麦人と文人が朝からUNOをやっている。麦人はまだ力を加減して負けてやるということができるほどお兄ちゃんではないので、途中から本気を出して文人を圧倒。文人は泣いてしまい、麦人はふてくされて寝室へ退場した。一人残された文人は、延々と一人UNOを続行している。カードを引くたびにうなずきながら。「お兄ちゃんが強気でやるから負けちゃったんだよ」と。(麦人・文人用語で、「強気」というのは本気でやることをいい、手加減することを「弱気」という。「パパ!今度は強気で行くぞ!」と宣言してからキックを打つ、というように使う。)
■そんな文人にデジカメを渡したら、いろいろ下らないものを撮っている様子。あとで日記のネタに使おう。
■今日も午前中、1時間ほどスポーツセンターで自転車漕ぎと腹筋・背筋の器械で遊ぶ。自転車漕ぎの間、小谷野敦『退屈論』を読む。これ面白い。本もだけど、運動しながら読書するっていうのも。
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2002/09/08 [日]
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2002/09/09 [月]
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■今朝の朝刊にあった地下鉄事故(未遂)の記事が面白かったので書きとめておく(フォント変更は戸田)。 7日午後0時10分ごろ、大阪市阿倍野区の市営地下鉄御堂筋線・天王寺駅の下りホームで、新大阪駅発同駅行きの列車(10両)がホームにさしかかった直後に、大阪府枚方市内の会社員の男性(46)がホームから転落した。運転士が急ブレーキをかけたが、列車は転落場所を約25メートル過ぎて停車した。男性は、先頭車両とホームのわずかなすき間(約20センチ)に頭から上を出した状態ではさまり、後頭部と両肩の挫傷など全治2週間の軽いけがですんだ。 男性はこのままでは抜け出せないため、運転士の協力要請を受けた先頭車両(約30トン)の乗客約30人がホームの反対側に寄って、ホーム側の車両の荷重を軽減。ホームの客十数人と駅員10人が車両を浮かせるように押し上げ、すき間を広げて男性を救出したという。
駅員は「ホームに近いところに落ちたのではねとばされずにすんだのだろう」と驚いている。
阿倍野署によると、列車は同駅が終着だったが、男性は乗車できると勘違いし、座っていたホームのベンチから列車の方に歩いていき、あやまって転落したらしい。男性は酒臭かったが、署員に「酔っていない。立ち上がったらふらふらした」と強弁。署員が「助かったのは奇跡的やぞ」と諭すと、「えらい、すみません」と恐縮していたという。 列車が停車するまでの間、男性の首から上がホームの上部に飛び出す形で見えていたことになる。その時の男性の顔を想像してみるが容易ではない。ホームの客たちも、どんな顔で男性を見れば良かったのだろう。 そして、車両内の乗客が車両のホーム反対側に寄って列車を傾け、さらにホームの乗客が列車を押したっていうのがいい。俺ならオーエスオーエスと声が出てしまいそうだ。 ■世界中に、この男性のようにすれすれの状態におかれている人たちがたくさんいると思うんだけど、列車を傾けるにはどうしたらいいんだろうな。男性の首は誰からもよく見えて、やばいってことが誰でも分かったからみんな協力したわけだが、地球のちょっと向こう側のことはなかなか見えない。 ■今日も午後にトレーニングセンターへ行き、マーシャルキックというクラスで空手のような動きをした。音楽に合わせて正拳突きや回し蹴りをする。もちろん俺には格闘技の素養は全くないので、見よう見まねで必死で手足を振り回すのである。 …いや、今日も参りました。俺は身体が硬いから、足を振り上げるのだってろくに上がりゃしないのだが、それでも息が切れまくりだ。インストラクターさんはさらに、正拳突きと蹴りをやるときは声を出せという。とてもじゃないがそんな余裕はない。40分間、よれよれになって、でも有酸素運動やったぜという満足は十分に感じた。 家に帰ると、文人がモーニング娘。の武道館ライブビデオを見ている。踊る踊る娘たち。あああー。以前俺は「モーニング娘。程度のダンスなら、学園祭でもやるだろう」という趣旨のことをここに書いたことがあるが、全面的に撤回したい。これだけ動いて、手足を激しく振って、ステージを駆け回って、どうして歌まで歌えるのだ。たとえ口パクだったとしても、口を動かすだけで十分尊敬に値する。 さらにスゴイのは、これだけ有酸素運動をしておきながら、時おりメンバーの激太りが報道されることである。何をどれだけ食べているのだろう。
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2002/09/10 [火]
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■文人を保育園に送り出した際、先生たちの申し送り事項連絡帳がテーブルの上に開いてあったのでつい見てしまった。一番最後に黒フェルトペンで大きな文字で「土曜日の夕方、トイレからクワガタ虫が出てきたので虫かごにいれておきました」と。ゴキブリと見間違えたのではないか、とちょっと心配になって虫かごをのぞいてみたら、確かにクワガタ虫がいた。子供が鑑賞したときに蓋が外れ、蜜を求めてクワガタ虫は、なぜかトイレに彷徨いこんでしまったらしい。踏まれなくてよかったなぁ。 大昔、小学生だった弟が「クワガタ虫を捕まえてきた」というので虫かごを見たら、大量のゴミムシがうごめいていたことを、ふと思い出した。
■文人がなかなか味のある子供に仕上がってきた。目があった瞬間、にやり、と笑うのがいい。 子供ってのは(子供だけではないが子供は特に)、肌触りとか声とか匂いとか足音とか、トータルではじめて面白いものなので、会話や行動だけを並べても今一つ文章で書き残せないのが歯がゆい。だから、ビデオカメラってのは素晴らしい。子供を撮影するためにあると言っても過言ではないだろう。麦人の赤ちゃん時代のことだって、完全にというわけにはいかないが、映像を見ていると感触と匂いくらいは何となく思い出せたりするのだ。 明日の朝は麦人の蟯虫検査がある。肛門に例のフィルムを押し当ててやるのは俺の仕事だ。ふっふっふ。
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2002/09/11 [水]
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■朝、麦人の肛門に蟯虫検査フィルムを貼り付けてきゅきゅっと2、3回。2日分あるので、明日の朝もやる。麦人も文人も、親に尻をいらわれるのが好きな子供なので、麦人は大喜びで尻をこちらに差し出してくる。カワイイ奴だ。
■後期の授業も2週目に入り、調子が上がりつつある。身体を動かしているのもよい効果をもたらしているようだ。トレーニング、ゆるゆる続けよう。
■子供(主に麦人を念頭に置いて書く)は朝起きろと何度言っても起きてこないし、肉ばっか食べて野菜食べないし、寝転がってマンガばかり読んでいるし、日曜になれば退屈だ退屈だとウルサイし、疲れているときにプロレスを挑んでくるし、同じことを1万回くらい言わないと憶えないし、やれやれやれやれと何度も言わないと宿題やらないし、小便を便器からこぼす。子供にあれこれ命令したり叱ったりする自分はイヤだなぁと思うが、親と子供が同じ屋根の下に暮らしていて、昔みたいに地域の共同体で育て合いをする環境ではなく、親子の関係が濃くならざるを得ない以上、仕方がない。 大切なのは、プロレス的な信頼関係を構築することだ。このくらいなら叱っても大丈夫だな、という子供の「叱られ容量」を親が正確に知ること(故ジャンボ鶴田は、相手の受け身能力によってバックドロップの角度を変えたという)。子供も、今親は自分を叱っているが、これはガチンコではないんだ、と信じることだ。 さらに大切なのは、どうしても親は子供にあれこれ要求し命令し叱咤激励することになるけれど、「子供、とりあえず生きてりゃいいや」という一種の諦念を持ち続けることだろう。
■1周年だそうだ。それがどうした。パレスチナでは日常じゃないか。そしてあの国は、イラクで同じことをしようとしているのだろう。鎮魂より追悼より、新たな犠牲者を出すな。パレスチナでもイラクでも。 富よりも何よりも、正義の偏在っていうのが一番気にいらん。
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2002/09/12 [木]
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■予備校には不思議な匂いがある。人によっては「臭い」と書きたくなるかもしれない。それは若者が大勢集まると醸し出される、一種の饐えたような、甘酸っぱい匂いだ。北予備の場合、二階のロビー兼窓口のある、予備校に出入りするときに必ず通るフロアに、その匂いが充満している。 俺はこの匂いが好きだ。体育会の部室でも似たような匂いは漂っているが、あれほどストレートな青春の匂いではない。若者が集まっていればどこでも存在するというものでもない。鬱屈と焦りと希望がないまぜになった、他のどこでも嗅ぐことのできない匂いなのだ。 誰も好きこのんで予備校に通うわけではない。予備校生は受験生活の中で自分の将来を考え、自分自身について考え、誰も保証してはくれない合格に向けて勉強している。20歳前の若者たちだから、暗いことばかり考えてもいないだろう。気になる異性または同性を眺めて、フェロモンを放出することもあるだろう。そして、受験生という制約は、そういったマイナスあるいはプラスの感情をさらに過剰なものにする。予備校に漂う匂いは、受験生たちから放出されるいろいろなものを含みこんで、あのような独特なものになっているのに違いない。 人が、こういう匂いを発することができる時期は、この時期、ここでだけなのだ。その場に居合わせることができる俺はシアワセだと思う。この匂いが感じられるうちは、予備校で教えているのだろうと思う。
■今日読み終わった本。 小谷野敦『退屈論』(弘文堂) →前近代の人々は育児をしていたので退屈から解き放たれていた、という部分にのみうなずいた。俺が父親になろうと思った理由にあれこれ理屈を付けたり美化することは容易だが、「面白そうだから」という一言に集約できる。 子供は日々刻々身体が大きくなり、言葉を獲得し、昨日できなかったことができるようになる。訳の分からないことを言い、理解しがたいことを行う。眺めていて飽きることがない。そして何より、子供は親を力一杯愛してくれるのだ。要するに、退屈する暇がない。労働する際にも、子供を大きくする必要があるという大義名分が立つので、「俺はなんでこんなことやってるんだろう」などと悩む必要は更々ない。 俺はゲームする暇があるといいなあと思い、老人になってゲームのコントローラーを握ったまま腐乱死体になることを夢みたりもするのだが、現時点でゲームしたいという気にはあまりならないのだ。やってみたいなぁと思うのだが、あまり食指が動かない。その理由はやはり、ディスプレイ内でキャラクターの経験値を上げたり冒険させたりするよりも、リアルに成長し無茶苦茶をする子供の方が圧倒的に面白いからなのだろう。ああ、だから子供が巣立って老人になったら面白く遊べるかもしれない。その日を楽しみにしたい。
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2002/09/13 [金]
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■日射しは強いけれど風があって、気持ちのいい朝。文人を保育園に送っていく。文人も快調で、「今日は誰のお迎え?何時にくる?」と、俺の顔を見上げながら早足で歩いていく。保育園の開放廊下まで来ると駆け足だ。寝癖のついた柔らかい髪の毛が風に煽られて、額の上や頭頂部で立ち上がったままふわふわ揺れている。阿久沢が「髪の毛がひよひよしてる」と指さして笑う。 …とたんに文人の機嫌が悪くなる。眉根に少し皺を寄せるようにして阿久沢をにらむように見上げる。彼は俺に似て自意識過剰気味の子供なので、笑いものにされるのがイヤなのだ。「んー!」と叫んで俺の背中に隠れ、保育園の先生と目を合わそうとしない。こうなると時間をかけて謝罪し、説得するしかない。時間をかければ必ず機嫌は直るのだが。
■「たまちゃん」。確かにカワイイから見物人が集まったり新聞記事になったりするのは当然という気もするが、行政が公費をかけて見守ったり保護するのは如何なものか。 というのは、新聞に挟み込まれてくる東灘区の広報には「河原に落ちたイノシシを助けたり、助けるよう区役所に要求するな。そうやって死んでいくのも野生動物の姿なのだ」という趣旨のことが毎回のように書いてある。確かに、一度餌付けされた野生動物は人間に餌をねだることを憶えてしまい、それは決して幸福なこととは言えない。さらに実務的な問題として、イノシシ救助にマンパワーを割いている余裕はないであろう。仮にイノシシ救助係のような職員がいるとするなら、俺は納税者として納得できない。この東灘区役所の態度はベストではないがベターなものだと思われる。 俺は、「たまちゃん」はその安否に一喜一憂するのに、河原に落ちたイノシシは自然の運命に委せろというダブルスタンダードが気に入らない。アメリカ人の頭の上に落ちてくる飛行機にはあれほど敏感なくせに、アフガン人やイラク人やパレスチナ人の上に降り注ぐ爆弾は何とも思わない連中がほんまに気に入らない。
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2002/09/14 [土]
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■麦人が小学校で担任教師にひっぱたかれた。両手で頬をはさんでぱしん、という比較的ダメージが少ないやり方だったらしい。結論的にいうと、麦人が叩かれるには相応の理由がある。だが、麦人を親が叱る必要はないと思った。おおよそ次のようなことだ。情報は金曜日の授業参観に参加した阿久沢から得た。
■国語の時間に『おおきなかぶ』をネタに、寸劇をやっているらしい。で、麦人は感情を込めてせりふを読んだり、「よいしょよいしょ」とかぶを引っ張る真似をするのがどうにも照れくさいらしく、真面目に取り組んでいないらしいのだ。さらに、自分一人が手を抜くならまだしも、先生の指導にツッコミやチャチャを入れて、授業の進行の妨げになっているという。「おじいさんがうえたかぶはあまいあまいおきなおおきなかぶになりました」の部分では「肥料をあげなきゃならねえよ」「まずかったらどうする」、「かぶはすぽんとぬけました」の部分では「抜けないよ」、などと下らないことを言うらしい。 これをやられたら先生が腹を立てるのも当然である。
■しかし。家に帰って、麦人に「なぜ麦人は『おおきなかぶ』やらないの?」と聞いたところ、「あんなもの恥ずかしくてやれないよ」。「でも他のみんなはちゃんとやってるんでしょう?」。「他の子はみんな催眠術にかかってるんだよ!」。 そうか!催眠術か! この言葉を聞いて、俺は自分の育児が正しかったことを確信した。麦人よ、先生が君を叱るのも当然だと思うが、君が催眠術にかかりたくないと思うのも当然だ。そのままでよし。できることなら、叩かれず催眠術にもかからない、上手な泳ぎ方を身につけておけ。
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2002/09/15 [日]
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■パンツのゴムがびよんびよんになってきてもう限界かな、と思う。でも、長年付き合ってもらったお礼に、最後の洗濯をしてから廃棄処分にしようと思う。そして、キレイになったパンツを見ると、まだ使えるかな、という気がしてきて、もう1度だけ履こう、ということになる。その繰り返しだ。自分のこういう部分はそれほど嫌いではない。
■向こう側に行きかけた友人がこっちに戻ってきた。それをよかったおめでとうと言うべきことなのかどうか俺には分からないが、とりあえずほっとしたのは事実である。
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2002/09/16 [月]
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■最近買った本。 早川義夫『たましいの場所』(晶文社) →わくわくして早くページをめくりたくなる本というのはたくさんあるが、これは読み進めるのが誠に惜しく、ページをめくりたくない本である。その証拠に俺は、3日かけて50ページしか読んでいない。なめるように這うように読むのである。もう、最初のページから全文引用したくなるほどだ。おお、それでよかったんだなあと、腰や肩のツボに指がぐさぁと入ってじわぁと暖かいものが身体中に広がっていく感じ。 近田春夫を初めとして、復活後の早川義夫を酷評する人が多いようだが、全く納得できない。俺はブルブル震えるのである。
■俺は気が付いたら教壇の上に立つ人間になっていて、教室の机に座っていた当時のことはもうあまり思い出せないのだが、授業中にあれこれ下らないことを考えるのはすごくよかったなと思う。 教師の話など左耳から右耳へと擦り抜けていく。退屈な時間を紛らわすために、机に落書きをする。落書きのネタをあれこれ考える。教科書に落書きをする。夏目漱石の顔にどんなサングラスを掛けようか、などと考える。次の文芸部誌に載せる作品を構想する。午後の授業をフケて東京まで足を伸ばそうか、横浜でうだうだしようか迷う。目の前の女生徒の背中を見て、ブラジャーってどうやって外すんだろうと妄想する。カッターナイフで手の甲を軽く切って、血を味わってみたりする。 やることがないから下らないことをあれこれ考える。あの時間は貴重だった。もう一度高校生に戻してやるよといわれても御免蒙るが、ああいうふうに過ごす時間は戻ってきて欲しい。
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2002/09/17 [火]
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■雨がしょぼしょぼ降ってきて、いよいよ秋になるな、と感じたときに毎年聴くことにしているのが、 豊田勇造のライブアルバム『走れ、アルマジロ』だ。今も聴いている。 1977年4月録音とあるから、もう25年前のライブということになる。高校を卒業する直前、FMラジオで豊田勇造の『ある朝高野の交差点近くを兎が飛んだ』を聴いたことで、俺は何が何でも京都に住むのだと決意した。東京の予備校で浪人している時期、数十軒のレコード店を探し歩き、新宿の 模索社で発見したのがこのライブLPだ。現在はCDで再発されているので、今はこっちで聴いている。 汗水振り飛ばして、恥も外聞もなく過ごした夏が終わり、夏バテとともに自分の中に沈潜する秋が来る頃、このライブ盤を聴くのである。 ゴトゴトと鳴る汽車の響きが 風の間から俺を誘っても まだしばらくはここにいて 古いブルーズのレコードを聴こう 豊田勇造『今年の夏もどうにか越せて』 この、足踏みをする感じ・出発を戸惑う感じがいい。秋はよそに旅立つのではなくて、自分の中を彷徨うのがいい。そして、旅立つときも後ろ髪引かれながら、あれこれ思い残しながら、だ。 越えられなかった朝と 燃えなかった夜を残し 豊田勇造『走れ、アルマジロ』 もうすぐ誕生日。
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2002/09/18 [水]
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■自分が産まれた季節だからかどうかは分からないが、日に日に秋に向かうこの季節は好きだ。一番納得できる。ただ、涼しくなって安心すると、夏の疲れがほどけるように沁みだしてきて眠い眠い。講義しながら一瞬寝ているかも知れない。 今日のように京都で仕事がある日などは、JRの座席に座って1分と経たないうちに寝込んでしまう。おまけに、深く眠っているせいなのか、普段より身体が座席に沈み込み、首も肩の下に落ち込むような不自然な姿勢で1時間近く寝ているので、駅に着くと身体がバリバリになっている。
■査察を受け入れろというから受け入れると言ったのに、それを信用できないと言う。そういう国が持つ大量破壊兵器の方がはるかに恐ろしい。
■「4人は生きていて、8人は死亡した。遺憾である」。なんというか、ひいた。何も情報を出さないよりましだという見方もあろうが、生存者がどういう暮らしをしていて何と言っているのか、亡くなった人がどういう最期を遂げたのか、誰がなぜいつどんな状況で拉致したのか、といった血の通う情報をまったく添付せず、生死のことだけぽんと放ってきたから、俺はまず、ひいてしまった。 拉致被害者家族の代弁をするつもりはない。でも、ちょっとそれはないだろう、というのが第一印象である。
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2002/09/19 [木]
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■ 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の拉致事件にからんで、17日夜から18日午前にかけ、各地の在日朝鮮人団体などに嫌がらせや抗議電話が相次いでいる。生徒の安全のため、18日を休校にした朝鮮学校もある。 大阪市内では18日朝、朝鮮初中級学校に登校中の中1の女子生徒が、中年女性に背中を突き飛ばされた。女性は無言だった。同市内の別の学校では民族服チマ・チョゴリの制服で自転車登校していた中3女子が、男性から石を投げられた。(アサヒコムよりコピペ) こういう話を聞くと腹が立つ。ていうか、自分が日本人やってることが恥ずかしいよ。金正日を殴るなら十分理解するが、手近にいる朝鮮国籍の人間を傷つけて、一体何をしたつもりなのだろう。日本民族または日本国民の代表として抗議したつもりなのか。拉致被害者家族の代わりに怒りを表明したつもりなのか。幼稚すぎる。恐らく、何でもいいから朝鮮人を傷つける口実が欲しかっただけだろう。 沖縄で在日米軍の軍人が少女に暴行を加えたとき、あるいは、愛媛県の高校の実習船が潜水艦にぶつけられて沈められたとき、どこかでアメリカ人を襲撃したなんて話があっただろうか?少なくとも俺は聞いたことはない。アメリカ人には手を出さないのに、朝鮮人には手を出すのか、この国の人間は。最低だな。もうちょっと自虐史観を強調しておいてちょうどよいくらいかもしれないな。 ■久々に A-musik の『反日ラップ』を引っ張り出して聴いてみた。 さらばニッポン 呪わしきニッポンよ 俺はオマエと俺とを結びつけている太いヘソの緒を断ち切って オマエへの精神的隷属を拒絶し オマエへの文化的同化を否定し オマエへの思想的磁場から脱出し オマエへの民族的呪縛を食い破り オマエへの国家的帰属を否定し 階級的しがらみをも脱ぎ捨てて
いざ集え ともがらよ わが反日の旅立ちへ このように言ってみることは大事だと思うが、その先をどうするのかってのは難しい。シガラミにからみからまれて、一生違和感を持ち続けるっていうのが一番正解に近いように、今は思っている。
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2002/09/20 [金]
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■8月の終わりに髪の毛を思いっきり短くして、2年ほど黄色くしていた頭も黒に戻してみた。そしたら、自分でもどうも違和感があった。周囲の人たちもそう思っていたようで、近所の酒屋さんのおにいさんには「戸田さんの金髪がなくなると、この地域も寂しいです」とまで言われてしまった。 そんなわけで昨日、再びブリーチ剤を使用。「ガツンと明るい色」というコピーの付いたものを使ってみたが、明るい茶色というか、ちょっと赤っぽい色になった。これはこれでよし。やっぱりこっちの方がしっくりくる。
■さらに腕時計を買い替えた。昨日まで使っていたのは、麦人が選んでくれたものなので名残惜しいが、1日に10分以上遅れるようになり、予鈴と本鈴の区別すら付かない状況になってきた。残念だが使用を止めることにした。 ロレックスくらい買ってもバチは当たらないよなと思うが、貧乏性の俺は落としたり失くしたりするのが怖いので、見るだけにする。結局、ドイツ製の質実剛健でスッキリした文字盤のやつと、日本の海軍航空隊が使っていた厚くて大きい腕時計の覆刻版と、シチズンのこれもまた文字盤と針以外何も付いていないやつをエントリー。結局シチズンのにした。決め手はシンプルな文字盤と「光発電」。電池交換が必要ないらしい。 やっぱり俺は腕時計を実用品以上のものとは考えられないようだ。ちょっとカナシイ。
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2002/09/21 [土]
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■政治や外交は結局のところ利益衡量で行われるものだ。ただ、国民の成熟度や指導者の優劣次第で、その利益衡量の射程が長くも短くもなる。現在のアメリカなどは、その射程が極度に短くなってしまっている例だ。 隣の国といつまでも国交がなく、敵対的な状態を続けることが、日本列島に生きる人々の安全にとって良いはずはない。北朝鮮と国交関係を樹立することは、日本列島を居住地とする我々にとって利益があると言える。同様に、北朝鮮に暮らす人々にとっても、日本からの経済的支援によって飢餓状態から逃れることができるのならば、やはり利益がある。その結果、朝鮮半島全体が安定に向かうのであれば、日本にも利益ありと言えるだろう。
■だがここに、日本列島から引き離され、北朝鮮に強制的に住まわされた人々がおり、その中の何人かは既にこの世の人ではないという。これらの人々の消息が明らかにされ、謝罪なり賠償なりが行われない限り国交を結ぶべきではない、という主張がある。 この主張は、政治や外交が利益衡量によって行われるという原則から判断すれば、ナンセンスである。謝罪や賠償も、亡くなった人々に関する情報入手も、生存者の帰国も、正規の外交ルートを通じて行った方が話が早いからだ。 こういう主張をする人々は、利害判断から発想しているのではない。拉致された人々、とりわけ日本列島に帰ることができなかった人々の無念を鎮魂しないまま行われる日本と北朝鮮の握手に納得がいかないのだ。順序が違うではないか、と。
■俺は、北朝鮮との国交樹立に内心では賛成する。賠償・謝罪に先だって国交は結ばれるべきだと考える。ただ、そのことを大声で主張することを嫌悪する。俺は政治家ではなく外交官でなく、また政治上の意見を表明して自己を確認する必要のある人間ではない。そういうことはネット上でたくさん人がやってくれている。 長い目なり短い目で見て日朝国交樹立は正しい方針であり、おそらく事態はそちらの方向へ進むだろう。その中で、北朝鮮側からさらに情報は開示され、あるいは謝罪や賠償もあるだろう。しかしそれでも、拉致被害者家族の怒りと、日本列島に帰れなかった人々の無念は消えることはないだろう。何で今さらこの国と国交を結び、経済援助をしなければならないのか、と、いつまでも疑問を持ち続けるだろう。 政治・外交の文脈においては合理的でなく、メインストリームから外れたところで慰撫されるよう位置づけられる怒りと無念なのだろう。だが俺は、その怒りと無念にひそかに共感する。
■何度、日本政府が謝罪・反省を表明しても、植民地支配された朝鮮人の怒りが消えないのはなぜか。どんな方法をとったところで、大きな過ちが残した傷跡を消せるはずがないからだ。その責任を植民地支配の時代以後に産まれた世代がどう引き継いでいくかは別途考察が必要だが、何をしようとも責任は消えない。「これだけの経済援助をしたし、謝罪の言葉も述べたから、謝罪・反省は十分した。おしまい」。そんなラインがあるはずもない。あるとするなら、政治・外交上の判断から行う「和解」だろう。 日朝国交樹立を支持する冷静で賢明な声に、俺は与したくない。利益衡量は政府関係者がすればいいことであって、俺はしたくない。てんびんばかりなどで量りきれない激情に耳を傾けていたい。
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2002/09/22 [日]
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■文人がいきなり百人一首の絵札を読み始めた。「これはぼうずだよ。ゴト・バイン」とか「これはひめだ。をーののこまち」などと、五七五七七も掛詞もあったものではなく、オノマトペに意味を解体して読み続ける。イイ。
■せめて、君たちが一発でも気持ちいいセックスができるまでは、日本も地球も平和で、美味しいごはんが食べられるようであってほしいのだが。産まれてきたことをどう考えるかは全く君たちの自由なのだが、親としては一つか二つくらいはこの世でイイ思いをしてほしいのだ。
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2002/09/23 [月]
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■夕方のテレビニュースで、お年寄りのファッションショーの映像をちらっと見た。お年寄りがひらひらの衣装や花の付いたスーツを身につけて、ステージ上でポーズを取ったり、手をあげて大きな声で会場にアピールしたりするというもの。見ていて何だか痛々しくなってしまった。 どう見ても似合っていないのである。お年寄りが無理して若造りしているそのままに見えてしまう。このばーさん(じーさん)すげえ!というオドロキがない。「トシなんか関係ない。老人も若者と同じように振る舞うべきだ」という「べき」な気持ちが表情に表れているように見えた。「したいんだよ!」ではなくてね。 若僧の文化に媚びを売る必要はないんだよ。じじばば様はどしんと構えて、作務衣とか羽織袴をしっかり着て、杖かなんかを突いて仁王立ちになって睨みを利かせていてほしい。ときどき「馬鹿者!」と、日本列島が揺れるくらいの大きな声で一喝してほしい。 俺がじじいになったら、棺桶に美しく納まるファッションショーに出たい。生きたまま棺桶に横になって、ベルトコンベアーか何かで会場をぐるっと回してもらう。死に装束の斬新な配色とか、光沢のある死に化粧とか、仰向けに寝ているのはつまらないから横向きにしてみるとか。あるいは、美しく棺桶に片足を突っ込んで立つ、というのもいい。 ■仕事から戻ると、文人が絵の具で絵を描いていた。チューブから絵の具をひねり出して、紙の上にてんこ盛りにしていた。「キレイでしょ!」と。こういう感じ。 
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2002/09/24 [火]
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■新しいテレビが来た。今までのは一人暮らしの学生が使うような大きさのだったが、今度は一気に画面が4倍近く大きくなった。今までは「子供の馬鹿さ加減はテレビの大きさに比例する」と俺が何の根拠もなく主張していたため、13インチの画面をみんなで覗き込むように眺めていた。ところが今回、阿久沢が映画担当となり、家でもビデオ等を見て原稿を書かなければいけないので、プロが使うのにふさわしいものに買い替えたわけである。あまりの大きさに「テレビ様」と敬称を付けて呼ばなくてはいけないような気がする。 子供たちは画面が大きいことにひたすら感動していて、アニメのオープニングテーマで星が舞ったり虹がぐるぐる回るだけで「おおおおお〜う!」と大声をあげて笑い転げている。スピーカーもそれなりに大きいものが付いているので、音楽番組でベースの音がはっきり聴こえるのには俺も驚いた。 BSデジタルも見ることができるので見てみる。モーニング娘。のライブ。画面が大きく、かつ画質が高いので、女の子たちの顔が大きくはっきり見える。けっこう肌が荒れている子が多いなぁ。 ■今日9月24日は誕生日である。自分では、ああまたか、という感慨しかないが、メールその他で祝っていただくとだんだん嬉しくなってくる。ああ僕、生きていてよかったんですね。ありがとうございます。 ■昼下がり、麦人と文人をつれて公園へ行く。麦人は小学校の同級生がいたので、バスケットボールの真似事をして激しく遊んでいた。女の子もいて、赤いシャツ、赤いズボン、ピンク色の靴を履いていた文人を見て、「この子、男の子?女の子?」と首を傾げていた。さらに麦人を「あっかんべー」と挑発する。麦人は嬉しそうに女の子を追いかけ回していた。 文人は黙々と砂場でままごとをする。枯れ枝でパスタ、枯れ葉でサラダなどを次々作る。文人謹製ふーちゃんケーキを紹介しよう。 
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2002/09/25 [水]
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■前にも書いたことがあるが、俺は『大きな古時計』が大嫌いだ。怖ろしい歌だ。誰かが朗々と感情込めて歌っているのを聴くとぞっとする。あんな歌に感動する人たちは、洗脳されているに違いない。 時計とともに産まれ、時計とともにこの世を去る「おじいさん」とは、スケジューリングされた時間以外を生きられず、未来の為の現在しか生きられない俺たち近代人そのものだ。おじいさんは時計人間なのだ。古時計はおじいさんの死を告げるために鳴るのではない。古時計が最後に鳴ったから、つまり古時計が壊れたから、おじいさんは死んでしまったのだ。時計が壊れたことで、やっと、おじいさんは解き放れたのだ! この『大きな古時計』の呪いを解くためには、やはり昔どおりのあの呪文を唱えるしかない。♪今は、もう、動かない、おじいーさーんー
■今日はジムでボディーバーというやつのレッスンを受けた。5キロくらいの棒をあげたり下ろしたりするやつ。棒を上げ下ろしすること自体は楽にできる。これはどうやら、自分のどの筋肉にキいているかを意識しながらやらないと意味がないらしい。とりあえず今日はインストラクターさんに付いていくので精一杯だった。
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2002/09/27 [金]
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■今朝はとても眠かったので、恒例となっていた午前中のジム通いはお休み。1時間ほど横になってから仕事に行く。授業はいつもより好調。やっぱり、仕事の前に1時間以上も有酸素運動をこなすのは、俺の体力では無謀なのだろうか。ゆるゆるやろう。 俺の年齢で今さらアスリートの肉体を造るつもりはないし、また不可能でもあろう。自分が気持ち良く感じられる程度に、ゆるゆるやればいいのだ。あんまり悪くない意味でのある種のアキラメだ。トシを取るにつれて、このアキラメの領域が自分の中で広がっていくのだろう。いくつになっても目標を持って人生を送ろう…とかいうのは何か違う気がする。どこからか降ってくる目標とか、誰かの褒め言葉ではなくて、自分で自分が気持ち良いと感じる力を付けていかなくてはならない。 そんなことを考えていたら、昨日テレビの『筋肉番付』で、怖ろしいほどにシェイプアップされた38歳男の肉体を見てしまった。うーむ。俺もこんなふうになれるだろうか?とアサハカにも一瞬考えてしまった。
■近所に青い鳥幼稚園というメルヘンな名前の幼稚園がある。白シャツにリボン付き青帽子というファンシーな制服だ。毎朝、ママに手を引かれて兄弟姉妹が並んで登園する微笑ましい光景を見ると、ほんとに微笑んでしまう。私服を着たうちの長男次男が並んで歩いていてもそういう感じはしないので、これはやはり制服というものがなせる奇蹟なのだろう。制服を着ることで、幼児が余計に可愛らしく見える。 当たり前だが、たった一人の者しか身につけない制服というのは、たとえ本人がそう主張しても制服とは呼べないので、複数の人間が意図してまたは強制されて同じ服装をするとき、それを制服と呼ぶ事になる。すなわち、異なる形状の肉体・個性を同一の器に納めることが制服の本質ということになるのか?それゆえ、時として若者は制服に反発するし、時代によっては制服反対闘争などが起きるわけだが、そのこと自体が、制服によって個性が開花するという現象に他ならない。 俺も高校生のころには制服を着ず、黒のジーンズやウィンドブレーカーを着て登校して、教師と喧嘩をして内心得意になっていたものだが、今となっては青かったとしか言いようがない。制服ごときで消えてしまうような個性は個性の名に値しないことに、なぜ思い至らなかったのだろうか。「中学生らしい・高校生らしい」制服は実は、そのうちに隠された、中学生・高校生などという枠を何気なく食い破る個性を、より強烈に演出するために存在しているのだ。 だから、最近の若い人たちが、制服にむやみに反発せず(しているのかもしれないがあまり聞かない)、特に女の子たちが制服を上手に着こなしているのを見ると、オトナだなぁ、やっぱり進化しているんだなぁと、頷いてしまうのである。
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2002/09/28 [土]
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■ちょっと風邪をひいたっぽい。 風邪をひくと、ちょっとしたことで子供を叱ってしまうのですぐにわかる。こんなことで怒るなよ俺、と、どこからか声がするんだけどな。
昼寝します。
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2002/09/30 [月]
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■麦人と文人が生まれて始めて、子供たちだけで電車に乗った。隣の住吉駅の改札で待つ阿久沢の所まで、自分で券売機から切符を買って、自動改札機をくぐって、階段を登って降りて、自分で電車に乗り降りしたのだ。 途中、麦人は何度かPHSで電話を掛けてきた(共働きなので、念のため持たせている)。「お金入れたら60っていうところだけ赤くなったけど、これを押せばいいの?」「3番って書いてあるところで乗ればいいの?」「どの電車に乗っても住吉に着く?」。 数年前まで、親の視野から外れることなど想像もできなかったのに、どんどん行動半径が広くなっていく。もう大丈夫だ。車にだけ気を付けて、どこまででも行ってこい。 ■トップページに戦争反対の意思表示をした。集会やデモに参加することくらいはあるだろうが、俺ができるのは基本的にここまでだ。俺が日本の天皇か首相であったとしても、ならず者国家・アメリカを止めることはできないかもしれない。自己満足であるが、できることはしておきたい。 サダム・フセインがどうなろうと関心はないが、イラクの大人たちと子供たちの運命には大いに関心がある。彼らを殺すな。 ■ヤフーのニュースから貼り付け。 酒にあまり強くない人は、1日に日本酒1・5―3合(1合は180ミリ・リットル)程度でも、強い人に比べ60倍も食道がんになりやすいことが、国立療養所久里浜病院、国立がんセンターなどの共同調査でわかった。来月1日から東京都内で開かれる日本癌学会で発表する。 飲酒後、体内では、アルコールをアセトアルデヒドに分解する酵素(ADH2)と、アセトアルデヒドを酢酸にする酵素(ALDH2)の2つが働く。少量の飲酒で顔が赤くなるのは、ALDH2遺伝子の働きが弱く、酵素が生まれつき少ない人だ。 研究班は、食道がん患者247人と健康な人634人の飲酒の習慣とALDH2遺伝子の“型”を調べた。この遺伝子の働きが弱い人は、強い人と比べると、1日の飲酒量が1・5合以下の人で6・0倍、1・5―3合程度だと61・2倍も食道がんになりやすかった。3合以上の飲酒習慣だと92・7倍に跳ね上がった。この遺伝子の働きが弱い人は日本人に多く、国民の3―4割にのぼるとみられる。
俺、やっぱり酒飲まない。
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