トップへ戻る
おっとせい写真日記へ
「過去の日記」トップへ戻る

  
2002/07/02 [火]   

■今日読み終わった本
仲井戸麗市『ロックの感受性』(平凡社新書)
→ギター弾きはギターを弾いているのが一番いいのか、チャボのギターほどには感動しなかった。ただ、アメリカ旅行の日記がチャボの興奮ぶりが手に取るように伝わってきて面白い。ニューオーリンズやメンフィスやシカゴでなど、どの街でもレコード屋・ライブハウス・ギターショップに入り浸っているだけの旅行なのだが、楽しくて楽しくて仕方がないらしい。
 文章中にやたら、具体的には1ページに2回以上、「ムー」という感動詞が入っている。「ムー、実にディープだ」「ムー、実に情けなさそうなバンドだ」「ムー、胸が騒ぐ」といった調子。でも、この「ムー」に万感の想いがこもっていて、チャボのギターのグイーンといううねりが聴こえてきそうで、なんかよかった。
 あと、古井戸の思い出話は少しだけだが出てくるのに、RCサクセションや忌野清志郎の話は全然出てこない。まだ、あれこれ引きずってるのかも。

■蒸し暑い。愚痴ではなく、記録として。

■1時過ぎ、風呂に浸かっていたら突然麦人が風呂のドアを開けて入ってきた。無言。「どうした?」と尋ねると、いきなりその場でパジャマを脱ぎ出す。あれよあれよという間に全裸となり、ニヤーっと笑って俺の頭を撫でて寝室へ戻っていった。謎。


2002/07/03 [水]   

■仕事に出かける前に30分ほど仮眠をとるのがクセになっている。畳んだふとんを枕にして、畳の上に身体を横たえると一瞬で眠りに落ちる。最近は蒸し暑いので、暖かい軟泥の中に眠る巻き貝になった気分だ。講義も快調。しばらく続きそう。

■夕方から早稲田マスコミセミナーで講義。「マスコミ受験の心得」という題で、スケジュールや試験の内容、必要な準備などを話す。採用側に求められているものが何かを分析し、それに合わせて自分を演出していけばよい。マスコミ人の志やら心意気などは教えられないが、そういった要領・技術なら伝えられる。というか、プロに必要なのは志以前に技術である。
 それはともかく、話しているうちに、自分がいかにマスコミに不向きの人間だったかが改めて手に取るように分かり、おかしくなった。なんで俺、新聞記者やってたんだろ???そもそも、なんでマスコミに入りたいと思ったんだろうなぁ。

■講義の後、受講生の「自主ゼミ」というのがあり、俺も片隅で見せてもらった。内定者のチューターの指導で進行するもので、今日はとりあえず自己紹介があった。みんなそれぞれ個性的で味があって、ついニコニコしながら聞き入ってしまう。俺ができることは、彼・彼女らの「味」にほんのちょっとだけ磨きをかけて、アホな採用側の人間にもそのオイシサが分かるようにしてやることなのだ。君たちは今のままで十分にオイシイのだ。それが伝わるための要領と技術。俺が伝えられるのはそれだけだ。でも、一人ではなかなか会得するのは難しいんだよ。
 北予備の元生徒さんもいて、非常に嬉しくなった。祝再開。またいっしょに頑張りましょう。


2002/07/04 [木]   

マスクド・ムギト参上。


2002/07/05 [金]   

■ここのところ深夜ウォーキングは事件続きだ。今日は若者同士の乱闘に遭遇し、警察に通報したら目撃者ということで現場に1時間近くも留められた。蒸し暑い夜、スウェットの下は汗まみれだというのに。可愛らしいっぽい若い婦警さんも来たので許してやることにする。

 山手幹線を東に向かって歩いていたら、岡本交差点でバイクがUターンし、それを追いかける形で乗用車が赤信号の交差点に乱入してUターン。「???」と思っていたら、本山中学校の前で乗用車が追いついたかバイクがコケたかしたらしい。乗用車から数人の若者が降りてきて、バイクの運転手を袋だたきにし始めた。すぐに終わるのなら放置でいいかと思ったが、数分にわたって続いているので、交差点脇の交番から東灘警察署に電話した。50メートルほど離れた場所から警察が来るのを待つ。3分ほどで来た。

 俺が警察官に事情を聴かれている横で、歩道に横たわる被害者の男の子(10台後半。彼女連れ。外見、話し方はヤンキー)もあれこれ聴かれている。言っていることがおかしい。
警察官「とりあえず救急車呼んでやるから病院へ行け」
被害者「いや、家へ送っていって下さいよぉ」
警察官「このバイク、お前のじゃないんか?」
被害者「知らないっすよ。バイクに乗っていた人もいたんだけど、どっか行っちゃったんですよ」。
警察官「じゃどうしてお前の荷物がバイクの上にあるんだよ?」
被害者「そんなん分からないっすよ。あのー、コンビニでジュース買ってきてもいいっすか?」。
 泣きじゃくる彼女(こちらもヤンキー風。爪は白黒に塗られ、ヘソ出し)の頭を婦警が撫でて「ね?とりあえず交番に行って顔を洗おうよ?で、話を聴かせてね?」と懸命に説得していた。

■正直、俺に止めに入る勇気は皆無であった。自分の友人や家族がやられているのならともかく、深夜にバイクで交差点をUターンして逃げ回るヤンキー君のために危険を冒す気は起きなかった。万一俺が巻き添えを食って殺されたり大けがをしたら、妻と子供が泣くではないか。多少情けなくは思わなくもないが、その辺の計算をする程度に俺は常識人である。


2002/07/07 [日]   

■おととい目撃した喧嘩というか集団暴行の件で、東灘署の警察官1名が調書を取りに来た。調書ってのは俺が書くのではなく、俺がしゃべったことを警察官が適当にまとめて、まるで俺が話したかのような文体で文章に書くのである。そして俺に読み聞かせして、間違った箇所や書きすぎの箇所、足りない箇所を加筆・修正・削除して、最後に俺が署名捺印するという形式で作成される。
 そういう知識は持ってはいたが、いざ警察官が書いた文章を聞かされると、もうおかしくてたまらない。変。「私は平成14年7月5日午前12時20分ごろ、神戸市東灘区岡本3丁目本山中学校前の歩道上で、集団暴行と思われる事件を目撃し、警察に通報いたしましたので、私が知っていることをお話いたします」から始まり、「私は日頃、深夜ウォーキングをして体力向上を心がけていましたところ…」、「被害者の男女は友達以上の関係のように思われました」、「女性は一見ヤンキー風、爪は黒と白に塗られ、へそが見える服装でした」などと、口が裂けても言わないであろうという痒い表現のオンパレードである。
 「体力向上…はちょっとやめてもらえませんか?」と頼んでみたが、「まあ、間違いではないでしょ?」と警察官は言う。確かに間違いではないが…。
 近代市民の嗜みとして、警察官との会話と読み聞かせは、全てMDに録音した。

■昨日、エアコンの掃除をして、今年初めてスイッチを入れた。とりあえず除湿から。…涼しい。おかげで夜、よく眠れるようになった。どうも最近の不眠傾向は暑さのせいだったらしい。もちろん寝るときは止めてるんだが、それまでの暑さによるいらいらとか蓄積疲労が不眠につながっていたっぽい。除湿だけならそんなに身体が怠くなることもない。
 バチあたらないよなぁ。こんなに暑いんだもんなぁ。


2002/07/08 [月]   

■やーな感じ。今夜のウォーキングでは自動車 VS バイクの人身事故に遭っちまった…。俺が歩くと災いが起きるのか?野糞→集団暴行→交通事故と来たら、次はなんだ?
黒い腹を抱えてヨタヨタ歩き
お前の行くとこ 必ず災いが起こる
                  上々颱風『張り子の虎』
などと小声で唄いながら残り40分を歩く。
 あるいは次は俺が被害者か?実にやーな感じだ。気を付けようとは思うが、気を付けてどうなるものではないから災いなのだ。

■阿久沢が岡山に出張へ行き、新崎人生と握手して帰ってきた(委細省略)ので、俺は阿久沢と握手をして、新崎人生と間接握手。
 ぶどうと桃もおみやげに買ってきてくれた。今日はぶどうをいただく。うめえ。


2002/07/09 [火]   

■仕事の前にスタバで冷たいものを飲んだらいきなり1時間目からバテバテ。冷たいものはほんとにバテる。仕事前は絶対ダメ。教訓。

■今日はウォーキングはお休みにする。やっぱりちょっと怖い。一番の理由はバテたからなのだが。

■麦人が日に日に強くなる。ヤツは毎晩、鏡の前でマッチョポーズを取って喜んでいる。
 麦人とプロレスごっこをするとき、ほんの半年前までは、俺が完全に麦人の身体と動きをコントロールして技を掛けたり掛けられたりしていたはずなのに、今では下手をすると、いい加減な技ではあるが、こっちが麦人に関節を固められそうになる。跳び蹴りに至っては、かなり本気でブロックしたり払いのけたりしないとジンジンするほど痛い。
 それならそうで、俺も70%くらいの本気を出して、四の字固めやサソリ固め、キーロックを掛けることができるので、これはこれで楽しい(時々泣かせてしまう)。
 阿久沢に、「麦人が強くなった」と報告したら、「そりゃそうでしょ。これから成長していく人間と、体力が落ちていく一方の人間が闘うんだから」と言う。いやはやその通り、と素直に俺は認める。

■子供を持って有り難いと思うことの一つは、衰えていく自分、年とって滅んでいく自分というものを、まぁしょうがねえや、子供が大きくなるんだし、そんなもんだよなぁ、とニヤニヤ笑いながら認められることだ。


2002/07/10 [水]   

■麦人が小学校の宿題をやらないという。その気になれば30分もかからず終えられる分量なのに、テレビを見るだのマンガを読むだので一向に手を付けようとせず、阿久沢と睨み合いになった末、泣きながら悔しそうに、いやいややるのだという。
 確かに宿題の中には、苦行としてやらせることのみに意味のある宿題(無意味な日本語の書き取り・教科書の音読など)があって、それらを適当に流してしまうことについては俺も吝かではない。だが、天才をメシのタネにして生きていくことのできる極少数の人々を除き、作業として与えられたものを要領よくこなす能力は身につけておかないといけないだろうし、四則計算くらいは正確にできないと「時蕎麦」みたいな詐欺に引っ掛からないとも言えない。そして何より、一度「宿題やれ」と言っているのにいつまでもマンガを読んでいて手を付けようとしないようでは、親の沽券に関わる。放置すればつけあがるに違いない。意地でもやらせないわけにはいかなくなる。
 俺も大多数の親と同様、子供に「宿題をやれ」と毎晩言うのである。

■ただ、「宿題をやれ」と言われてすぐにやる子供、または言われる前からやっている子供というのも、それはそれでまた困る。そんな大人に迎合する子供になって欲しくはない。というわけで、「こら!宿題やれと言ってるだろ!一度やれといったらすぐにやれ!」。「……」。「聞いてんのか!はやくやれ!」。「…は〜い」。という、毎日繰り返されている不毛なやりとりを続けるのが、最も正解に近いのではないかと思われる。

■久しぶりのイタメシ屋。ずっとずっと夢を追いかけて、へとへとになって、夢そのものよりも追いかけることに夢中になって、ある日心臓が止まって死ぬんだな。ああいい人生だ。


2002/07/11 [木]   

■関西には台風の影響はほとんどなかった。ちょっと拍子抜け。子供の頃から台風が接近するともうワクワクしちゃって、朝までラジオで台風情報を聴いちゃって、なのに学校は休みにならなくて愕然、ということを繰り返していた。
 地震と違ってある程度予測が立つ災害なので、安心してドキドキできるからだろう。

■で、台風が来ると毎回のようにニュースで「増水した河川の中州に取り残された人が云々」という話が出てくる。いつも疑問に思っているのだが、その人たちは、何で台風が来ているというのにわざわざ中州なんかにいるのだろうか。
 「増水した河川を見に行って流されました」というパターンもあるが、これは水害が起きるかも知れんからちょっと見てくるわい、と河っぺりに行って運悪く、ということも考えられる。しかし、河原まで降りて、さらに河の中まで行ってしまうというのはかなりの行き過ぎである。とはいえ、台風の接近に毎回ワクワクしてしまう俺だから、そういう行き過ぎにちょっと親近感を抱いてしまうのである。

■台風7号、8号に期待。


2002/07/12 [金]   

■松田聖子の昔の音源を聴きつつ深夜ウォーキング。
笑わないでね 白いドレスの訳
あなたにだけはそっと教えたいの
内緒よangel あなたの呉れた羽根
愛の下へと運んでくれる
               『天使のウィンク』
思ったんだけど、この頃の松田聖子の歌って速度がある。どんどん前へ走ってる。だから、聴く方も歩いたり走ったり車に乗っているのがいい。
 ソウル・フラワー・ユニオンは格闘技をやってる感じ。後期どんとは寝っ転がってごろごろ転がってる感じ。フィッシュマンズは目をつぶって立ったままゆらゆら揺れてる感じ。早川義夫は頭を抱えて机に突っ伏す感じ。

■昨日読み終わった本
加藤典洋『敗戦後論』(講談社)
→3年くらいかけて読み終わった。もちろん熟読していたわけではなく、読み始めてから途中で投げ出したり、他の本を読んでいたからだ。俺は仕事の合間とか電車の中で本を読むので、こういう持続する思考力が要求される本はどうしても時間が掛かる。半年も間があくとまたイチから読み直しだから。

■昨日買った本
E.W.サイード『戦争とプロパガンダ』(みすず書房)


2002/07/13 [土]   

■麦人は学童の夕涼み会。1年生と2年生の会で、今日は学童にお泊まりだ。麦人にとっては初めて親と離れて眠る晩だ。泣いてないかいちおう気になるので、これを書き終わったらウォーキングついでに学童の前まで行ってみるつもりである。

■で、夕方、学童の指導員と一緒に1・2年生を銭湯に引率するお手伝いをした。指導員は女性ばかりなのである。同じ1年生の親3人と一緒に、二十数名の子供たちを歩かせる。子供たちは手をつないで2列になって歩くのだが、どうしてもはみ出したり間が開いたりする。俺は牧羊犬のようにはみ出したところを元に戻したり、鶏を追い立てるように「トーットットット…」と心の中でつぶやいて間を詰めさせる。文人もついてきた。小学生になるのは再来年なのに、すっかり溶け込んでいる。小柄な2年生より身体が大きかったりするので違和感はない。

■浴場ではさぞ阿鼻叫喚の世界が展開されるのではと危惧していたが(前年度に同行した親からそう聞いていた)、男湯の子供たちは思ったより整然と行動した。事前に指導員がしっかり注意してくれたのが効いたのだろう。騒々しいのはかなりのものだが、「静かにしなさい!」と注意する俺の声の方がずっと喧しかったかもしれない。
 湯船の中に毛も生えていない男の子たちが、ぐちゃっという感じで固まって入っている。みんなニコニコして「うあぁぁ〜」とか言いながら身体を揺すぶったり、立ったり座ったりしている。いい光景だった。


2002/07/15 [月]   

■ウォーキング中に頭が割れるように痛くなる。目の奥がしんしんと痛む。帰って熱を測ると39.5℃。ひょえ〜。氷枕して水飲んで冷えピタ貼って横になる。こんくらい熱があるとかえって気持ちいいぞ。ハイになるぞ。


2002/07/16 [火]   

■熱は39.5℃→38.8℃→40.2℃と高位安定。さすがに朝は足腰が立たず(立つとゲロが出そうになる)、「今日は休講しかない…」と思っていた。
 この仕事は授業時間以外の拘束は基本的にないありがたい商売だが、それだけに決められた時間に授業しないということは基本的に許されないのである。だから、足腰が立つ限りは授業することにしているが、立たないのではどうしようもない。

■どっちにしてもしんどくてかなわん。這うようにしてかかりつけのお医者さんへ辿り着き、点滴を一発入れてもらった。若いっぽい看護婦さんに座薬もブチ込んでもらう。そしたら何とか立ち歩けるようになったので仕事に出かける気持ちになった。熱は38℃台前半まで下がった。
 今日が前期最終講だし、7コマ休んだら補講するのも大変だ。何より生徒さんと教務に迷惑がかかる。いつもの半分くらいの速度でゆるゆると歩いて予備校へ。

■でも、やっぱり授業は全然だめだ〜。滑舌が悪すぎる。頭の中にあるイメージが言葉にならない。この仕事、知識が半分で、残り半分は身体の調子も含めた気合いで勝負だなぁと痛感した次第である。
 講義していたらイヤーな感じの汗がダラダラ流れて、熱が下がったような気がする。でも家に帰って測ったらやっぱり38.5℃。固形物がノドを通らないので、ゼリーやヨーグルトを買い込んでべろべろ食べた。

■自分でも今日はよく頑張ったと思うので、自分への褒美として帰り道にCDを2枚買う。
遠藤賢治『幾つになっても甘かあネエ!』
カーネーション『Parakeer & Ghost』


2002/07/17 [水]   

■ようやく平熱近くまで下がって身体が軽い一日だった。それでも37℃あるので、あんまり暑く感じない。
 夕方からWマスコミセミナーで論作文の講義をする。毎度の事ながら熱心な受講生たちだ。こっちが怖くなるほど。予備校でも教えはじめた当初はこういう怖さがあったんだけどな。それを感じなくなったのは俺の知識と技術が向上してしまったこともあるし、受験生のレベルが低下しているということもあるだろう。教壇に立つ怖さをまた感じたくなって、マスコミセミナーの仕事を始めたような部分もちょっとある。

■帰り道、阪急岡本駅前の坂を下りる。自動車のすれ違いもちょっと難しいくらいの狭い石畳の商店街。家路をたどる通勤・通学客でいっぱいのその道を、後ろから自動車が歩行者をかき分けるように追い抜いていく。そうするのが当然のようにして追い抜いていく。轢かれてはかなわないから、俺も自動車に道を譲る。
 自動車は便利なもので、山陰に暮らしていた時分は車のない生活など考えられなかったし、2人の子持ちとなった今もその有り難みは痛感している。ただ、どんな場合でも人間様の方が自動車より偉いのだ。いくら自動車の方が速いと言っても、人間様をかき分けて追い抜いていく自動車というのは絶対に間違いだ。
 こういうとき自動車は、人と同じ速度でゆるゆる走って欲しい。自動車会社は、そういう低速走行を可能にするエンジンを開発して欲しい。運転者は気持ちの余裕を持ってもらいたい。自動車に乗っているからといって、必ずしも人間より速く走る必要などないのだ。


2002/07/18 [木]   

■熱は昨日とあんまり変わらない。37℃前後。夕方過ぎると少し上がってきて怠い。ぼーっとしてる。

■朝から夕方まで原稿仕事を片づける。最近は草案の段階からエディタやアウトラインプロセッサを使っていたのだが、久々に鉛筆で草稿を書いてみる。すると、これが書ける書ける。パソコンはパチパチとまさにデジタルなリズムで文字を打っていくけど、鉛筆は紙の上をすいすい滑るし、運筆を速くも遅くもできるし、文字を大きくしたり小さくしたりして、気分を反映することも可能だ。印刷屋さんがOKなら鉛筆書き原稿で入稿してみようかしらん。レイアウトのある原稿だし。

■夕食中から後にかけて、文人が謎の行動を2つとった。
 テーブルに食べこぼしをして、それを自分で台所にふきんを取りに行って拭いたまではよかったが、みそ汁を十二分に染み込ませたそれを、再びふきん入れの引き出しにしまおうとする。「おーい。だめだよ」と声を掛けると、今度はゴミ箱に捨ててしまった。ふきんが汚れをどのように吸収し、どのように再利用されるかを全く理解していない様子。
 夕食後、金魚鉢の金魚をじーっと見つめている。佳い光景だなぁと眺めていると、エアポンプの管をやおら引き抜いた。自分の口にくわえ込み、顔を赤くして金魚鉢に二酸化炭素を吹き込んでいた。
 このくらいではもう驚きもしないが、将来文人がナマ言ったときの親側のアドヴァンテージとして書き残しておく次第である。

■あ。やば。目の前が45度回ったぞ。これは熱が上がる前兆なんだな。


2002/07/19 [金]   

■まだあまり食欲がなくて、ゼリーとかスイカとかヨーグルトのようなものばかり食べている。何となくカロリーは足りているらしく、それほど調子は悪くない。

■今日は午後にちょっとした会合を持ったあと、夕方からWマスコミセミナー。間が少しあいたので、テアトル梅田で『ガウディ・アフタヌーン』を観た。予告編で『ピンポン』がすごく観たくなった。この夏は映画を観よう。観られる時間があればだが。

■難波のビックカメラで、自動演奏状態のエレクトーンの前に座り、名人が弾くように目を閉じて鍵盤の前で手を動かし、指揮者のように身体を揺すっているホームレス風のおじさんを見た。音楽って、キレイな服を着ている人には似合わないと思った。


2002/07/20 [土]   

■「地球を転がすコトバたち」というコーナーを作ろうと思って数ヶ月。トップページにタイトルだけ載せて、コンテンツは一つも作らないままであった。このたび、何様ランドのたぢさんがプレッシャーを掛けてくれたので、この夏中に一つでも二つでもアップすると決意した。ありがとうございます、たぢさん。

■今まで聴いた歌や読んだ本の中から印象に残っているフレーズを紹介してコメントを付ける、というものを考えている。たぢさんのサイトにある「"ビッ"とくる言葉」というコーナーとコンセプトはほぼ同じだ。刺激受けつつライバル心燃やしつつやっていきたい。

■この機会だからFlashおぼえて文字を動かしてみようかな、とか、Java script使ってフェードイン・フェードアウトさせてみようかな、とちょっと考えてはみたんだけど、やめた。HTML+CSSでコツコツ地味にやります。

■最初はJAGATARAかフィッシュマンズだろう、やっぱり。


2002/07/21 [日]   

喫茶MGのあっちゃんが、中津川フォークジャンボリーを軸とした関西フォークのテレビ番組をダビングして送ってくれた。いつもいつもありがとう。夜中、わくわくしながら観る。小室等、遠藤賢司、高田渡らの現在の姿、そして当時の映像と歌が流れる。新しい発見とか大きな見所があるわけではないけれど、そこに歌が流れて、歌い手が映っているだけで満たされてしまう。

■俺が幼稚園に通っていた頃の歌なのに、どうして俺は関西フォークにこんなにシンクロするのだろう。ロックバンドも好きだけれど、遠藤賢司が目を伏せて、身体の中に音を込めるようにギターを弾きシャウトするのや、高田渡がぼそぼそと弾き、唄うのを聴くと、俺の魂の一部がそっちに吸い寄せられるのを感じる。俺はそこに在るのだ。遠藤賢司や高田渡は俺なのではないか?と訳の分からない錯覚を起こしそうになるのである。

■魂、というのがもしあるなら、感情や肉体が進むべき方向を予言する、運動する霊体、とかとりあえず言ってみることにするが、関西フォークは俺にとってそうしたものである。
こんな僕の生活の柄が夏向きなのでしょうか
寝たかと思うと 寝たかと思うと
またも冷気にからかわれて
秋は 秋からは 浮浪者のままでは眠れない
秋は 秋からは 浮浪者のままでは眠れない
                  高田渡『生活の柄』
を何万回でも聴いてしまうのは、「冷気にからかわれる」違和感を持ち続けよ、というこの歌に俺の魂がシンクロするからに他ならない。つまり、俺の魂は俺に、「冷気にからかわれ続けろ」「眠れない浮浪者であれ」と命じ続けているのだ。


2002/07/22 [月]   

■麦人が「あさやん」とかいうテレビ番組に出るらしいので、俺は明日はステージパパとして収録に同行する。仕事休みだし。番組の名前はどこかで聞いたことがある気がする。朝の番組なのか?月亭八方が司会かなんかの番組らしい。月亭八方は知っている。昔、なんばグランド花月で観た。
 そうかと思うと、2年ほど前の生徒さん♀からメールが入る。俺でも知っている超メジャーなファッション誌のモデルになったという。掲載誌見て下さいと。いやーん。オヤジが20台前半の女性向けファッション誌なんか一人で買いに行けるかよぅ。行くけど。
 テレビに出たり雑誌に載ったり、本人が何か変わるわけではないんだろうが、「おお出てる出てる!」と盛り上がることができるので、周囲の人間は妙にウレシイ。

■微熱がなかなか取れないが、身体の怠さはなくなってきたので、今夜からウォーキングを再開した。途中で、国道2号を走る原チャリの珍走団を見るが、後続の乗用車に煽られて5秒で道を譲っていた。情けなし。


2002/07/23 [火]   

■昨日、毎日放送「あさやん」というテレビの収録があった。麦人が通う子供料理教室の取材ということで、生徒の一人として麦人にもお声がかかったのである。この料理教室、我が家から徒歩5分のすぐ近所にあるのだが、かなり有名な教室らしくて、吹田市とか、神戸も北区という山の中から親に引率されて子供たちが通ってきている。麦人と文人は、阿久沢がこの料理教室を取材したのが縁で通い始めた。

■取材に来たのは月亭八方ではなくて、その息子の月亭八光(つきていはちみつ)だった。自己紹介の時に「月亭八方って知っとるか?八方の子供の八光や!」と、何のためらいもなく父の名を出したのでおかしかった。立っている者は親でも使うということやね。

■月亭八光が「はちみつくん」というバッジをつけて、子供たちにまざって一緒に料理を作る、という設定。料理方法の説明を聞いている間、麦人ははちみつくんの横に座ってちょっかいを出したり、隣の子の三角巾を解こうとしてみたり、机に頬をくっつけてぐたっとして、ロクに説明を聞いちゃいない。はちみつくんに「おい、ちゃんと聞けや!」と言われていた。ついに料理教室の先生に、「ちゃんと聞けない子は前で聞いてもらいましょう」と、一番前に連行された。
 授業参観の時にも感じたことだが、麦人は先生の話を聞かない。そのくせ、大きな冬瓜を抱え込んで「これは僕が切るの」と話そうとしない。「麦人くん、こっちへ貸して」と先生に言われても、ラグビーボールのように抱え込んで逃げ回る。

■さらに、作っている途中で絶え間なくつまみ食いをするわ、配膳された料理に指を突っ込んでなめるわ、情けないことこの上ない。しつけを根本的にやりなおさなアカンのやろか。そんな気にさせられた。

■放送は24日(水)の午前7時45分過ぎから。

月亭八光と麦人。麦人は話を聞いていない。


2002/07/24 [水]   

■なかなか熱が37度から下がらない。午前中は平熱(36.4℃)近くまで下がるんだけど、午後になると少しずつ上がりだして、夕方過ぎると37度を超える。寝る前には38℃近い。
 ちょっと怠いかなという程度で、仕事などには影響ないんだけど、もう1週間も続いている。口の脇も赤く荒れてるし。目ばちこもできかけてる。やだなあ。明日、もう一度お医者さん行ってみよう。

■週刊SPA!の「『Iターンハンター』が独身男を狙っている!」なる記事を読む。要するに、地方出身で、実家が会社や医院を経営している女性が、東京で実家の跡継ぎを見つけて結婚して故郷に連れ帰る、という話。面白いと思ったのは、
「3回目のデートまでには出身地を聞き出します。実は会津若松は戊辰戦争以来、山口県と仲が悪いので、ここは結構キモなんです。山口と聞いた時点で即アウトです」
 日本史選択受験生のために復習しておこう。会津若松は戊辰戦争(1868〜69)の際、奥羽越列藩同盟の中心的存在として、長州・薩摩を中心とする新政府軍と戦って敗れた。15〜17歳の少年たちからなる白虎隊17人は、新政府軍に追い詰められて飯盛山で集団自決を遂げた。藩主の松平容保(かつての京都守護職)は日光東照宮の宮司に身をやつし、会津若松の士族は青森県東北部に送り込まれるなど辛酸を嘗め続けた。長州藩は現在の山口県である。
 何かの本で、福島県人は東京オリンピックの時も鹿児島・山口両県出身者は決して応援しないとか、山口県から来た人は会津若松市内では宿泊できない(どこへ行っても宿帳に住所を書いた途端に断られる)とかいう話は読んだことがあるが、未だにそういう怨念が残っているとするなら、心強いことである。

■過去から現在に至る日本人が朝鮮や中国、東南アジアで行ってきた蛮行を何かと忘れがちだったり、無かったことにしたがるのは、自分たちがされてきたことを忘れがちであることと表裏一体のような気がしてきた。満州におけるソ連軍による虐殺、アメリカ軍の無差別空爆、そして原爆投下。なぜに日本人は何の屈託もなく、アメリカと同盟関係を結んだつもりでいられるのか。一度でも彼らの口から謝罪の言葉が出たことがあるだろうか。


2002/07/25 [木]   

■夕食後、子供をほったからしにしてリビングに横になってうとうとしていたら電話が鳴った。飛び起きた瞬間に壁に頭から激突。こういうとき、痛いのをこらえるのより、周囲の視線を気にしてしまう。とりあえず「いてえ!」と言って子供の反応を伺うが、それぞれの遊びに夢中で特に関心を払っていない様子。安心して電話に出た。
 昔から不思議に思っていることがある。電車に駆け込み乗車することに失敗すると、なぜ人はニヤニヤ笑うのだろうか。成功してもニヤニヤしている人がいる。

■それにしてもJR西日本の新快速の車内アナウンスはうるさくて生意気だ。

「定時走行に努めております」→当たり前だろうがそんなもん。
「降りる方はお早めに扉付近にお並び下さい」→小学生の遠足じゃねぇんだ。大きなお世話だ。こっちだってこんなクサイ車両からは早く降りてーんだよ。
「駆け込み乗車はおやめ下さい。電車の遅れの原因ともなります」→俺はしてねーだろうが。した奴に直接言えよ。でかい声で何十回もいいやがって。そもそも、金払って切符買ってんだから、一本でも速い電車に乗りたいのは当たり前だ。走ろうが飛ぼうがいいじゃねーか。
駅についてドアが開いた瞬間から「ドアが閉まります!」→閉めてみろこのやろう。

 どんどん腹が立ってきた俺は阪急電鉄の零細株主。新快速から住吉駅への飛び降り下車に成功した若者は神。

■ふざけてではあろうが、麦人が「パパは馬鹿だなあ〜」と言うので平手打ちをして制裁。それ自体は正しい指摘だが、親に向かって言っていいことといけないことがある。「そうしたもんなんだ!」というのはきっちり教えてやらなければ若い連中は反抗すらできまい。ていうか、麦人ごときに馬鹿呼ばわりされると腹が立つ。
 麦人は大変落ち込んで、膝を抱え込んで固まってしまったので、抱いて風呂に入れてやり、着替えも赤ちゃんのように全部してやった。そしたらだんだんほぐれてきたので、リベンジで俺の頬を一発張らせて一件落着。

■深夜ウォーキングで、最近珍しくなった丸形ポストを発見した。つい嬉しくなって頭部を撫でてしまう。今度写真を撮ろう。


2002/07/26 [金]   

■今日は一日、自宅で原稿仕事。やっぱり微熱が取れないので、1時間仕事して30分横になって……の繰り返し。冷房は付けずに窓を全開にしておく。台風が近付いているせいか、かなり強い風がぎゅんぎゅんと吹き込んできていい気持ちだ。

■目を閉じて横になる。風の吹く音と、どこかの家の風鈴の音と、子供の騒ぐ声と、ベビーカーを押す音がする。生暖かい風は身体を緩めてくれる。
 昨日ウォーキングをしながら聴いていた大塚まさじのライブで、まさじが「19、20の頃に考えてたパラダイスと今の俺が考えるパラダイスはかなり違うものなんだけど…」とかしゃべっていた。確かにそうだ。昔はかなり欲張りなパラダイスを思い描いていたような気がするが、今ならシンプルなパラダイスで十分だ。ていうか、かなり近付いているよ。今、こうやって聞こえてくる音を耳に受けてほや〜っとしている状態が、かなり近い。

■では何が足りないかと言えば、足りないのではなくて罪悪感が余計なんだな。こうやって30分も横になっていると、あぁ、働かなくては、仕事片づけなくてはという気持ちがむくむく湧いてきて、俺は立ち上がってしまう。やりたくないことをいやいややらされて、っていうのではない。俺はやんないといけないんだよ、という薄い使命感みたいなものだ。
 こんな風に、目を閉じて静かに音を聴いてうだうだ考え事をする時間を作るためには働いてある程度金を作らないといけない。俺は貧乏性なので、うだうだするためにこそ俺は生きているのだ、と分かっているのに、働いて金つくらないとうだうだやってられねえよ、と先回りして心配してしまって、うだうだする時間が浸食されている。これは甚だ良くない。こんなことをしているうちに年とって死んじゃうぞ。レッツうだうだ!

■。風の吹く音、風鈴の音、子供の騒ぐ声、ベビーカーを押す音。これに波の音があるといいなぁと思って、沖縄旅行の代金を振り込んだ。8月末。子供たちはプールで適当に泳がせておいて、俺は寝椅子でうだうだするのだ。


2002/07/27 [土]   

■土曜・日曜は麦人の学童保育のキャンプに同行する。まだ熱があるので、この暑さで吐いたり倒れたりするのではないかとマジ不安。うだうだやるしかない。

■考えてみると、学生時代にサークルやらクラス仲間とキャンプとか海水浴とかスキーとかに行った経験って皆無だ。俺が嫌われ者だったということもあるかもしれないが、そもそも集団でどっかに行くことが苦手なので、周囲の優しい人たちは俺に気を遣って声を掛けないでいてくれたのだろうと思う。旅行は必ず一人か、女の子と二人だった。
 「友達が一番大切だ」という言い草が昔も今も嫌いである。高校生の頃からたいがい俺は一人だったが、それを寂しいと感じたことはない。「悩みを相談する友達を持ちましょう」。糞くらえだ。相談してどうにかなるなら、そんなものは悩みの名に値しない。
月はいくつも いくつものぼり
それをながめては
いくつも いくつもため息ばかりついていた
生まれてはじめておぼえたことは
たったひとりでいることの幸福感
                 友部正人『はじめぼくはひとりだった』


■今でも基本的にはそうなんだけど、一生そればっかりというのもナンなので、こういう機会に集団でどこかへ行ってみようと思うのである。多分、楽しいのだろう。一番ではないにしても。

■50年後、「ゲームのコントローラーを握ったままの独居老人の腐乱死体発見」とかいう新聞記事が出たら、それは俺のことだと思ってクダサイ。阿久沢に先立たれたら、多分そうなるはずです。極楽往生してますから心配要りません。


2002/07/28 [日]   

■学童保育のキャンプから帰ってきた。面白かった&疲れた。直射日光ってほとんど拷問だ。やっぱり何となく微熱があったけど、野外で食べるカレーとアマゴの塩焼きと山菜おむすびは美味しかったよ。
 俺はかまどの番をする係。軍手と火ばさみを使って薪をくべたり、鍋の向きを変えて火のまわりが均等になるようにしていた。作業中、なぜか頭の中でヘビーローテーションしていたのがモーニング娘。の『ハッピーサマーウェディング』。うちわで空気を送り込んで火がもわっと燃え上がるとき、あ〜、父さん母さん〜、と頭の中で娘。たちが歌い出す。

■でも、アウトドアはやっぱり苦手で、今後自分から積極的に家族を引率してキャンプに行くかと言えば、99%行かないと思う。が、子供がいると否応なしにこういう催しに参加する機会が増える。基本的には良いことだ。新しくチャクラが開くチャンスが増えるから。

■次のチャクラは、多分スキー教室の時に開く。俺は怖いから滑らないけど。


2002/07/29 [月]   

■学童保育の通信からの引用。「6月の子どもたちのあそび」というコーナー。
サッカー・野球・一輪車・ジャングル鬼・木登り・鬼ごっこ・タイヤブランコ・将棋・こま・ブロック・トランプ・ウノ・おいかけっこ・ハンカチ落とし・ごっこ遊び(マッサージ・霊媒師・妊婦・死体)
妊婦ごっこ。死体ごっこ。どんなんやろう…。


2002/07/30 [火]   

■どうしてこの連中はこんなに頭が悪いのだろうか。ばーか、ばーか、ばーか。こういう馬鹿な政治家や知識人どもから、俺は子供を守る義務がある。こいつらの口車に乗って、熱情と澄んだ瞳で奉仕活動をやってはいけない。頭が悪くなるぞ。どうしても成り行きでやらなきゃいけないときはテキトーに流しとけ。単位が必要だからと割り切ってやっちまえ。
 そして罪滅ぼしに、こいつらが眉を顰めるような奉仕活動を俺と一緒にやるのだ。マリファナ解禁運動とか、世界中の過激派支援とか、馬鹿な大人に公然と「馬鹿」と言うとか、機動隊に石を投げるとかするのだ。世の役にたつとはそういうことも含むのだ。

> 中央教育審議会は29日の総会で、青少年の奉仕・体験活動の推進策について
> 遠山敦子文部科学相に答申した。高校や大学で単位認定したり、入試で評価対
> 象にしたりするなどの推進策を盛り込んだ。

そのくせ、

> 答申は、奉仕活動を「自分の時間を提供し、対価を目的とせず、自分を含め地域
> や社会のために役立つ活動」と定義した。(アサヒコムより)

だってさ。もう頭が悪いというか、きっと思考が0.1秒以上持続しないのだろう、この連中は。偉そうなこという前に、「ボランティア」って辞書で引いてみろ。

■今日買ったCD
早川義夫『言う者は知らず、知る者は言わず』
→ライブCD。2枚組。1枚目は梅津和時、HONZIと。2枚目はヰタ・セクスアリスと。俺は音楽を聴くとき、声を一番重視しているんだっていうことを再確認した。早川義夫は、ぎりぎりまで声を押し殺したところから絶叫する。この歌を歌うべきか、歌わざるべきか、最後まで突き詰めてから歌い出す。どの歌も、どの歌詞も、早川義夫はそうやって歌っている。そんな風に生まれた歌声に対して、聴き手は正面から向き合う以外の何ができるというんだ。
すごくかわいい女の子
                  早川義夫『H』
なんて歌詞、早川義夫以外の奴が歌ったら大爆笑だよ。でも、早川義夫が歌うとほんとにかわいくてイヤらしい女の子が現れる。
心の中に心を入れたい
僕は君だけに猥褻になる
どこに出してもいいなんて
何て君は綺麗なんだろう
                  早川義夫『H』
 50歳過ぎてもこれだぜ。俺もこういうスケベおやじになりたいぜ。


2002/07/31 [水]   

■「カオナシがゼニーバのうちの子になってほんとによかったよ。僕はカオナシがほんとに怖いんだよ」と、夕方、手をつないで道を歩いていた麦人がしみじみという。ぼけーっと阿呆面をぶら下げてビデオを見たりマンガを読んでいるかと思っていたが、彼なりにいろいろものを想っているようだ。

■今週は関西文理で「日本史史料問題の解法」という講座。短期講習をやるときは、今後の勉強の起爆剤やカギとなるような話を中心にするか、徹底的に得点力を上げるための近道となる知識の伝授に徹するかどちらかだが、今回は完全に後者である。かなり忙しい授業になってしまうし、正直言って面白い講義ではないと自分でも思うが、しっかり吸収してもらえれば史料問題は得点源になるはず。