六月の雨よ,俺たちの上に降れ

*1 1988年5月30日,京大学内で中核派と,対立する政経研との乱闘が起こり,京都府警機動隊が大学側の制止をも押し切って乱入。

 ★機動隊乱入糾弾!★
 5月30日の京都府警─機動隊乱入(*1)を断固として糾弾する。理由は同学会(*2)や吉田寮(*3)なんかのビラにあるものと変わり映えがしないので,そちらを見て欲しい。ここでは,「あんな流血騒ぎがあったのだから警察が入るのは当然・自然だ」と感じた人々に,以下の疑問を考えてもらうことをお願いする。

機動隊は何をしに来たのか,ということ。ケンカの仲裁をしに来たのでもなければ,ケガ人を助けに来たのでもない。学生を威圧し(学生運動なんかに関わると,警察は黙っちゃいないぞ!),捜索に名を借りて学内情報を収集することが目的だったのではないか,と我々は考える。

 落とし物を預かってくれたり,迷子を保護したり,道を教えてくれる“おまわりさん”のイメージから,警察=正義の味方,という公式を立てる人もいるかもしれない。確かに,警察機構の末端で,純粋な使命感から「市民のために」尽くそうとしている警察官の存在を我々は否定しない。しかし,地域の警察官が戸別訪問をして思想チェックを行ったり,交通違反をネタにして学生に学内情報の提供を強要したりという例を見れば分かるように,思想警察・治安警察としての側面は“おまわりさん”=「市民警察」と分かちがたく結び付いていることを知って欲しい。「純粋で熱心なおまわりさん」は「純粋で熱心な弾圧者」と紙一重・表裏一体なのだ。

 ★誰を憎むべきか?★
 流血の衝突(*4)があった,という表層的な現象だけを見て今回のことを語っては誤りを犯す。背景や歴史性を欠落させた暴力絶対否定論など,自己満足の域を出ない。(にもかかわらず,暴力は究極に置いて,やはり否定されなければならない。我々は暴力が行使されることのない世界を希求することを大原則に置こう。)  一般的な“暴力”などどこにもなく,それが行使される状況・主体こそが問題であることは今更言うまでもない。我々が今押さえておかなければならないのは,

現在の世界には,暴力をもってしか,あるいは暴力をもってしてもなかなか解決に至らない問題が現実に存在する

という事実である。新聞の国際面を開いて見れば,毎日あらゆる場所で血が流されていることが分かる。日本にも,国家権力やファシストを相手に,果敢な実力闘争を闘う部分(*5)が確実に存在している。
 しかし例えば,イスラエルの侵略に対して銃を自らの手に持って闘うパレスチナ人民の姿を見て「気持ちは分かるけれど,暴力で立ち向かっても何の解決にもならない。」ということを言う人がいる。機動隊の暴行に備えてヘルメット(*6)を被る学生に対して「暴力は憎しみの感情を育てるだけよ」と考える人もいる。こういう人たちは,なぜ事態が暴力的衝突に至らなければならなかったのか,自分が安全地帯にいて「非暴力」などと言うことができるのか,を考えてみるべきだ。
 暴力がキライだ。暴力のない世界をこの手に獲得できる日が来たら,どんなに素晴らしいことか。しかし,侵略や圧政,反革命に対して,暴力を行使することでしか自らを守ることができないという現実が世界各地に存在することを我々は認めなければならない。そのような現実に対して「非暴力で行くべきだ。」などと安全地帯からつぶやいてみたところで,その声は当事者に届くはずもなく,ただの自己満足として地面に落ちるしかないだろう。
 憎むべきは,行使されている暴力ではない。暴力を行使する主体ではない。暴力を行使しなければならない,この世界の在り方そのものを憎まなければならない。暴力の根本原因であるこの世界の差別・抑圧構造をこそ憎まなければならない。
                    ◎                    ◎

 以上のことを踏まえたうえで,5月30日の学生間の衝突について若干言及したい。埴谷雄高(*7)を持ち出すまでもなく,彼らの行動原理が「奴らは敵だ,敵は殺せ」なる論理で裏打ちされていることは明らかだ。そういう認識に至るまでには様々な経緯があったことは想像に難くないが,それに関して何らかの見解を示しうる立場に我々はいない。決定的な敵対関係になるまでには双方に抜き差しならぬ事情があったのであろうし,それを踏まえぬ“論評”は誰の耳にも届かない自己満足でしかない。
 ここで最低限確認しておかなければならないことは,あの衝突が当事者にとっては極めて切実なものであり,ヤジ馬どもがまるでテレビでも見るかのようにして見るべきものではなかった,ということである。
 そして,あの日殴り殴られた者たちが,どちらも社会の矛盾に目を向け,その変革を志向した者である(少なくとも主観的には)ということを考えるとき,何ともやるせない気持ちになる。情緒的な言葉を使えば,悲しい,ということだ。…ただその上で,衝突の中での,相手の衣服を剥いでガムテープでグルグル巻きにして殴打する,というやり方には強い嫌悪を感じる。物理的暴力およびそれに伴う流血と,相手を人間的に侮辱するということとは決定的に違うはずである。

 ★ニセ「C自」=民青同盟京大支部糾弾★
 ニセ「C自」(*8)の諸君は,「暴力反対」の名の下に『暴力集団は京大から出て行け』なるおきまりのキャンペーンを今回も行っている。彼らは,一般的に暴力を否定することで,抑圧に対して闘う者の実力闘争をも否定する。そのくせ,国家権力の行使する暴力については「ニセ左翼暴力集団を取り締まれ。」という主張をもって,これを賛美しさえする。(他団体のビラの方が詳しい。)
 我々純愛主義者同盟は,ニセ「C自」=民青の連中は「暴力反対」とは言いつつも,本気で暴力をなくそうとは考えていないのではないかと言うことを主張したい。
 まず第1に,彼らの「暴力反対」は,反日共系新左翼潮流を学内から消し去ろうとするための方便に過ぎないということ。しかもそれを警察権力の力を借りてやろうというのだからちょっと許せない。
 第2に,彼らは暴力=実力闘争を行わなければならない背景を捨象するだけではなく,その主体を「学園・社会から一掃」することを主張する。なぜ世界に暴力的状況とも言うべきものが存在するのかという核心に切り込むこともなく,表層的現象とその当事者を切って捨てるだけで満足するその態度は一体何だろう。彼らがホンキで暴力の問題を考えたことが一度もない証拠ではないか!
 我々を最も怒りに駆り立てるものは,ニセ「C自」の善人ぶった態度,悲しみをカケラも感じることなく「事件」を有頂天になって騒ぎ立てることができるその感性だ。1986年1月20日,中核派の福島慎一郎氏が虐殺されたときも,ニセ「C自」=民青は人間としての追悼の意を表すこともなく,喜々として「殺人者集団ハ京大カラ出テ行ケ」と叫び立てたのだった。
 ニセ「C自」=民青同盟よ,お前たちは殴られるべきだ。

*2 (自称)全学自治会。ノンセクト。赤ヘル。
*3 京大の自治寮。戸田も住んでいた。
*4 前述の中核派と政経研の乱闘を指す。中核派が優勢で,政経研の数人が負傷した。
*5 当時,三里塚闘争や寄場闘争を念頭に置いていた。
*6 デモなどの際,機動隊の暴行から頭部を守るため着用するが,この当時は「活動家」であるシンボルとして使用されることが多かった。僧兵の出で立ちと似ているのはおそらく偶然ではない。
*7 哲学者。1910-1997。
*8 「C」は教養部を指す。民青同盟は日本共産党の青年組織で,「C自」=教養部自治会はその影響下にあると見られていた。正規の手続きを経ていないので「ニセ」と冠していた。